るろ剣インターネット版同人誌

『幕末秘話』番外編 試衛館の一日

 「おいこら洋子! いつまで…と」
怒鳴りつけながら洋子の部屋に向かった斎藤は、障子を開けて中に誰もいないことに気づいた。そこに沖田が通りかかる。
「クセになってるのか知りませんが、洋子さんのいない日まで起こしに来なくてもいいじゃないですか。土方さんにくっついて、石田散薬の作り方を見学しに行ったのが昨日でしょう。──これだから習慣ってのは怖いんですよね」
最後の台詞は笑いながら言った。斎藤は思い出したらしく、
「そうか。今日は俺の修行ができるな」
その日は、こうして無事に始まった。

 

 「いいのかなあ、人の部屋を勝手に調べて」
「いいんじゃねえの? 本人いないんだし、ばれなきゃ別に…」
沖田の声に、原田が応じる。はたきを持った藤堂も言った。
「そうそう。大体掃除してないあいつが悪い」
「別に、掃除するほど汚れてないような気もしますけど」
部屋の中をぐるりと見回して、沖田は更に言った。
「知りませんよ、後でばれて怒られても」
その日の午後、洋子の部屋での会話である。斎藤はこうしたことには一切興味がないらしく、道場で永倉などと稽古していた。今回の探索は原田が言い出して藤堂が乗り、沖田は二人が妙なことをしないように監視すると言った役回りである。

 「グヘッ! ゴホッ、ゴホッ!!」
「何だあ、あいつ。今年になってから全然部屋の掃除やってねえんじゃねえか!?」
「──ゴホゴホゴホ……。こりゃさすがにひどいな」
藤堂がはたきで天袋を軽くはたいた途端、埃がもうもうと立ち上った。たちまち埃まみれになった三人は、激しく咳き込みながら言う。
「部屋の隅とか埃だらけだぜ。見てみろよ、これ」
原田が指さした方を見ると、でかい綿埃が壁際のあちらこちらに落ちていた。
「──こりゃ、ほうきがいるなあ」
「あ、僕取ってきます」
沖田はそう言って、さっさと部屋を出た。残った二人で障子や襖を開け放ち、風通しをよくしてから掃除だと決まる。これでは探索どころではない。新鮮な空気を吸うために大きく息をついた彼らだったが、ふと藤堂は思い出して
「とは言え、押し入れを開けないと掃除にならんし──」
「一ちょ調べてみるか!」
二人して頷き合い、押し入れを開けて布団や枕を外に出す。と、原田はその奥に小さな包みを発見した。布団や枕に隠れて、普通なら決して見つからない場所にある。
「お。藤堂君、こんなのがあったぜ」
「どれどれ──。お、意外と重いな」
包みを持ってみて、重みがあることに気づいた。中を開けてみて
「おい、これ──」
顔を見合わせて唾を飲み込んだ二人のところに、ほうきを持った沖田が戻ってきて
「あ、何見てるんです? 僕にも見せて下さいよ」
黙って中身を見せる。沖田も唾を飲み込んだ。
「──何だってあいつが、こんな大金持ってんだ!!?」
一両小判六枚が、中に入っていたのである。

