宇宙海賊キャプテン・ハーロック

第2部 アマランス…流転の王女 10

10. ラフレシア

 ガミラス号の中は、アマランスが記憶している頃とはまるで印象が違っていた。
 装飾性の欠片もない、冷たい金属とセラミックの通路。幽霊船のように静かで、機械が動く音だけが微かに聞こえる。数千のマゾーンが生活しているはずだが、そんな雰囲気は少しも感じられなかった。
「──妙だな、警報の音一つ鳴らないとは」
ハーロックが小声で言った。
「そうですね…。機械が故障しているんでしょうか」
「あるいは、奥まで進んだところを待ち伏せして全滅させる腹か」
ガミラス号とアルカディア号の接舷箇所付近には、要員として四人ほどを残している。ここまで来ているのはハーロック、アマランス、エメラルダスの三人に、ミーメ、台羽、有紀、ヤッタラン以下のアルカディア号の乗組員、ルピナス以下のマゾーン特殊部隊。本当はある程度分散して行動した方がいいのかも知れないが、敵の様子が分からないこともあって現在までは一緒に行動しているのだ。
「言っておくが、例え誰が倒れても目の前の敵を全滅させるまでは振り返るな。お前は良くても周りが困る」
「はい」
アマランスには個人攻撃は無効だが、流れ弾が周りに当たる可能性はある。
「それにしても、そろそろ──」
「しっ」
反対側からエメラルダスが制する。ハーロックは既に銃を抜いて壁に身を寄せ、身構えていた。歩く音と話し声が聞こえる。
「──マゾーン語」
アマランスは囁くような声で呟いた。近づいてくる。
 と、ハーロックが動いた。一発撃って走り出す。銃声の中をアマランス、エメラルダスが続けて走った。足下にマゾーン兵の死体が燃えずに二体転がっている中を駆け抜け、次の壁に身を寄せる。振り返ると別のところからも銃声が響いてきた。
「お前は、俺とエメラルダスについて来い」
「ですが──」
音のする方を振り返る。あの分では、追いつけるかどうか──
「ラフレシアを倒す方が先だ」
「──はい」
頷いたのを確認して、周囲を伺いつつまた駆け抜ける。
「==! @^:─!」
見つかったらしい。マゾーン語だが、こういう時の台詞は似たようなものだろう。
 今度は背後から追ってくる。エメラルダスが振り向きざまに一発撃って一人を始末し、近くの壁に隠れて数秒ほど待った。静かになった一瞬にもう一方を始末する。
「アマランス、ラフレシアの部屋はどこだ?」
「玉座の間がそのままだとすると、五層目です」
「で、ここは?」
「多分三階でしょう。ここと上の階を突破しないと」
「分かった」
後は黙って敵が通り過ぎるのを待つ。駆け抜けるのと待つのとの繰り返しだった。
「階段かエレベーターか、あるんだろう?」
「はい。けどエレベーターは多分使えないと思います。個人認証しますので」
「そうか。──非常階段経由、か」
そこに、不意にけたたましい音が鳴り始めた。何やらマゾーン語の声も聞こえる。
「──やっと、ですね。随分遅い──」
敵の叫び声が聞こえる。アマランスは表情を変えた。
「──通信システムがやられたそうで」
「なるほどな。ここからが本番と」
壁にぴたっと寄り添い、敵が完全に通り過ぎるまで息を殺す。だが、別方向から見つかった。
 ハーロックが駆け出す。敵の一人を始末し、そのまま銃を撃ちながら突っ切った。背後からの敵はエメラルダスが相手するが、騒ぎを聞きつけて横の通路からも、直接アマランスめがけて撃ってくる。
「──効かぬというのを知らないのか」
アマランスは壁に隠れて呟いた。そして重力サーベルを構える。
『今だ!』
銃撃が収まった瞬間、彼女はそれを撃った。一発目はきまったが、予想外に銃の反動が強く、再び構えるまでに数秒取られる。その間に敵は距離を詰めてきた。撃つには間に合わないと咄嗟に判断した彼女は、敵がこちらを向く瞬間にサーベルで殴りつけた。
「──え…?」
武器の重さや自分の腕力からして、吹き飛ぶはずのない敵が見事に吹き飛んでしまったのだ。一瞬呆然として立ちすくんだアマランスに、近づいてきたエメラルダスが言う。
「あなたのバリアよ」
どうやらこのサーベルまで、バリアが覆ってしまったらしい。確かに敵を見ると、バリアに直接触れたときに出来るのと同じ痣が出来ていた。
「白兵戦初めてにしては上出来だな」
と、何故かハーロックまで近づいてくる。
「先に行ってろ」
「──あ、はい」
そう言って、アマランスとエメラルダスが先に奥へ行くのを足音で確認しつつ、倒れた敵を見やる。呻いていた。
 銃声を一発だけ響かせて、ハーロックは二人の後を追った。

