宇宙海賊キャプテン・ハーロック

第2部 アマランス…流転の王女 2

2. 惑星チグリス

 「アルカディア号がいいということなら、俺に異存はないさ」
アマランスからヒドランゲアとの情報交換の手段について説明を受けたハーロックは、そう言ってあっさり認めた。内心ヒドランゲアたちの礼儀をわきまえたやり方に感心しているほどだ。マゾーンの科学技術なら、アルカディア号を介さずともアマランスと連絡を取ることは出来るだろうし、彼は現にそうされることを覚悟していたのである。
「で、メソポタミア星系の惑星チグリスか。ラフレシアの休養地は」
「ええ。どうします、寄りますか?」
この戦闘時に、ラフレシアが単なる休養で惑星に停泊するとは考えづらい。恐らく重要な会議がそこで開かれるのだろう。その点で二人の認識は一致していた。
「議題は我々のことでしょう。或いは任命式もあるかもしれません」
「集まるのはマゾーンだけか?」
ハーロックの問いに、アマランスは応じて
「いえ、植民地の代表もいるようです。エーダスは単なる休養としか知らされてないようですが。何しろラフレシアの乗艦の護衛だけで百以上の艦艇がチグリスに来ますから、何隻か植民地から来ても外からでは分かりませんよ」
ハーロックは考えた。ラフレシアと戦闘空間以外で会うのは、これが最後の機会になるだろう。もう一回ゆっくりと語り合いたいとは思うが、下手をすると護衛艦隊と戦う事態になりかねない。ラフレシアがその惑星に着く前に、こちらが到着できればいいが……。
「あなたの思考方法に合うかどうか分かりませんが、間に合うようならこちらが先に到着して、会議場周辺だけでも破壊してしまったらどうです。めぼしい建物は調べれば分かりますから」
「別に、会議の妨害に行くと決めたわけでもないんだが」
アマランスは、相手の予想外の言葉に驚いた様子だった。
「ヘビーメルダーでは、ラフレシアの部下のせいで話し合うどころじゃなかったからな。もう一度話し合ういい機会だ」
「話し合う? 何についてです?」
驚きと興味が負の方向に混ざりあった調子で、アマランスは訊ねた。
「その時決めるさ。どうせ最後には敵として、倒すか倒されるかの関係になるんだがな」
「──はあ」
まだ未熟なせいか、このマゾーン王女にはその付近の感情の機微がよく分からない。ただ、もし話し合えるものなら自分もラフレシアと話し合ってみたい気はしてきた。
 アルカディア号は、メソポタミア星系に向かった。

  目的の星系に到着したアルカディア号は、まだマゾーン艦隊が本格的には来ていないのを確認した。惑星チグリスには先遣隊として十隻ほどの艦艇がいる程度だ。
「密林地帯に着陸する」
惑星チグリスの赤道付近には、地球上と同じような熱帯雨林が広がっている。
「あ、キャプテン。チグリスの警備システムから通信が入りました」
「私が出ます」
ハーロックが何か言う前に、アマランスはイヤホンをはめた。二言三言、地球語以外の言葉で何か喋る。イヤホンを外して向き直り
「植民地の船として、着陸許可が出ました。どうやらこの船のことは知られていないようですね」
知られたら、マゾーン支配下にある他の生命体が反乱を起こすかも知れない。アルカディア号とハーロック一味のことは、機密事項になっているらしかった。
 アルカディア号はチグリスに無事着陸し、ハーロックたちはそれぞれスペースウルフやアマランスの小型艇に乗って会議場のありそうな都市の方へ向かった。上空をマゾーンの船が次々に降りてくる中を進むので、どうしても森や海面に沿っての超低空飛行にならざるを得ない。「なんだか数百万年前の地球みたいだなあ」
ところどころにある村を見下ろしながら、台羽は呟いた。田舎ともあればさほど機械的な生活を送っているわけでもないので、猿人を見ているような気分である。
「彼らの通信を傍受しました。もう少し行ったら左へ45度曲がって下さい。途中の天候さえ悪くなければ、そのまま直進して会議場に着きます」
そう言って、アマランスの乗った小型艇は一行の先頭に立った。今回はミーメが同乗しており、ハーロックのスペースウルフが二番目になる。
「曲がります」
ある村の中央を流れる川の上空で、アマランスは告げた。村は平和そのもので、マゾーンの支配下にあるとは思えない。トカーガの惨状を聞いていたハーロックたちにはそのこと自体が意外だった。
「チグリス人は言われたままに実行はしますが、疑問を持ったり逆らったりという思考に必要な大脳が余り発達していません。生まれつき従順な奴隷を虐待して反抗されるほど、マゾーンはバカじゃありませんよ」
中でも特に興味ありげな同乗者のミーメに、彼女は説明した。
「で、地球人を腑抜けにしようとしてるのね。支配をやりやすくするために」
「あれはダークイーンが始めたことでしょう。メタノイドによるヒューマノイド絶滅計画の一環として。ただ単に、大部分の地球人がその後遺症から抜け出てないだけですよ」
「マゾーンは抜け出したのね、それから」
アマランスは応じかけて、何故か黙った。何かを断ち切るように頭を振る。
「……まあ確かに、地球に潜入してるマゾーンがその傾向を促進させようとしてるのは事実ですけど」
意図的に応答をずらしたのは当然ミーメも分かったが、何故そういう行動を取るのかまでは読心術でも分からない。よほど心の奥に秘めたことのようだ。
「ただ、全ての生命体には生存本能が備わっています。ラフレシアが地球人を滅ぼそうとしている限り、いざとなれば多少の抵抗は避けられない……。いくら無気力にしても、生存本能を消すことは不可能です。ラフレシアは、それを分かっていない……」
アマランスの呟きを、ミーメは黙って聞いていた。

