宇宙海賊キャプテン・ハーロック

第2部 アマランス…流転の王女 9

9. ガミラス号

 ガミラス号をスクリーンで見た瞬間、ハーロックたちはその巨大さに声も出なかった。
 さすがに、一つの種の王が乗っているだけのことはある。殆どコロニーか小型の衛星といった規模の船で、やはり円盤状をしている。上半分には砲門がびっしりと装備され、射程距離に入ればいつでも撃てるといった風情だった。そして空いている下半分に、本当の意味での親衛艦隊がいて、周りを囲んでいる。その数は、およそ千隻。余りにもガミラス号が巨大なので、三列の環になるのが精一杯のようだったが。

 「やはり下から攻め入るか…」
「その方が無難でしょう。上の砲門は全てマゾーン型衝撃砲のはずです」
分かった、とハーロックは応じた。と、そこに雑音混じりの通信が入る。
「私は(ガガガガ)マゾーンの(ザーッ)」
どうやら、強制的にこちらの通信回路に割り込もうとしているらしい。
「ジョジベ…(ガーッ)」
「ジョジベルさん!?」
有紀が声を上げた。その途端、アルカディア号内部の防衛プログラムが解除される。
「決着をつけよう、あの時私の航行を邪魔した女戦士」
顔が写るが、仮面は被ったままだった。有紀が答えかねていると
「これが最後の機会だ」
「──分かったわ」
そう言って、彼女は艦橋を出ようとした。出入り口まで行ったとき、声がかかる。
「僕も行くよ、有紀さん!」
「大丈夫よ、台羽君」
有紀は笑って応じた。──もともと彼に自信をつけさせるために、ジョジベルの前でわざとふらふらと飛んで見せたのだ。目的は無事達成した。そしてジョジベルもそれに気づき、台羽の心をかばった自分を誉めてくれた。そしてこう言った──「今度お前と会う時、どちらかが死ぬ時だ」と。
「ジョジベルさんは私を呼んだわ。だからこれは私の戦い」
「でも、無茶だ! だって前──」
有紀は苦笑し、そして言った。
「本気になれば、女だって男と同等に戦えるんだから」

 何なんですか、と有紀を見送ってアマランスは訊いた。
「お前と合流する前に、ちょっとした事件があってな」
ハーロックが応じる。だがそれ以上の詳しい説明はせず、
「これから一騎打ちが済むまでは、一切手出し無用だ。邪魔する者は、敵だろうと味方だろうと撃ち落とす。いいな」
「──分かりました」
アマランスはそう応じ、シビュラとヒドランゲアに指示した。

 「ジョジベルさん、来たわ」
スペースウルフを発進させ、有紀は宇宙空間に出た。敵の方からも、小型の戦闘艇が一隻出てくる。接近しながら会話を交わした。
「よく来てくれた。今度は見くびらないでもらおう」
まだお互い、射程距離の外だ。周囲のマゾーン艦も全く動かない。
「アマランス殿下は、お元気か?」
ジョジベルはそう聞いた。有紀は応じて
「ええ、彼女はとても元気よ」
「そうか…。もっと早く、殿下のことを知りたかった」
ジョジベルの、これが偽らざる真情だっただろう。多くのマゾーンも同じ思いのはずだ。
「あの方のご誕生を、当時のマゾーン全員が待ち望んでいた。その後の諸事情で、こうなる羽目になってしまったが。──女王は偉大な方だし、その下で戦ったことにいささかの後悔もない。だが、もしアマランス殿下が王位に就いておいでなら、マゾーンは心を失うことはなかったかも知れない。それが──心残りだ」
「ジョジベルさん──」
有紀は、名前を呼ぶのがやっとだった。相手の痛みが分かるだけに、言いようがない。
「とは言え、過ぎたことだ。ここからは戦いあるのみ」
ジョジベルの口調が、当初のものに戻っている。有紀も表情を引き締めた。
「行くぞ!」
 言うと同時に発砲した。有紀のスペースウルフは辛うじてかわす。

