宇宙海賊キャプテン・ハーロック

第2部 アマランス…流転の王女 11

11. 決着──ただ勝利としてではなく──

 「エメラルダス、そっちはどうだ?」
「敵は倒した。だが、私もさすがに無傷では済まなかった。──ところでラフレシアとアマランスは?」
奥に向かっているハーロックは、通信機でエメラルダスと会話していた。決着がついているなら追いついてきてもいい頃だが、一向にそんな様子はないからだ。
「ラフレシアは殺した。アマランスはこれからだ」
「行き道は分かるの?」
「ああ。ラフレシアに教えられた」
声の様子からして、エメラルダスの方は放っておいても大丈夫そうだとハーロックは判断した。それに今は、アマランスの方が気がかりだ。
「俺はこのまま、あいつのいる中枢コンピュータ室に行く。お前はどうする?」
「ここで待っておくわ」
「そうか、分かった。帰りに寄る」
それだけの会話を交わし、通信を切る。そして目の前にある階段を上り始めた。

 階段は踊り場がついており、やや長い。上りきったハーロックは、周囲を見回して扉があるのを見つけると、そっと開けた。いきなり熱風が吹きつける。
「これは…」
中は黒こげ状態だった。爆発音らしいものも聞こえ始め、アマランスの言った通りだったのかも知れないと思わせた。そうなると余計、急がねばなるまい。
 そのまま、第五層の玉座の間の前にあったものと同じような空間を奥に進む。非常用らしい扉が左右についていたが、装飾はない。そして奥の扉を開けると、数歩で中枢コンピュータ室が見えた。アマランスがいる。
「アマランス──」
呼びかけたハーロックだったが、接近はガラスのような壁に阻まれた。


 透明な、ガラスのようなものの向こうで、アマランスは立っていた。
「ラフレシアはどうしました?」
「殺した。──女王として、敵の手で死にたいと」
「分かりました」
アマランスは何かを操作した。ややあって、マゾーン語の放送が流れ始める。
 程なく、部屋の隅で出火し始めた。ガミラス号のどこかが爆発したらしい音がする。
「早く来い。逃げ遅れるぞ」
「それで──いいんです」
彼女は声に背を向け、火に向かって歩いていく。はっとなったハーロックは言った。
「アマランス、お前──!」
「私も、死ななければならないんです」
彼女はそう言った。はっきりした声で。
「今のマゾーンは、心を失ってしまった。そしてその責任は、王となるべき時になれなかった私にもある。──心を失ってしまい、喜びも怒りも悲しみも感じなくなれば、生きていても将来災いになるだけ。だからそうなる前にマゾーンを滅ぼし、自分の種を滅ぼした王として私も死にます」
火が燃え広がり、床の周辺部を覆いつつある。入ろうとするが突き破れない。
「ことが済んだら、私の自由にさせてもらう──。そう言いましたよね?」
アマランスはそう言った。一瞬息をのんだハーロックだったが
「まさかお前、初めからそのつもりで……!?」
「──ええ」
頷いた。絶句する相手に続けて言う。
「さっきジョオンたちが道を開けてくれたときは、ひょっとしたら死ななくていいかもとは思ったんです。──でも、ラフレシアがまさかああまで──」
息をついた。人の心を乗っ取るようなことまでしていたとは。
「私も、将来そんなことを考えない保証はないんです。だからそうなる前に死んだ方がいい。──ヒドランゲアには、私が自ら死を望んだと言っておいて下さい。全て私が悪いのであって、他の誰にも責任を負わせてはならないと」
火が壁を伝ってのぼり始めた。アマランスの後ろでは小規模な爆発さえ起きていた。
「もうすぐここも爆発します。早く逃げてください!」
壁の向こう、アマランスのいる付近では熱風が吹き荒れているはずだ。時間は確かにない。ハーロックは言った。
「──お前がそうやって、責任を一人で背負い込んで死んだとしてだ。生き残った側の立場はどうなる」
「どうなるもこうなるも、私がいなければ──」
「お前に全責任を背負い込ませて自分たちだけが楽しく生きられるほど、腐った神経はしていないつもりだがな、俺は」
アマランスははっとなって黙り込んだ。ハーロックは低い声で
「いいか、俺は地球にいるブタどもとは違う。仲間を見殺しにしてまで生きる気はない。お前が死ぬ気なら俺は意地でも止めてみせる」
声と共に、何かが動く音が聞こえる。機械音の一種だ。
「ここを開けて、こっちに来い。さもなければ──」
次の瞬間、何かに攻撃されたような衝突・爆発音と共にガミラス号がこれまでにないほど激しく揺れた。透過壁に無数のひびが入り、アマランスも浮き上がって壁に叩きつけられる。
「アマランス!」
床に倒れた彼女は、生まれて初めて感じる激痛に呻いていた。バリアが発動しなかったらしく、動くこともままならない様子である。と、また同じ爆発音が聞こえた。
「キャ…!」
再び浮き上がったアマランスは、今度は床にまともに叩きつけられた。ほぼ同時に壁の一部が崩れ、外の様子が少しだけ見える。接舷しているアルカディア号が、ガミラス号に攻撃を加えていた。
「──そういうことか」
ハーロックは呟くように言うと、戦士の銃で透過壁を破って中に突入した。

