ハーロック・ドリーム 01

 

 私がハーロックに出会ったのは、八歳の頃。
 場所は、惑星ヘビーメルダー。

 両親の名は知らない。多分行きずりの恋か望まない妊娠だったかで生まれた子で、私は物心ついた時にはヘビーメルダーの孤児院みたいな所にいた。そこの先生に聞いた話では、髪もまだ生え揃わない乳児の頃に、玄関前に置き去りにされていたそうで。
 ヘビーメルダーにはそういう子が一杯いる。ヒューマノイド、メタノイド問わず。だから私も、メタノイドの子としょっちゅう遊んだ。食事の内容はさすがに違ったけど、同じ部屋で食べた。孤児院は捨て子や親が殺された子で、いつも定員オーバーしていた。
 宇宙の大フロンティアと言えば聞こえはいいけど、負けたり失敗したりすれば後に残った者も最後。勝てば勝ったで新たな活躍の場を求めて旅立つから、結局預けられる形で捨てられる子もいる。ヘビーメルダーは、そういう星だった。


 その日は孤児院で運営してる教室が休みで、私は友達と町に遊びに行った。
 行ってみると、通りの中央で何か騒いでいる。野次馬みたいな感じで見に行くと、決闘騒ぎだった。どうやら喧嘩から決闘になったらしくて、当の二人は銃口を上に向けて背中を合わせているところだった。
 決闘自体はすぐ済んだけど、問題はその後。
「おじさん、凄いね」
って勝った方の人を誉めに行ったんだ、私達二人で。
 ホントに凄くて、後ろにも目があるんじゃないかってくらい正確に相手の額を撃ち抜いていたから。もちろんスピードも文句なしで、相手は銃を構える前に死んでいた。
 そしたら負けた側の──仲間みたいな奴が言い掛かりをつけて来たんだ。
「貴様、十数える前に振り返ったな!」
「いや、そこの店のマスターが数えるのを聞いた後で振り返った」
確かにそうだった。周りの野次馬たちも頷いて、逆にその男を非難しようとしたら
「黙れ!! でなければあいつが死ぬはずがない!!」
そいつは、持っていた銃を乱射した。
 悲鳴が上がって、野次馬たちは一斉に逃げ出した。私たちも逃げようとしたら友達が倒れて、次の瞬間には私も肩に灼けつくような痛みが走って弾き飛ばされた。倒れた先で起き上がろうとして地面見たら、血で真っ赤に染まっていた。
「大丈夫か?」
頭上から声がした。見上げると黒地に白抜きの髑髏マークの入った服を着て、裏地が赤い黒マントを羽織った青年が立っていた。顔は多分、よく見てなかったと思う。
 正直、その時私が何て応じたかよく覚えていない。ただその後
「負けた奴と親友だったか知らんが、一対一の決闘で勝った側に逆恨みか?」
「うるせえ! 貴様も同じ目に遭わせてや…」
そいつの声が途中で途切れたので、何事かと思ってそっちの方を見たら、顔が引きつっていた。周りの野次馬の顔も。
「そういえば、数日前から西の山にアルカディア号が停泊してるっていう話だったが…」
「やべえぞ、これは。一刻も早く…」
みんな腰が引けてた。一呼吸おいて銃を乱射した奴が逃げ出すと、その次の瞬間にはほとんど全員逃げ出したんだ。それはもう、我先にという感じで。

 私も驚いて、改めて頭上を見上げたね。アルカディア号っていう言葉で見当はついてたけど、指名手配の写真や絵でよく紹介されている、ハーロックと同じ顔だった。鼻の上に傷跡が斜めに走ってて、片目が眼帯。
 その場に残ったのは、私も含めて数人。座っているのは私だけだったと思う。そこでふと我に返ったら、撃たれた肩に激痛が走った。
「いっ…」
「大丈夫か?」
ハーロックがしゃがんで訊いた。そして更に、周囲を見回して
「お前、親は?」
「いない。孤児院暮しだよ」
「──そうか」
そう言って、何かスプレー式の薬を傷口に吹きかけた後、肩を布でかなりきつく縛ってくれた。でもっていきなり私を町外れに停めていた小型飛行機に連れて行くと、それに乗せて飛び立った。
 行き先は、西の山のアルカディア号だった。