 「こちらクーン星系代表。女王ラフレシアのお召しに従い、参上した」
熱帯地方から飛んでくる数機の小型艇や戦闘機の編隊から、防空司令部に着陸許可を求める通信が入った。
「分かった。着陸を許可する。ティース空港3番滑走路に着陸されたい」
意外に警戒が緩い。内心少しほっとして、アマランスは後続のスペースウルフに通信した。
「右に60度曲がって、30分くらい行ったところに空港があります。そこに着陸する許可が出ました」
そして先頭を切って曲がり、そのまま進む。程なく飛んでいる都市のはずれに空港らしい建築物が見えた。着陸態勢に入ろうとしたとき
「どうやら、敵のお出迎えらしいな」
ハーロックが呟き、小型艇の光線感知システムで敵機の襲来を知ったアマランスは表情をやや険しくした。
 敵機は戦闘機が10ほどで、それが編隊を組んでいる。来た方を振り返ると、遠くからではあるがアルカディア号が派手に敵艦隊を倒しているのが見えた。
「アルカディア号の方は、俺たちがいなくても大丈夫だが……。問題はこっちだ」
敵の戦闘機が次第に数を増やしている。スペースウルフは勿論同程度の戦闘機より遙かに機能は高いが、このままでは圧倒的に数において不利だ。
「ハーロック! アルカディア号がこちらに来るまで、どれだけ時間がかかります?」
アマランスからの通信に、危機感がにじむ。
「三時間程度あれば着く。少し加速……おい、アマランス!?」
通信が切れた。次の瞬間、別の通信が傍受の形で届く。
「私は、マゾーンの王女アマランス。偉大なる先王キャクタスの娘にして、マゾーンの正統なる王位継承者。簒奪者ラフレシアに話しがある。しかるべき待遇をせよ」
たっぷり一秒の間をおいて、敵機はそれ以上の接近をやめた。代わりに空港から非戦闘型の飛行機が発進してくる。アマランスは皮肉な笑みを浮かべた。
「これで彼らも、ラフレシアから指示があるまで我々を殺しはしないでしょう。その間にアルカディア号がこちらに到着してくれれば…」
「アマランスさん、あなた一体何を考えてるの?」
ミーメの問いに、マゾーンの王女は平然と応じた。
「大丈夫です。私の言うことに従ってさえくれれば、あなた方は無事にアルカディア号に帰しますから。裏切ったりはしませんよ」
「──」
言われずとも、ミーメにはそれは分かっている。だがこの少女は、何を思ってあんなことを言ったのか。あんな戦闘機程度、振り切ろうと思えば振り切れるし戦っても勝てる。第一見つかったのはアマランスのせいではない。そう思っていると、
「私はアマランス。全能なるマゾーンの正統な王位継承者である。つつしんで迎えよ」
という声が、惑星チグリス全体に向けて発せられた。遠方では、アルカディア号とマゾーン船による戦いが続いている。

