宇宙海賊 キャプテン・ハーロック

アマランス外伝 〜クーデター前後〜

 「キャクタス陛下、崩御!!!!」
王妹・ラフレシアがその報告を聞いたのは、自分の船でのことだった。
「そうか……ついに陛下が」
妹とは言え、彼女とキャクタスの間にはかなりの身分差があった。一人娘であるアマランスよりはるかに格下で、政治的には高官級の発言権しかない。
「葬儀は五十時間後。それより更に五十時間後には、アマランス殿下がマゾーンの新女王へ即位なさる式典がございます。ご準備の方、ラフレシア様もよろしくお願い致します」
報告に来た者は、それだけ言って一礼すると部屋を出た。

 その頃、アマランスはもはや屍となったキャクタスの寝台の前で座っていた。二時間ほど前にここに呼ばれ、キャクタスがやせ細った、震える手で自分に冠を被せたのだ。それから幾つかの遺言があった。決して無理な侵略はせぬように、周りの者、特にアスターやヒドランゲアの言うことをよく聞くように、そして必ず生き延びろと。
 奇妙なことに、アマランスは泣いていなかった。まだ少女の身でたった一人の親を亡くしたのに、涙はなかった。ある程度予測された死だったので、事前に覚悟を決めていたのだろうと周囲は解釈したが、真実はやや異なる。
 アマランスは、泣くほどの思い出をキャクタスとの間に持っていなかったのである。

 王位継承第一位の王女であるという理由で、アマランスは限られた者としか会っていない。アンドロイドに育てられ、実の親ともそう数多くは会えていない。むしろ王女付きの近衛隊長だったヒドランゲアの方と毎日顔を合わせ、親しくなっていたのだ。と言っても常に近辺にいるのは、彼の部下の兵士たちなのだが。
「──ヒドランゲアか」
座ったままの彼女が、背後の気配を感じた。
「はい。ラフレシア様以下、高官の方々が陛下の顔を一目拝見したいと」
「分かった。通してやれ」
次々と入ってくる高官たちの大部分にとって、アマランスの顔を見るのは初めてである。そして浮かんだ疑問は共通していた。
『このお方で、危機にある現在のマゾーンは大丈夫なのか』
ということである。

 マゾーンは、現在流浪の民である。ダークイーン率いるメタノイドがマゾーン本星を跡形もなく消し去っていった時、脱出して生き延びていた者たちが現在のマゾーンだ。戦っても勝ち目はないと見て取ったキャクタスが、次善の策として出来るだけ多量の船を造ってより多くの者を脱出させ、遠方に避難させていたのである。ダークイーンは気づかなかったのか、艦船の方には寄る気配も見せずに去っていった。
 その後、辺境の空間を流離っている。そのうち長い間の苦労で疲れ果てたキャクタスが病気になり、ついに今日亡くなったのだ。進んだマゾーンの医学でも、医者も手の施しようのないほど、病気は進行していた。長い間隠していたのだ。
 そのキャクタスの一人娘が、アマランスだった。というか、マゾーン王を生むための遺伝子選別を経た、ただ一人の存在である。遺伝子的に最も完璧に近い存在として、アマランスは生まれついていた。だから通常の同年代の少女とは違うのだが、マゾーンはこの数千年来、子供を王とした経験がない。遺伝子が予測通りに働けば、王位継承者が成人するまで王は確実に生存していたからだ。子供を迎える必要もなかった。
 要するに、ただでさえ経験したことのない事態を迎えるのに加え、現在マゾーンが直面しているのは本星が滅亡した後、生き残った者たちをどうするかという種の命運を賭けた問題である。いかに普通の子供とは違うとは言え、アマランスのような少女にことを任せられるか、なまじ誰とも会ったことがないだけに能力が未知数で不安だった。
 そしてこの不安は、特に軍部に強かったのである。

 軍は、伝統的に強い指導者を求める傾向にある。まして、今後どこかの星を征服するともなれば、最前線に出て戦うのは彼らである。その時、上に立つ人間が当てにならなければ困るのだ。とは言え科学者たちは、絶対にアマランス以外の継承者は認めまい。科学者の協力なしで新兵器の開発は進められないし、ひいては軍の強化も望めないのだ。
「だが──。もし、アマランス殿下がお亡くなりになったとしたら……」
ある将校がそう言うのを、別の一人が聞きとがめる。
「な、何と言うことを…!!」
「だから、例えばの話だ。アマランス殿下がいらっしゃらねば、科学者どもとて別の方を王とすることを認めざるを得まいが」
冷や汗を流しつつ、同意する。いずれにしても小声だ。
「──た、確かに…。だが、別の方とは?」
「キャクタス陛下の妹君、ラフレシア様」
そう言って、その将校はニヤリと笑った。