 アマランスは、痛みの中で何とか残っている意識で考えていた。
『な…何故…?』
バリアが発動しなかったのか。あれだけ火が迫っていても少しも熱さを感じないほど、完全に保護されているはずなのに。
「──持ち主が死のうとしているときに、それを手助けするような発動はプログラムされてなかったってことだろうな」
その声の主を見上げて、アマランスは呟いた。
「ハーロック…」
「帰るぞ。アルカディア号に」
「──」
返事のないアマランスを、かなり無理矢理立たせる。
「生きている限り、お前が何をしようと自由だ」
そう言った後、ハーロックは背を向けた。そして横目で彼女を見やり
「だが、死ぬな。俺はお前を死なせるために戦ったんじゃない」
「────」
うつむいたまま、返事をしないアマランスの腕をつかみ、その場を離れた。

 「エメラルダス!」
肩に包帯を巻いた姿の彼女に、ハーロックはやや驚いていた。クレオの死体を見やって
「敵もさすがに強くて、無傷では済まなかったわ。──時に──」
アマランスさんは、と訊こうとして、相手の後について来ている本人の様子に気づく。深くうつむいたまま、一言もないのだ。
「──後で話す。取りあえず早く出るぞ」
ハーロックはちらりと振り返って言った。エメラルダスもそれ以上追及はせず、アマランスの後ろを守るようにして廊下に出た。
 第三層にたどり着くまでに、生き残っている者全員と合流する。放送はどうやらラフレシアの死を告げるものだったらしく、帰りの抵抗はそれほどなかったのだ。実行を命じる者がいなければ、思考を支配するプログラムも無効になるらしい。
「──それでも数人は死んだか。死体を運び出して葬ろう」
「そうですね。アルカディア号側から人を呼びます」
辛うじて軽傷で済んだらしい有紀が応じた。ルピナスは片腕が吹き飛ばされてなく、台羽も左の二の腕から出血し、臨時で包帯を巻いている。ミーメ、ヤッタランは比較的軽傷のようで、重傷者の輸送を指揮していた。
「アマランスさん──」
消え入りそうな気配の彼女に気づいたミーメが近づいてきて、声をかけた。
「──色々、あったようね。でも無事でよかった」
アマランスは顔を背けている。ミーメは手を取って
「──いつかきっと、生きてることを感謝する日が来る。死んでも何にもならない」
そしてそのまま、アルカディア号側まで連れて行く。途中で有紀とすれ違った際に向こうが何か気づいたようだが、何も言われなかった。