 スクリーンで一騎打ちの様子を見ながら、台羽は度肝を抜かれていた。有紀の操縦テクニックは恐ろしいほどで、敵のマゾーン戦士と前に戦った時とは比べものにならないほど巧い。
「短期間で、あんなに上達できるはずが──」
はずがないのだ。となると、もとからあれだけの実力を持っていたことになる。だとしたら何故、前に戦った時に下手なふりをしたのか?
「──…… !」
思い当たった。自分が有紀の、女性の下にいることに不満を漏らした直後、あの事件が起きたのだ。まさか有紀は「自分に自信をつけさせるために、演技をした」?
 「台羽さん」
声をかけたのは、ミーメだった。
「──僕は、まだまだ未熟だったらしいな」
台羽は艦橋の隅で、呟くように言った。
「それは違うわ。有紀さんは貴方が大切だから──」
「そんな形で、大切にされたくはないよ!」
壁を拳で叩きつけて、台羽は叫んだ。
「実力があるならあるで、最初から見せてくれた方が納得もするし諦めもつく。何も演技までしなくてもいいじゃないか!」
ミーメは応答する言葉を失い、ハーロックも黙っている。そんな様子を見たアマランスがすっと歩み寄って
「──何があったのか、私はよく知らないけど」
そう言って、一つ息をついた。
「多分、私が君の立場でも同じことを言ったと思う──。大人って、余計なことに気を回すものでね。後になってこっちが傷つくことも、その結果自分がどう思われるかも考えないで」
アマランスは、そこで言葉を切った。数秒おいて続ける。
「悪気がないのほど、こっちは傷つく。気づかなかった自分に対する怒りを、向ける相手がいないから。──結局はその怒りをどう処理するか、なんだけど」
前向きに処理できる類の怒りは、そうして今後に生かしたが良いと思うとアマランスは言った。そしてこう続けた。
「まあ──人が死んだりしたら、今後もくそもないけれど」

 一方、有紀とジョジベルの一騎打ちはまだ続いていた。
 互いに絶妙のコントロールで、決定的な一撃は避けている。装甲板の一部がそれぞれ破損しているが、機体の操縦に影響があるほどではない。スクリーンで見ているハーロックたちも敵のマゾーンも、信じて待つしかなかった。
「──おい、ハーロック。いつまで待たせる気だ」
さすがに痺れを切らしたのか、ヒドランゲアが訊いてきた。
「二人の決着がつくまでだ」
「あの二人、何やら過去に因縁があるらしい。もうしばらく待て」
ハーロックの答えに続いて、アマランスがそう言った。ケンカされてはたまらない。
「は…。しかし殿下、敵艦隊の動きが──」
「それくらい分かってるさ。向こうが妙な動きをしたらこっちも動く。ただ、この空域での戦闘はあの二人にケリが付いてからだ」
ハーロックが応じる。ヒドランゲアは軽く息をついた。
「──勝つと信じているのか?」
「ああ。仲間の勝利を、だ」
ハーロックの言葉に、通信相手は無言で通信を切った。

 ラフレシアは映像を見つめていた。一騎打ちが済むまで、こちらは動けない。
「女王、敵を倒すなら今のうちです!」
「──動くな。一騎打ちが済むまで」
部下の声に、静かに命じる。そこで彼女はふと別の映像を覗いて、一部の艦艇が勝手に動いていることに気づいた。一転して怒鳴りつけた。
「フェーンに命じよ! 勝手に動かず、私の命に従えと!」
「ははっ!」
慌てて通信する。その直後、当の本人が出てきた。
「女王、何をぐずぐずしているのです! 今があの者たちを倒す絶好の機会というのに!」
「黙れ!! 決闘に水を差すようなことをしてはならぬ!!!」
「ですが決闘とは、所詮個人の感情的なもの。我々はそれを否定することで、この弱肉強食の宇宙を渡ってきたのではないのですか!? 今更そんなものに捕らわれてどうします。特にこの、ご自身の運命がかかっているという時に!!」
「私はハーロックとアマランスに、正々堂々と決着をつけると約束した。向こうが決闘を見守って動かぬ以上、こちらが動くわけに行かぬ。他の者が見ている前で」
「───」
フェーンは黙った。この戦いは、マゾーンの主要な艦隊司令官に見られているのだ。その前で互いがどう振る舞うかは、以後の統率に明らかに影響を及ぼす。
「だから、動いてはならぬ。待っていろ」
そう言って、ラフレシアは通信を切った。フェーンは一人呟く。
「他の者、か。──アマランス殿下とのことを棚に上げて、今更何を言うのかね、あの女王さんは。既に正々堂々も部下の視線も関係なかろうが」