 「どうも妙だな」
ヒドランゲアは、そう気づいていた。アマランスや自分を取り巻く空気が、何か違う。初めは新王の即位に伴う不安だろうと思っていたが、どうも暴力めいた陰謀の気配がしてきた。
「近衛隊長殿、アスター閣下がお呼びです。何でもお見せしたいものがあるとか」
「アスター閣下が?」
この忙しいときに何だ、と訝ったが、アスターは自分と並んでキャクタス存命中にアマランスに直接会うことを許された数少ない存在であり、現在マゾーンの科学技術庁長官という地位にいる。断れば失礼に当たると思い、ヒドランゲアはアスターの乗艦に行った。

 アスター乗艦の艦橋のスクリーンに、一隻の船が映っている。入った途端にその船が目に飛び込んだヒドランゲアは、その巨大さに声もなかった。ガミラス号ほどではないにせよ、例えばこの船よりは更に二回り以上大きい。
「──本当は、キャクタス陛下にお見せしたかった。マゾーン衝撃砲フル装備戦艦の第一号、パンゲア号だ。──と言っても、実質は試作艦だが」
背後からの声に、振り返る。アスターが立っていた。
「これが、殿下がおっしゃっていた衝撃砲装備の──?」
ヒドランゲア自身は、これが発射されるところを見たことはない。ただ、それを見たアマランスが興奮して話すのを聞いたことがあり、存在そのものは知っていた。
「そうか、殿下がおっしゃっていたか。ならば話は早い」
苦笑混じりにそう言うアスターの話では、こうらしい。
 衝撃砲に関しては、色々と未知の点も多い。特に戦艦や巡洋艦の装備となった場合、他の部品やシステムとの関係がどうなるか、艦そのものの運用に支障がないかどうかなど、理論と実際の違いについて調べるべき点がかなりある。それらをこのパンゲア号で実験してみるつもりで、追加の設備やシステム用のスペースをかなり広く取ってあるので、この大きさになったのだと言う。二号艦、三号艦と作れば漏れる可能性があり、出来るだけこの船だけで全ての実験を済ませるつもりらしい。
「試作艦、ですか。──ちょっと頼みが」
ヒドランゲアは少し考え込んだ挙げ句、そう切り出した。

 「パンゲア号を貸せと?」
「はい。殿下が陛下になられるまでで十分ですから」
アマランスが王として正式に即位するまで、という意味だ。
「即位式に、祝砲代わりにでも使う気か?」
アスターは渋い顔で言った。下手に曳航してばれでもしたら最後だ。
「──そうです。ステルス関連はプログラム済みでしょうね」
「してあることにはしてあるが、衝撃砲を発射した後のエネルギーバランスがどうなるか分からん。事によっては自然にはげるかも知れない」
「発射する前まで保てば、こちらとしては用が足ります」
ヒドランゲアはそう言った。アスターはやや不安げに
「そうか。ではくれぐれも内密にな」
祝砲代わりに新兵器を撃てば、新王であるアマランスの権威も高まる。しかもこの新兵器は、対メタノイド用の極秘開発なのでもともとの攻撃力が半端ではない。攻撃力が高ければ高いほど、権威も大きいのだ。
 アスターが許可した裏には、そんな事情があった。

 「私が王になれと?」
ラフレシアは聞き返した。大勢で行っては怪しまれるので、ベラが一人で談判している。
「はい。アマランス殿下はあのように幼い方ですので、王位に就いたとてすぐには賢明なご判断が出来ぬやもしれません。そして今のマゾーンには、殿下が成人なさるまで待つような時間的余裕はございません。ですからラフレシア様に…」
「──話としては分かった。だが、アマランスはどうする?」
ベラは黙って、首に手を当てて横にすっと引いた。ラフレシアは数秒考え込み
「本気だな」
とだけ言った。相手は頭を垂れている。
「──分かった。だが、王となった暁には私の命令には絶対に服従すること。恩着せがましく振る舞ったり、逆らったりしようものなら処刑する。それでもよいな?」
「ははっ」
ベラはそう言って、部屋を出た。

