斎藤(以下斎):さて、午前の仕事も終わったし、飯食いに行くか。──おい洋!
洋子(以下洋):あ、はい。何か用ですか?
斎:飯食いに行くぞ。そっちもさっさと終わらせろ。
洋:はい、分かりました。
(屯所の門を出て、通りを歩きながらの会話)
斎:さて、今日はどこの蕎麦屋に行くか──。
洋:毎日毎日、蕎麦ばっかりでよく飽きませんね。
(バキッ!)
斎:やかましい、文句言うなら来るな。大体お前はうどんだの丼だのしょっちゅう食ってるだろうが。蕎麦しか食ってないってならともかく。
洋:それを言うなら、いつも呼びつけるのは斎藤さんじゃないですか。私だってたまには一人で食べたいんです。奢ってくれなかったら誰もついてきたりしませんよ。
(斎藤の刀が空振りする。舌打ちして)
斎:阿呆。お前が目立つような騒ぎ起こすから、店員の視線が集中して年上の俺が払う羽目になるんだ。
洋:騒ぎの種蒔いて、更にそれを大きくして暴力沙汰にするのは自分でしょう。こっちだって食事の時くらいは静かに食べたいんですからね、ホントに。
(バゴッ!!)
斎:だったら黙って従ってればいいだろうが。いちいち騒ぐな、この阿呆。
洋:従えないようなことを言うのも自分でしょう。誰も騒ぎたくて騒いでるわけじゃないんですから。大体──
斎:(急に立ち止まって)ここにするか。入るぞ。
洋:──はーい。
斎:──で、平隊士の様子はどうなんだ。
洋:別に、いつもと変わりませんよ。
斎:昨日言ってた──村上とか言う奴は?
洋:ああ、彼ですか? (声を落として)昨日と変わらず、ですよ。
斎:そうか。──さては何かあったか──
洋:でも、噂だと女の子に振られたそうですよ。私はそんなに詳しくないからよく分からないんですが、あんなに落ち込むもんなんですかね。
斎:さあな。俺もそれほど経験があるわけでもないし──
洋:例えば、ですよ。お妙さんが斎藤さんを振ったら、どうします?
斎:お妙が? 俺を?
洋:ええ。──やっぱり落ち込みます?
(バシッ!!!)
洋:──いっっったーーー! いきなり何するんですか、斎藤さん。
斎:阿呆。そんなこと訊くなんざ、お前には百年早い。
洋:例えばって言ってるでしょう!? 村上君の心理状態、斎藤さんなら少しは分かるかなと思って訊いただけなのに! いきなりそれはないでしょうが!
斎:そういうことを考えること自体、百年早いと言ってるんだ。ったく。大体一口に振られたと言っても、その場の状況や本人の性格次第でどう感じるか分からんだろうが。その程度の見当はつけろ、阿呆。
洋:──でも──
店員:あのう、ご注文の品、お運びしてよろしいでしょうか──?
洋:(一転して笑顔を作り)はい、どうぞどうぞ。
(取りあえずいったん二人とも静かになり、食べることに専念する。半分以上食べ終わったところで)
洋:それはそうと、そっちはどうなんです? 特に伍長たちの方──。
斎:例の一件か?
洋:ええ。──平隊士にも影響出てますからね。
斎:ま、多分大丈夫だろう。男色はそもそも武士の古風だし、それ自体で粛正だの何だのの対象になることもあるまい。普通の色恋沙汰と一緒で、上層部としては本来の職務に影響なければ放っておくつもりらしいしな。
洋:(再び声を落として)もし万一、私が巻き込まれたらどうすればいいですかね。
斎:──斬れ。
洋:──いいんですか?
斎:ああ。──その前に、そう言うことに興味ない風の演技はしろ。遊女たちの名前の一人や二人は覚えて、そっちがいいっていう風に振る舞え。
洋:一応そうはしてるんですけどね。私の場合、普段他の伍長たちと付き合い薄いでしょう。だから困るんですよ。その付近の情報が──
斎:──妙な目にあったのか?
洋:(軽く息をついて)遭いそうなんですよ、これから。噂のある人間に何度か誘われてて、講義があるってのとお夢がいるからってのとで逃げてるんです。けど──
斎:そういうのは斬れ。俺が許す。副長にも俺が言っておく。
洋:ホントにいいんですか?
斎:構わん。もし感づかれたら、その場で始末しろ。たかが伍長の一人や二人くらいはお前でも斬れるだろう。
洋:たかが伍長って言いますけど、私も一応──
斎:その前に、お前は師範代だろう。普通の伍長に勝てなくてどうする。
洋:普通の伍長って、私に興味持つ時点で既に普通じゃないような──
斎:阿呆、剣腕の話だ。少なくともそういう噂のある連中よりはお前の方が強い。──ま、俺に勝つには百年早いが。
洋:そうなんですか?
斎:伊達に剣術師範をやってるわけじゃない。見くびるな。
洋:じゃあ何で、私が斎藤さんに勝つのが百年先になるんです?
(バキッ!!)
斎:そういう阿呆な質問をするからだ。ったく阿呆が。
洋:質問の中身と剣の勝ち負けと、どういう関係があるんですか!?
斎:そういうことを訊く精神構造自体が、俺に勝てない原因だと言ってるんだ。その程度は分かれ、この阿呆が。
洋:私をそういう精神構造にしたのも斎藤さんでしょう。あーあ、昔は──
(バゴッ!!!)
斎:(脳震盪を起こして突っ伏している洋子を見やって)ったく、阿呆が。自分がキレてこうなっただけだろうが。