 こうしてアルカディア号に帰ってきたハーロックたちは、アスターの訃報を聞いた。
「よくご無事で戻っていらっしゃいました。ほっといたしました」
ヒドランゲアの言葉に、アマランスは苛立ったような口調で応じる。
「そんなことより、アスターの死の状況は?」
「ガミラス号との砲撃戦中、敵の攻撃の直撃を食らって乗艦もろとも戦死──だそうです。他にも十隻ほど、完全に破壊された船があるようですし、大破もしくは一部損傷も含めると、無傷の船の方が少ないほどです」
スクリーンの向こうから報告する。アマランスは深い息をついて
「──分かった。少し疲れたので、葬儀の手はずはそちらに任せる」
「かしこまりました」
通信が切れた。またアマランスが息をついて、そのまま艦橋を出ようとする。
「──アマランス、どこへ行く?」
「自分の部屋で、少し休んできます」
どこか生気のない声と共に、ドアが開いた。金属質の何かが落ちる音。
 ドアの閉じる音がした後で振り返ったハーロックは、重力サーベルが床に落ちているのを見た。

 ──アスターが死んだ──。
 アマランスは、自分の部屋で考えこんでいた。
 アスターも、自分と同じようにこの戦いで死ぬ気だった。そして彼は本懐を遂げ、私だけがこうして生きている。──そう、私だけが。
 自分を殺そうとし、追放したラフレシアも、もういない。あれだけのことをやったのだから、それ自体は当然だろう。だが、それらは私が最初から王になっていれば、もともとやらずに済んだことなのだ。──クーデターなど起こされずに済む能力を、あの時持ってさえいれば。或いはクーデターを予測し、防止できていれば。
 肉体年齢は子供だったかも知れないが、マゾーンの次の王にそんなことは関係ない。最初から完璧に作られているのだから。所詮王としては能力不足である私に、そもそも王となる資格などあったのか?
「──ハーロック──」
何故、死なせてくれなかったのか。所詮私はマゾーンであり、単なる同盟者のはずだ。死んだところで何の影響があるというのか。
 仲間と言いはしたが、どう転んでも遠くない未来にアルカディア号を降りることが分かっている者を、何故仲間と呼べるのか。他の乗組員とは違い、私とハーロックの関係はラフレシアが倒されるまでの一時的なものに過ぎないはずだ。それならそれなりの待遇をすればいいわけで、ラフレシアが死んだ後で私が死のうがハーロックの知ったことではない。なのに何故──。
 ハーロックから見れば、例え共に過ごした期間が短く、普段は遠く離れていても仲間は仲間であり、志が同じである限りその友情は途切れることはない。それは基本的には対等な関係で、相手が困っていれば出来る限り助ける。そこには種の起源の違いも利害関係もない。アマランスは既にそういう存在として見られているのに、本人は出会いの経緯にこだわる余り未だに利害関係として捉えようとしていた。マゾーンの、しかも王女として育てられた彼女には、そう見ることしか出来なかった。
「いつ死んでもいいはずなのに……」


 その後、修理のために海賊島に入って数十時間。アルカディア号に、パンゲア号から通信が入った。またか、という顔になったハーロックだが、ひとまず出る。
「アマランス殿下のご様子は?」
「今までの疲れが、まだ取れてないらしい。部屋に籠もったままだ」
ヒドランゲアの口調に、たちまち苛立ちの色が濃くなった。
「──またそれか。会わせるのを拒否するのもほどほどにしろ」
「別に拒否してはいない。もうしばらく待てと言ってるんだ」
「では、いつになったら殿下に会えるのだ!?」
問いつめられ、さすがのハーロックも返答に窮した。そら見ろ、という表情になって
「とにかく今からそっちに行く。分かったか!」
ヒドランゲアはそう宣告すると、通信を切った。
「──大丈夫? ハーロック」
傍で黙っていたエメラルダスが、心持ち不安げに問いかける。
「ああいう奴には、一度こっちに来させた方がいい。アマランスを無理矢理連れ出すような無茶は、あいつも流石にせんだろう。スクリーン越しに会わせるだけだ」
今のアマランスにはそれが限界だ、とハーロックは考えていた。