 「ちっ…」
ジョジベルは舌打ちした。わざとふらふら飛ぶ、というのは実はかなり高等技術がいることなので、相手の腕前もそれ相応のものだと覚悟はしていた。だがその推測より、相手の力量は上だったのである。突撃偵察隊の指揮官としてかなりの修羅場を経験し、自分の腕には自信のあった彼だが、相手の腕前には驚くことしきりだった。
 高速で移動しつつ、敵機を攻撃する。有紀はすんでの所でかわすと、逆に発砲した。そして急旋回し、ジョジベルの背後に回り込もうとする。彼が移動速度を上げて難を逃れ、こちらも旋回して再び攻撃しようとした、その時。
 有紀のスペースウルフからの一撃が、ジョジベルの戦闘艇の右翼を仰角方面から撃ち抜いたのである。一瞬後、そこは爆発し、彼の戦闘艇は操縦不能に追い込まれた。

 「ふっ…」
操縦室が赤く点滅し始め、機械がマゾーン語で脱出の勧告を出し始める。その中でジョジベルは笑っていた。戦士として、後悔はない。
 燃料が漏れだしているが、宇宙空間だから惰性でならば燃料なしでも飛び続けられる。だがジョジベルにはそうした手段に頼る気はなかった。
「──殺してくれ」
有紀に言う。名誉ある戦死を遂げさせてくれと。
「ジョジベルさん──」
「犬死には私の信念にもとる。地球人と一騎打ちして戦死したと言われれば本望だ」
「……分かったわ」
そう言って、有紀はジョジベルの戦闘艇の周りを一回転する。
「──さようなら、ジョジベルさん」
正面からの攻撃で、船もろとも一瞬にしてジョジベルは消し飛んだ。

 アルカディア号の艦橋に危険を告げる自動警報が鳴りだしたのは、次の瞬間だった。
「何だ!?」
「敵艦隊の一部が、急速に接近してきます!!」
「発砲しました! 続けざまです!」
仰角四十五度付近からの、マゾーン衝撃砲による波状攻撃だ。敵艦隊百隻ほどが高速移動しつつ発砲し、アルカディア号の主砲が追尾する前に離脱する。船が激しく揺れていた。
「敵は早速のお出ましか」
「そのようですね。──ヒドランゲア! シビュラ!」
アマランスは、指示を出すべく二人を呼んだ。
「協調しつつ親衛艦隊を全滅させよ! もし兵力に不足があるようならこちらも応援に駆けつけるが、出来れば両者の手持ちのみで決着をつけろ!!」
「ははっ!!」

 「フェーン、何をしている!!」
ラフレシアの咎める声に、部下の覚めた口調が応じる。
「敵の総旗艦への集中攻撃です。分かりませんか?」
「そんなことは分かっている! 私の指示も許可もなく、何を独断で動いているのだ!!」
フェーンは苦笑を口の端に閃かせて言った。
「お言葉ですが、決闘が終わった直後の今こそ先制攻撃の好機です。敵は油断しているでしょうし、こちらは最低限の義務は果たしました。これ以上の遠慮は無用です」
「だがそれを、私の許可なしにやっていいと誰が言った!?」
「──その点についてはお詫びいたします。敵が反撃してきましたので、失礼」
そう言って、フェーンは一方的に通信を切った。ラフレシアはやり場のない不満に身を震わせる。アマランスが現れただけで、こうも影響力が落ちるものなのか。