 一方、アマランスは葬儀の準備で忙しかった。次期国王の最初の任務が先王の葬儀というマゾーンでは、式の統括も彼女がするのだ。そしてアマランスは、恐ろしく順調かつ平然と仕事をこなしていた。宇宙葬という、前代未聞の形での葬儀でありながら。
「パンゲア号の大広間を葬儀場にするのであれば、ある程度参加者数を絞らざるを得ない。絞り込みの基準と規模は?」
「漏れた人々の分は3Dで投影して、各艦の艦橋から参加するようにすればいい」
などの指示や質問が、アマランスの口から飛ぶのである。答える部下の方がしどろもどろであった。その合間に喪主としての挨拶も書き上げるのだから、全く見かけに似合わぬ有能さを示している。歴代だと、この有能さが広がって王として認められるのだ。
「──おい、どうだ。アマランス殿下は」
「ああ。キャクタス陛下に負けないくらい優秀だよ。いや、頭の切れから行けば陛下以上だ。あれなら大丈夫だろう」
などという評価が葬儀を司る者の間でかわされ、それが徐々に文官の間で広がっていく。だがそれが、軍人たちに届くまでにはやや時間がかかった。
 その時間差が、ラフレシア派の味方を増やすことに繋がるのである。

 葬儀は、厳粛な雰囲気の中、予定通り行われた。アマランスは黒い、かかとまである服を着て式の間中立ち続け、弔辞も立派に読み上げた。無事に終わって部屋に帰り、一息つく。
「次は即位式、か。疲れたな」
「左様でございましょう。少しお休みになって構いませんよ」
ヒドランゲアが言った。主君が横になったのを見届けてから部下に警護を任せ、自分は寝室の外に出た途端、妙な騒音が聞こえる。
「何事だ?」
突如襲った胸騒ぎは、間違いではなかった。
「ク、クーデターでございますっ!!!」
「何だと!!?」
『しまった!! こんなに早く手を打ってくるとは…!!』
と彼は思い、今出てきたばかりの部屋に駆け込んだ。

 後には退けぬ。ラフレシアは自分の船でそう思っていた。
 傍らにはベラ、シェルピス、ヴィラーンなどの自分を推している将校たちがいて、戦況の報告を受け、指示を出す。
「アマランスの居場所は分かったか?」
最早、殿下という敬称さえつけられてはいなかった。
「ただ今、我が配下の千名が総出で探しております!」
通信手段は音声だけだが、背後から聞こえてくる爆発や銃撃の音、そして叫び声は、近衛隊との激しい戦いを推測させるに十分だった。
「今、寝室にはいないとの報告が入りました!! 恐らくヒドランゲアに連れられて逃亡しているものと思われます。直ちに追跡にかかります!!」
ベラ配下の特殊部隊指揮官は、そう言って通信を切った。

 「逃げると言っても、どこに逃げると言うのだ!」
ヒドランゲアに腕をつかまれて走りながら、アマランスは訊いた。
「万一の時の用心に、アスター閣下から新型船を借りております!! それに乗りさえすれば、逃げられたも同然です!」
言いつつ急に立ち止まったので何事かと思ったが、相手は角で左右を窺っている。数秒後、再び一気に走り出した。
「!! 待てっ!!!」
感づかれたと見て取ったヒドランゲアは、振り返ると主君を背後に隠した。気配を感じ取り、物陰から一瞬だけ顔を覗かせてレーザー銃を発射する。
「ギャアッ!」
「うわっ!」
悲鳴を上げて二人ほどが倒れる。そしてヒドランゲアは無言で、アマランスを引いて再び走り始めた。少女の息が荒い。
「きつい、ヒドランゲア。もう走れない」
「そんな弱気でどうしますか。ここで捕まれば殺されるしかないのですよ」
気配を探るために立ち止まった物陰で、二人はそう会話した。
「恐らく、ラフレシア様の陰謀でしょう。殿下を殺してご自分が王になろうという」
近衛隊の制服を着た者の死体が、足元に転がっている。その数歩向こうには、特殊部隊の制服を着た死体も。ヒドランゲアはほとんど対象物を見ずに銃を撃つと、また走った。足音に紛れて断末魔の悲鳴が響き渡る。かと思えば反対側から耳に覚えがある声の悲鳴が、銃声に紛れて聞こえた。見ようとしたが走っているために出来ない。
「──それでもいい。もう、止めよう」
また銃声が聞こえる。遠くで誰かが倒れるのが見えた。
「これ以上、人を死なせたくない。私がまだ幼くて当てに出来ないから、叔母上を王にしようというのも分かる。だから、もういい」
ヒドランゲアは立ち止まり、キッと自分の主君を見据えた。思わずアマランスは、肩でしていた息を飲みこむ。
「キャクタス陛下が御遺言の中で、何と仰っていたか覚えておいでですか。必ず生き延びよ、死んではならぬと仰ったのではないのですか」
口調は表面的には静かだが、視線で猛烈に怒っているのが分かる。睨むような目で見据えられ、応じる前に気圧されていた。
「殿下は、お亡くなりになってはならぬお方です。ラフレシア様は、恐らく遠からず重大な過ちを犯すことになるでしょう。その時殿下がおらねば、誰がそれを正すことが出来るでしょうか。マゾーンの王位継承者たる御身がいらっしゃらねば」
「──叔母上が、過ちを……?」
アマランスは目を丸くした。再び走り出し、止まったところでヒドランゲアは
「詳しいことは追ってお話致しますが、ラフレシア様は、殿下ほど生まれが優れていません。確かにそこいらの者よりは遙かに優れていますが、殿下の完全さに比べれば劣ります。その僅かな差が、時として決定的な過ちを犯すことになるのです。まして──」
壁から顔を覗かせて銃を撃ち、敵を始末する。また走り出して止まった。
「まして、今はマゾーンの危機。危機の時の過ちこそ、最も決定的な結果を生むのです。それを止めるために、未来のマゾーンをラフレシアの過ちから救うために、殿下は生き延びなければならないのです、絶対に」
一息つき、もうすぐですと言葉を継ぐ。と、二人の背後から敵の声がした。
「見つけたぞ!!」
「撃てっ!!!」
レーザー銃がアマランスめがけて発射されたとき、ヒドランゲアが動く間もなく彼女の冠が光を放った。一瞬にして、その全身が光に覆われる。次の瞬間
「ぐはっ!」
アマランスにとっても、信じられない光景だった。
 全身を覆った光が、レーザーを跳ね返して敵を殺したのである。