 孤児院での生活より、アルカディア号での暮らしの方がずっと良かった。というか孤児院の方が酷かっただけかも知れない。貧乏だったからねえ、孤児院は。
 食事がパンとスープだけってのも珍しくなかったし、給食形式で美味しくなかった。それでもたまに肉が出ると、みんな目の色を変えていた。麺類でさえ珍しかった。服も破れかけの古着がほとんどで、上の方のひいきもあって私にはなかなか手に入らなかった。他にも色々規則だけはうるさくて、普段は自由時間なんてほとんどなかった。だからアルカディア号で、初めてヤッタラン副長を見たときにはびっくりした。特別な用事がなければ、一日中プラモデル作ってるんだから。
 傷の方はドクターゼロの治療が良かったのか、数日で帰れる程度には治った。だけどその頃にはもう帰りたくなくなってて、今にして思えばハーロックを随分困らせた。
「このままここにいたい?」
「ええ。もう、孤児院には戻りたくないんです」
ハーロックは考え込んでいた。そしたらミーメさんが
「星の海は、あなたが思っているよりずっと危険な場所よ。ひょっとしたら死ぬかもしれない。それでもいいの?」
「分かってます。孤児院で一緒に暮らしてた子の中にも、親が宇宙で死んだって子が結構いましたから。覚悟はしてます」
「でも、ただ孤児院にいたくないっていうだけの理由で──」
「その理由じゃ、いけないんですか!?」
それから色々、孤児院でどういうひどい待遇受けて来たかっての話した。嘘はついてなかったと思う。そうしたらミーメさんが、この船に乗ったらハーロックの許可がなければ二度と降りられないけどいいのか、覚悟は出来ているのかって聞いて来て。全て覚悟してますって、私は答えた。最後には半ベソだった。
 三歳児か四歳児のガキじゃあるまいし、と今になれば思うんだけど、その時はもう必死でね。八歳なりにまじで命かけてたと思う。
「まあ、いいじゃないか。ガキの一人くらいいても」
後ろの方で声がしたのでそっちを見たら、トチローさんだった。
「俺たちだって、十数年前はこんなガキだったんだぜ。それを親父たちと一緒に旅してたんだ。危ないだの何だの言ってたら、全部自分に跳ね返ってくる」
「確かにそれはそうだが」
ハーロックは言葉に詰まってた。そしたらトチローさんが頷いて
「よし、なら決定だ。おい 、荷物取りに戻るぞ」
   「え、で、でも、いいんですか?」
余りの急展開にこっちの方がびっくりして、二人の顔を見比べて聞いたんだ。そしたらトチローさん、自信たっぷりに
「ハーロックは俺の親友だ。その俺がいいと言ったんだ、あいつも文句は言わん」
言い切って、そのまま後ろ振り返って艦橋から出た。私は慌ててトチローさんの後を追ったよ。でもって追いついてから
「いいんですか、ホントに。ハーロック、一言もいいって言ってないのに」
「なあに、本気で反対してるわけじゃないさ。ただ数年後か今かってだけの話だ」
「は?」
台詞の意味が分からなかったんだ、ホントに。
「とにかく、ハーロックのことは心配しなくていい。それより孤児院の職員どもをどう説き伏せるかだ。事によっては実力行使だが」
そういって、背中の重力サーベル示されて。内心少し焦って
「あ、大丈夫ですよ。私、あの人たちに嫌われてますから」
「嫌われてる? 何でだ」
「よく喧嘩しますから。規則がうるさくて」
「ハハ、そりゃ上等だ。海賊の素質あるぞ、
「ホントですか!?」
そんなことを話していたら、スペースウルフの格納庫に着いた。二人で乗って、いざ出発って時にハーロックから通信があったんだ。
「おい、トチロー。 を頼むぞ。しっかり帰ってこい」
「了ー解っ」
トチローさんは、会心の笑みを浮かべていた。でもって後部座席の私に
「どうだ、俺の言った通りだろう」
にやっと笑って、言ってくれた。私は心底嬉しかった。