 アルカディア号は敵艦隊に接近していた。敵が射程距離外に逃れる前に倒すには、こちらも動くしかないのだ。全速で前進し、徐々に敵艦隊との距離を詰めていく。
「敵艦隊全体を、射程距離内に納めました!」
「よし、主砲斉射三連!」
ハーロックが命令し、発砲する。ほぼ同時に左側面から、回り込んでいたエメラルダス号が発砲した。一瞬にして十隻ほどが消滅する。
「これは──予想以上に強い…」
フェーンが自分の船の艦橋で呟いた。
「たかが百隻そこらの艦隊で戦っても、勝てるような相手ではないな。犬死にするだけだ」
しかもこの場合、負ければマゾーンが滅びるとか言う問題ではない。基本的には王位を巡る肉親間の権力争いであり、それに自分の命を投げ出すというのは、フェーンのような精神の持ち主には愚かなことのように思えた。まして今の女王ラフレシアには、何があっても自分の地位を守るという確固たる意志が感じられない。
「戦域からいったん離脱して、戦闘が終結するのを待つか。ジョオン閣下と同じように」
そう呟いて、フェーンは指示を出した。
「戦域から離脱する! アマランス殿下とラフレシア様の決着がつくまで待つのだ!!」
同時に自分の艦を全速でその場から離れさせる。混乱しながら後を追う他の艦艇の先頭で、それがガミラス号の上の方の宇宙空間を通ったとき
    ドカーン!!!
 艦もろとも、消し飛んでしまったのである。

 「勝手に戦闘を始めておいて、己に不利と分かれば勝手に撤退するような者は、我がマゾーン軍には必要ない」
ラフレシアは爆発して四散する戦艦を見やって、そう言った。
 「──親衛艦隊の指揮官ともあろう地位の者が、ああいう行動に出ること自体が異常でしょう。近衛艦隊はまだ伝統的な軍の中枢組織だからラフレシアに対して独立性があり、だから先ほどのジョオンのような行動も許されるんですが、親衛艦隊はラフレシアのために作られたものです。そういう地位にいる者がああいう行動に出ること自体、ラフレシアに対する忠誠がいかにもろい物だったかを露呈しているんですが──」
処刑すればすむ問題ではないのだ。アマランスはそう言い、息をついた。
「とは言えこれで、敵は本気になって立ち向かってくるでしょうね」
「だろうな。──アマランス、ガミラス号の装甲で一番弱いのはどこだ?」
ハーロックが訊いた。訊かれた側は数秒記憶をたどり
「私がいた頃で言えば、脱出口や戦闘艇の出入り口、儀礼用に使う代々の王専用の昇降口付近ですね。あとやっぱりエンジン部──」
本当はアスターに訊いた方が確実で具体的なんですけど、と続ける。
「位置や装備が変わってるかもしれませんから、どこがどうとかはあんまり言えませんが」
「分かった。──と、残りが攻撃に出てきたな」
フェーンの指揮下にあった艦隊が、反転してアルカディア号に接近しつつある。まずはこいつらを倒してからだ、とハーロックは言った。

 その頃、ガミラス号では白兵戦の準備が行われていた。
 恐らく敵は、ガミラス号に侵入しようとするだろう。砲撃戦で撃退できればいいが、それが上手くいくとは限らない。白兵戦の指揮官たちは、敵に侵入されてもラフレシアのところに辿り着く前に全滅させるつもりでいたし、外で繰り広げられる艦隊戦も自分たちが準備を済ませるための時間稼ぎとしてしか見なしていない。要するに、親衛艦隊は捨て石なのである。
「フェーンが処刑されたらしい」
「そうか。捨て石は捨て石らしくすればいいものを」
鎧のような装甲を身につけながら、彼らはそんな会話を交わしていた。
「まあ、彼らは所詮生身の軍人だからな。我々はそんなものではない」
一人の台詞に、残りの者はさも当然という表情で頷いた。

