沖田(以下沖):(がらっと襖を開けて)土方さん、あの二人どうにかして下さいよ。
土方(以下土):あの二人?
(道場の方から、凄まじい物音が聞こえてくる。更に怒号と叫び声が聞こえる)
土:──ああ、あれか。放っとけ、いつものことだ(読んでいた書類に視線を戻す)。
沖:そりゃ僕らにとってはいつものことですけど、新入り隊士があの二人を誤解してますよ。思いっきり仲が悪いんじゃないかって。
土:そんな誤解、放っておけばそのうち解けるだろ。どうせ俺が言っても直らん。
沖:冷たいなあ、土方さんは。──大体、洋子さんの師匠を斎藤さんにしたの、土方さんでしょう。少しは責任感じて下さいよ。
土:別にどう教えろとも言ってないがな、俺は。あの教え方は斎藤流だ。──それに、
沖:それに?
土:俺自身、斎藤君がああまで熱心に教えて──洋子に関与するとは思ってなかった。
沖:すると何ですか、土方さんにも斎藤さんのあの態度は予想外だったと?
土:まあな。──ちょっと面倒見てくれ、程度のつもりだったんだ、こっちとしては。それを斎藤君がどう解釈したのか、自分の稽古も放り出す形で教えだして、洋子も何だかんだ言いながらしっかり課題はこなすし、頭ではどう考えてるか知らんが俺の目から見て結構なついてる。こうなったら俺が口を挟むまでもない。
沖:──なついたというか慣れただけというか──
土:ま、その辺は微妙なところだが。実際、洋子も斎藤君も、やめたいとか他の人がいいとか一言も言ってないからな。特にあいつが正式に試衛館にいることになってからは。だから別にいいんじゃないのか?
沖:意外と放任主義なんですね、土方さんって。
土:放任主義かどうか知らんが、俺としては出来るだけあの二人の意志は尊重してやりたい。実際、それなりにやれてるからな。
沖:──それって、あの子の過去のことと──
土:何しろお姫様だからな。お互い知らないことにしてるが、意識し出すときりがない。斎藤君のあの態度も、俺の見るところ彼自身がある意味で強く洋子の過去を意識してて、それを隠すためにやってるんだ。普通、いくら何でも女をああまでぼかすか殴らんだろ。
沖:殴られる側はたまったもんじゃないでしょうけど。
土:そりゃそうだろうが、そこまで面倒見切れん。まあ殴ると言っても痣が出来る程度だし、洋子も最近は殴られるの覚悟で言ってるからな。大体、ああなるのは試衛館時代の態度から予測できてた。今更言っても仕方ないさ。
沖:確かにそうですけど。
沖:(急に真面目になって)──それにしても、よく許可してくれましたね、洋子さんの誘拐計画。
土:どうした、いきなり。
沖:計画立てた僕が言うのも何ですけど、あの子はやっぱりいろいろと厄介な存在でしょう。特に幕府とか御庭番衆とかの関係から行けば。今から組織を作ろうという時に、よくああいう──
土:お前がそういうことを言うとは思わなかったな。
沖:あの時は洋子さんのことだけ考えてましたから、周りのことは気にならなかったんですけど、今になって思えば──
土:──総司、お前、権現さま(徳川家康)が幕府の組織をどう作ったか知ってるか?
沖:詳しいことは知りませんけど、確か三河時代の──
土:三河時代の組織を、かなりそのまま移植したらしい。──それで二百数十年間やってこれたんだから、俺も新撰組を作るときに参考に出来る部分は参考にした。つまり、骨格である試衛館での関係は変えない、と。──そうなると当然、洋子もいなければおかしくなる。毎日あれだけ騒いでたんだから、いるといないとでは雰囲気的に違うだろう。──ま、最初は忙しかったからそう感じなかったかも知れんが。
沖:──言われてみれば──(クスクス笑い出す)
土:?
沖:斎藤さん、なんか暇そうにしてましたもんね、洋子さんが入隊する前。手持ちぶさたで稽古にもどこか身が入らない感じで。だから気晴らしに手伝い頼んだんですけど。そうか、だからかあ。(声を立てて笑う)
土:(やや苦笑して)さっきの話に戻すと、そういう意味で洋子は必要な存在なんだ。役に立つ、立たないとか面倒とか言うのとは完全に別次元の話で。──御庭番衆にあいつを手放す気もないだろうし、妙な事態に巻き込まれる可能性もあった。そうなってからだと手遅れになるかも知れんからな。現に京都に来てから俺と再会するまでに、浪士どもの誰かと付き合いがあったらしい。
沖:(再び真剣な顔で)──そうなんですか?
土:ああ。あいつもはっきりとは言ってないが。
沖:(──だからすぐに許可してくれたんだな。洋子さんと戦わないために)
土:そういうわけだから、そろそろ戻ったらどうだ。騒ぎも静まる頃だろう。
沖:ハーイ。