 「何だと、アマランスが!?」
その報告を受けたラフレシアは、驚愕を隠しきれなかった。
「はい。少なくとも、そう名乗る者が現れたのは確実な模様です。如何致しますか?」
「まずその者の画像を見せよ。全くの偽者かどうかくらい、顔で分かる」
一瞬後、手元の透明な円球にアマランスの像が映った。ラフレシアは一瞬目を見開き、その後真剣な表情で考え込む。
「これは……顔のみでは判別が着かぬが、この冠は……」
「のみならず例の地球人の船が現れ、我らマゾーンの艦隊を撃破しつつある模様です。これでは女王がお出でになるには危険すぎます。エーダスは早急に処分いたしますが、女王もチグリスでの会議開催はおやめになった方がよろしいかと存じます」
「だが、アマランスの冠はこの機を逃せば手に入らぬ」
ラフレシアは、更に数秒考えた。そして
「あの冠を身につけている者のみを、この船に送れ。他の者はどうでもいい」
そう指示を出した後、マゾーンの女王は黙って円球を見つめていた。

 「なるほど、そう来たか」
アマランスは飛行機からの通信を聞いた後そう呟いた。ミーメを振り返り
「ラフレシアからの指示によると、私は彼女のいる船に送り込まれるようです。私だけ、あなた方はどうなるのか分かりませんが」
「あなただけ?」
驚いた口調で応じられ、マゾーンの王女は安心させるように微笑した。
「ええ。これで三時間は稼げます。私が現れたことに、あちらは上も下もかなり混乱してるみたいですね」
「でも…大丈夫なの?」
ミーメは不安そうだ。だが相手は平気な顔で
「はい。戦艦の主砲の直撃食らわなければ、ガードが対応してくれますから」
「ガード?」
アマランスは頷き、説明しようとした。だがそこに
「アマランス様、お迎えに参りました」
声が響き、前方の非戦闘型飛行機が接近してくる。二人が乗っている小型艇の後方にロープをつなぎ、飛行機からそれを伝って人が降りてくるのだ。
「小型艇の扉をお開け下さい」
指示に従い、アマランスは扉を開けた。そして屋根の上にあがり、辿り着いたマゾーン兵に軽く言葉をかける。その後ミーメにこう言った。
「心配しないで下さい。あなた方にはアルカディア号がここに着くまで手を出さないよう、よく注意しておきますから。それと、私の部屋にはマゾーンの重要資料があります。私がもし帰ってこなくても、それを見ればラフレシアと有利に戦えるでしょう」
「アマランス、お前…!!!」
と、逆の方向から声がした。ハーロックが身を乗り出している。
「ハーロック、短い間でしたけど、色々とお世話になりました」
そう言って、アマランスは透き通った笑みを浮かべた。恐ろしいほど澄んだ笑み。
「では」
「待て!!!」
叫びを無視して、彼女はロープについた取っ手をつかんで小型艇を離れた。そして、次の瞬間にアルカディア号が戦い方を変えたのにも気づかなかった。

 アマランスは宇宙船の中にいた。これからラフレシアと対面するのだ。
 あれから三時間余り、どうやらハーロックたちは無事に惑星チグリスを脱出したようだ。まだアルカディア号の乗組員の信頼を得ていない今、あんな事態になればまず疑われるのはアマランス本人である。だから決して危険を厭うことがあってはならないのだ。常に危険の最前線に身を置くことを、彼女は自らに課していた。
《多分、ハーロックとは二度と会えまい。後はヒドランゲアがどう出るかだ》
それでもアマランスはそう考えていた。ヒドランゲアには彼女の所在位置が常時分かるようになっており、危険だと思えば自分からやってくるだろう。更にここがガミラス号でないことは確かだが、恐らく周囲はマゾーン艦隊中の最精鋭部隊によって固められている。ハーロックたちに突破は無理だと思うからだ。
 と、聞き覚えのある足音が聞こえてくる。もう何年前に聞いただろうか。
「女王ラフレシア様、ご入場」
アマランスは頭も下げず、入ってくるマゾーン女王の顔をじっと見ていた。