 アルカディア号に来たヒドランゲアは、まず艦橋に通された。
「──で、アマランス殿下はどこにおいでだ?」
「今会わせるから待て」
と言って、有紀に合図する。スクリーンに映し出されたのは、膝を抱え込み顔を埋もれさせたままの、アマランスの姿だった。ハーロックが
「アマランス、ヒドランゲアが来たぞ」
「──帰るように伝えてください」
アマランスは、顔を上げずにそう応じた。
「しばらくマゾーンの誰とも会いたくないと。一人にして欲しいと」
「な…!?」
ヒドランゲアは一瞬言葉を失い、次の瞬間
「ラフレシアが倒され、やっと殿下の時代が始まろうとしているときに、肝心の殿下ご自身がそんなご様子でどうなさいますか! 他の司令官たちも殿下のご指示を待っています。一刻も早く──」
「うるさいっ!!!」
アマランスは怒鳴りつけた。呆気に取られたヒドランゲアに
「私の指示なしで動けないようなら動くな! 待つのが嫌なら逃亡するなり刃向かうなり勝手にしろ!!」
後は問答無用で通信を切る。絶句した相手に、ハーロックは息をついた。
「だから、俺としては会わせたくなかったんだ」
「──貴様、また何か妙なことを──!」
「人を疑う前に、自分の身を振り返って反省したらどうなんだ」
戸惑うヒドランゲアに、ハーロックははっきり言っておく必要を感じた。

 「ヒドランゲア、お前、アマランスをどう扱ってきた?」
「どう、とはどういう意味だ」
「──あいつは、ラフレシアを倒した後、自分も死ぬ気だった。『マゾーンが心を失ってしまった責任は、王となるべき時になれなかった自分にもある。このままでは将来災いの種になるから、マゾーンもろとも自分も死ぬ』と言ってな」
「何だと…!?」
それだけ言って、ヒドランゲアは絶句した。
「『自分が、ラフレシアのようにならない保証はない。そうなる前に死んだ方がいい』とも言っていた。──いくら王女とは言え、あいつはまだ、世間一般で言えば子どもに過ぎない。その子どもに、重すぎる重荷を負わせては来なかったか?」
絶句したまま、ヒドランゲアは唇を噛んだ。
「殿下が……そのようなことを──」
「お前一人のせいにする気はない。だが、今までアマランスと一番長くつき合ってきたのはお前だ。──遺伝子選別で、確かに潜在的な王の能力を完璧にすることは出来るだろう。だがそれも、歪んだ環境で育てば歪んだ方向へ進むだけだと、俺は思うが」
ヒドランゲアは反論できなかった。今し方のアマランスの、自分の主君の明確な拒否。今まで拒否されたことのない彼には、十分にショックだった。
「ラフレシアが如何にひどいことをやっていようと、普通なら自分の種もろとも滅ぼすなど考えないはずだ。『自分はそうしない』と誓いこそすれ、『自分がそうならない保証はないから、今のうちに死んだ方がいい』などとは考えまい。──思考回路が、どこかで狂ってるんだ。完璧か無か、二つに一つしかあいつには存在しない」
その間には、現実には無数の段階があるにもかかわらず。
「とにかく今のまま、アマランスを帰すわけには行かない。落ち着くまで待て」
「──分かった」
ヒドランゲアは、重い表情で立ち去った。