 「殿下は!?」
「多分キャプテンと一緒だ!」
合流した台羽たちに、ルピナスはアマランスの所在を確認した。さっきの戦闘時から主君の姿がまるで見えないのだ。
「下から部隊が上がってきているようだ。そしてラフレシア様の所在地は上」
「どうやら、ここで食い止めつつ後を追うしかないようね」
付近の壁に隠れつつ、有紀が言った。
「何人かで一組になって、ある程度散らばって行動した方がいいだろう。このままでは爆弾でも食らったら最期だ」
ルピナスが、遠くにいる敵の一人を撃ち殺して言った。もう一方も、気づいてこちらを向いた瞬間に倒す。マゾーンは単独行動は滅多になく、二人ないし三人でチームを組んで行動するのが普通であった。
「分かったわ。私たちはここから右に行くから、あなた達は左に行って」
「そうしよう」
有紀の言葉にルピナスは同意し、二手に分かれて進路を目指すことになった。


 確かこの付近に、非常用の階段があったはずだ。ずっと前に、ここを逃亡するときに使った通路が。アマランスは戦いながら壁を探っていた。
「ここだと思います。この扉──」
「分かった。ちょっと下がってろ」
ハーロックはそう言って、扉を数発ほど銃で撃ち抜いた。目を瞬かせるアマランスを、エメラルダスが素早く脇に連れて行く。反対側の壁に身を寄せた彼は、そっと扉を開けた。──何も起きない。
 合図の後に突入した三人が見たのは、身構えたまま撃たれて死んでいるマゾーン兵二人だった。

 その二人の兵士のうち、一人は体の中心を撃ち抜かれ、もう一人は頭を撃ち抜かれている。いずれも即死と言って良かった。
「──これは?」
頭を撃ち抜かれた方のマゾーンの足下に、何か小さな部品が落ちている。コスモグラフ記憶器より少し大きいだけの、ごく小さなもの。取ってみると金属質の部品だった。
「──脳に埋め込まれていたようね。前に見たことがあるわ」
エメラルダスの口調は、かなり重いものに聞こえた。
「それと全く同じではないけれど、よく似たものを。──ラーメタルで」
ぎょっとしたアマランスは、死体を折り取った。植物なので血は出ないが、肉体的には普通のマゾーンと特に変わったところはない。
「──ラーメタルでのこれには、人の心を乗っ取る信号が含まれていたわ」
「──そんな…!!!」
ではラフレシアは、自分の兵士の心を乗っ取ることで確実に服従させ、支配しようとしていたのか。アマランスには信じられなかった。まさかそこまで…!
「さっきまでの様子からして、まだ大部分には施されてないようだけれども。自分の乗艦内を守る兵士は、いわば最後の砦。完全な服従を確保したいのはある意味で」
そこまで言ったとき、ハーロックが無言で制した。そして
「とにかく行くぞ。対策は後で考えればいい」
「──はい」
アマランスは立ち上がり、階段を上がり始めた。