 「何故頭を下げぬ!? 無礼者!」
いきなり背後から光線銃が発射された。アマランスの身体を貫通しようとした瞬間
   バシッ!!!
 何かにぶつかってはじき返された。銃を構えた格好のまま、一人の戦士が身体の中央に穴を開けて崩れ落ちる。ラフレシアが目を見張った。
「分かる? これがこの冠の力の一つ」
アマランスは言った。
「持ち主の身に危険が迫ったとき、その危険を与えようとする本人に向けてそのまま跳ね返す。こうすることで持ち主の安全を守るのよ」
「ほう……是非欲しいものですね」
ラフレシアはおもむろに立ち上がり、アマランスの所に歩み寄った。そして冠を外そうとして手を掛けた途端
「ギャッ!!!」
身体ごと弾き飛ばされ、壁に叩きつけられて床に落ちる。しばらく脳震盪を起こして動けず、気づいたときには・無礼者・が自分を冷たく見下ろしている。
「この冠は、持ち主の意志のみで外れる。他人が無理矢理外そうとすればさっきのような事態になるわ。今度同じことをすれば……」
「やれっ!!!」
約十人ほどの屈強な体つきの戦士が、号令とともにアマランスに向かって襲いかかった。彼女の全身が光を放つ。
「ギャアアアッ!!!」
一瞬にして全員が黒こげになる。ようやく立ち上がったラフレシアは驚愕の余り声も出ない。
「個人レベルの攻撃では、私にかすり傷一つ負わせることは出来ない。無論処刑もできない。どうするつもり、ラフレシア?」
余裕と自信に満ち、アマランスは言い放った。