 修理完了後、ハーロックたちはヘビーメルダーまで戦勝報告に帰ることにした。エメラルダス、更にはヒドランゲアまで自分の船で同行する。
「残りのマゾーンはいいのか?」
「貴様に心配されたくはない。シビュラやジョオンもいるし、殿下のことはお疲れなのでしばらく養生させると言っておいた」
「そうか。だったら大丈夫だな」
スクリーン越しにヒドランゲアと話し合う。
「それで、肝心の殿下のご様子は?」
「相変わらずだ。──部屋から出てこようともしない」
食事の量はもともと少なかったが、今は時折ミーメや有紀が運んでくる水を飲むだけと、それに比べてもかなり減っている。こうまでアマランスが落ち込むとは、ハーロックは予想していなかった。
「そうか…。手だてはあるんだろうな?」
「エメラルダスが、考えがあると言っていた。ヘビーメルダーまで行けば、上手く行くかも知れないと」
「──そうか、分かった」
ヒドランゲアはそう応じた。主君に会うことさえ拒否された彼には、直接どうすることも出来ないのだ。不満があろうと、受け入れるしかない。

 ヘビーメルダー上空。着陸態勢に入ろうとするアルカディア号とクイーン・エメラルダス号の近くを通り、ある汽車が大気圏に滑り込むように入っていく。
「あれは──」
その汽車の姿に、ハーロックやミーメは確かに見覚えがあった。初めて見る台羽が、驚きに身を乗り出してやや茫然と呟く。
「銀河超特急999号…」

 アマランスは、相変わらず例の姿勢で考え込んでいた。このままでは行けないことくらいは、充分分かっている。どうするにせよ、近く結論を出さねばならないことも。だが今までのことを思い出していると、考える気力が失せてしまうのだ。──ラフレシアがガミラス号の兵士の脳に埋め込んだ、人の心を乗っ取る機械のことが思い出されて、頭から消えない。どれだけ他のことを考えても、行き着く先はそれなのだ。
 王女としてガミラス号で暮らした日々も、今は遠い。クーデターに遭い、やっとのことでパンゲア号に乗り込んで逃れ、宇宙の辺境をさすらった。そしてラフレシアが地球を侵略しようとしていることを聞き、ハーロックと一時的に手を結ぶつもりでアルカディア号に接触した。──それが…。
 何故、あの時ハーロックの制止を振り切って死のうとしなかったのか。ラフレシアが死んだ後、こうなった責任を取って私も死ぬ。そしてマゾーンも終わらせる。最初からそのつもりだったのに、何故死ななかったのか。今更未練はないはずなのに。

 扉を叩く音がした。顔を上げると、窓からどこかの惑星の地面が見える。どうやら随分長い間、考え続けていたらしい。いつ着陸したかも思い出せないほどに。
 また、叩く音がする。誰だろうと考えた途端、アマランスは動けなくなった。──ハーロック? エメラルダス? それとも──
「開けてくださる?」
扉の向こうからの声は、アマランスにはほとんど聞き覚えがなかった。返って安心したのか、彼女は手元のボタンで鍵を外す。程なく扉が開いた。
 黒い服に帽子、手にはトランク。そして、長い金髪にどこか謎めいた美貌。
 今は滅亡した機械化帝国の女王プロメシュームの娘、メーテルだった。

 「どうも、初めましてメーテルさん。何か用事でも?」
アマランスは、どうにか平静を装って挨拶した。
「いえね、ちょっと世間話でもしたくて」
「──わざわざ999からここまで来て、たかが世間話ですか」
苛ついたような口調で、アマランスは言った。次の瞬間、メーテルが彼女をじっと見つめる。気圧されたような気がして口をつぐんだ。
「エメラルダスから話は聞いたわ。──マゾーンのラフレシアの最期のことも」
ピク… と、アマランスが反応した。メーテルは近づいて来て、ふわっと彼女の体を抱き寄せる。戸惑って見上げた少女に
「辛い思いを、してきたのね」
思わず、涙がこぼれた。
 温もりに包まれたまま、アマランスは泣き出した。


 帰ってきたハーロックたちは、アマランスが艦橋にいるのを見て驚いた。
「アマランス──」
「はい?」
その声は、ガミラス号に乗り込む前のものに戻っていた。いや、それに比べても少しだが明るくなったような──。
「大丈夫か?」
「ええ。そういつまでも悩んでられませんしね」
張りのある声で応じる。留守中に何があったのか知らないが、どうやら立ち直ったらしいとハーロックは判断した。ニヤリと笑って
「よし、これから宴会でも開くか」
「は? 宴会?」
「一つの大きな山が終わったわけだ。ねぎらう意味でも派手にやるぞ」
はあ、といまいち状況の掴めないアマランスに、ミーメが声をかける。
「取りあえず普通の宴会と同じよ。楽しんで」