 孤児院では結構大変だった。職員たちはともかく、友達がね──。
「本当に、ここを出るの?」
「出る。ここにはもう、いたくない」
荷物を出して鞄に詰め込みながら、友達に言ったね。
「あんたは先生の受けがいいから、ここにいてもやって行けるでしょう? 私にはそんな見込みないもの。早紀も死んだし、これがいい機会」
早紀ってのは、一緒に町に行った友達のこと。
「だからって、何も宇宙に出なくてもいいじゃない。先生がいじめたら今度から私が庇ってあげるから、一緒にやって行こうよ」
その子は、私の腕にすがりついて来た。それを振りほどいて
「だーめ。決めたの。行くの」
立ち上がって行こうとしたら、その子は私が出て行くのを遅らせようとして
「じゃあ、今夜はお別れパーティにして、明日出て行くことにしよう」
「駄目。待たせてる人がいるんだから」
「── 、あんた随分冷たくなったね」
そのとき、別の年上の子がそう言って来た。
「自分は孤児院を出られるからって、いい気になって。ふざけるんじゃないよ!」
平手打ち、食らった。無視して出ようとしたら、また一発。
「そんなにいいのかい。どこの金持ちに拾われたのか知らないけどさ」
「金持ちなんかじゃない。アルカディア号の…ハーロック」
言った途端、周りの表情が激変した。

 「ハ…ハーロックって…」
「そう。助けられて、ここに戻るまで世話になってたのよ。仲間になりたいってのも、危ないからって随分反対された。ここの人たちは、全然そんな心配してくれなかったってのに。──何なんだろうね、この差は」
みんな、黙り込んでいた。そしたら五歳の子が深刻な顔で
「お姉ちゃん、エメラルダスみたいな、海賊になるの?」
「分からない。けど、なれたらいいね」
言った後、笑った。その後周りを見回して
「そしたらみんなも呼んであげるよ。一緒に宇宙に行こう」
「ホント!?」
五歳の子が、一気に笑顔になった。最初に私を止めた子も
「ホントに? 約束よ、 !」
って言って、手を固く握りしめてピョンピョン跳ねた。
「うん、約束する。だからもう、行くよ」
歩き出した私を、今度は誰も止めなかった。扉の近くまで行って振り返ると、みんな手を振ってくれた。私も手を振って、扉を開けた。

 「いい友達じゃないか。本当に良かったのか?」
部屋を出た途端、待っていてくれたトチローさんにそう言われた。
「ええ。もう、決めましたから」
「──そうか。じゃあ、行くぞ」
トチローさんが先に立って、歩き始めた。建物の玄関から外に出て、ふと振り返ると同じ部屋のみんなが、窓からまた手を振ってくれた。私もまた、軽く手を振って、それからトチローさんを促した。


 アルカディア号に帰ると、ハーロックが迎えに出ていた。
「任務、完了っ」
先に降りたトチローさんが芝居がかって海軍式の敬礼したもんだから、私もつられてやったんだ。そしたらハーロック、私に向けて
、ここは海賊船であって軍隊じゃない。そういう上下関係は必要ない」
トチローにつられたんだろうが、と言って笑っていた。そのトチローさんは
「ま、俺の仕事だったからな。それはそうと 、行くぞ」
「行く?」
「この船を案内してやる。ついて来い」
「あ、はい!」
応じて歩き始めてすぐ、トチローさんがいきなり振り返ったんだ。何事かと私は一瞬びっくりしたけど、そこを出る直前だったハーロックに近付いて
「おいハーロック、 の部屋どこだ?」
「二〇五号室だ。暗号は分かるな?」
「ああ。二〇五、二〇五──っと」
ぶつぶつ言って、また私の目の前を通り過ぎて歩いて行く。かと思ったら振り返って
、来ないのか?」
「あ、はい。行きます行きます!」
鞄持って、駆け出した。

 「これからお前の部屋に荷物置きに行くからな。案内はその後だ」
「私の部屋って、同室の人の名前は?」
孤児院では四人で一室だったから、そんなものかなあと予想してたんだけど。
「同室者? いないぜ、そんなのは」
あっさり言うんで、目を瞬かせてたら
「今のところ全員個室だ。新入りも古参も」
まあ百人越したら同室になるかも知れんが、まだ部屋の空きは十分にある、みたいな事言ってたなあ、トチローさん。後で聞いたら、当時はまだ三十人くらいしか乗ってなかったそうで。
 でもってエレベーターに乗って個室へ。ベッドつきの結構いい部屋で、今もその部屋使ってる。暗号は秘密。といっても変えてないけど。