 「き…貴様は、死んだはずではなかったのか?」
目の前の少女が本物だと悟ったラフレシアの問いに、薄い笑みで応える。
「あいにく、裏切り者に心酔して本来の王位継承者に手をかけるような奴はいなかった──と言いたいところなんだけどね。まあ自分の命は誰だって大事だし、さっきみたいな光景を見せつけられたら誰だって殺す気なくすわ。で、私は首尾良く脱出して、今こうして帰ってきたってわけ。分かる?」
「地球人と手を結んで、か」
アマランスは少し驚いて見せたが、顔には動揺の色は全くなかった。笑みを消して再び玉座についたラフレシアに歩み寄り、
「ラフレシア…先王キャクタスの命に背き、自ら王位に就いて禁忌の侵略を始めた裏切り者。本来なら、その罪は万死に値する」
その一言一言に、紛れもない王者の威厳があった。ラフレシアにもない威厳が。
「禁忌の侵略だと? 侵略せねばどうやって我らマゾーンは生き残るのだ。母なる星を失い、宇宙の塵と化せというのか?」
「侵略のみが生き残る道ではない。宇宙は無限に広く、まだ文明が発達していない星やこれと言った知的生命体のいない星がいくらでもある。そこに移住すれば済む話だ」
「移住だと? そんな悠長なことをやってられるか!!」
現女王の言葉に、正統な王位継承者は嘲笑で応じた。その顔のまま
「私に言わせれば、敵情をよく調べもしないで侵略なんてやろうとする方がよほど悠長だ。おかげで何人のマゾーンが命を失った?」
そう言った後、畳みかけるように一気に続ける。
「幾つの星を消すつもりだ? どれだけ無駄に時間を費やせば気が済むのだ? 銀河に今、何が起きているか、分かっているのか?」
「黙れ! いずれにしても地球への侵略は一度決まったことだ。今更変えぬ!」
「マゾーンが地球侵略を承認したのは、地球人の堕落を過大評価してマゾーンの血が殆ど流れぬと考えた結果だ。ハーロック一人を相手にかくも多くの血が流れれば、自然と考え方も変わってきただろうよ」
鋭い指摘に、ラフレシアは言葉を詰まらせた。そもそも惑星チグリスでの会議の目的は、地球侵略の意志に変わりがないことを全マゾーンに知らしめることだ。その背後には、ハーロックたちの活動によるマゾーン内部の動揺があった。
「もはやこれ以上、一滴も無駄な血を流すわけには行かぬ。母なる星が滅んだ今、根拠地もなしに侵略などしていては負けた際に取り返しのつかぬ事態になる。侵略のための血より、建設のための汗こそ必要なのだ」
「黙れ!!! 貴様など、こうしてくれる!!」
「!」
アマランスの立っている周囲だけ、床が抜けた。驚いたことにその穴は宇宙空間まで直結しており、凄まじい勢いで空気が外へ流れていく。あっという間に宇宙に出た彼女の肉体を見て、ラフレシアは笑う。
「どうだ、死んではものも言えまいが」
「本当に死んだのならね」
生きているはずのない者の声が、確かにした。宇宙空間で一瞬にして肉の塊と化したはずのアマランスの肉体が立ち上がり、口を開いて言葉を喋っている。
「偉大なる全マゾーンに告げる。私は、先王キャクタスの娘にして正統な王位継承者、アマランス。裏切り者にして地球人たちとの戦闘で幾人もの同胞の命を失ったラフレシアの代わりに王位に就くべく、今帰った。しからば問おう」
何故宇宙空間で話しているのに戦艦の内部まで聞こえるのか、そもそも何故宇宙服も着ずに平気なのか。ラフレシアは目を見張ったが、アマランスは続けて
「このままでは地球に到着する前に、半分の同胞の命が消える。しかもそれで征服が成功する保証はない。母なる星が滅んでの種の生存をかけた移住に、そうまでして地球という星、侵略という手段にこだわる必要があろうか。我らを養える星はこの宇宙にいくらでもある。それらに移住し、根拠地を定めて力を蓄え、しかるべき後に他の種を征服すればよい。私はそう思うが、如何?」
「──」
沈黙が流れた。艦隊の中央部にいながら、喝采を浴びるわけでも攻撃を受けるわけでもない。それ以前に彼女の正体が問題だった。本当にアマランスなのか否か。
「この冠は、元の持ち主が本心から次期マゾーン王たる相手に手渡さぬ限り、他者のものになることはない。そしてそれを私が持っている以上、少なくともラフレシアが王であることは許されぬ。先王キャクタスは、ラフレシアを王として選んだのではないのだから。これは私がマゾーン王たるべきか否かより、はるか以前の問題である」
かなり分析的でありながら、論理に隙はない。もともとアマランスはすぐに自分が信用されるとは思っておらず、ラフレシアの追い落としこそ最優先だった。
「女王、あの者の分析結果が出ました!」
至近から声がして、スクリーンを通してアマランスの演説をやや呆然と見ていたラフレシアを振り返らせた。側近の一人が跪き、こう述べる。
「全てはあの冠の力です。冠から出る防護膜があの者の周囲を覆い、宇宙空間を遮断してあのような行動を可能にしているのです。我々があの者に触れることさえ出来なかったのも、その防護膜によるものです。しかし…」
会心の笑みに近いものを浮かべて、その側近は続けた。
「冠の防護膜は、戦艦の主砲であれば破ることが出来ます!」
ラフレシアはにやりとした。スクリーンに目を戻し
「そうか。では、この船の一撃で吹き飛ばしてくれよう」
「ははっ!!」

 

 ラフレシアの乗艦がゆっくりと方向を変える。なおも喋り続けるアマランスに戦艦主砲の照準を合わせ、エネルギーを貯めているのだ。
「そう来たか、簒奪者ラフレシア」
振り返り、覚めた目で自分を見やる正統な王位継承者に現女王は無視で応じた。
「自分の気に入らないことがあると、すぐ力をもって滅ぼそうとする。──お前はお前の信念で、地球侵略という道を選んだのだろう? ならばまず、その信念を語れ。私は逃げも隠れもせぬ」
「黙れ。移住だの何だの、きれい事ばかり並べるな。この宇宙は所詮弱肉強食、強くなければ生きてはいけぬ。あのように堕落した地球人どもが滅びるのは当然だし、地球の豊かな自然はマゾーンの科学で再生しうる。であればあの星を第二の故郷としている我らの手で引導を渡してやるのが筋というものだろう。──まずは貴様に引導をくれてやる。死ね」
「右前方より、エネルギー体高速接近!」
ラフレシア乗艦の主砲がアマランスに向けて放たれる一瞬前だった。艦隊の右前方、チグリスの衛星が位置する方向から戦艦の主砲クラスの砲撃が一方的にマゾーン艦隊を襲ったのだ。しかもそれは続けざまに、発射位置を接近させながら攻撃してくる。
「あれは…アルカディア号…!!!」
スクリーンに投影された姿を見て、ラフレシアは呟いた。

