るろ剣インターネット版同人誌

『幕末秘話』番外編 お披露目(1)

 「よっ、斎藤。いい人が出来たんだって?」
ある日の朝。出勤してきた斎藤にいきなり声をかけてきたのは、原田左之助である。無視してさっさと通り過ぎようとした相手の前に回り込んで
「照れなくてもいいぜ、斎藤。俺にもいるからよ」
「──」
無言で相手を半ば押しのけるようにして、廊下を歩いていく。その後ろ姿を見送りつつ
「図星らしいな、こりゃ」
原田は、ククッと声を殺して笑った。

 そのまま別の部屋に入った原田に、声がかかった。
「で、どうでした?」
「図星だな、ありゃあ。鳩が豆鉄砲食らったような顔してやがんの。その顔ったらもう…。お前たちにも見せたかったぜ」
後は声を殺して、笑い続けている。となると、とその場の数人は顔を見合わせた。
「ちょっと顔を拝んでみたいな、斎藤君のお相手の」
永倉が興味ありげに言い、
「そうですね。誰か斎藤さんの休息所まで行きません?」
沖田が全員の顔を見回した。
「俺でよかったら見るだけ見てくるが、どうせなら話も聞きたくないか?」
それに対して藤堂が応じ、
「絶対聞きたいです。あんな人のどこがいいのやら」
洋子が強く同意した。そりゃそうだ、となって具体的な方法について相談し始めた時、冷静な声がかかる。
「しかし、黙って会いに行ったのがばれたら絶対に怖そうですよ。斎藤先生の場合」
前野だった。一瞬だけ間を置いて続けるには
「会いに行った人、殺しかねないと思いません?」
「──確かに」
誰ともなくそういう声が出て、みんなしーんとなる。そこにやおら立ち上がって
「だったら、いっそのことお披露目みたいな感じでみんなで押しかけようぜ。もちろん斎藤もいていいからってんで」
原田が言った。あ、そうかという声が上がる。
「そうですよね。大体私がお夢と同居し始めたときも斎藤さん、『師匠としての権利と義務』ってだけでうちに来たんですから。嫌がったら同じこと言ってやろうっと」
「そうだな。それでいいと思うぜ」
永倉がまとめ、後はどうやって斎藤の同意を取り付けるかという話になりかけたところに、平隊士の声がかかった。朝の会議である。
「じゃ、ここからはまた後で」
六人は取りあえず解散した。

 斎藤は会議中、ずっと考え続けていた。
『誰が気づいた? 誰が言い出した?』
原田の様子からして、誰かに言われたのは間違いない。好奇心から自分で勝手に確認しようと思ったのか、誰かに頼まれたのかは分からないが。となると気づいた者は別にいるはずで、しかも斎藤としては誰にも何も言っていないのだから、様子や仕草や服装などで気づいたことになる。俺の身近で気づきそうな奴──。
『──あの阿呆か』
ならば問答無用で叩きのめすだけだ。そう考えた斎藤は、しかし叩きのめした結果のことまでは想像力が及ばなかったようである。

 会議は原則として組長以上が出席するので、伍長以下は暇である。道場やその前の庭にいる彼らに洋子が稽古を付けていると、妙な気配を感じた。
   バキッ!!!
「チッ、外したか」
「──こっちだって覚悟もなしに原田さんに頼んだりしませんからね」
   ボカッ!!!
「やっぱり貴様か、この阿呆」
「──別に隠さなくてもいいじゃないですか、囲ってる人がいるからって」
   バシッ!!!
「お夢のことも隠そうとした貴様に言われたくない」
と言った直後、斎藤は周りのざわめきに気づいた。ひそひそと囁きあっている平隊士を見て、今までのやり取りを思い返す。
『──この阿呆!!!!』
本気で殺してやろうと一瞬思ったが、当の相手は既に彼の間合いから遠く離れ、会議室から出てきたばかりの沖田の背後に隠れている。その沖田はクスッと笑って
「隠し事するのは良くないですよ、斎藤さん」
あっけらかんと言い切った。苦虫を百匹噛み潰したような表情になる斎藤に、隠れたままの洋子が笑い出す。
 次の瞬間、斎藤は周りから思いっきり冷やかされる羽目になった。

 「──で、何でこうなるんだ?」
「知りませんよ、僕は。洋さんに聞いてください」
数日後、一瞬にして知らぬ者のない事実になってしまった『斎藤のいい人』に会うべく、新撰組から人が斎藤の家にやって来ていた。場所は京都郊外の農家の離れである。
「沖田君は局長や副長の代理だからまあいいとして、後ろの奴らは何なんだ」
「さあ。物見遊山の一種でしょう」
永倉、藤堂、原田はまだいい。洋子以下の三番隊の隊士全員まで来ていたのである。
「遊んでる場合じゃないんだぞ、貴様ら」
「だって、斎藤さんのいい人ならいつ誰かに狙われてもおかしくないじゃないですか。顔知らないと探すのにも一苦労すると思いまして」
洋子がしゃあしゃあと応じる。
「ま、部下としての権利と義務ってことで」
距離がなかったらぶっ叩いているところだが、洋子と斎藤の間には沖田以下の組長四人がいる。更にその後ろが平隊士、最後尾が前野だった。
「あらまあ、こんなに沢山の人が──」
斎藤の背後で、若い女の声がした。玄関まで出てくる。
 細身で背はやや低め、肌も白く目は心持ち大きめ。
 洋子曰く、「斎藤さんには絶対に勿体ない」美人だった。