 「な……何なのだ、今のは」
アマランスは、目を丸くしていた。こちらも数秒ほど呆然としていたヒドランゲアは、ふっと息をついて応じる。
「陛下が『王となった暁には、実際の護衛は不要になるやも知れぬ』と仰られていた意味が分かりました。恐らくその冠が、殿下に危害を加えようとする者の攻撃を跳ね返したのでしょう。その冠は、マゾーン王の唯一の象徴。それだけに力が秘められているのでしょう。恐らくまだ、未知の力があるはずです」
「──そう言えば、アスターは『王となった時点で、殿下は数万隻の艦隊を一瞬にして消し去ることが出来るのです』と言ってた。その時は王の権力の強大さをそう表現したんだろうとしか解釈しなかったが」
それもこの中に入ってるんだろうか、とアマランスは呟いた。
 ヒドランゲアは、ややあって再び話し始めた。
「とにかく、これで殿下が死んではならないお方だと言うことがよくお分かりになったでしょう。参りますよ」
死ねない身分、と言った方が正確なのではないだろうか、とアマランスは密かに思った。

 再び進み始めた瞬間、前方から特殊部隊の黒服を着た兵士たちが迫ってきた。咄嗟に物陰に隠れた二人を不審に思い、接近してくる。
「待てっ!!!」
「まずい…!!」
ヒドランゲアの言葉が聞こえるより前に、アマランスはゆらっと歩き始めた。雰囲気がおかしい。催眠術にかかったかのように瞳が据わっている。
「殿下、あぶ…!」
「貴様らに、私は殺せぬ。真の王位継承者は」
「!!!」
怒号と銃声、そして断末魔の悲鳴。それらが意味する光景が見えているはずのアマランスは、全身に光を纏ったまま前方に向かってゆっくりと歩いていく。
「殿下、お待ち下さい!」
状況が把握できないまま、ヒドランゲアは主君の後を追った。どうやら冠の防衛本能がアマランスの意志を乗っ取っているらしいのだが、そもそもどうやって乗っ取ったのかよく分からない。前方の敵が自分の放ったレーザーで倒れていくのが見えた。
「どけ、さすれば見逃してやる」
さっきまでとは別人のような、威厳に満ちた声で、アマランスは言った。たっぷり数秒後、敵がゆっくりと後退していく。パンゲア号への脱出艇のある格納庫への道が、出来ていた。
「ラフレシアの愚鈍さの犠牲は、お前たちが払うことになるだろう。自業自得だ」
そう言って、アマランスは出来た道を歩いていった。ヒドランゲアが後を追う。

 脱出艇に乗り込んだ途端、アマランスは気が遠くなった。倒れ込みそうになった彼女に、慌ててヒドランゲアが声をかける。
「殿下、大丈夫ですか」
「──あれ、現実だったんだ……」
弱々しい声で、アマランスは呟いた。自分も乗り込みつつ、ヒドランゲアは
「覚えて、おいでですか」
「どうにか…。はっきりしない部分もあるが…」
完全に乗っ取った、わけではなかったらしい。内心安堵の息をもらしつつ、ヒドランゲアは脱出艇を操縦してガミラス号を離れる。

 

 「アマランス殿下の抹殺に、成功いたしました」
ラフレシアの下にそう報告が入ったのは、パンゲア号がステルスレベルを最高度に維持したままマゾーン艦隊を離れた後だった…。

 

目次へ