宇宙海賊キャプテン・ハーロック

第2部 アマランス…流転の王女 1

1. 王女アマランス

 ヘビーメルダーに別れを告げたハーロックたちは、アルカディア号の意志のままにユーフラテス星系の小惑星帯に入り込んでいた。マゾーンの大艦隊は目前に迫っているにもかかわらず、アルカディア号はかなり積極的に自ら小惑星帯に入り、何かを探すようにその中を進んでいる。ハーロックは何も言わないが、他の乗組員はやはり奇妙に思ったらしい。
「何でまた、この船は…。こっちに何かあるんやろか」
副長のヤッタランでさえ首を傾げて部屋に戻ってしまった。艦橋にいる台羽や有紀なども首を傾げている。小惑星帯で迎撃するにしても、その中をあちこち移動する必要はないはずだ。
「キャプテン…」
「大丈夫。この船はちゃんと考えているわ」
と、ミーメが言った。そこにコンピューターが信号を出す。有紀が見て
「右舷前方にエネルギー体発見! 投影しますか?」
「そうだな、頼む」
ハーロックが頷き、そのエネルギー体は投影された。
 それは巨大な、光を放つ物体で、よく見てみると星ではない。解像度を上げてみるとどこかの宇宙船であることが分かった。マゾーンのものによく似ている。
「これは…?」
「この宇宙船は、私のものです。私はマゾーンの王女アマランス。キャプテン・ハーロック、今からそちらの船に行っても構いませんでしょうか? 折り入って話したいことがありますので」
首を傾げた途端、にわかに若い女性の声が聞こえた。どこだ、と周りを見ても声の主の影も形もない。ただ映っている宇宙船から一艘、脱出艇のような小型の船が出てこちらに向かっているだけだ。
「マゾーンの王女って言いましたね、あの声」
と、台羽が言った。ハーロックは腕を組んだまま頷く。
「どうやらアルカディア号は、最初からあの船が目的だったらしいな。しかしわからんのは、アマランスとやらの目的だ。王女というからにはラフレシアの娘だろうし…」
「ラフレシアの密使かも…」
ミーメはそう応じた。推測には理由がある。
 ヘビーメルダーでは、マゾーン側の指揮系統の乱れから十分に話し合うことが出来なかった。それを惜しんで使者を送ってよこしたのか、或いはラフレシアに無断でアマランスが勝手に接触してきたのか。どちらにしてもアルカディア号はあの船と接触するためにここに来たのだし、今アマランスは自分からこちらに来ている。「影には俺の相手をする資格はない」と金星でラフレシアの影に対して言った台詞をふまえての行動だろう。
「まあいいさ、アルカディア号が許可したんだ」
小型船に乗ってきている少女を見やって、ハーロックはそう結論づけた。

 アルカディア号が自ら収容した小型艇を、ハーロックたちは取り巻いて迎えた。ハッチが開き、中から少女が顔を出す。ラフレシアのものよりやや丈の短い服を着てマントを羽織り、頭には宝石の埋め込まれた冠を被っていた。顔は他のマゾーンと同様に美しいが、ラフレシアにもない何か生まれつきのものが彼女には備わっていた。
「いきなりの訪問、失礼いたしました。私はマゾーンの王女アマランス。ラフレシアの姪で、先王キャクタスの娘です。──何か? 私がこの船にいるのは、少なくともキャプテン・ハーロックの意志なのでしょう?」
頭を巡らせて台羽や有紀が不審そうな表情をしているのに気づき、アマランスは問いかけた。ハーロックが応じて
「俺の意志じゃない。アルカディア号の意志だ。この船の中枢コンピューターの意志、と言った方が正確か。この船が自分でこちらに来て、お前を中に入れた」
少女は、目を数回瞬かせた。船自身が意志を持つなど聞いたこともないのだろう。
「信じる信じないはお前の自由だが。で、マゾーンの王女とやらが一体何の目的でここに来た? ラフレシアの使いか?」
 「──いいえ」
と、この少女は言った。小型艇から下りてきて一呼吸おいた後、続ける。
「むしろ、ラフレシアを倒すために」