 自分を殺そうとした者の声を聞き、アマランスは呆然としていた。
「どうして……?」
激しい砲撃戦が展開されている方を見ても、そうとしか言えない。何故アルカディア号が、というかハーロックが、こんな所に来るのか見当もつかないのだ。
《大体あれから四時間と少ししか経ってないのに。ここに来れるはずがない》
しかし現実として、アルカディア号は来ている。砲撃によりマゾーン艦が次々と爆発・炎上して巨大な流れ星のように惑星チグリスの重力にひかれて落ちていく様を呆然と見やりながら、彼女は立ちつくしていた。

 一方、当のアルカディア号の艦橋ではハーロックが戦闘指揮を執っていた。
 アマランスが別れ際に見せた笑みの意味を、ハーロックは悟っていた。あれは死に行く者の笑みだ。本人は安心させるつもりだったのかも知れないが、その程度の見極めはつく。つまり、ハーロックからすればアマランスは自分たちを無事にアルカディア号に帰すために自らラフレシアの犠牲となりに行ったのだ。無論そんなことを認めるような彼ではなかった。
《必ず生きて帰らせる。殺させはしない》
アルカディア号もアマランスが小型艇を離れると同時に戦い方を変え、惑星チグリスを急速離脱しながらマゾーン艦隊を一隻残らず粉砕して、ハーロックたちを帰還させたのは実に大気圏外だった。トチローも思いは同じと見える。
 さて、ミーメが言うにはアマランスは全身に見えないガードを張り巡らせ、それは戦艦主砲の直撃以上のものを受けない限り彼女を護るそうだ。それで時間稼ぎをしている間に急行するしかなかった。そして強力な防護膜が宇宙空間でもアマランスの周囲を覆っているのを確認しつつ、マゾーン艦隊と激烈な戦いを演じる。
「艦隊中枢に突入しつつ周辺艦を破壊しろ。あとスペースウルフの用意だ。アマランスを保護したら戦場から離脱する」
救出劇は、恐らくかなりの荒技になるだろう。スペースウルフから特殊合金で出来た投げ縄で彼女を縛り、速やかにアルカディア号に帰還する。ラフレシア乗艦での白兵戦よりこっちの危険は少ないが、救出される側の危険は相当高い。
「あの、キャプテン」
有紀が声を出した。
「コンピューターが言うには、小型艇からアマランスさんと会話が出来るそうです。まだ少し時間がかかるから、打ち合わせしろと言ってます」
「そうか、分かった」
便宜上、小型艇はスペースウルフと同じ格納庫にある。早めに行っておくかと思い、艦橋を出る。戦闘はコンピュータに任せておいて大丈夫だ。

