るろ剣インターネット版同人誌

『幕末秘話』番外編 剣と感情(3)

 「どういうことですか、抜刀斎に勝てないってのは!?」
数秒後、やっとの事で食ってかかった泉に、洋子は説明する。
「あなたの剣には感情がありすぎる。それじゃあこいつに先読みされて斬られてしまう。それに、懐に潜り込むのだって自分と同じ背丈の奴には楽じゃない」
敵との間に身長差があれば、懐は敵の死角になって潜り込みやすい。だが剣心、泉、洋子の三人にはほとんど身長差がなく、必殺技が使えないだろうと言うのだ。
「確かに、敵の背が低ければ懐に潜り込みづらいのは分かります。けど、剣に感情がありすぎるってのはどういう意味ですか」
泉は食ってかかるように質問した。洋子は
「気負いとか憎しみとかの思いが、攻撃の際に出てる。それがあるから他の人には勝てたんだろうけど、こいつにはかえって逆効果」
と、ズバリ言ってのける。泉は黙った。
「──まあもっとも、仲間を殺した敵を前にして憎しみもなしに戦える方がよっぽど変なのかも知れないけど。自分の家族を殺した側の人間を憎むのは当然だし、ましてそいつが自分の知り合いなら、殺したくも思うだろうね。それに、命の恩人で仇を取らせてくれた人のために何かしたいと思うのも当然。だけど、それも相手によりけり」
洋子が小声で言ったので、剣心には聞こえていないはずだ。
「仇そのものでないんなら、こいつとはまだ戦わない方がいい」
泉は、言いたいことが喉から出かかっていた。が、言葉が出てこない。
「いいから。──ほら、さっさと行く」
そう言って、洋子は剣心の方を見て逆牙突に構えた。相手も無形の位を取る。
 突進した彼女を見やる泉の背後で、甲高い金属音が響き渡った。中での乱闘を斬り抜けて出てきた数人が、平隊士たちと戦っている。急いでそちらに向かった。

 

 いくら精鋭とは言え、踏み込むのが五人では二十人足らずもの敵のうち取り逃がす人間が出るのはやむを得ないだろう。まして今回は抜刀斎が外で戦っているという話であり、五人は少々拙速になっていた。斎藤と永倉はかすり傷程度の軽傷だが、伍長三人の中にはまだ戦えるにせよ重傷と言える傷を負っている者もいる。
 一方、斬り倒した敵は庭での分も含めて、全部で十人ほどだ。永倉がその場にいる最後の一人を塀に追いつめている。相手が斬りかかってくるのを受けとめ、下からすりあげつつ肩から下を袈裟斬りとも薙ぎとも取れる角度で斬りつけた。確かな手応えを感じた瞬間、敵は鮮血を迸らせながらどっと倒れる。
「飛天御剣流・龍槌閃!!!」
その瞬間、塀の外から声が聞こえた。
「──マジで来てるらしいですね」
「ああ。すぐに向かうぞ」
まさか相手をしているのが洋子とは露知らず、斎藤はそう言った。

 泉は善戦していた。さすがに乱刃をくぐり抜けて来ただけあって、敵の浪士たちも一流と言っていい剣客揃いである。逃げる者を追うのは二番隊と三番隊の平隊士に任せて、自分は一番隊の部下たちと護衛用に来ているらしい三人と対峙していた。
「やあああっ!!」
二人一組で敵一人と対峙する。こちらが踏み込み、斬りかかる。塀を背にした浪士たちも応戦し、甲高い金属音とともに火花が散った。数合斬り結んで一方が後退すると同時にもう一方が攻め込むのだが、敵もさる者でなかなか致命傷を負わせられない。
「くっ…」
泉の相手は腕力が強く、下手に真っ向から斬り結ぶとこちらが力負けして跳ね飛ばされかねない。籠手も狙っては見たが、防具をつけていて斬れない。こうなったら最後の手段だ、と泉はチラリと部下を見て目配せした。小さく頷くのを見て、いったん後退する。
「やあーっ!!!」
ひときわ大声を出して、部下が突進する。斬りつけ、反撃されても踏みこらえて更に攻めこむ。間断なく撃ち込まれる斬撃に、面倒になった敵はケリをつけようと大きく振りかぶった、その瞬間。
「かかったな」
泉が懐に飛び込み、抜き胴の一振りで敵を肉の塊に変えた。

 飛び散る返り血を避けようともせず、泉は敵の死体を睨み据えた。そして血が地面に流れ落ちるようになった頃、残る二手の応援に回る。彼女は自分が当たった敵に既視感を覚えた。沖田とほぼ同い年。父の道場の弟子と言うほど記憶が明瞭ではないが、どこかで──。
「泉…さん…?」
相手も自分に見覚えがあったのか、攻撃はかわしながら訊いてくる。
「どうしてそんな、壬生狼の一味に…?」
「黙れ!!! 父を殺した男の仲間に成り下がった奴などに、言われたくない!!!」
逆上した泉に、相手はむしろきょとんとした表情で
「え……? 殺された…?」
「知らないとは言わせない!!!」
逆上した泉と、構えも中途半端な相手。
 数合で、泉は相手を斬り倒した。返り血を浴びて怒りが消え、記憶が戻っていく。
「──伊藤の兄さん…でしたね」
神戸に住む、遠い親戚である。知らなくとも無理はなかった。
 ほどなくもう一人も倒されたところで、泉は息をついた。