 「先ほど申しましたように、私は先王キャクタスの一人娘です。つまり、私にも王位継承権はある。ラフレシアさえいなくなれば、私が王位に就くことも可能でしょう。──率直に言います。あなた方の協力によってラフレシアが倒れ、私が王位に就いた暁には、マゾーンは地球から手を引きましょう。その条件で同盟を結びたいのですが」
 アマランスはそう言った。応答はないが、彼女にはそれさえ予想済みだったらしい。続けて細部の話をする。
「こちらの持っているマゾーン関連の情報は、そちらが望んだときに望んだ分だけ提供しましょう。その代わりラフレシアに対する作戦には、こちらも参加させること。私の部下をこの船に残しますので、彼に相談するようにして下さい」
見回して、いったん息を切った。相変わらず疑わしげなアルカディア号の乗組員たちを見て苦笑する。実のところ、ハーロックたちが疑いたくなるのも無理はないのだ。何しろこのアマランスという名の生命体は、マゾーンの王女を名乗ってはいるがそれを証明するものもない。マゾーンかどうかは身体を調べれば分かるだろうが、王女かどうかも不明ならば何の目的で来たのかも不明。本人の言うことが本当ならばいいがラフレシアのスパイという可能性もかなり高く、挙げ句この訪問自体が押しかけのような風である。疑われる要素は多分にあった。
「そんなに疑わなくても、大丈夫ですよ。こちらは惑星デスシャドウであなた方を助けているわけですし、マゾ…」
「デスシャドウで!?」
ハーロックたちは驚いて顔を見合わせた。

 惑星デスシャドウ…。反物質重力星で、宇宙の墓場とも言われる星だ。遠くからは姿が見えるのに、近づくと見えなくなる謎の惑星。その星に捕らえられた者は二度と出ることは出来ない。アルカディア号はデスシャドウのエネルギーを吸収する特性が消えたおかげで脱出には成功したものの、何故そうなったかまではよく分からなかった。ハーロックはラフレシアが情けをかけたと感じて非常に不愉快だったのだが…。
「ラフレシアが助けたんではないのか?」
ややあって、ハーロックが訊ねた。その声に毒を感じたアマランスは笑って
「まさか。ラフレシアは敵に塩を送るような人間じゃありません。あれは基本的にはマゾーンの自動追尾システムが仇になっただけです」
そう言って、詳しい説明をする。彼女の説明するところでは、惑星は自転しているのでミサイルを発射時の目標物のある場所に向けて撃つのは無謀だ。そこでマゾーンでは、宇宙から撃つときは大まかな設定のみを行い、後はミサイルに内蔵しているセンサーとコンピュータが自動的に目標物を補足して攻撃する仕組みになっている。
 ところが今回、デスシャドウでは物質が近づくとセンサーが反応しなくなる特性があった。その結果、アルカディア号と激突する直前でセンサーとコンピュータが反応しなくなり、惰性で落ちはしたものの微妙にずれた位置になってしまったのだという。
「まあ、それに混じって一本、あの星の特性を消すエネルギー線をこちらから撃ち込んでやりましたが。戦艦側のコンピュータで自転状況を予測して、そちらの箇所に撃てば済む話ですからね」
「マゾーンはそんなこともやらないのか?」