 「どうしましょう、お料理が足りないかも──」
「あ、どうぞお気遣いなく。こっちでもいくらか用意してますので」
お妙と思しき女性に、洋子はそう言った。実のところ、平隊士は料理、酒、皿など全員何らかの荷物を持ってきている。
「まあ、すみません。助かります」
更にお互いに一礼する。そして相手は再び奥に入っていった。
「というわけで、あいつがお妙だ」
そこに斎藤の、いつもの声で説明が入る。見とれていたらしい平隊士が我に返った。
「後は取りあえず勝手にしろ。言っておくが十五人も入らんぞ」
それだけで後は奥に入る。わらわらと続いて皆玄関を上がった。家自体は中央に囲炉裏のある八畳間に土間といった感じで確かに十五人も入りそうにないが、庭側には縁側、玄関側には廊下と人が数人座れるだけの空間があり、そこまで占拠してどうにか全員が屋根の下に収まった。囲炉裏にはみそ汁らしいものが作ってある。
「これ、今日のお礼のお酒です。お好きなときに飲んでください」
入る際に、廊下の隅に立っていたお妙に平隊士の一人が声をかける。
「ありがとうございます、えっと──」
「ああ、名前ですか? 小笹と言います。小笹宗助」
「小笹さん、ですね。よろしくお願いします」
そのお妙の声に、周りの平隊士が気づいた。
「あ、お前抜け駆けするんじゃねえ! 俺が先だ!」
と、一人が小笹の服を引っ張って割り込もうとした瞬間、また別の隊士が
「俺の方が先だぞ!」
同僚たちの横から前に出ようとする。てめえ、と二番目の隊士が三人目を押しのけ、びっくりした表情のお妙に笑顔を作って
「あ、名前は──」
そこに後ろから四人目が無言で引っ張り、前三人はものの見事に転倒した。
「どうもすみません、僕は…」
「てめえ、長尾!」
と小笹が横から殴りかかる。そのまま乱闘になるかと思った瞬間、
「静かにしろ、この阿呆ども!!!」
斎藤が一喝して、その場は一瞬にしてシーンとなる。驚いたままのお妙の顔を見て、すっと立ち上がったのは沖田だ。
「そう言えば、みんな自己紹介抜きで上がっちゃったんですね。──僕が沖田総司です。一番隊の組長やってます。でもって──」
「二番隊組長の永倉新八です」
「八番隊の組長やってます、藤堂平助です」
「原田左之助です、十番隊組長です」
まずは組長級の四人がさっと自己紹介を済ませた。そこで沖田がいったん引き取り
「以上四人が斎藤さんの同僚ってことになるのかな、後は三番隊の部下ですから」
と言って洋子の方をちらりと見る。
「天城洋です。一応剣術師範代兼三番隊伍長やってます。よろしくお願いします」
お妙の表情が、ああ、というものになった。
「お噂は一さんから時々伺ってます。何でもとても元気な──」
「──どういう噂ですか、それは」
「どういうって、いつも一さんと──」
   バゴッ!!!
いつの間にやら洋子の背後に回り込んでいた斎藤が、鞘ごとで脳天を直撃した。
「阿呆はほっといて、次だ次」
そう言って前野を見やる。その彼は苦笑を浮かべて自己紹介を始めた。
 その後すぐに紹介自体は終わったのだが、その間のお妙と斎藤の顔を見比べて、世の中は不条理だと何人かは確実に思ったはずである。

 それから宴会になる。大丈夫ですか、と近づいてきたお妙に聞かれた洋子は
「いつものことですからね、慣れてます」
と苦笑混じりに言った。お妙は驚いた様子で
「あの、いつもあんな風に?」
「そうですよ。自分が気に入らなければ問答無用で叩くんです。特に私相手には」
言いつつ、銚子から自分で酒を注いで一気に飲み干す。お妙が気づいて料理を取ってきてくれた。受け取ってから話の続きをする。
「でも、私には一度も暴力なんて──」
「それは、斎藤さんにとってお妙さんが大切な存在だからでしょうね。私みたいにどうでもいいような人間はボカスカ叩いても平気の平左ですよ」
「あら、貴方がどうでもいい存在だなんて、一さんは思ってないと思いますよ」
いきなり第三者に軽く言われ、面食らった洋子は
「どうしてそう思うんです?」
思わずきつめの口調になってしまった。が、お妙は全く口調を変えずに
「だって、普段仕事のこと話そうともしない人が、貴方のことだけは話すんですよ」
洋子は意外な思いで、相手の顔をまじまじと見上げた。
「──それは──どんな風に?」
「屯所での喧嘩の話とか、巡察中のこととか。話すこと自体数日に一度くらいですけど、お名前が出てくるのは本当に貴方だけで──」
「──……」
どういうつもりだろう、と洋子は部屋の反対側にいる斎藤を見やった。

 

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