 「それにしても、お姫様が立ち直って良かったぞい」
ドクターゼロがそう声をかける。海賊島での宴会の席だ。
「どうも、色々お世話になりまして」
「アマランスさん」
話を聞いたらしく、そこにエメラルダスが姿を見せた。一瞬にして表情が硬くなるアマランスに、笑顔で声をかける。
「どうだった? 彼女と色々話せた?」
「ええ。お陰様で、少し気が楽になりました」
「そう。彼女も苦労してるからね」
「──でしょうね。お母様のお話、漏れ伝わってます」
一瞬、沈黙が流れた。再びエメラルダスが口を開く。
「そうそう。彼女、何だったらまた呼んでいいって言ってたわ」
「本当ですか!?」
一気にアマランスの顔が明るくなる。
「ええ。遠慮しないで欲しいと」
そう言って、後はさっと振り返って歩いていく。その背に向けて
「──あの、本当にどうも、ありがとうございます…!」
アマランスは頭を下げた。いいのよ、とでも言いたげに、言われた側は軽く手を振る。その光景を見やって
「さっきから話聞いてるが、彼女って誰じゃい。彼女って」
「女同士の話に口を挟むのは野暮ってもんですよ、ドクターゼロ」
有紀が傍で応じる。そして同じようにエメラルダスとアマランスを見やって
「男の人が外で羽を伸ばしてる間に、女が家で何をしようと勝手でしょうもの」

 部屋の中央ではヤッタランや魔地が何やら宴会芸をやり、乗組員たちが盛り上がっている。ハーロックとエメラルダスはそれぞれ離れて酒を飲んでいた。
「これからどうする?」
芸見物の輪の外側にいるアマランスに、台羽が声をかけた。
「どうするもこうするも──。パンゲア号に帰らないと」
「そうか、やっぱり帰るのか」
ふう、と軽く息をついて隣に腰を下ろし、台羽は続けた。
「俺は──どうしようかな。今の腐った地球に未練はないけど」
「何か、やりたいことでも?」
「──いや…。ただ単に、腐ってるからって放ってはおけないなと。腐ってても地球は俺のふるさとだし」
だけど腐った地球を立て直すには今の俺の力では足りないし、と台羽は息をついた。
「だったらここにいれば? 力を付けるためにも」
「うん…。それも考えてはいるけど、さ。いっそ一人で放浪した方が力が付くかと」
「──一人で放浪して付く力と、誰かと一緒にいることで付く力って、多分違うと思うな。私の経験から言って」
アマランスはコップの中の液体を飲み干した。そして
「ま、厳密には一人で放浪した経験はないけど。パンゲア号で上の立場で、一人で勝手に行動してると、それが周囲にどんなに影響与えるかなんて、ホントに分からなくなるよ。何しろ逆らう人間いないから」
いても敵だし、と付け加えて息をつく。酒の匂いがしたように台羽は感じた。
「──ヒドランゲアだっけ、あのマゾーンは?」
「ああ、彼? 逆にダメ。こっちが文句言われるのに慣れるから」
随分我が儘だな、と思いつつ続きを聞く。
「──そういう中にいると結局、何が本当に自分のためで、誰が本当に自分のこと考えてくれてるのかってのが、分からなくなる。で、逆に自分が他者に対して本当は何をしてやればいいのかってのも、判断できなくなる。その挙げ句が──」
言いかけて、アマランスは口ごもった。
「──分かった。やっぱり俺は、もうしばらくここにいるよ。有紀さんには借りもあるし」
「それがいいと思う。ハーロックや他の乗組員から学べるだけ学んで、それから一人で放浪してもいいんじゃないかな」
本当は、私自身ここにいたいくらいなんだけど──と、彼女は内心付け加えた。


