寝室にての井戸端会議

(斎藤宅への押しかけ宴会終了後。屯所の自分たちの部屋に戻った平隊士たち)

桧原(以下桧):さて、明日も早いし、寝るとするか。

小笹(以下小):そうだな。(周りを見回して)──長尾は?

長尾(以下長):俺はここにいるぜ。しかし生松の奴、ホントに巧くやりやがって。ちゃっかりお妙さんの隣に座ってやがんの。

生松(以下生):(部屋に入ってきながら)ああいうのは要領がいいというんだ。──それにしてもお妙さん、ホントに美人だったよな。斎藤先生も抜け目がないぜ。

小:全くだ。まさかああいう人をものに出来るとは思わなかった。正直言って、お妙さんも物好きだとは思うがな。

桧:ま、その辺はたで食う虫も好きずきって奴だろ。(押入を開けて)──それにしても、天城先生が言ってた話、聞きたかったな。

生:天城先生も黙って教えてくれればいいのに、何だってよりによって斎藤先生の目の前で言うんだろう。ああなることくらい予測つきそうなもんだが。

長:(敷き布団を引きつつ)いや、さすがに気絶するほど強く殴ってくるのは予測してないだろ。多分一発か二発殴られて、って程度だと思うが。

生:けどよ、あの二人の関係だぜ? いつもの延長で行けばああなるだろ。ホントに天城先生も懲りないと言うか何というか──

小:俺に言わせればどっちもどっちだと思うぜ、あの二人。大体天城先生はまだ二十歳前だって言うし、むしろ斎藤先生の方こそ少しは聞き逃してやるべきなんだ。

生:(掛け布団を出しながら)おい、それマジかよ。天城先生が二十歳前ってのは。

小:二十歳過ぎにしては童顔だろう、あの顔は。一説によると十五かそこら。まあそれであれだけの剣腕持ってるんだからほとんど天才だな、あの人は。

生:(ひっくり返りそうになって)うえー、俺たちだと勝てないわけだ。

長:ま、そういうことだ。──しかし俺は、斎藤先生がまさかああいう人とは思わなかったぜ。

桧:ああいう人ってのは?

長:天城先生に対する態度だよ。いくら弟子とは言え……

小:確かにそれは驚いた。しかも聞けば江戸にいた頃からああだったって言うじゃないか。じゃあ仲が悪いのかと思って見てたらそうでもないし。

生:ちょっと待て。もともとああいう人じゃないのか、斎藤先生は。

長:生松が新撰組に入ったのは、天城先生が三番隊に来た後だったからな。俺たちが配属されたときには、先に入ってた人への紹介も挨拶も一切なし。やりたきゃ勝手にやれ、って感じで突き放されて。大体配属の時からして──

小:(軽く手を打って)思い出した。辞令受けて斎藤先生の部屋に挨拶に行ったら、無言で上から下まで見回した挙げ句、「分かった。部屋は分かるな?」だもんな。で、分かるって言ったら「なら行ってろ。今夜は宿直だぞ」で終わり。よろしくとか何とか言うかと思いきや、一言もそういうのはなしだ。

長:だから三番隊に異動になった天城先生を連れてきたとき、俺たちの間では結構びっくりしたんだぜ? 多分初めてじゃないか、斎藤先生の部下になった隊士でまともに紹介があったの。

生:へえ、そうだったのか。

桧:そう言えばそうだったな。前野先生もどっちかというとぶっきらぼうで人見知りする人だし、とにかく普段滅多にこっちには話しかけない人たちだから、当時の俺たちは二人に声かけられるの自体でびくびくしてた。天城先生が来てからホントに印象変わったぞ。特にあの喧嘩の意味が分かってからは。

小:そうそう。天城先生は三番隊に来る前は井上先生のところで伍長やってたんだが、当時から師範代的なことをやってて。師範格だった斎藤先生と役割分担やら教え方やらで事あるごとに対立して叩きのめされてたからな。他の先生方は誰も止めんし、事情を知らんとあれはホントに怖いぞ。

生:確かに俺も、最初見たときは何事かと思ったな。入隊決定直後の配属前に道場に行ったら、何か知らんがぎゃあぎゃあ騒いで暴力沙汰。見れば悪人面の男と美少年が喧嘩してて少年の方はぶっ叩かれて気絶するし。ちょっとゾッとした。

長:でもよ、俺たちから見て斎藤先生が一番怖かったのは──

桧:──あの時、だな。

生:おい、その「あの時」って何だよ。

桧:まだ天城先生が異動してくる前だ。小笹もいただろ?

小:ああ、覚えてる。俺がここに配属された直後だ。長州系の浪士を中心にした不逞の輩が俺たちを血祭りにしようってんで、騙されて巡察中に誘い出されて。あの時の斎藤先生ほど本気だったのは見たことがない。

生:(心持ち声を落として)具体的にどうだったんだ、おい。

長:敵は数十人いたか。腕の立つ剣客を集めたんだろうな、俺たちも相当苦戦したんだが、あの時の斎藤先生は本当に鬼か悪魔か化け物かってくらい強かった。半分以上一人で相手して、戦い終わったら二、三カ所軽い斬り傷がある程度。それぞれ一人か二人しか相手しなかった俺たちがかなり重傷だったってのにだ。返り血で服は文字通り真っ赤で、敵の親玉とやり合うときはまさに鬼神の形相。その顔が今までで一番怖かった。これは一生勝てないと思ったぜ、あの時は。

桧:そうそう。それに比べれば日常の喧嘩も怖くなくなる、ってなもんだ。まあそれでもびびるはびびるが。

小:実際俺も、あれで物理的な怖さは半減したからな。

生:って事はあれか、やっぱり本気で戦ってるときの斎藤先生が一番怖いという──

桧:戦ってるってか、あの時の斎藤先生は騙されたご自分に怒ってたんだろうな。斎藤先生はああ見えて他人のことに関しては意外と基準が緩いんだが、ご自分のことになるとかなり厳しい。気づかなかったってのが許せないんだろう。

小:しかしあれは、騙されてもしようがないだろう。

桧:確かに客観的にはそうなんだが、斎藤先生としてはそれで収まらなかったって事だな。天城先生に言わせると「いつも人のこと散々阿呆呼ばわりして、自分が失敗してたら示しがつかないから」らしいが、あの時の組長はそういう次元の話じゃなかった。

長:俺もそう思う。──やっぱり本当に怒ったときの斎藤先生か、一番怖いのは。

生:──(低い声で)それ、さっきのも入るか?

長:あれは相当演技が入ってるだろう。本気になったら無言で背後からでも殺るからな。後は問答無用で壊滅に追い込む。そういう人だ。

小:っても、俺たちの前で斎藤先生が本気になって怒ったのは、今のところその時だけだが。──いずれにしても夜遅いな、寝るとするか。

桧:そうだな、寝るか。

 

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