 各層ごとに、階段は別のところについているらしい。上がった階段は四層止まりだった。この付近から幹部級の居住区になるようである。
「──静かだな」
或いは不意打ちを狙って、息を潜めているのか。とにかく敵が侵入した旗艦の内部にしては、奇妙なほど音がなかった。
「まだ三階にいると思っているのかも知れませんが」
アマランスが小声で応じる。三人は足音も立てず、通路の曲がり角ごとに気配を伺いながら慎重に進んでいった。と、その時。
 突然、三人が通る前後の壁が爆発した。
 「──なるほど、やはりな」
その場の壁に身を寄せ、ハーロックは平然と呟いた。前後約十メートルずつ離れたところの壁に空いた穴と、次第に収まっていく土煙を見やりつつ、既に戦士の銃で身構えている。エメラルダスも無言で臨戦態勢を取っていた。
「────」
数秒、反応がない。訝ったアマランスが顔を巡らせた瞬間、レーザー銃が目の前をかすめすぎていく。次の一瞬でハーロックが撃った相手を始末した。後ろの方はエメラルダスが気配を伺っている。
「アマランス、ここを動くな」
そう短く言い残し、ハーロックは壁づたいに進んでいく。敵はなかなか撃ってこない。穴の傍まで近づいた途端、奥からレーザー銃が連射された。と同時に後方からも発砲がある。たちまち凄まじい銃撃戦が展開され、アマランスは立ちすくんでいた。
 光線が壁に穴を開け、異臭が次第に漂ってくる。壁に身を寄せてハーロックやエメラルダスの邪魔にならないようにするのが、今のアマランスには精一杯だった。自分から慣れない戦闘に参加できる状況ではない。
『戦闘訓練、ちゃんとやってればよかった』
対人攻撃にはいざとなれば冠のバリアでどうにかなるし、対戦艦用の攻撃を食らう場合には個人レベルでの訓練など意味はない。自分から戦う状況になることはまずないと思えばこそ、戦闘訓練をしてこなかった彼女であった。別に戦闘が怖いとか、運動神経が発達していないとかいう理由ではない。だが、いざこういう形で戦闘状況に身を置いてみると、まともに戦えないのがもどかしい。

 ふと、アマランスは天井から気配を感じた。
「何者!?」
咄嗟に反対側の壁に駆け寄るのと、天井から一筋の閃光が降ってきて床に穴を開けるのと、ほとんど同時だった。そして振り返ると同時に、重力サーベルを気配のした方向に構える。天井には特に固定された細工物はなく、閃光を降らせた源の穴らしい物が閉じつつあった。迷わずそこを狙って撃つ。
「!!!」
周囲の天井ごと粉々に破壊され、そこに潜んでいた一人の戦士が床に落ちてきた。
 「くっ…」
重力サーベルは反動が強く、アマランスには連射が出来なかった。構え直すまでの数秒のうちに、敵が立ち上がる。どうやら相当の訓練をつんできたらしい。
「───」
ハーロックもエメラルダスもまだそれぞれの敵と戦っており、アマランスに援助できる体勢ではない。重力サーベルを構えつつ無言で敵を睨む彼女を、その戦士も睨み返していた。彼女を撃ったと思われる銃は鞘の中だが、その上にはしっかりと手をかけている。周囲の銃声の中、二人だけが沈黙している。
 迂闊には動けない、とアマランスは思った。私が一撃目を外して二撃目を撃つまでの間に、もしハーロックやエメラルダスが狙われたら最後だ。せめてどちらかが終わってからでなければ。更に数秒、待つ。次第に音が静かになってきた。
 その時、天井から妙な音がした。
   ピキッ、ピシッ。──ガラガラガラッ!!!
 天井が更に大きく破壊され、アマランスの頭上に降ってきたのである。