説明そのものはそれなりに合理的で納得いくものだったのだが、ラフレシア率いるマゾーン軍はそんな基礎的なこともやらないのだろうか。
「今までほとんど戦争らしい戦争もせずに、宇宙を押し渡ってきてますから。戦闘の勘が多少落ちているのはやむを得ないでしょう。これからどうなるかは分かりませんが」
アマランスが何者であれ、この場はそう言うしかない。そう悟ったハーロックは惑星デスシャドウでの事件に関する追及をやめ、他のことに移った。
 「お前が本当に先王キャクタスの娘で、マゾーンの王族の一人だとしたら、なぜこんな所に一艦だけで来てるんだ? ラフレシアを裏切るにしても、内部から崩壊させた方がよかろうに」
「……貴方に人の過去を根ほり葉ほり聞く趣味があるとは思いませんでしたね」
やや声を落として、呟くようではっきりと聞こえる声でアマランスは応じた。
「大体、同盟の返事も聞かぬうちに、今は敵対しているとは言え祖国の情報を漏らすものはそういませんよ。貴方だって地球の情報を故意に…」
「わかった。気分を悪くしたならすまん」
そう言って、ハーロックは話を転じた。
「だが、お前自身はそうでなくともお前の部下がラフレシアと通じている可能性があるのは否定できんだろう。それに、万が一という時のこともある」
アマランスが口を挟んだ。
「要するに、私自身がこの船に乗れと言うことですか。貴方の要求は」
威嚇を含んだ厳しい口調で、その場は一気に緊張した。つまり、部下では信用できんから主君が人質になれと、この無法な宇宙海賊は要求しているのだ。
「私が自分の部下を裏切るとでもお思いですか、キャプテン・ハーロック」
「否定はできんだろう。俺は、そういう例を無数に見てきている」
短いやりとり。その間、二人はまるで決闘でもするかのように睨み合っていた。
「私の記憶では、知的生命体においては同盟者の方が部下よりも裏切る可能性が高いんですがね。──まあお一人で、マゾーン本隊と戦って勝つ自信がおありならご自由に」
「お互い様だろう、それは」
苦笑と嘲笑が混ざったような微かな笑みを唇の端に刻んで、ハーロックは言った。
「お前には理解できんだろうが、誰でも負けると分かっていても、戦わねばならぬ時がある。失敗すると分かっていても、やらねばならぬ時があるんだ。 ──俺にとって、今がその時というだけの話さ」
 更に数秒、二人は睨み合っていた。アマランスが口を開く。
「では、こちらが交換にそちらの誰かを欲しいと言っても……」
「断る」
ハーロックは断言した。
「この船の乗組員は、仲間であって部下じゃない。お前のように人質に出す奴とは違うさ」
「──分かりました」
と、アマランスは言った。一息つき、意を決して言葉を継ぐ。
「私がこの船に乗りましょう。ただし、私の過去を勝手に調べるようなことは一切しないで頂きます。その他については私が先に言ったとおり」
「結構だ」
これで、同盟はひとまず成立した。そっと息をついたハーロックは思いだしたように
「最後に、これだけは聞いておきたい。お前がラフレシアを倒す目的は何だ?」
一瞬間をおいて、『マゾーンの王女』は告げた。
「私が、マゾーンの王となること」