 やがて、アマランスがパンゲア号に帰る時がやって来た。
「アマランス殿下、お帰りなさいませ」
ヒドランゲアが迎えに来た。アルカディア号の格納庫である。
「何はともあれ、ご無事で宜しゅうございました」
帰る側のアマランスは、手に鞄を下げていた。
「それは──?」
「餞別らしい。中身は知らぬが」
「言っておくけど、怪しいものじゃないわ」
エメラルダスが後ろから言った。
「中身は開けてのお楽しみ、ってことよ」
「──」
ヒドランゲアは無言で鞄を預かり、引き下がった。
「お姫様、ホントに行くのかい?」
食事係のマスさんが聞いた。
「ええ」
「ちゃんと食べないとダメだよ、食こそ命の源なんだから」
「はい」
微笑と苦笑が混じった笑みで頷いた。その横で、ドクターゼロがボソッと呟くように
「儂一度、センキっての食べてみたかったぞ」
「は? ──何でそれ知ってるんです?」
「何でって、お姫様が前に酔っ──」
魔地とヤッタランが背後からばっと口を塞ぎ、強引に下がらせる。一瞬呆気に取られたアマランスに、有紀が声をかけた。
「貴方なら、多少のことがあっても大丈夫だから。自信持って」
「くれぐれも、死ぬなんて考えないで。貴方は一人じゃない」
ミーメが続けて言った。
「──はい。分かりました」
応じた後、軽く頭を下げる。急かすような視線をヒドランゲアから感じ
「では、本当にこの辺で失礼します」
周囲を改めて見回し、一礼する。そして数歩歩き始めたとき
「アマランス」
「はい?」
呼び止められ、振り返った。ハーロックは近づいてきて
「最後に一つ、言っておくことがある」
何事かと思いつつ、アマランスは次の台詞を待った。
「もし、マゾーンの王であることに嫌気がさしたらいつでも来い。歓迎する」
「ハーロック──」
軽く驚いた少女の顔の裏に、泣き笑いの衝動が透けて見えた。
『ああ、この人は──』
本当に、私を仲間として見なしてくれていたのだ。勝手なことをして、迷惑ばかりかけて、挙げ句の果てに一人で勝手に落ち込んでしまっていた私を。
「色々、すみませんでした。私が未熟なばかりに、色々と──」
「いいさ。──また、時の輪の接するところで会おう」
「そうですね。──その時は、ちゃんとした仲間として」
ハーロックの瞳が、少し輝いた。
「ああ…そうだな」
そして互いに見つめ合い、ほぼ同時に一つ頷く。ヒドランゲアが咳払いをした。
 それでやっと、アマランスは小型艇に乗り込む。何か言わねばと思うが咄嗟に言葉が浮かばず、辛うじて
「では、皆さん。どうかお元気で──」
見回しつつ言った。ミーメなど涙ぐむ者もいる中でハッチが閉じられ、アマランスが最後に無言で一礼した直後に小型艇が飛び立った。

 「──あれで良かったの? ハーロック」
小型艇が見えなくなった後、ミーメが近づいてきて訊いた。
「──あいつが、もし望めば…」
その声が聞こえているのかいないのか、ハーロックは小型艇の出立した方向を見やって小声で呟いていた。そして苦笑と自嘲の混ざった顔で
「今更だな、まさしく。──さて」
行くとするか、とミーメを見て彼は言った。そこに
「ではハーロック、私もこの辺で──」
「ああ、元気でな」
エメラルダスとの間で、会話はそれだけだった。ほどなく自分の戦闘艇に乗り、軽く一礼して彼女はアルカディア号を出た。