 だが無論、バリアのおかげでアマランスが傷を負うことはない。だがそのバリアのせいで粉々になった天井の破片で一瞬目くらましをされた彼女は、眼前にいた敵を見失いそうになった。気づいたときには敵は銃をまさに抜いて狙いを定めるところだった。アマランスはその一瞬を狙う。敵が気づいた。
 走り出した敵の右肩を、彼女の重力サーベルの一撃は貫き、更にその残りの力で吹き飛ばした敵を、再び倒れさせていた。

 凄まじい攻撃力だ、とアマランスは自分の武器を見て思った。分かっていて備えているつもりなのに、一度撃つと反動で数秒は動けなくなる。ただしこれでも、反動はかなり少ない方なのだ。天井をああまで破壊するほどの攻撃力を持った銃砲なら、普通は吹き飛ばされていても不思議ではない。しかも普通の天井ではないのだ。
「──アマランス、大丈夫か?」
自分の戦闘が終わったらしいハーロックが近づいてくる。ええ、と彼女は頷き、倒れている戦士を見下ろす。だがその戦士は、数秒たっても動かない。そのうちエメラルダスも、自分の敵を倒して合流した。
「アマランスさん、先に行こう」
「でも、この兵士が死んでいるのかいないのか──」
肩を撃ち抜かれた程度で即死することは、普通のマゾーンならあり得ない。
「撃ったときにかなり吹き飛ばしたので、そのせいかとも思うんですが」
その話し声で、マゾーンの戦士は意識を取り戻した。
 だが、その戦士はもはや自分に戦う能力がないことを知っていた。加えてこの状況下で妙なそぶりをすれば、即座に殺されるだろう。
「おのれ、小娘めが…」
その戦士は、倒れたまま震える手で壁に触れた。何かスイッチのようなものが浮き上がってくる。アマランスがはっとなった。
「だが私とてマゾーンの戦士、ただでは死なぬ!」
「危ない!!」
叫んだのとスイッチを押したのと、ほとんど同時だったろう。
 次の瞬間、凄まじい爆発が発生した。

 あと一瞬反応が遅ければ、三人とも命が危なかっただろう。煙が消えたときには、通路の床が一方の壁から反対側の壁まで幅数メートル・深さ五メートル程度に渡って引き裂かれていた。アマランス一人が反対側にいる。
「──アマランスさん、大丈夫?」
「ええ……すみません、私の判断ミスで……」
立ち上がり、ふと思いついたように続ける。
「この際ですから、私は第六層に行きます。ガミラス号、更には全マゾーンを司る中枢コンピュータがそこにありますから。そこを押さえればラフレシアが死んだ後の処置が早くすみます」
「──別に、ラフレシアとの決着がついた後でもいいだろう、それは」
そもそも決着をつけるために、アマランスはここにいるのである。何故今更、単独行動を取る必要があるのか。ハーロックの言葉は当然だった。
「ですが、ラフレシアが死んだ後にどういうプログラムが作動するかも分かりませんし、もし万一、ガミラス号の自爆プログラムや兵士たちの脳に直接作用する復讐プログラムでもセットされていれば最後ですから」
ラフレシアが倒れる前に、それらを発見しなければならないんです、とアマランスは言った。エメラルダスが応じて
「そういうことなら、私も一緒に行く。一人では危険だ」
「大丈夫ですよ。この重力サーベル、かなり強力ですから。それに──」
この距離では、引き裂かれた穴の上を一人で渡るのは難しいだろう。敵がいつ来るか分からない状況では、道具を使って渡らせるのは危険だった。
「心配しないでください、私は大丈夫ですから」
「──分かった、終わり次第第五層に降りてこい」
「また後で、アルカディア号で」
反対の方角から奥に向かうハーロックとエメラルダスを、アマランスは数秒ほど見送った。そして自分も、振り返って走り出した。


