るろ剣インターネット版同人誌

『幕末秘話』番外編 復讐(4)

 なるほど、確かにここならあり得る。
 京都の外れの、一時期道場だったらしい古びた門構えと、ところどころにヒビのある土塀のある屋敷。いかにも浪人崩れの奴らがいそうなところである。
 斎藤は一人、無言で門の中に入った。

 辺りを見回すと、奥に明かりのある小屋が見えた。複数の男の声も聞こえる。そのまま歩いてそちらに向かった。
 背後に人の気配を感じた瞬間、いきなり攻撃を仕掛けてきた。辛うじてかわしたが、武器が普通ではない。確認する間もなく、敵は連続して攻撃をしかけてくる。
「──鈎爪」
暗闇のため武器の正体は見えないまでも、腕の動きで見当がついた。そして同時に、斎藤には今回の事件の全貌がほぼ飲み込めた。
「あれで終わりじゃなかったわけか、闇乃武とやらは」
低く呟く。そして刀を抜き、敵が腕を振り下ろした一瞬の隙を利用して、ほとんど一刀のもとに斬り捨てた。敵の正体と襲った理由さえ分かれば、斎藤には躊躇う必要はない。
 そのまま彼は、敷地の奥に向かった。



 「ん…」
ここは──?
「洋子さん!」
薄く目を開けた途端、子供の声が飛び込んできた。
「──あ、お夢…。どうしたの」
頭が痛いし、どうやら熱もあるようだ。意識もいまいちはっきりしない。
「どうしたのもこうしたのもありません。屯所の門の前で倒れ込んでから、ずっと寝てたんですからね。このまま死ぬかと思って──」
洋子は笑ったが、その表情には力がなかった。
「──ここ、屯所?」
「そうですよ。あ、沖田さんに連絡してきますね!」
洋子が応じる間もなく、お夢は急いで駆け出していった。時刻は明らかに夜なのに、そんなにばたばた駆け出したらうるさいだろう──などとぼんやり洋子は思ったが、そう思うこと自体が自分の立場を分かっていない証明なのだった。

 「洋さん」
「あ、沖田さんに井上さんまで──」
どうやら、沖田の部屋に井上源三郎がいたらしい。お夢はそう時間もかけずに、二人を連れて戻ってきた。
「良かった、意識が戻ってくれて。ほっとしたよ」
沖田が言った。井上が続けて
「何日も意識が戻らないなど、お前さんには初めてじゃったからのう。心配したぞ」
「──はあ、どうも」
「今度から、怪我はちゃんと治してから隊務に参加すること。ダメだよ、傷口塞がってないのに斎藤さんと打ち合ってたりしたら」
沖田が枕元に座り込んで言う。洋子はいまいち頭がすっきりしないながらも、取りあえず頷いておいた。
「あ、そうだ。洋さん、何か食べます?」
屯所での呼び名でお夢が聞いた。さっきは思わず叫んだらしい。
「──別にいいよ、何も食べなくて。どうせ賄い方は寝てるんだろうし、食べる気にもならないから。食欲がない」
「でも、食べないと傷が治りませんよ」
「葛湯でも飲んでみたら? お夢さんもそれなら作れるでしょう?」
沖田が間に入って言った。食べられなくても飲めはするだろうという判断だったらしく、洋子が応じる前に続けて言う。
「お夢さん、ちょっと作ってあげてね。僕が飲ませるから」
「──あ、はい」
こうなったらさっさと作って飲ませるに限る。お夢は沖田の意図を理解したようで、洋子が口を出す前に部屋を出てしまった。井上がついていく。
 やれやれ、と洋子はため息をついた。止める気にならなかったのは、怪我や熱で体力が落ちているせいだろうか。
「ホントにみんな、凄く心配してたんだから。斎藤さんは毎日出勤直後と帰宅直前に必ず来るし、永倉さんや原田さん、藤堂さんなんかも毎日見舞いに来るし。後、前野君もよく来てたな。ぼやいてたよ、教えるのは慣れてないから大変だって」
「──そうなんですか」
「特に斎藤さんが、君が倒れてからの数日、道場の方で凄い荒れてたんだ。特に今日は凄まじかったらしいよ、原田さんが逃げ込んできて教えてくれたんだけど」
「原田さんが? 何でまた」
「さあ。斎藤さんが剣以外の相手とやりたがって、槍術の原田さんになったらしいよ」
剣以外の相手、と聞いて洋子は突如自分が襲われたときのことを思い出した。
『──あれは、普通の剣客とは明らかに違ったな』
敵は名乗らなかったが、多分闇乃武の崩れだろうとは思う。相変わらず従兄弟は私を殺したがっているのだろうか。今更戻る気もない私を。
「とにかくそういうわけだから、今度こそ早くしっかり治すこと。いいね」
「はい」
頷いた洋子は、ぼんやりと気絶する前のことを思い出していた。