 「アマランス、聞こえるか?」
ハーロックの声が聞こえたとき、救出される側の少女はまだ呆然としていた。
「おい、アマランス。俺だ、ハーロックだ。分かるな?」
「──あ、は、はい」
応答に、彼女の精神状態が透けて見える。苦笑を浮かべて本題に入った。
「今からお前を助けに行く。スペースウルフで接近して投げ縄で捕まえるから、少し危険は伴うが……大丈夫だな」
「それは大丈夫ですけど、本気ですか。ラフレシアの乗艦の目の前ですよ」
「だからどうした」
余りにも意外な一言に、アマランスは詰まった。言葉が出てこない。
「お前がラフレシアに殺される覚悟で別れたのに、助けに行く俺たちがその程度の覚悟をしなくてどうする。心配するな、必ずアルカディア号に生きて帰らせる」
「そんな無理しなくていいですよ。ここはスペースウルフで通過するには危険すぎます!!」
ハーロックは厳しい声で応じた。
「お前は俺たちに貸しを作ったまま死ぬつもりか? 俺たちを無事にアルカディア号に帰すために身代わりになって、一人ラフレシアに殺される。そんなことは俺がさせない。絶対に認めない。お前は必ず助ける」
話している間にも、マゾーン艦隊の砲撃でアルカディア号の装甲板が破損していくのが分かる。そんなの無茶だ、と言おうとしたアマランスに
「とにかく迎えに行く。黙って待ってろ」
そう言って、声を上げようとしたのを無視してハーロックは通信を切った。
「どうして…。本来敵のはずなのに…」
 基本的に、アマランスはハーロックが助けに来ることなど期待もしていなかった。そこまで信用されているとも思えず、ましてああいう別れ方をしたからには自分たちを利用したのだと考えるのが普通だろう。ラフレシアやマゾーンに対してやった演説も、せめて死ぬ前にこれだけは言っておきたいという思いからであって、その後の展望など考えていたわけではない。そもそも彼女としては、『宇宙海賊』に自分の心理や思考を正確に把握するだけの洞察力や勘があるとは思えなかったのだ。
《しまった……。このままでは…》
ラフレシアが私もろとも、ハーロックを殺してしまう。そうなっては何のためにここに来たのか意味がない。とは言えもう連絡は無理だろうし、大体あの男が私の言うことを聞いて作戦を止めるとは思えない。
《そもそも私の責任なのに。私があんなこと言うからだ》
マゾーン艦のバリアをアルカディア号の主砲はいとも簡単に突破し、一撃で破壊する。左右から集中的に砲撃を受け、装甲板が火を噴く状態でありながら、速度や攻撃が鈍ることもない。アルカディア号はマゾーン艦隊と互角以上の戦いを演じながら進んでくる。
 進む角度がやや俯角になった。ほぼ同時に、艦底からスペースウルフが二機発進してくる。アルカディア号の上方に出て敵艦隊の砲撃の間を縫い、進んでくるのだ。アマランスとしては砲撃が当たりでもしたらと思うと気が気ではない。
 心配しながら見ていると、アルカディア号が主砲の向きを変えた。ラフレシア乗艦に狙いを定め、接近しつつ発砲する。発砲された側も応戦し、その場では凄まじい砲撃戦が展開された。敵艦の攻撃手段を破壊しようとするアルカディア号に対し、女王を護ろうとする周囲のマゾーン艦隊が集中砲火を浴びせて装甲板が吹き飛び、それへの迎撃の合間を縫って撃ち込まれる砲撃でラフレシア乗艦の主砲が大破する。間の空間で見ているアマランスは、爆風が吹きつけて危険なのも忘れて圧倒されていた。
「アマランス、そこを動くな!!!」
そこに、聞こえるはずのないハーロックの声が聞こえた。我に返り、ええ?と見回した瞬間、何か細いリング状のものが上方の白い戦闘艇から落ちてくる。見上げた途端彼女の身体はそれできつく縛られ、同時に高速移動を始めていた。
「少し痛いだろうが、我慢してくれ。アルカディア号に帰ったら、外してやる」
「──ハーロック…」
スペースウルフを見上げ、アマランスは泣きそうな声で呟いた。

 次の瞬間、状況は劇的に変わっていた。アルカディア号主砲のショックカノンを食らったラフレシア乗艦の機関部が火を噴いたのだ。
「これで、他の艦も俺たちを追ってる場合じゃなくなるはずだ。大丈夫さ」
どこがどうなったのか分からないが、ハーロックがそう言うのが聞こえる。宇宙空間では視覚しか役に立たないのでラフレシア乗艦内部の様子がどうなっているかよく分からないが、少なくともアルカディア号に対する攻撃はがくんと減った。むしろ無意識のうちに道をあけ、その船を通しているような気配さえある。
「戦場さえ抜ければ、後でいくら追ってきても振り切れる。倒すなら今、とも言えるが」
今度は呟いているようだ。ふと気づくとスペースウルフが俯角になり、アルカディア号が仰角になっていた。帰還体勢にはいるらしい。
「アマランス、少し縄を詰めるぞ」
少しずつ、彼女の身体がスペースウルフの底に近づいている。間もなく旋回し、見覚えのある滑走路がアルカディア号の中に見えた。すでにマゾーン艦隊との戦場からは脱出している。

 アマランスはこうして無事に、アルカディア号に帰ってきた。

 

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