 「──いいの、ハーロック」
現れた敵をそれぞれ銃で即座に始末しながら、五階への階段を探す。エメラルダスの問いに、走りながらハーロックは応じて
「良くはない。だからこそ、一刻も早くラフレシアを倒す」
「──そして、アマランスさんと一刻も早く合流する、と」
「そういうことだ。出来ればあいつが中枢コンピュータのある第六層につく前に合流したいくらいだが──」
敵の気配を感じ、曲がり角の壁に通路を挟んで隠れ、それぞれ始末する。扉を見つけてその方向に向かって走りつつ、エメラルダスがその扉に向けて銃を撃った。実際に扉を開けて、先に突入したのはハーロックだ。
「──会議室か」
一片の飾りもない壁を持った暗い部屋の中央に、楕円形の大きな机と幾つかの椅子がある。いずれも極端なまでに機能重視で、装飾性の欠片もない。
 マゾーンが潜んでいないとも限らない。そう思って机の周囲を歩いていると、エメラルダスが何やら非常に小さなものを蹴飛ばした。慌てて見るとマゾーン型の記憶装置である。直感的にどこかに呼び出すための装置があるはずだと思って辺りを見回すと、机の上の中央にそれらしい穴が空いていた。それをそっと置く。
 約二秒後には、ガミラス号の三次元投影図が机の上に浮かんでいた。

 現在地と思われる赤い光が、投影図の中にある。他にも投影図の中で緑色の光が輝いていた。ラフレシアの居場所を示しているのだろう。
「──作戦会議室のようだな」
「それにしても妙ね。無防備すぎる」
いくら会議を開いていられるような状況ではないにせよ、本当に誰もいないとは。
「せめて第五層への階段程度は確認しておきたいが、操作方法は分かるか?」
「さあ──。それらしい設備もないわ」
応じたエメラルダスが、何の気なしに手で投影図のある空間に触れた。次の瞬間、触れた辺りの図が一気に拡大して全体投影図の上に表示される。
「──なるほど、そういう操作方法か」
ハーロックはそう呟くように言うと、赤い光のある付近に手を伸ばした。ほどなくその付近の拡大投影図が、エメラルダスが出したものに代わって表示される。
「──三ブロック先ね。ちょっと距離があるけれど」
「行くか」
ハーロックが振り返ると、開けたままのはずの扉が閉じている。近づいて開けてみようとするが、開かない。
「──長居は無用ってことだろうな」
「そのようね」
そう言うと、エメラルダスは扉の中央付近を更に数発ほど銃で撃ち抜いた。最後の一発で、扉そのものが消し飛んでしまう。
 間髪入れず飛び出したハーロックは、やや離れた壁に隠れていた数人を始末し、そのまま駆けだした。エメラルダスがすぐに後を追う。別の敵に見つかったのだ。

 一方アマランスは、第五層への階段を上がりながら戦っていた。
 この階段は、他の層への階段に比べてかなり長い。すでに四人ほどの敵が彼女の前に倒れ、今目の前にいるのが五人目だった。
 一瞬睨み合った後、敵は雄叫びをあげながら襲ってくる。動かない彼女につかみかかろうとした瞬間、全身に強い衝撃を受けて跳ね飛ばされ、踊り場の壁に叩きつけられた。ピクリとも動かない敵を無視して、アマランスは階段を上がっていく。
『──一人の方が、殺さずに済む』
ハーロックたちといる限り、彼らの安全を考慮しなければならない。そして少しでも危険であれば、殺さなければならない。一人で動くなら、敵の攻撃などバリアでどうにでもなる。踊り場で曲がると、敵がいきなり刃物で斬りつけてきた。
 バリアに衝突し、刃物が一瞬にして粉々になる。それとほぼ同時に敵の体が天井に叩きつけられて床に落ちた。白目を剥いている。
 その敵の傍を無表情で通り過ぎるアマランスの視界に、扉らしいものが階段を上がったところで見えた。たどり着き、おもむろに扉を開ける。
 兵士二人が急に現れた彼女に銃を向けたが、発射した途端に自分たちの方が黒こげの死体となって床に倒れ込んだ。そのままアマランスは、第六層を目指す。