 それから艦橋とか、中枢コンピュータ室とかに連れて行ってもらったんだ。その頃はまだ有紀さんはいなかったけど、他の人たちはほとんどいたかな。最初に行ったのは食堂だった。
「やあマスさん、俺の作った新型炊飯器の調子は?」
「おやトチローさん。やっぱりあんた凄いねえ、ご飯が美味しくなったって好評だよ」
「そりゃあ良かった。また何かあったら言ってくれ」
そこでマスさん、私のことに気づいたみたいで。
「おや、この子は?」
だ。数日前に怪我の治療でここに来たんだが、この度正式に仲間入りすることになった」
「ああ、決闘騒ぎに巻き込まれたっていう」
彼女が私の方見たんで、慌てて自己紹介したんだ。
です。我がまま言って乗組員にしてもらったんですが…。よろしくお願いします」
「──そうかい、この船に乗ったら二度と地上には戻りたくないだろうねえ」
「ええ…」
マスさんが神妙な顔で言うから、私もちょっとセンチメンタルになっていた。そうしたらいきなり彼女、ぬっと顔を突き出して来て
「あんた、好き嫌いはなかろうねえ?」
「あ、いえ。孤児院より美味しければ何でも食べます」
そしたらマスさん、ニッと笑って
「安心しな。そこらの孤児院よりは旨いから」
そう言って台所の方に戻って行った。私たちも食堂を出て
「食事、ここだと人が作るんですね」
「ああ。前はロボットが作ってたんだが、どうも味が統一され過ぎててな」
それはそれで旨かったんだが、たまには失敗作も食べたくなるんだそうで。私はそれまで美味しくない物ばっかり食べてたから、そういうもんなのかなって感じだったんだけど。
 次に寄ったのはヤッタランさんの部屋だった。
「おーい、副長。いるか?」
「ワイは今、非常に重要な局面迎えとりますんや」
入った私たちを、その声が迎えた。見るとプラモ作ってた。
「新入りの だ」
「あの、 です。よろしくお願いします」
トチローさんに紹介されて頭下げたら、私の方をちらっと見て
「ふーん」
って言って、またプラモ作りに没頭し始めた。後で聞いたら一番難しいところだったみたいなんだけど、私は嫌われてるのかと思って焦ったね。
「あの、聞いてますか? 私、 と…」
そしたらトチローさん、私を片手で制して
「次行くぞ」
いきなり部屋を出たから急いで後を追ったけど、かなり混乱してたね。いいんですかって十回以上聞いた気がする。
「ああなったらハーロックと俺が二人がかりでも、余程のことがないと止められん。お前がどうこうの問題じゃないんだ、気にするな」
「そうなんですかね」
「で、ここが中枢コンピュータ室だ」
いきなり言われて前を向いたら、ある扉の前に立っていた。入ったらすごい機械設備の部屋だった。びっくりして見回していると
「俺の肉体が滅んでも、多分魂はここにいる」
トチローさん、やけに真面目な顔で、呟くようにそう言った。私は、その時は台詞の意味がよく分からなかった。

「ここが、アルカディア号の艦橋だ」
それから艦橋に行くと、ハーロックとミーメさんと魔地機関長と、他にも見覚えのある乗組員が数人いた。
「案内して来たぜ、ハーロック」
「ご苦労だったな、トチロー。──で、
「はい?」
「これから宇宙に出るが、いいな?」
「あ、はい!」
私は頷いた。それからエンジンとかの準備をして
「アルカディア号、発進!」
ハーロックのその声とともに、アルカディア号は宇宙に出た。

 それから五年。私は正しかったと思ってる。
 まだ海賊としては見習い同然、とても一人前とは言えない。失敗もよくする。それでもここの人たちは、やっぱり優しかった。他の乗組員たちとも打ち解けられたし、後から出会った有紀さんともうまくやれてる。今では歴とした四十人の乗組員の一人。
 後悔は全然していない。多分、あの孤児院にあの時残っても、私はハーロックやトチローさんやミーメさんや…アルカディア号でのことを思い出してしまう。そしていずれ、そう遠くないうちに彼らを追ってあそこを出たと思う。それくらい、自由と夢と優しさがあるように感じた。
 何だかんだ言っても、本当は、そういう中にいたかったのかも知れない。