るろ剣インターネット版同人誌

『幕末秘話』番外編 それぞれの事情(2)

 どうにか帰営時間に間に合ったはいいようなものの、宿直となれば基本的に徹夜が原則である。仕方ないので洋子は古本を持ち込んで読みふけっていた。
「好色五人女って言うけど、みんな結構可愛そうな末路よね。自殺したり処刑されたり」
好きな人を殺されて、気が狂った女の人もいるしと思う。自分自身も決して幸福とは言えない人生を歩んできているのだが、これからどうなるかはまた別だ。
「願わくは、笑って死ねる人生でありたいもんだわ」
彼女はそう思っている。孤独でも殺されても別に構わないが、笑って死にたい。幼くして両親を失った洋子には、ある種の覚悟が出来ていた。
「天城先生、いますか?」
障子の向こうから、楓が呼んでいる。伍長以上は一応個室待遇なのだ。
「先生はいらないって。で、誰か用?」
「斎藤先生が呼んでます。何でも監察方から情報が入ったそうで」
何で斎藤さんが私を呼ぶんだ、と顔をもろにしかめて洋子は立ち上がった。

 井上の配下は剣の腕において基本的に一格落ちるとは言え、伸び盛りの者も多い。禁門の変以来二ヶ月以上になるが、基本的な配置は変えていないので、中にはかなり実力を上げた者もいるのだ。折から人材不足でもあり、今夜の手入れでは本来の斎藤配下の他に数人を借りようということらしい。
「で、私と馬出君と、他に誰を?」
何はともあれ自分の実力が認められてのことで、洋子としても否やはない。
「副長の許可が出たので、白野君を使う」
斎藤は言いきった。それを聞いた本人は、驚いた様子で黙り込む。
 長州勢はおおむね追放されたとは言え、まだ諸藩の浪士で反幕府的な活動を行っている者は多い。今回の出動も彼らが目的かと思うと気は進まないが、副長の許可が出たとあっては逆らえない。逆らえば、文字通り首が飛ぶだけだ。

 

 手入れ先への道中、斎藤は小声で説明する。
「今日の手入れは河内屋だ。水戸天狗党の関係者が会合を開くらしい」
水戸、と聞いて楓は内心少しほっとした。彼の知り合いは主に長州、土佐と言った藩の出身者で、水戸藩の関係者はほとんどいない。
「会合の人数は?」
「十人程度。資金援助の方策を話し合うんだろう」
水戸の筑波山で攘夷の挙兵をした天狗党は、その後西に向かっている。同志としては行軍資金を調達して、何らかの手段で援助するつもりらしい。
「洋は馬出君と俺の配下で、外の固めに当たれ。中には俺と白野君で斬り込む」
斎藤の指示に、洋子は二人で足りるのかと思ったが口には出さない。心配していると思われるのが癪だからだ。斬り込み要員に指定された楓は、また複雑な表情になった。
「──一応俺、初陣なんですがね」
過大評価ではないかという形で、密かに不満を口に出す。
「こいつに比べたら遙かにましさ」
洋子を指して斎藤は応じた。こいつ呼ばわりされた側は食ってかかる。
「何ですか、そのこいつって。そんなに嫌なら戻りましょうか」
「阿呆、誰が帰れと言った。剣腕の話だ」
斎藤が面倒そうに言う。洋子は不満ありげにそうですかと言って顔を背けた。

 宴会場は二階で、時折笑い声が聞こえてくる。
「手筈通りだ。行くぞ」
洋子は素早くその場を離れ、他の隊士と共に潜んだ。残る二人は堂々と戸を開け
「新撰組である。御用によって改める」
斎藤の声が闇に響く。店の者が応対に出たらしく、少しの間動きがない。そこに
「──まあ商家を十も襲えば、数万両は集まるだろう」
「そうだな。何もせぬ町人どもが、我ら勤王の志士のために金を出すのはむしろ当然のこと。拒めば殺せばよいのだ」
二階から声が降ってきた。酒が入っているようだが、口調からして間違いない。
「先月のようにか。あれは貴公、見事だったな」
「逆らう主人をなますのように真っ二つ。商人どもにはいい見せしめになったろうて」
笑う声。問答無用で階段を昇り始めた斎藤と楓の二人にも、その声ははっきりと聞こえているはずだった。特に楓は、中の一人の声に聞き覚えがある。
「お、誰か来たぞ…うわっ!」
出入り口から廊下を覗いた一人を、斎藤が斬って捨てた。と同時に楓は部屋の中に飛び込み、咄嗟に刀を抜いた一人を横なぎに斬る。血煙が上がり、乱闘になった。
 二人と悟って刀を抜いたものの、傍の男がほとんど一刀の下に斬り捨てられていくのを見て脅えた彼らは外へ逃げようとする。窓から屋根を伝って外に降りようとした男の一人を、楓は呼び止めた。
「お、お前は…」
「──誰もが幸せに暮らせる新時代を築くはずじゃなかったんですか、あなた方は」
楓は低い声で言った。剣心に聞いた桂小五郎という人物の姿と、目の前にいる男のやろうとしていた事とは、余りにも遠い。
「黙れ。これも新時代を築くために必要な犠牲なのだ」
「問答無用」
一瞬抜刀術の構えを取り、そのまま刀を抜く。
 次の瞬間、その男は肉の塊となっていた。

 「おい阿呆。捕り逃しはないだろうな」
半分は始末したが、残る半分は外に逃げてしまった。刀についた血を懐紙でふき取った後、斎藤は窓から下にそう声をかける。
「阿呆じゃないから全員始末できたんです」
洋子が応じる。確かに人数分が捕獲されて一カ所に繋いである。
「まあ落ちた瞬間の無防備な状態を狙ったから、そう苦労はしませんでしたけどね」
「つまり、阿呆でもできる状態か」
その台詞は無視された。所司代や見回り同心への連絡を頼み、洋子は腰を下ろす。
「──」
楓は自分が斬り殺した知り合いを見やって、ため息をつく。師匠の比古が『目的は正しくとも、手段が間違っていることがある』と言った意味が、分かったような気がした。
「おい、白野君。戻るぞ」
そう言って、斎藤はさっさと階段を下りはじめた。