 その頃、ハーロックたちは第五層への階段をようやく登り始めたところだった。無論アマランスの場合と同様に、敵と戦いながらである。
 四階から追ってくる敵はエメラルダスが始末し、前方の敵はハーロックが倒す。戦士の銃の壁をも楽に貫く攻撃力が遺憾なく発揮され、階段の向こう側に隠れている敵も気配さえ察知すれば倒すことが出来た。駆け上がりつつ急に立ち止まり、様子を伺いながら倒すのだ。さすがにラフレシアのいる玉座の間に近いせいか、倒した敵はアマランスの数の倍以上にのぼっていた。
「ぐはっ!」
何やら透明な液体を噴き出しつつ、敵が倒れる。階段から第五層へはいる扉の前に立っていた二人のマゾーンを倒すと、ハーロックはまた扉の周囲を数発撃ち抜いた。エメラルダスはまだ階段の途中で、追ってくる敵を撃ち殺している。
「エメラルダス、いいから上がれ!」
そう言いつつ、ハーロックは扉を開けて周囲を窺った。予想された二人の兵士の死体以外、取りあえず敵は見あたらない。
 そこにエメラルダスが追いついた。ハーロックは階段側に何かを放り込むと、素早く扉を閉じる。数秒後、中で凄まじい爆発が起き、衝撃で二人の走っている床が震えた。

 第五層には、奇妙なほど誰もいなかった。通路にいるはずのマゾーン兵が、一人として見あたらない。その中を、二人はひたすらラフレシアのいる玉座の間に向けて急いでいた。天井は他の層よりかなり高く、また一つ一つのブロックが大きい。装飾性は相変わらず全くないものの、通路も幾らか広くなっており、会議や式典での使用を想定させるものだった。目的とする部屋まで、恐らくそう遠くない。
 四層で見た投影図を、思い出しつつ進む。そのため一直線にというわけにも行かないが、とにかく二人はそれと思われる扉の前にたどり着いた。念のために壁を撃ち抜いてから、ハーロックが扉を開ける。
 数発の高熱レーザーが、部屋の奥からいきなり発射された。二人とも壁に隠れてどうにかかわしたものの、迂闊に踏み込めない。数秒後、エメラルダスがそっと戦士の銃を持った手だけを部屋の中に入れた。その手を狙って、レーザーが発射される。
 ハーロックはその一瞬にレーザーの発射元を特定し、そこに向けて銃を撃つ。小さな爆発音がして、レーザーが途絶えた。
「さすがだな、ハーロック。だがこのクレオを倒せるか?」
部屋に入った二人に、そう声がかかった。

 部屋にはさすがに絨毯らしいものがひかれ、壁の明かりにも若干の装飾が施されている。そして破壊された跡のある機械もあった。だがクレオと名乗ったマゾーン以外、そこには誰もいなかった。死体さえなく、本当に一人だけのようだ。
「ラフレシアは?」
「この部屋の奥だ。もっとも、その前に私を倒さねば進めぬが」
「──ハーロック」
エメラルダスがクレオを睨みながら言った。
「こいつは私が相手する。先に行って」
「──分かった」
一つ頷き、壁づたいにその場を駆け抜けようとした。クレオが威嚇射撃をしつつ
「待て、貴様!! この女が敗れれば、次は…」
「そんなことは、私を実際に倒してから言うことね」
エメラルダスがクレオに銃を向けつつ言う。無言で睨み合っているうちに、ハーロックがその部屋を出た。
 「──大した自信だな」
「そう思うなら、試してみなさい」
数秒、更に無言だった。両者は互いに銃を構え、ピクリとも動かない。張りつめた時間が過ぎていく。息さえも潜めているような沈黙を破って、撃ったのはクレオだった。
 エメラルダスは床に横倒れするようにしてかわしつつ、攻撃直後の相手の隙を見逃さなかった。右肩に激痛を感じつつ、正確に狙いを定めて戦士の銃を撃つ。
 胸の中央に直撃を受け、クレオは弾き飛ばされて崩れ落ちた。

