(試衛館の道場の入り口で、稽古を見ている洋子に原田が声をかける)
原田(以下原):お、洋子。暇そうじゃねえか。
洋子(以下洋):今日は斎藤さんいませんからね。日課の分も終わりましたし、たまには他の人がやってるのを見るのもいいかと思いまして。
原:そっか。──しかし、お前も大変だよなあ。毎日毎日アレで。
洋:大変なんてもんじゃないですよ。こっちは半分以上命がけなんですからね、特に午後の打ち合いは。昨日も怪我しましたし。
原:ああ、縁側から吹っ飛ばされたんだろ? 凄かったな、あれは。
洋:凄いなんて悠長なもんじゃありません! こっちには一つの災難です!
原:(相手の剣幕にちょっと気圧されつつ)分かった分かった。しかしあいつもあれだよな、何でお前に四六時中ついてるんだろ。いくら稽古する必要のないくらい剣腕はあるといっても、たまには見本見せる意味でも俺たちとやった方がいいだろうに。
洋:──そんなにあるんですか? 斎藤さんの剣腕。
原:おいおい、仮にもお前の師匠だぜ? 教えるだけの実力がないと出来んだろ。
洋:だって、稽古する必要がないってことはほとんど免許皆伝持ってるか、それと同じくらいでしょう? 目録からでも人には教えられるって言いますし、第一、私、斎藤さんが他の人と稽古してるの見たことないんですよ。だから…
原:お前、あいつがここに居候するきっかけになった事件、知らないだろ?
洋:──事件? 何ですかそれは?
原:いや、大したことじゃないんだが(と言いつつ周囲を伺う)…。知りたいか?
洋:そりゃあもう、是非!
原:(やや表情が真剣になる)ま、単にあいつがある剣客を斬っちまってな。俺も当時は江戸に来てそんなに間がない頃だったから斬られた奴がどんな奴か知らねえが、何でも道場持ちの一流の剣客だったらしい。──で、斬った場所がこの道場のすぐ近くだったんだと。
洋:それで、どうなったんですか?
原:なんでか知らんが俺たちの方に疑いがかかってきてな。奉行所はしつこいし、その道場の弟子から果たし合いの申し出まであるもんだから土方先生辺りが言い出したんだろうが、真犯人を探して突きだそうってな話になって。それで探してたら突き当たったのがあいつだったんだ。
洋:それから?
原:あいつ、自分の容疑は認めねえし、途中から「疑われるのはそっちが悪い」なんて言い出すしよ。そうでなくてもあの態度だろ? まあこっちが腹立てるのも当然で、最後には腕っ節で決着つけることになったんだ。
洋:どうでした、その結果?
原:俺たちが勝ったさ。ってもかなりの激戦でな。土方先生と一対一で三本勝負やったんだが、ほぼ互角。三本目でやっと決着がついたってのが実状だった。まあ最後には経験の差が出たがな。
洋:土方さんと互角、ですか?(ちょっと驚いた表情になる)
原:後で聞けば沖田君と同じくらいの年齢らしいから、自分でも自負はあったらしい。あの偉そうな態度はそこから来てんだろ。
洋:ちょっと待ってください。あの顔で沖田さんと同じくらいの年って──。ちょっと老けてません?
原:(思わず失笑する)そうとも言うな。──それはともかく、決闘すんだ後、斎藤の奴は「ケリは自分で付けますよ」ってなこと抜かして、数日消えちまいやがった。その間に何があったか分かるか?
洋:さあ……。出頭したわけないですよね。
原:斎藤が斬った道場主の弟子どものうちの主立った連中が、江戸のはずれで全員斬殺されてたらしい。うちに果たし合い申し込んでた連中がさ。
洋:──うわ…。それやっぱり──
原:ま、それだけならまだいいんだが、むかつくのはここから後だ。──そういう知らせがあってから数日後、あいつがここに姿を見せた。それからなし崩し的に居候してやがるんだよ、あいつは!
洋:ホントですか、それ!?
原:ああそうだ。一言の断りもなしに空いてる部屋に泊まり込んで、いつの間にか自分のものにしやがって。ああいう奴だから気味が悪いってんで様子見てたら、ちゃっかり既成事実にしてやがんの。
洋:うわあ、それひどいですよ。ってか明らかに常識はずれ──。
原:だろ? 俺や永倉や藤堂みたいに道場破りもしくは出稽古に来て、ってんならまだしも、いきなり空いた部屋に上がり込んで寝てるんだぜ。それを許す近藤先生も近藤先生だが、斎藤も斎藤だよな。お前みたいに挨拶すればいいんだが、あいつの場合はそれもなしだ。
洋:は──。呆れましたね。まさかそういう図々しいことやってたとは。
原:ま、そう言うわけだ。とにかくあいつには土方先生とほぼ同等程度の剣腕はあるってことだ。毎日稽古しなくてすむだけの、な。
洋:分かりました。ご本人に後で色々聞いてみますね。
(夕方頃に斎藤が帰ってくる。他の門下生と稽古していた洋子が近づいて)
洋:色々聞きましたよ、ここに居候するようになったきっかけ。人斬ったのは何か事情があったか知りませんけど、かなり図々しいことやってたんですね。
斎:──おい、洋子。
洋:はい?
斎:俺が、お前の過去について何か聞いたか?
洋:(ビクッ!!! となり、ややあって冷や汗が流れてくる)
斎:──ったく、阿呆が。それより稽古だ稽古。行くぞ、おい。
洋:(一息ついた後)はーい。