るろ剣インターネット版同人誌

『幕末秘話』番外編 お披露目(2)

 自分の視線に気づいているのかいないのか、斎藤はそこから全く動かずに酒を飲んでいた。沖田、永倉などの組長たちがいる空間だ。
「あ、ずるいですよ、天城先生。お妙さんを独り占めにして」
そこに、さっき騒いでいた隊士の一人である生松が近づいてきた。
「別に独り占めにしてた気はないんだけど。斎藤さんにぶっ叩かれたのをお妙さんが心配して見に来てくれて、それでちょっと喋ってただけだから」
「そういうことでしたか。それにしてもお妙さん」
と、ちゃっかりお妙を挟んで洋子の反対側に座りつつ言うには
「斎藤先生と、どういう経緯で知り合ったんです?」
お妙は困ったような顔になった。

 「あの、どういう経緯でと言われましても…」
「いえね、言っちゃあ何ですけどお妙さんのお相手は『あの』斎藤先生ですよ。どういう経緯で知り合って、どう口説かれたのか我々としては非常に興味があります。これから我々が口説くときの参考にしたいのです、是非!」
端で聞いていた洋子はちょっとヤバいんでないのと不安になったが、生松には酒が回っているらしい。もう一方の当事者は四人がかりで止められているようだった。
「『あの』斎藤先生と言われましても、ごく普通に知り合いましたから…。あの人が私の勤めていたお蕎麦屋さんによく食べに来まして…」
「ちょっと待った、てことは蕎麦屋で知り合ったってこと!?」
反対側で聞いていた洋子が、素っ頓狂な大声を出した。その声に皆の視線が集中したのに気づいていない様子で、お妙は頷く。
「ええ、そうですけど──。貴方もおいででしたか?」
「ほとんど毎日食べに行ってるわ、斎藤さんと一緒に」
と言っても、洋子と斎藤が一緒に食事をするようになったのは、主に洋子が三番隊に入ってからのことである。その気になってみれば、微かに顔に見覚えがあった。
「どこのお店でしたっけ?」
「それはご勘弁下さい、噂がどう広まるか分かりませんから。でもとにかく一ヶ月くらい実家に帰って、それからこちらに参りましたの」
「──それって、花嫁修業ってことですか?」
平隊士の小笹が訊く。洋子が周りを見回すと、三番隊伍長以下は全員お妙に視線が集中していた。斎藤の押さえの組長四人も、耳はこちらを向いているらしい。
「花嫁修業なんて、そんな大層なものでは…。世間の噂を避けるために冷却期間を置いた方がいいだろうということで、帰っていただけですわ」
応じつつも、お妙の顔が僅かに赤くなってきている。それに気づいた平隊士の一人が
「お、お妙さん。顔が赤いですよ」
「さては結構図星ですか? となるとさぞかし──」
「具合はどうでした? 結構良かったですか?」
冷やかし混じりの質問が幾つか飛んできた、次の瞬間。
「いい加減にしろ、貴様ら!!!!」
声と共に床に刀が叩きつけられ、一瞬にして静まりかえる。
「ったくこの阿呆どもが、人が黙って聞いてればいい気になりやがって。どいつもこいつもそういうことにしか興味がないのか。もう少し品のある会話をしろ」
でなかったら喋るな、と付け加えておいて、斎藤は残る組長たちの制止を振り切ってこっちに来た。これは本気でヤバいな、と思った洋子は、急いで次の話題を振る。
「で、いつ頃知り合ったんです?」
「いつ頃、というか最初はそれこそお客と店員ですからね。顔そのものは新撰組が出来上がった直後の頃から知ってたんですが」
応じつつ、歩いてくる斎藤の方を見やる。その視線の先の人間は
「ま、色々あってな。先月頃からか、ここに住むようになったのは」
とだけ言った。そして生松が逃げて空いた席に腰を下ろす。
「はー──。一ヶ月も一緒にいて、よくお妙さん平気ですね」
「阿呆、お前みたいにガタガタ言わなければ俺も何もせん」
お妙を挟んでのやり取りである。殴らないのは万一お妙に当たった場合のことを想定してだろう。それなら、と洋子は応じた。
「そりゃ普通の女の人をぶっ叩くなんてことはいくら斎藤さんでもしないでしょうけど、普通暮らしてるだけで絶対嫌になりますって、こんな陰険で──」
「誰が陰険だ、この阿呆」
「だって、計算したらお妙さんと暮らしてるの一ヶ月以上も黙ってたってことじゃないですか。おまけに原田さんが追及しなけりゃまだ黙ってたでしょうし、それのどこが陰険でないって言うんですか。ホントにもう」
「それを言うならお夢のことを黙ってて、原田君に脅迫されるまで会わせるのを拒否してた奴はどこのどいつだ。ったく」
「あ、あれはですね、お夢の教育上のことを考えて──」
お妙がたまりかねたように吹き出した。そこに沖田が口を挟む。
「僕から見ればどっちもどっちですよ、お二人とも」
「そうそう。何で俺みたいに堂々と出来ないんだか」
局長公認の妻子持ちである原田の台詞に、永倉が混ぜ返す。
「君の場合は逆の意味で問題だろう。いきなり屯所におまささんを連れてくるんだからな。あの時は何事かと思ったぜ」
「うるせえ。近藤先生にはお目通しした方がいいと思っただけでえ」
一転してふてくされたような口調になる原田に、その場の人間は爆笑した。