 

 「いいんですか、キャプテン」
一旦帰還して乗組員に告げる、と言ってひとまずアマランスはアルカディア号を出た。まず詰め寄ったのが台羽だ。
「取りあえずこっちにはマゾーンの情報が不足しすぎてる。ゾルのくれたコスモグラフの分析さえ出来てないんだ。アマランスはこのアルカディア号の戦闘力を必要とし、俺たちはアマランスが提供するという情報が欲しい。どうせお互い計算尽くで利用しあうんだ、あっちが裏切りそうになったら殺せばいい」
「──はあ」
いまいち納得行かない様子の台羽だったが、ハーロックはそれ以上説明はしなかった。ミーメがもの言いたげな表情でたたずんでいるのを見て声をかける。
「どうした、ミーメ。何か気になることでもあるのか?」
「あの人は……哀しい心を持った人……。ミーメには分かる……」
「──」
「それが何かはよく分からないけど……。今まで逢ったマゾーン人とは、かなり違う……。ジョジベルさんとも……」
ハーロックは黙って彼女を見つめている。ミーメは他の知的生命体の心が分かるのだ。
「あの人は、他人を裏切るような人じゃない……」

 

 アマランスが再び自分の船から出たのは、それから数時間経ってからだった。部下の説得にかなり手こずったようである。
「すみません、ハーロック。部下がなかなか同意しなくて」
小型艇が姿を見せると同時に、そう通信が入った。
「それで、そちらにトカーガ族のゾルとか言う戦士の残したコスモグラフがあるかも知れないと、部下が言うんですね。もし良ければこちらで解析してもいいから、誰か一度私の船──名前はパンゲア号ですが──に、来ませんか? 私ももう一回往復して、必ずそちらのアルカディア号に連れて戻りますから」
「──」
惑星デスシャドウでの事件に続き、アマランスたちはトカーガ族の勇者ゾルがアルカディア号で死んだことまで知っているようである。或いはハーロックたちが反マゾーンの行動に出始めた当初から、彼女たちは観察していたのかも知れない。
「詳しい話はそちらに戻ってからしますから。取りあえず金星辺りで集めたマゾーン関係の資料があればそれも用意してて下さい」
これは自分たちの行動を観察していた結果か、金星にマゾーンの基地があるという事実と自分たちの殆どが地球出身だという事実とを組み合わせて推論しただけなのか、ハーロックにも予想がつかない。いずれにしても地球人よりは当てになりそうな同盟者だった。
 「さて、どうしましょか?」
そこに、ヤッタランが自室から降りてきて言った。
「何ならワイが行きましょか? ちょうどプラモも出来上がったとこやし」
「いや、俺が行く」
アルカディア号が再び滑走路を開いて待っている。滑り込むように入ってくるアマランスの小型艇を見つめながら、ハーロックは応じた。
「アマランスの部下たちにしてみれば、自分の主人を預ける相手に会いたいというのは偽らざる気持ちだろう。であれば俺が行くのが最適だ。----なあ、アマランス?」
天井が開き、さっきと同じ少女が姿を見せる。彼女は軽く首を傾げた後、こう言った。
「貴方が行くのは構いませんが、全部で何人ほどがパンゲア号に来るんですか? それ次第で、色々準備がありますから」
「いや、俺一人で行く。解析もコスモグラフだけで充分だ」
その発言には、何の気負いも決意も感じられなかった。一瞬後に驚いたのは、むしろアルカディア号の乗組員たちの方だ。
「キャプテン!!! 俺も行きます!!」
台羽の言葉に、ハーロックは苦笑した。ヤッタランやコスモグラフを持ってきた魔地機関長も、似た表情をしている。アマランスの表情を横目でチラリと見て
「向こうはそれこそ殺されるかも知れないのに、主人が一人で乗り込んできたんだ。そういう相手にはそれなりの敬意を払って応じるのが礼儀というものだろう。俺は相手の勇気に泥を塗るようなことはしない」
その言葉を、最も意外そうな表情で聞いていたのは他ならぬアマランス本人だった。
 彼女はここに戻ってくるまで数時間も待たせておいたのだ。その間パンゲア号ではどんな話し合いが行われていたか、アルカディア号にいた者たちは知る由もない。彼女をだしにしてアルカディア号の乗組員をパンゲア号に乗せ、そのまま人質に取ることを相談していたかも知れないのだ。そうしたことは考慮に入れなかったのだろうか?
「──我々を信用しているんですか? 逢って数時間も経ってないうちに?」
「お前が、俺たちを信用して一人でこの船に来た程度にはな」
簡潔な答えに取りあえず頷き、アマランスは来たときは開いていた前の座席に座った。後ろの座席にハーロックが着席し、天井をおろす。
 アマランスが軽く礼を施して、小型艇は出立した。

 「こちらアマランス。パンゲア号、応答せよ」
宇宙空間に出た小型艇の中から、アマランスは呼びかけた。
「こちらパンゲア号。アマランス様、如何でした?」
「ハーロックが同乗している。彼一人、他の者はアルカディア号で待機だ」
極めて事務的な、意識的に感情を抑え込んだ口調でそう応じた。パンゲア号側からは数秒間応答がない。やむを得ず続けて
「解析するのはトカーガのゾルのコスモグラフのみ。多少急がねばならないようなので、今から準備に入ってくれ。以上」
それだけを言って通信を切った。背後からハーロックが声をかける。
「誰も急げとは言ってないんだがな」
「ですが、アルカディア号ではあなたの仲間を待たせています。なるべく早く帰った方がいいでしょう」
確かにそうには違いないが、アマランスの口調は刺々しい。完全に予定と調子を狂わされ、もとに戻るのに苦労しているようなのだ。
「アマランス、お前が俺のことをどう思っていたのかしらんが」
と、ハーロックは言った。
「俺たちを利用しようなんていう甘い考えは、起こさない方が身のためだ」
「──そのようですね」
諦めたような口調で応じ、アマランスは息をついた。

