るろ剣インターネット版同人誌

『幕末秘話』其の二十七 前野君の憂鬱

 ──ああ、またやってるのか。
「何でそうすぐぶっ叩くんですか!」
「阿呆。お前が遅れてくるからだ」
全く、あの二人は。
 よく懲りないな、お互いに。

 俺? 俺の名前は前野五郎。新撰組三番隊の伍長だ。
 あの二人ってのは誰かって? 決まってる、うちの組長ともう一人の伍長だ。名前は組長の方が斎藤一、伍長の方が天城洋。あのやかましい──違った、大声出してる二人だよ。──喧嘩してるみたいだけど止めなくていいのかって? いいのさ、あれが日常だから(苦笑)。

 お前より若いんじゃないかって? まあそうだろうが、基本的に実力の世界だからな。俺よりあの二人の方が剣の腕は上だし、局長たちが江戸でしがない道場をやってた頃からの知り合いらしいから信用もある。上でも仕方ないさ。
 やけに諦めがいい? ま、こう見えても普段の三番隊は実質俺に任せられてるようなもんだからな。あの二人は隊の剣術師範と師範代で、普段はそっちの仕事で忙しい。巡察とか手入れとか宿直の時以外、俺が平隊士の世話をしてるんだ。──例えば? 宴会の設定とか怪我の見舞いとか、色々相談に乗ってやったりとか。特にあの二人に相談事は無理だろうから、俺が乗ってやってる。相談の中身? 秘密事項だから言えないな。

 大体あんた、何で俺に着いてくるんだ。俺は忙しいんだぞ、色々と。第一あの二人に興味あるんなら、直接聞けば──何? お互いの悪口しか言わないから信憑性がない? それで退散するなら二流か三流だな。悪口の裏を読めよ。
 だから、あの二人が喧嘩するのは年がら年中、毎日一回は必ずある儀式みたいなもんなんだ。食事を食べるのと同程度の。悪口もその延長。何だかんだ言って斎藤先生は戦闘時には俺より天城先生の方を信用してるし、天城先生も斎藤先生に異変があったらすぐ気づいて心配する。──だったら何で二人はああまで喧嘩してるのかって? 知るか。試衛館──さっき言った局長たちの道場のことだ──にいたころから、ずっとああだったらしいぞ。稽古やってるのか喧嘩やってるのかわからんような状態だったらしい。これは沖田先生に聞いたから間違いない。
 
 ──またやったか。これで今月に入って何回目だ? 喧嘩で打ち合って物が壊れるの。一、二…五回目か六回目だな。勘定方がよく悲鳴を上げないもんだ。それともあの二人が剣術師範と師範代だから、道場に引きずり出されるのが嫌で黙ってるとか。大いにあり得るな。だからあの二人は直らないわけだ。
 あの二人見て、最初不安じゃなかったかって? 不安というより頭痛がした。天城先生は三番隊に入る前から剣術師範代で、師範の斎藤先生と当時からああだったからな。それが全部こっちに来るかと思えば頭痛の一つや二つするのは当然で、実際先生方が最初に揃って控室に入る前にはみんなして頭抱えてたぞ、マジで。まあ予想以上にまともだったから良かったが。
 ──あれでまとも?って顔してるな。俺たちは本当に仲悪いのかと思ってたんだ。何で仲悪い二人をくっつけるんだって。まあ実際には「喧嘩するほど仲がいい」ってやつだったんだが。まともってのはそう言う意味だ。本人たちがどう思ってるか知らんがな。
 ──と、斎藤先生が呼んでる。じゃあな。

 会議があるから手伝え、か。ふう。他人の見てる前で打ち合うのは個人的にあんまり好きじゃないんだが。うるさい奴がいるからな。
 あ、別に天城先生の事じゃないぞ。人の欠点をいちいち指摘して、自分が強いと思いこんでる奴のことだ。伍長には結構いるんだ、そういう奴が。一度でいいから斎藤先生か天城先生に勝ってから言えと、俺は思うんだがな。どうせ勝つほどの実力もないくせに。
 あの二人はそんなに強いのかって? 保証付きで強い。伊達に師範だの師範代だのやってるわけじゃないさ。局長と副長と参謀を除いた実戦部隊の中でなら、多分五指に入るだろう。腕に内面が伴ってないってのが唯一最大の問題なんだ。特に天城先生は実力的にはもう組長になっていいほどなんだが、まだ若いから伍長止まりなんだろうな。別にご本人も組長になりたいと思ってる風じゃないし、当分の間はこのままだろう。
 あれだけ喧嘩してて、別れたいとか思ってないのかって? さあな。別に今まで一度もそういう話は持ち上がってない。もともと天城先生が一人で突っ走るのを止めるために師匠である斎藤先生の指揮下に入ったって言われてて、今のところうまく作用してる──俺の目から見ればかなり問題あるんだが──らしいからな。実際、天城先生も盾突く割にそういう話は一切口に出さないし、思ってもないみたいだ。
 ──ああ、今行きます! ったく、あんたのせいで天城先生に怒られたじゃないか。怒ると怖いんだ、天城先生は。

 ──あんた、まだいたのか。俺につきまとうのもいい加減にしてさっさと帰れ。大体さっきの話で概略つかめただろ。
 何? 俺自身があの二人をどう思ってるかって? 何であんたにそんなこと話さないと行けないんだ? 俺がどう思おうと俺の勝手だし、それを他人にまで喋ってやる義理がどこにある。帰れ帰れ、今までので用は済んだだろ。
 ──さっきの「怒ると怖い天城先生」の具体例? いちいち覚えてないが、下手すると斎藤先生より質悪いぞ。さすがに殴るのはないが、短気でな。ところ構わず大声で怒鳴りつけるから目立つ目立つ。それと一睨みで平隊士はほぼ掌握してるな。
 一度だけ斎藤先生以外が原因でキレたことがあるんだが、その時はもう手のつけようのない暴れぶりで。──ってかその時、斎藤先生いなかったんだっけな。とにかくその時だけは本気で斎藤先生がいればよかったと思ったぞ。いれば一撃で取りあえず静かになるからな。「やかましい」バゴッ! で片が付く。
 何? その時「だけ」ってのはどういう意味かって? 見れば分かるだろ、あの二人が一緒にいればどうなるか。一人ずつでいる時は無害で有能なのに、二人一緒となるとどうしてああなるのか俺にはよくわからん。アレが巡察中、下手すれば手入れの最中でも突発するんだぞ。それでも敵だけはしっかり倒してるから文句のつけようがないがな。もう少しどうにかしてくれだ、ったく。

 今から本格的に俺自身の稽古だ。じゃあな。

 

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