 それから普通の宴会になる。原田の歌声が聞こえるようになり、周りが手拍子を打って囃し立てた。一曲終わったところでお妙が
「お上手ですね、原田さん」
「ま、あいつはあれが芸だからな」
斎藤の応答は相変わらず素っ気ない。反対側で洋子は拍手していたが、話し声を聞きつけて忘れかけていた疑問が再び頭をもたげてきた。
『それにしても、お妙さんは斎藤さんのどこがいいんだろう』
ということである。

 洋子にしてみれば、斎藤と同室で暮らすなど絶対に御免である。昼間の隊務や昼食時、時々ある宿直だけでうんざりする。殴らないらしいので自分といる時よりはましなのだろうが、それでも暮らしたいとは思わない。
 やがてお妙が席を立ったとき、洋子もやや遅れて席を立った。台所でご飯を用意しているお妙に、手伝いますよと言って隣に行く。冗談めかした口調で
「それにしても、お妙さんみたいに美人なら他に言い寄る男がいくらでもいたでしょうに。何で斎藤さんなんかを?」
訊いてみた。ごく短い沈黙のあと、相手は微笑して
「さあ…。自分でもよく分かりませんの」
おひつにご飯を移しつつ応じる。そして続けて
「でも、好いた惚れたってそういうものだと思いますよ」
さらりと言った。洋子は戸惑いつつ
「──私自身、恋愛経験はほとんどないのでよく分からないんですが。そういうものなんですかね、恋愛ってのは」
「あら、私も恋愛経験は多くないですよ。一さんで二人目。しかも前の人には思いっきり振られましたからね」
洋子は驚いて声をあげた。
「振られた!? 何でまた、こんなに美人で料理もうまくて──」
「その人曰く、私は出来すぎて窮屈──だそうです。そういう話をいつだったか、一さんにちらっとしたんですね。そしたら」
お前程度の器量で窮屈などという奴は、自分がよっぽど阿呆で器量がないと白状してるようなもんだ。普通の女一人自分の手に余るような奴に、惚れたお前もお前だが──。
「そう言われたら、気が楽になったんです。窮屈なんて言う方が悪いんだと、思えるようになりまして」
そしてお妙は、ご飯を移し終わったおひつを持って部屋に戻る。洋子は台所で空の釜を水につけながら呟いた。
「うーん、分かったような分からないような──」

 洋子は戻って空いている席に座った途端、背後から一発殴られた。
「痛いなあ。いきなり何するんです、斎藤さん」
「阿呆。何をお妙と喋っていた」
振り返って見上げつつ話す。
「いいじゃないですか、別に何でも。雑談ですよ雑談」
「お妙も純粋というか正直というか阿呆というか、訊かれたら何でも答えるからな。ったく、どうせ余計なことでも喋ってたんだろう」
「その言い方はお妙さんに失礼ですよ。お妙さんみたいにいい人なんて、多分斎藤さんの前には二度と現れないでしょうから。勿体ない。せめて大事にしてあげて下さいね」
   バキッ!!!
「勿体ないは余計だ、この阿呆」
「事実を言っただけなのに、何でそこで叩くんです?」
   バシッ!!!
「勿体ないのどこが事実だ。貴様の偏見だろうが」
「後が怖いから口では言いませんけど、ほぼ間違いなくみんなそう思ってますよ。私は慣れてますから言うだけであって」
「おーい。二人とも、ご飯いらないのか?」
そこに遠くから、藤堂が割って入るように訊いた。洋子はすっと立ち上がって
「あ、いりますいります! ちょっと待ってて下さいね」
さっさとその場を離れた。残された斎藤は
「──チッ、逃げやがって」
やや遅れて気づくと、手持ちの徳利の酒を飲み干した。

 やがて夜も更け、会がお開きになる。お妙が玄関まで出て見送ってくれた。
「お妙さん、また来ますね。今度はもっとのんびりしましょう」
沖田が笑顔で言う。言われた方も微笑んで
「ええ。本当に今日はお構いも出来ませんで。こんなところで良かったら、またいつでもおいでになって下さい」
「俺は二度と呼ばんぞ、貴様らなんざ」
斎藤が横から、常にもまして不機嫌そうに言う。
「いいですよーだ。さっき色々話聞けましたからね」
洋子が応じた。沖田の斜め後ろから
「秘密ネタ関連幾つか。帰りながらみんなに話して──」
   バゴッ!!!!
「黙れ、阿呆。今夜こそは吊し上げてやる」
斎藤がいつの間にやら回り込んで殴りつけ、気絶させた彼女を肩に担いだ。

 かくして翌朝、一晩中縄で縛り上げられて文字通り縁側に吊し上げられていた洋子が、軽い風邪を引いていたのは言うまでもないだろう。

 

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