 アマランスの宇宙船、パンゲア号は巨大な戦艦である。ヘビーメルダーで見たラフレシアの船より更に大きく、形は平らだが砲門は左右の突き出た部分と艦首に複数ついていた。
 その脇腹に当たる部分がちょうど小型艇が入る大きさだけ開き、再び閉じる。中ではすでにマゾーン人らしい数人の姿があった。その前で止まり、天井を開く。
「アマランス様、お帰りなさいませ」
声を揃えて彼らは言い、立ち上がったアマランスに対し最敬礼のようなものを施した。
「で、この地球人が…」
「そう、ハーロック」
アマランスが事務的に告げ、ハーロックはパンゲア号の床に降り立った。
「聞いての通りだ。俺は宇宙海賊、キャプテン・ハーロック」
マゾーン人たちはこの奇妙な地球人にどう応対していいものか分からず、沈黙している。そこにアマランスの厳しい声がとんだ。
「何をしている。通常の客人と同様に迎えればいいのだ。コスモグラフ解析の用意はできたか?」
「は、はい!!」
慌てて動きだし、二人を戦艦の奥へ導く。まず艦橋へ行くようだ。
 道中ハーロックは、壁に施された装飾に目をやっていた。地球上で見慣れたものから全く見たこともないものまで、様々な文様が描かれている。恐らくマゾーンと関係のある星たちの文明のかけらだろう。
「着きましたよ、ハーロック」
アマランスの言葉と共に、扉が開く。その艦橋は、アルカディア号の艦橋に勝るとも劣らぬほどに広かった。副司令官らしい立派な体格をしたマゾーンが、アマランスに向かって恭しく敬礼する。
「お帰りなさいませ、アマランス様。そして……」
「ハーロックだ」
鋭い視線を向けられ、ハーロックは自分から名乗った。そのマゾーンは頷いて
「ああ、話は聞いてる。近頃の地球人にしては骨のある男だそうだな」
「ヒドランゲア!」
アマランスの咎める声に、そのマゾーンは一礼した。ハーロックは苦笑して
「いいさ、事実には違いない。だから俺は宇宙に出てるんだ」
「ふん、分かってはいるようだな」
明らかにこの副司令官は、地球人であるハーロックを見下していた。当然ながらハーロックも好感は持てなかったが、地球人の堕落ぶりを思えば少々諦めざるを得ない。
「ヒドランゲア、コスモグラフ解析の準備は?」
不毛な対決を止めるため、アマランスが割って入るように声をかけた。ヒドランゲアはそちらを向き、さっきとは打って変わった恭しさで応じる。
「はい、準備はほぼ整っております。後はこの男から現物を受け取って──どうする、お前。ここで待って結果のファイルだけを貰うか、解析室に行くか」
「解析室に持っていこう。むしろ俺としては、お前にこそここに残っていて欲しいんだがな。解析結果に関する作為を防ぐためにも」
「何だと!?」
ヒドランゲアは声をあらげ、場に緊張が走った。
「貴様、デスシャドウで助けて貰った分際で……」
「俺たちを利用するために手を貸した、それだけのことだ。偉そうに威張るな」
「き…」
 「いい加減にしなさい!!! 」
アマランスの大声が艦橋中に響きわたった。ヒドランゲアは呆気にとられて、ハーロックはむしろ興味の表情で、声を出した人物を見ている。はっとなった本人は額を手で押さえて
「とにかく、二人で解析室に行ってなさい。私はここで待っています」
ややうつむき、顔を見られないようにして言った。ヒドランゲアは一礼し、出入り口で待っている技師らしい乗組員に目で合図して出ていく。ハーロックは艦橋で働いている乗組員たちが殆どヒドランゲアと同様に呆気に取られていたのに気づいたが、何も言わずに先に出たマゾーンの後を追った。
「いけない…。調子が狂ってきてる…」
こんな事で感情を露わにするとは、とアマランスは誰にも聞こえない声で呟いた。

 