 パンゲア号に帰ってきたアマランスは、艦橋に入った途端に全員から最敬礼を施された。そのまま前に使っていた椅子に腰を下ろす。
「ヒドランゲア、鞄を──」
「申し訳ございません、忘れておりました」
意図的に渡さなかっただけかも知れないが、とにかくヒドランゲアはそう謝罪した後で鞄を主君に返した。アマランスはそれを開く。
「青い布──?」
中身は、折りたたまれた青い布だった。全部取り出していると、奥に入っていた紙が床に落ちる。部下に広げて貰っているうちに、彼女はそれを拾い上げ、布の表面を見た。
「こ…これは…」
 青い布に、白でドクロを染め抜いてある。拾った紙を慌てて開け、中身を読む。そこにはこうあった。

『いつか、お前が自由に宇宙を旅することの出来る日が来ることを願って。

キャプテン・ハーロック
クイーン・エメラルダス
アルカディア号乗組員一同』

「──……」
今まで感じなかった、或いは無意識のうちに抑えつけていた、ある感情が一気に吹き出した。胸にこみ上げてくる。
「──何で私は、分からなかったんだろう。何で私は──」
文面を見たまま、声を震わせて、アマランスは呟くように言った。
「──殿下?」
周りにいる兵士の一人が、アマランスの様子の急変に首を傾げた。
「どうか致しましたか、殿下」
ヒドランゲアが気づいて声をかける。アマランスは息をついて顔を上げ、頼んだ。
「彼らに伝えたいことがある。──自分で書くから端末を」
「分かりました」
打ち込んで送信したあと、アマランスは再び手元の文面に視線を戻した。

 「パンゲア号から、短信が入りました」
出立の準備に追われるアルカディア号の艦橋で、有紀が報告した。
「開けてみてくれ」
ハーロックの指示でスクリーンに表示されたのは、数行の文。

『いつかこの旗を掲げて、宇宙を旅したいと思う。
その日が来るまで待っていて欲しい。

アマランス』

「──見たのか、あれを」
ハーロックは何とも言いようのない顔だった。そこにエメラルダスから通信が入る。
「どうやら、見たらしいわね、彼女」
「ああ。──あれ以上、してやれたら良かったんだが」
「そうね…。でも」
「最後にやっと、こっちの思いが通じた。それで満足すべきだろうな」
それで、二人の話し合いは終わった。ミーメが背後からそっと声をかける。
「ハーロック」
「──これでいいんだ」
そして再び、出立準備の指示を出し始める。

 「殿下、出立の準備が整いました。ご命令を!」
パンゲア号でずっと例の紙に目をやっていたアマランスに、ヒドランゲアが声をかける。
「──例の青い布は?」
「お足下の鞄の中にございます」
「そうか…。済まないな、感謝する」
いきなりそう言われて戸惑う相手を知ってか知らずか、彼女はすっと立ち上がった。スクリーンを見ると、アルカディア号もエメラルダス号も全く動いていない。
「──……」
一瞬、感傷にとらわれたアマランスだったが、それを振り切るように命令を出す。
「これより、ウル星系のマゾーン艦隊に帰還する。パンゲア号、発進!」
 動き出したパンゲア号を、アルカディア号の艦橋ではスクリーン越しに見送っていた。台羽、有紀、ドクターゼロ、ミーメ、ヤッタラン、そしてハーロック。それぞれの思いを胸に、しかしアマランスの無事を願う点だけは同じだった。
 やがて、パンゲア号がワープして消える。そこに同じく動かずに見送っていたエメラルダスから、通信が入った。
「本当に、これでしばらくの間お別れね」
「ああ。──また、星の海のどこかで会おう」
互いに相手を縛ることは出来ないし、またその必要もない。自分が信念に殉じるつもりで強大な敵と戦っていれば、必ず共に戦ってくれる。そういう関係だった。
「──出立十秒前。エンジン駆動開始!」
話し合いが終わったあと、ハーロックは指示を出した。他の乗組員が一斉に持ち場に戻る。
「アルカディア号、発進!」
「クイーン・エメラルダス号、発進!」
二隻はほぼ同時に、それぞれの方向に向けて進んでいった。

 

宇宙海賊キャプテン・ハーロック 完     

 

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