 「まさか、盗んだなんてことはねえよなあ」
「それはない──と思いますよ。一日中道場でしごかれて、ここに帰ってきたら寝るだけの生活ですから」
「だよなあ。第一ここにこんな大金はないし」
三人して、顔を見合わせている。そもそもの第一発見者である原田が言った。
「洋子が自分でまともに手に入れたとすると、誰かにもらった金か?」
「貰う? 誰にです?」
沖田が問い返す。洋子の外出に付き合う割合は彼が最も高いのだが、金を貰うようなことをした覚えはないし、一人で外出した際にもそんな話は聞いてもいない。
「だから、人助けとか何とかした相手に。そこらの不良程度はどうにかなる腕前だろ?」
「だとしたら、小判六両は中途半端な額だな」
藤堂が応じた。一両とか五両、十両と言ったキリのいい額なら助けて貰ったお礼にもなるが、六両とはいかにも中途半端な金額である。
「けどよ、助けたのが一回だけとは限らないぜ」
「確かにそれはそうですけど。あの子の性格からして、そんなことがあったら絶対誰かに言ってますよ。しかもお礼に金貰ってて」
多分斎藤あたりに誇らしげに言って、喧嘩の種になっているはずだ。沖田の指摘は確かに当たっている。叩かれたくないから黙ってるのかなあ、とも付け足しはしたが。
「──洋子が持ち物売って作った金、ってことは?」
藤堂が別の可能性を指摘した。洋子はもともと畠山家の姫君なのだから、売られる前には相当高価なものを持っていたはずである。借金の形に売られたのでそう大したものは持って来ていないだろうが、豪華な振袖の一つや二つは風呂敷に包んで持ってきている可能性があった。もしその一つを売れば、この程度にはなるかも知れない。
「──だけど、売る理由がないでしょう」
「俺たちの知らないところで、事件に巻き込まれたか──。はたまた出かけた先でものを壊してその弁償ってことはあり得るだろう? ここに金がないと思って…」
藤堂の話には、それなりに説得力があった。弁償した残りの金かも知れない。
「──だとしたら、僕や斎藤さんにも一言の相談もなしにやったわけですよね」
沖田の声に、やりきれなさが籠もる。
「水くさいなあ、洋子さんも。一言言ってくれれば──」
沖田には、道場破りで数両稼ぐだけの自信はある。余程のことでない限り、それでどうにかなるはずだった。言ってくれれば協力したのだ。
「結局、その程度の存在に過ぎないってことだろうな、俺たちは」
藤堂がため息混じりに応じる。原田が引き取って
「──で、これどうする? もとあった場所に戻すか?」
訊く声が沈んでいる。沖田が応じようとしたとき
「おーい、総司。それに原田君も藤堂君も、揃ってどうした?」
近藤の声が聞こえた。見回すと、部屋の外の縁側のところに立っている。三人は顔を見合わせて、沖田が無言で問題の小判の入った包みを差し示した。部屋に入ってきた近藤は、それをすっと取って中身を確認すると
「ああ、何だこれか。富くじの残りだ」
「へ!!?」
──どうやら、とんでもない誤解をしていたらしい。

 

 もとは出開帳で洋子が当たり、斎藤が没収して近藤に差しだした十両の富くじである。四両ほどはそれ以前の借金の返済で使ったが、残る六両を近藤が洋子にやった、というか返したらしいのだ。一応塾頭の土方と没収した斎藤には言ったが、他の居候たちには敢えて言うことでもなかろう、との判断で黙っていたのだという。
「なあんだ、そうかあ」
事情を聞けば何のことはない。あれこれ空想して落ち込みまでした自分がバカみたいだ、と沖田は笑いながら思った。
「いや、俺たちはてっきり洋子が何かしたかと──」
原田も頭を掻いている。そう言えば富くじを受け取った直後も、試衛館の食事はさほど変わらなかった。貯金しているのだろう、と考えていたのだが。
「ま、取り越し苦労で済んで良かったと言うべきか」
藤堂がそう言って苦笑し、ことは一件落着した。

 掃除を済ませて道場に戻った沖田は、斎藤に声をかけた。
「とんだ空騒ぎでしたよ、ホントに。斎藤さんも言ってくれれば良かったのに」
「──ああ、没収した十両の行く末か」
頷いて、笑った。そして言うには
「あの子が僕らに黙って何かをするはずがない、ですよね」
「それ以前に、あの阿呆が悩んでるのに気づかんほど俺はボケてないぞ」
どうやら近藤から話を聞いたらしい。斎藤の台詞に、沖田は一瞬はっとなってすぐに笑顔に戻った。自分のカンを信じればいいのだ。

 

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