 艦橋からかなり行ったところに、解析室はあった。その前でヒドランゲアと技師たちが待っている。
「ここか、解析室は」
「ああ」
一転して事務的な口調で応じられる。扉が開き、彼らは中に入った。
 分析台らしい、直径が平均的な人間の膝からかかとまでの大きさの円盤が奥にあり、壁一面が巨大スクリーンになっている。分析台そのものの周囲には何もなかった。円盤の下部に棒が一本あるだけだ。
 ヒドランゲアが目で合図し、ハーロックはコスモグラフを分析台の上に載せた。棒が光を放ち、納められた情報を読みとっていく。光が消えて間もなく、巨大スクリーンに大規模な艦隊の姿が三次元投影図の形で転映された。
「初めの方は、お前たちも解析できただろうから飛ばすぞ」
ヒドランゲアがそう言ったので、最初の小物の群は飛ばされた。途中からの映像に、技師たちの簡潔な解説が入る。海賊島の基地では光の点にしか見えなかったものが、はっきりと宇宙船の形を取って見えた。
「これらは、地球で言うなら駆逐艦と言ったところでしょう。駆逐艦も二つに別れていて、機動力に重点を置いたものと火力に重点を置いたものがあります」
「大きさが微妙に違うやつか?」
ハーロックの問いに、技師はええ、と短く頷いた。
「もう少し行くと巡洋艦級の船になります。その後が戦艦──。分艦隊旗艦になれる船はその中でも一回り大きいです。そして艦隊後方に控えているのが、ラフレシアの乗艦、ガミラス号です。更にその奥にもかなりの数の艦艇があります」
延々と続く艦艇の群を黙って見上げていると、ハーロックのような戦いなれた者でさえ平然としてはいられない。なまじ船の姿が克明に見えるだけに口を利く気になれず、意味は違うながらも沈黙を続けざるを得なかった。
「奥に一点、強烈な光を放っている船があるだろう。それがガミラス号だ。拡大投影してみるか?」
ヒドランゲアの言葉に、無言で頷く。拡大投影されたそれは、他の戦艦とは比べものにならないほど大きく、砲門も無数に備えていた。エネルギー的にも巨大で、船そのものが光り輝いて見える。冷静に見ても、全長は1キロを優に越すだろう。パンゲア号などは規模、装備、どの点から言っても足元にも及ぶまい。
「分かるか? ガミラス号の巨大さが」
「ああ……」
ハーロックは頷いた。下手をすると機械化帝国やメタノイドたちなどよりも強大な敵と言えるだろう。だが、なぜこのアマランス一党は祖国を敵に回したりするのだろうか。
 理由について追及しようと思ったが、やめにした。同盟を結んだときの、アマランスとの約束を思い出したからである。

 程なくハーロックたちは艦橋に帰ってきた。解析と同時並行でコスモグラフのデータを編集し、アルカディア号の戦闘データに使えるようにしたものも渡してある。
「では、帰るとするか。──アマランス、行くぞ」
何にしても長居は無用だな、とハーロックは感じていた。恐らく本来の居場所であろう黄金の椅子に座って瞑目していたアマランスは無言で頷き、立ち上がる。
 「待て!!!」
鋭い声で呼び止められ、ハーロックは振り向いた。ヒドランゲアが立っている。アマランスに一礼して彼は主君の新しい保護者に向かって歩き、真剣そのものの表情で口を開いた。
「機械化帝国もメタノイドも滅び、宇宙は今まさしく無秩序な状態にある。ハーロック、今は詳しく教えることは出来んが、アマランス様はマゾーンの王女である以上にこの宇宙全体の秩序にとって大切なお方だ。王者としては未熟だが、それだけにアルカディア号に行って学ばれることも多かろう」
ハーロックは黙っている。マゾーンの王女である以上に、この宇宙全体の秩序にとって大切なお方という言い方が気がかりだった。
「──何だそれは、と言いたげな顔だな」
ヒドランゲアは唇の端に苦笑をのぞかせて言った。
「だが、これは滅多な所で言える話ではないのだ。前提となる事実が漏れただけで、銀河が大混乱に陥る可能性があるのでな。──くれぐれも、アマランス様を頼む。ラフレシアに渡せば、いずれ宇宙が崩壊する」
「隠し事をしている相手に頼み事をされるのも奇妙なものだが、アマランスのことは確かに引き受けた」
「感謝する」
そこまで言って、ヒドランゲアはアマランスに向き直った。跪き、恭しくこう述べる。
「我々は、しばらく別行動を取ることにいたします。ラフレシアも惑星デスシャドウでアルカディア号を助けた者の正体を探っており、そう遠くない将来に感づくでしょう。しかし、あなたは決して死んではなりません。ご自身の使命に比べれば、マゾーンの王の地位など所詮は取るに足らないものだと思し召し下さい。あなたが死ねば、マゾーンが地球を征服したとて永く生き延びることは不可能だと」
「分かっている。ヒドランゲア、パンゲア号を頼む」
「お任せを」
主君の手を取り、深く頭を垂れた。短いやりとりの間に揺るぎない信頼が感じられ、ハーロックは自分の予想を一部修正せざるを得なかった。
「では、行って来る」
それだけ言って、アマランスは艦橋を出た。ハーロックが後に続く。
 小型艇に乗り込むハーロックたちを、パンゲア号の乗組員たちは不安げに見つめていた。