 「なる…ほど、さすが…魔女と、言われる…女だ」
「──お前、私の正体を……」
クレオはニヤリと笑った。その顔が、見る間に生気を失っていく。
「アマランス…殿下が、本物で…あることも…知っていた。ラフレシア…様を、お諫め…することも…出来ず、謝って…いたと、お伝え…して…くれ…」
それだけを言い残して、クレオは一瞬大きく身を震わせたかと思うと、永久に動かなくなった。死体に歩み寄ろうとしたエメラルダスは、右肩に激痛を感じて立ち止まる。
「くっ…」
触れた右肩には、血が溢れていた。予想以上にひどくやられたらしい。
「──これは、治療しなければ…」


 その頃、アマランスは中枢コンピュータ室の扉の前にいた。触れようとした途端、電流のようなものが迸ってバリアと衝突し、行く手を阻む。周りにもパスワードの入力装置のようなものはなく、どうやら姿を捉えて自動で認証しているようだ。
「とは言え、この扉を破らねば──」
立って数秒考えていると、腰につり下げてあるものを思い出した。
「──これで多分」
破れはするはずだ。重力サーベルなら楽に。ただ、中の物品まで破壊しないかどうかが心配だった。ハーロックたちがラフレシアを倒す前に、もし万一コンピュータが壊れて暴走でもしたら元も子もない。
「──大丈夫かな、これで」
重力サーベルを鞘から引き抜き、数秒見つめていたアマランスはそう呟いた。サーベルが鈍く光る。彼女にはそれが、大丈夫だと言っているように見えた。
 一つ頷き、扉の反対側の壁に寄る。そして重力サーベルを構えた。兵士の足音が遠くから聞こえる。引き金を引いた。
   バリバリバリッ!!!
電流とぶつかったそれは四散し、巨大な熱エネルギーとなって扉全体を覆い、一瞬にして真っ黒に焦げさせてしまった。

「────」
サーベルの先で、焦げた扉を軽く押すとそのまま倒れる。まるで薄い板が風に押し倒されるように。倒れたと同時に ドーン… という低い音がして、その周囲から湯気が立ち上った。そしてその奥には、円筒形のさほど背の高くない空間が見える。中央には何もなく。壁一面がコンピュータだった。動いている。
 入ろうとした途端、マゾーン兵が攻撃を仕掛けてきた。バリアで跳ね返して沈黙させるも、扉の持つ熱が凄まじくて、しばらくアマランス自身も入れそうにない。踏んだ瞬間にバリアを通り越して足が焦げてしまいそうなのだ。さっき押し倒すときに扉に触れた、サーベルの先が焼けていた。
「この場合、バリアで弾き飛ばされるのは自分だからな」
壁に叩きつけられてもバリアが衝撃を吸収する役も果たすのでいいのだが、どのみち入れないことに違いはない。その上を歩いても熱防御だけで対応出来るようになるまで、倒れた扉の温度が下がる必要があった。
 重力サーベルの先端が十分冷えるまで待ったところで、アマランスは再びその部分を倒れた扉に触れさせた。何も起きない。
 軽く息をついて、彼女は中に入った。


 ハーロックは、何やら細長い通路と広間の間のような空間を、奥へ進んでいた。通路とするには幅が広く、かと言って広間としては狭い。立派な絨毯が敷かれて壁にはレリーフが彫られ、明かりもそれなりに装飾性のあるものを使っていた。ただ、奥に一つの種を支配する君主がいるにも関わらず、ここには全く人気がない。やはり通路だろうかと思っていると、扉の前まで来た。
 引き戸のようになっていたので動かしてみると、大して苦もなく動いた。開いた向こう側の空間は床が丸くタイルが敷かれ、面積はかなり広いが明かりが妙に薄暗く、ドーム状になっていて天井が高い。手前の隅の方には数人ほどマゾーンが立っていたが、いずれも明らかにラフレシアではなかった。
 正面の一番奥、扉からまっすぐ敷かれた絨毯の先の方。そこに黄金に輝く椅子があり、見覚えのある顔のマゾーンが座っている。ハーロックはその名を呼んだ。
「──ラフレシア」
玉座に腰掛けているマゾーンの女王は、相手の姿を見てゆっくりと立ち上がった。