 一方、斎藤は既にあわせて三人を斬り捨てていた。あれから奥に向かった後、外で明かりのついた小屋の番をしていたらしい二人を、それぞれ速攻で斬り捨てる。敵はもう気づいているかも知れないが、中から誰か出てきた気配はなかった。
 そして、明かりのついた小屋の前に立つ。雰囲気からして元は道場らしいが、遠くからは中に数人が座っているのが障子越しに見えるだけで、どうなっているのかよく分からなかった。近づいてみると、遊んでいるらしい声も聞こえる。
「───」
斎藤は縁側に上がり、無言で刀を抜くと障子の上の壁に鍔元まで一気に突き刺した。苦痛のうめき声と共に、障子が上から血の色に染まっていくのが見える。素早く引き抜いた途端、何かが障子の向こうで落ちたのが見える。
「見え見えなんだよ、阿呆が」
呟くように言ったのと同時に、敵が障子を倒して襲いかかってきた。
 一見した限り、無傷で臨戦態勢にある敵は四人だった。普通の刀を持っているのは一人もいない。奥に包帯を巻いているのが一人いて、そいつが親玉らしい。実際に襲ってきたのはそのうち二人で、斎藤は最初の一撃をかわすと改めて身構えた。
 彼を取り囲んだかに見えた敵だったが、先に襲ったうちの一人が鮮血を噴き出して倒れ込むのを見て驚愕する。かわすだけでなく仕掛けていたのだ。
「ちょっと待て」
奥の男がそう言った。闇之武の残党をまとめるくらいなのでもう少しましかと思ったが、よく見ると品のない悪人面の男である。
「──お前さん、斎藤一だろう? 話がある」
周りの者が、戸惑いながら道を開ける。その中を、斎藤は進んでいった。

 「ものは相談だ。あのガキを、俺たちに譲らんか」
男は座ったまま、斎藤は立ったまま。話し合いはそれで始まった。
「お前さんも、あのガキには手こずってるんだろう? 部下兼弟子のくせに言うことは聞かねえし、事あるごとに正面切って盾突くし、挙げ句の果てには毎日喧嘩だ。あんなガキが新撰組にいても物笑いの種だ。違うか?」
斎藤は、無表情に返事をしなかった。
「どうやら図星らしいな。副長の命令で仕方なく世話をしてるが、ホントはあんなガキ、いつ消えてもいいんだろう。今日こうして来たのもどうせ誰かの命令だ。──だったら」
男はニヤリと笑って斎藤に顔を寄せ、小声で言った。
「お前に累が及ばないように、俺たちが始末してやるぜ」
次の瞬間、その場に肉を突き刺すような音が響いた。

 「ぐ…ぐはっ…!」
「──生憎だが、あいつを死なせては士道背反になるのでな」
相手の口から大量の血が噴き出すのを見下ろしながら、斎藤は言った。
「同様に、あいつを殺そうとする奴はすなわち悪。そして悪・即・斬は俺たちの正義」
相手の体を、背中にその先端が出るまで深々と貫いた刀を引き抜く。男は白目を剥き、無言でばったりと倒れ込んだ。背後の男たちが動揺する。斎藤は振り返って
「すなわち、貴様らも死あるのみ」
言った後、凄絶な笑みを浮かべる。そして、その表情のまま数歩踏み出した。敵が後退する。牙突に構えを変えた。
「逃げる奴から殺すぞ」
敵の足下が、凍り付いたように動かない。ややあって中の一人が雄叫びを上げて踏み込んできたのをきっかけに、戦闘が始まった。


 翌朝。斎藤はいつものように屯所に現れた。
「あ、斎藤先生。天城先生、気づかれましたよ」
洋子の部屋に向かう途中で、平隊士の一人にそう言われた。ふん、とだけ応じてそのまま歩いていく。部屋の前で障子に手をかけ
「おいこら阿呆。やっと気づいたか、入るぞ」
言うなり、返事も待たずにがらっと開けた。
「あ、斎藤さん。どうも──」
「奴らは処分した」
その言葉に、洋子は数度目を瞬かせた。数秒後に意味を理解すると
「──どうもすみません。私がやるべきなのに」
申し訳なさそうに頭を下げた。何故か苛立った斎藤は
「ったく、傷も治らんのに強がるからだ。阿呆の強がりはろくなことにならん」
「阿呆の強がりって、それは仕方ないでしょう。仕事があるんですから」
阿呆が、と心の中で毒づいた。何も分かっていない。
「怪我した状態で稽古つけても、他の隊士が上達するとは思えんが」
「それを言うなら、私はいつも斎藤さんと打ち合って怪我してるんですけど」
「打身と斬り傷は次元が違うだろう。阿呆が」
「同じ怪我には変わりないと思いますがね」
相変わらずの口答えぶりに、よほど自分の刀で殴りつけてやろうかと思ったが、お夢が見ているので自制する。軽く息をついて
「さっさと完治させて、道場に出てこい。言いたいことはそれからだ」
そう言って、斎藤は部屋を出た。

 

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