 洋子と剣心は、互いに血みどろの戦いを演じていた。とにかく一瞬の隙が命取りになる、まさしく死闘である。見ようによってはやや剣心の方が余裕があるように見えるのだが、本人にとっては誤差の範囲に過ぎない。何しろ洋子の刺突は、刀を持っている手を突くことさえ容易なのだ。
 龍槌閃を受けとめ、相手の着地地点に、着地する瞬間にぴったり合うように突進する。剣心は相手の刀の上で着地し、更に遠くへ飛び離れた。そして着地した反動を利用してこちらも突進し、逆牙突で突進してくる洋子と今日何度目かの凄まじい斬合いを演じる。互いに破壊できるような刀ではないため、命を止めるしかないのだ。
 と、剣心は塀の内の喧噪が静まったのを悟った。恐らくあの二人が来る。
「さすがに組長二人を相手にしては勝ち目がない。ここらで失礼する」
退くなら、一人しか敵のいない今のうちだ。それもこの重傷では、恐らく後を追うどころではないだろう。そう思って別の家の塀に飛び上がった途端、声がした。
「待って、緋村!!! また決着つけないつもり!!?」
「──まずは傷を治すことだよ」
言い捨てて、剣心は屋根から屋根へと飛び移っていった。背後に、やっと到着した五人の声を聞きながら。

 「洋さん、大丈夫ですか!?」
気の強いことを言っておきながら、剣心が消えた途端洋子はその場に座り込んでしまった。そこに斎藤、永倉以下五人と泉たちが到着する。水溜りならぬ血溜りが出来るほどにおびただしい出血に仰天して、泉が声をかけた。
「うん……。まあ何とかね…」
応えはしたが、声を出すのさえきつそうな様子である。
 「取りあえず斎藤、お前が洋を連れて先に帰ってろ」
と、二人を見て永倉が言った。返事をしない相手に
「俺が二番隊と三番隊の残りを連れて後で帰るから。それくらいしてもバチ当らんぞ」
何しろ抜刀斎と最初から最後まで一対一で戦ってたんだからな、と付け加える。確かにそれはそうだが、と思って洋子を見やると、当の本人は刀を杖代りにして立ち上がっていた。まだ額から鮮血が流れ落ちてくるにも関わらずだ。
「阿呆、自分の体の状態を考えろ。歩ける状態じゃないだろうが」
「──斎藤さん──」
いたんですか、とでも言いたげな顔である。洋子の何が最も苛立つと言えば、こういう時の自分を無視したような表情だ。俺はそうまで非情な人間ではない。
「俺が連れて行ってやる。──ほら、おぶされ」
「大丈夫ですよ。一人で歩けますから」
「いいから俺の言う通りにしろ」
洋子は一息ついて、斎藤の背におぶさった。永倉に軽く一礼して、その場を離れる。

 

 「洋子さん、大丈夫ですか!?」
お夢が部屋に飛びこんでくるなり、心配そうな顔で訊いた。
「三日間は絶対安静って。まあこのままなら命の方は大丈夫だって、松本先生が」
沖田が説明する。松本先生とは、名医との評判の高かった松本良順のことだった。どこをどうしたのか、将軍家の侍医である彼を新撰組に呼んで洋子の診察を頼んだのだ。
「ああよかった。もう、無茶しないで下さいよ」
「大体、誰に私が怪我してるって聞いたのよ」
絶対安静と言われた割に、意外と元気そうな洋子が言った。松本良順の言葉は、相手が新撰組であることを考えた言葉のあやだろうと解釈している。
「誰って、斎藤さんが。怪我しててしばらく帰れそうにないって」
「斎藤さんが?」
詳しいことは教えなかったらしいが、お夢にはそれがかえって心配の種になってしまい、昼食を食べていたら居ても立ってもいられずにここに来たという。
「それにしても、とにかく五体が繋がってて良かったです。数日くらい──うわっ!!」
壁にまともにぶつかったような大きな音がして、部屋が軽く揺れた。遅れて呻き声が聞こえる。そして木刀同士の斬撃音。
「何なんですか、今の」
「私がこうだから、斎藤さんが自分で教えないと行けなくなってね。相変わらず無茶苦茶やってて、昼ご飯の時に早速平隊士がグチこぼしに来たわ」
どうやら斎藤の教え方は、自分だから厳しいというわけでもなかったらしい。泉さんの台詞もまんざら外れてなかったみたいねと洋子は思った。

 

 その頃、泉は裏庭で、一人黙々と刀を振るっていた。

 

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