 

 ハーロックとアマランスが乗った小型艇がアルカディア号に戻ってきた。ミーメが滑走路で一人迎える。
「台羽たちは?」
「みんなは艦橋です。もし帰ってこなかったらあの船を攻撃するとか言って……」
そこにちょうど、副長のヤッタランが姿を見せた。
「ああ、キャプテン。どうでした、マゾーンの船は」
アマランスは会話が聞こえていないかのように平然としている。帰りの小型艇の中でも二人は全く口をきかなかった。大体小型艇に乗り込む直前からして、彼女は自分の船の乗組員に一言も声をかけなかったのだが。
「別に、普通の戦闘用の宇宙船だったぞ。狙われるような気配も感じなかったしな」
「ほなら良かった。心配してまっせ、みんな」
そう言って、ヤッタランは艦橋に向かった。ハーロックは数歩進んで振り返り、その場を動こうとしないアマランスに声をかける。
「どうした、アマランス。来ないのか?」
声をかけられた側は冷たい声で
「別に私が行かなくても良いでしょう。私はこの船にいさえすればいいんでしょうから」
どうせ人質なのだから、この船の乗組員と知り合いになる必要はないということらしい。
「それより、私に監視をつけなくてもいいんですか? 一人にしたらそれこそ何をするか分かりませんからね、私は」
「──おいおい」
厳しい声に、ハーロックは苦笑した。
「お前が思ってるよりは、俺はお前を信用してる。一人になったからって変なことやらかすような奴かどうかくらい、分かるさ」
「アマランスさん、そんなに悲痛に考えなくてもいいのよ」
と、ミーメが続けて言った。近づいてきながら
「この船にいるからには、あなたも私たちの仲間。ハーロックは、決してあなたを見捨てたりしないわ」
「仲間……ですか」
アマランスは戸惑っていた。
「まあ、郷には入れば郷に従えだ。紹介もあるし、来い」
そう言われては、彼女もある程度覚悟するしかない。そっとため息をついて、ついてくることにした。

 

 艦橋に着くまでの間、アマランスはとにかく呆れていた。無法者の船という事を割り引いて考えても、これが仮にもマゾーンと戦っている船とは思えない。ハーロックが無事に帰還したこともあるのだろうが、酒の匂いはするし隅にゴミはたまっているし、その中を二日酔いの船員たちが数人寝ているしで、自分の船では信じられない光景である。
「どうした、驚いたか?」
自分の目を疑うかのような表情をしているアマランスに、ハーロックは訊いた。
「台羽も最初は失望したらしいがな」
そう続けて言って、軽く笑う。
「この船では、やるべき時にやるべき事をやればいいんだ。差し当たってお前は、マゾーンに関する情報をこちらが欲しいときに提供してくれればいい。それ以外の時に何をやろうと、お前の自由だ」
「──はい」
しかし、こんなにぐうたらしていたらいざという時にちゃんと仕事が出来ないのではなかろうかと疑いつつ、アマランスは周囲を見やっていた。
「で、ここが艦橋だ」
行き当たりの扉が、音もなく開く。さっき見た面々が全員顔を揃えていた。さすがにさっきほどの警戒心は抱いていないようだが、やはりどこか張りつめた空気があった。
「アマランスだ。特に配慮は必要ないそうだが、よろしく頼む」
ハーロックが言った。アマランス自身も続けて
「食事は基本的に水だけでいいですから。お世話になります」
と、至極まっとうな挨拶をする。まずはこの船のしきたりに慣れることからだと彼女は心に決め、しばらく大人しくしていることにしたのだ。
「さて、そろそろ小惑星帯を抜けるぞ」
パンゲア号は、すでに移動を始めている。アルカディア号も、程なく星系間宇宙に出た。

 