 「──アマランスは?」
「第六層に向かった。中枢コンピューターを押さえるためだ」
ラフレシアは表情をやや険しくしたが
「そうですか。では──」
立ち上がり、玉座の背後に立てかけてあった重力サーベルを取り出す。身構えたとき、従者のものと思われる声があがった。
「女王!」
「古来、決闘は一対一。私が死んでも手を出してはならぬ」
その声に、ハーロックも自分の重力サーベルを構えた。そして
「──勝敗いずれにせよ、遺恨なしの勝負だ。いいな」
「私は、初めからそのつもりですよ」
「いいだろう」
言った瞬間、ハーロックは微かに笑った。だがすぐに表情を引き締め、
   カキーン!
金属音と共に、決闘が始まった。

 最初の数合で、互いのこの武器に対する使用能力のほどが分かった。一言も発せずに間合いを取って身構え直し、そして次の攻撃に移る。
 カーン! カン、カン、コーン! カキーン!
 互いに一歩も引かず、互角の打ち合いが続く。トチローだったらどう戦ったか、とハーロックは再び間合いを取ったときにふと思った。銃はからきしダメだったトチローだが、重力サーベルは非常に得意だったのだ。──そしてその重力サーベルは、今、アマランスの手にある。
 ラフレシアが繰り出した重力サーベルを、ハーロックは強く払った。そして間髪入れずこちらから攻撃を加え、敵を防戦一方に追い込ませる。ラフレシアはよく防ぎながらも、次第に壁際に追いつめられていった。
「くっ…」
両者共に、息が非常に荒い。鋭い反撃を受け、ハーロックは少しではあるが後退を余儀なくされた。あと数歩でラフレシアが壁につくところだ。その彼女は一歩前進し、改めて間合いを計りながら言う。
「中枢コンピュータ室への階段は、玉座の向こうの扉の奥にもあります。あの小娘も知っているはずです」
「──何だと…!?」
ではアマランスが一人で行動した意味が、半分以上なくなるではないか。そこを押さえるにしても、ここで別れればいいのだから。
 衝撃を隠せないハーロックに、ラフレシアが素早く攻撃をしかける。数合押されかけたが体勢を立て直して約十合ほど打ち合い、相手の隙を見つけてハーロックは決定的な一撃を撃ち込んだ。
   カキーン!! ──カーン!! コンコンコン…
ラフレシアの重力サーベルが、その手を離れて床に転がっていった。

 喉元に敵の重力サーベルを突きつけられても、彼女は平然としていた。
「負けたからには、死の覚悟は出来ています。殺しても構いませんよ」
「女王!!!」
従者たちが、悲鳴混じりの声をあげる。ラフレシアは一喝した。
「これは純然たる勝敗の結果だ! 口出しは一切無用!!」
一瞬びくっとなった彼らは、次々と床に崩れ落ちてマゾーン語で叫んでいる。
「さあ、どうしました。ハーロック、殺すなら──」
「──殺したければ、アマランスが殺すだろう。俺の一存では決められん」
「あの小娘に出来るのは、反逆者としての処刑でしょう」
ラフレシアは言い切った。目を閉じて続ける。
「女王として、敵の手で死にたい。私の今の希望は、ただそれだけです」
「──分かった」
ハーロックは、重力サーベルをラフレシアの額の中央に合わせた。
「──中枢コンピュータ室への通路、確かに──」
「玉座の奥にあります」
今更嘘をつく気はない、という口調だった。ハーロックは一息ついて
「さらばだ、ラフレシア」
引き金を引く。
 ラフレシアは頭を撃ち抜かれて吹き飛び、ただの物体となって地面に落ちた。

 

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