 アマランスは割り当てられた自室に籠もっていることが多い。食事は水だけなので一分以内に済ませ、艦橋にも姿を見せない。マゾーン本隊の襲撃もなく、拍子抜けするほど穏やかな数日が続いていた。
「敵さんはどないしたんやろか。星系間宇宙に出たらすぐに襲ってくると思うとったに」
「処刑されたっていうマゾーン士官と関係があるのかしら」
食堂でのヤッタランと有紀の会話である。その場には台羽ほか、数人のメンバーがいた。
「さあ。でもキャプテンが言うには、マゾーンの指揮系統に乱れがあるって事だったし」
ラーメンを食べながら、台羽が応じる。そこにミーメがドクターゼロと共に現れた。
「キャプテンは?」
「コンピューターと話をしています。気になることがあるんでしょう」
ハーロックがコンピューターと話をしているときは、余人は一切近寄れない。暇になったミーメはよく一緒に酒を飲むドクターゼロと一緒に、この場に現れたという事のようだ。
「やっぱりマゾーンの動向かな」
台羽がスープをすすりながら呟いた。
「こうまでなったら戦うしかない……。それは向こうだって分かってるはずなのに」
何故次の攻撃がこうまで遅いのか、彼らには推測するしかないのだ。息をついたところに
「キャプテン・ハーロックはどこですか」
と、アマランスが姿を見せた。

 「キャプテンなら、今はコンピューター室にいるそうよ。何か?」
有紀の問いに、やや気を抜いた表情で
「そうですか。だったら別に……」
「水でも飲んでいったら? 食べ物はいらないんでしょうけど」
ミーメが声をかける。アマランスがまるで囚人のように部屋に籠もっているのを、結構気にかけていたらしい。普段なら丁寧に断るところだが、この日は珍しくグラスに水を自分で汲んできて腰を下ろし、一口飲んだ。
「珍しいわね。やっぱりマゾーン本隊の動向?」
「ええ……多分、戦闘組織の再編成だと思います。地球上の暦で言うなら年単位の時間をかけて、彼らはこの付近に来ました。移動中心の編成で、立ち塞がる者にはその都度部隊を派遣するというやり方だったんですが、これからは専らこの船を叩きつぶすことを優先させた組織になるでしょう。本番はこれからだということです」
彼女の説明にはよどみがない。
「それに、どうやら我々とあなた方が接触を持ったことにも感づいたようです。ただ、デスシャドウでのことや我々の正体までは気づいていないようですが」
要するに、アルカディア号がユーフラテス星系の小惑星帯で正体不明の宇宙船と接触を持ったことには気づいたが、あくまでも正体不明という程度の気づき方だったようだ。
「ヒドランゲアがアルカディア号を通して連絡してきました。そのことで一度ハーロックに許可を貰いたいなと思いまして」
水を飲んで続け、そこまで言って一息つく。
「とは言えパンゲア号は、現在のマゾーン本隊の最先端技術をも凌ぐ能力を持っていますし、彼らの戦闘パターンは知り尽くしてます。よほどの大部隊を送り込んでこない限り、あっちは大丈夫なんですが」
「問題はこっち、と言うわけね」
有紀が応じた。アマランスはやや暗い表情で
「私がここにいるとラフレシアが気づいたら、間違いなくこの船は猛攻撃を受けます……。恐らく今までで最大規模の。パンゲア号も間に合わないかも知れない。いくらこの船の戦闘能力が高いといっても、数が違えば当然……」
「けど、まだ気づいてないんやろ? そんな先のこと考えてても、しょうがありまへんがな」
ヤッタランが言った。水を飲み干してアマランスはため息をつく。
「そんなに真面目に考えこまんでもええことや。その場になったらどうにでもなるて」
「はあ…」
そんな彼女を、ミーメは黙って見やっていた。

 惑星チグリスは、マゾーンの支配下にある星の一つである。星そのものは地球型の惑星で、元来の知的生命体は動物型。チグリス人は顔が猿で、背は平均が150・とやや低い。短い尻尾があり、マゾーンにとって重要な労働力の供給源だった。
「ラフレシア様が、近くこの星にて休養なさる。長い旅のお疲れをお癒しになるのだ。くれぐれも、粗相のないようにな」
「ははっ!」
先遣隊のマナムーメの言葉に、ひざまづくのはチグリス人のエーダス。ラフレシア支配下におけるチグリス人の統治を任されている。
「ご到着は約五十時間後だ。万事整えておくように」
「はいっ」
うなずいて、エーダスはその部屋を出た。さて、とマナムーメは椅子に座り
「あの男も、そろそろ用なしだな」

 

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