 アルカディア号の主砲が火を噴き、エメラルダス号の砲撃が敵をなぎ払う。何度目かの攻撃でフェーンのものだった艦隊を全滅させた彼らは、優位に戦いを進めているパンゲア号とラビテ号を呼んだ。彼らは既に下の二列を全滅させ、最後の大きな一列──ガミラス号の上方部にある砲塔の下の部分が射程距離に入る位置にある──の艦隊をこれから倒す、と言ったところだ。
「これからガミラス号に突入する。外は任せた」
アマランスが言った。ヒドランゲアが応じて
「もう少しお待ちいただければ、親衛艦隊を全滅させて上方部の砲撃を我々で引き受けることも出来ますが…」
「──いや、いい。内部で白兵戦の準備が済む前に突入したい」
「分かりました」
そこに、アスターからの通信が入る。
「いよいよ突入ですか」
「ああ。世話になったな」
「ガミラス号がラフレシアとメタサイドの代になってからどう変わったか、詳しいことは存じませんが、殿下がいなくなってから少なくとも三度、大規模な工事が行われています。それ相応に強化されているはずです。くれぐれもご注意を」
三度も工事が行われたとは、初めて聞く話である。
「それだが、どこがどう変わったか、噂だけでも聞いていないか?」
「装甲板が強化されています。後、勿論マゾーン型衝撃砲も装備済みです。それ以外のことについてはよく知りませんが──。仮に新しい防御システムを導入していたとしても、ガミラス号単独でのエネルギー供給には自ずから限界がありますから、戦闘をしながらそうそう長い間使えるとは思えません」
「──そのことを、ラフレシアは知っているのか?」
「分かりません。確かにマゾーン艦艇は他の者たちのそれに比べて遙かに省電力性は高いんですが、何しろあれだけの数の衝撃砲ですからね。実際に使った経験もありませんし、エネルギーのバランスがどうなっているか──」
恐らく他の船でシミュレーションはやっているでしょうが、とアスターは付け加えた。
「すぐに入れないからと言って、お焦りにならないことです。──ハーロック殿」
そう言って、視線を転じる。ハーロックとエメラルダスが姿勢を改めた。
「我らの至らなさ故に、殿下ばかりかあなた方にまでいらぬ苦労をかけてしまい、謝罪の言葉もございません。殿下のこと、どうかくれぐれもよろしくお願いいたします」
「──心配しないで。彼女には必ず生きてここに帰ってきてもらいますから」
エメラルダスが言った。ハーロックも続けて言う。
「俺がいる限り、アマランスは死なせない」
アスターはほっとした様子で、通信を切った。

 そこに、有紀が艦橋に入ってくる。
「有紀さん──」
台羽が呼びかけた。そちらを見た有紀だが、何も言わずに所定の位置に戻る。
「気を遣って貰わなくてもいい。僕は、もう大丈夫だから」
「──そう。分かったわ」
会話は、それだけだった。そうして台羽は、有紀の隣で計器をチェックする。
 さて、という表情をハーロックがした。
「突入するぞ。いいな」
「──はい」
小声で応じたアマランスの傍で、エメラルダスも黙って頷く。
「これより、作戦は第三段階に入る! アルカディア号、俯角十五度、二時方向に向けて直進せよ!! もし攻撃があれば随時反撃する!!」
言いつつ、ハーロックは艦橋の上の方にある舵輪に向かって歩いていった。思わず後を追おうとしたアマランスを、エメラルダスが制する。
「これから突入を果たすまでは、一切をハーロックに任せること。彼は今、完全に戦闘状態にあるのよ。例え貴方でも、そこに立ち入ってはだめ」
「──分かりました」
すでに動き出したアルカディア号で、アマランスはそう言った。

 そろそろ、一時的にせよガミラス号の射程距離に入る頃だ。
「敵艦が、こちらに砲門を向けています!」
有紀が報告する。スクリーンにはそれらしい様子が映っていた。
「こちらから先に一発、お見舞いしてやれ。待たせることもなかろう」
「はい。──両舷減速、主砲発射準備開始」
「両舷減速、主砲発射準備開始!」
有紀の指示を、オペレーターが復唱する。アルカディア号の速度が落ち、他方で主砲のエネルギー数値が上がっていった。敵艦の射程距離に入る前にエネルギー値を100パーセントまで上げ、それから攻撃するのだ。いよいよである。
「進行方向に向かって俯角45度、速度イコール! 撃てっ!!」
アルカディア号が吠え、ガミラス号への攻略が始まった。

 その頃、ラフレシアはこう呟いていた。
「私は、そちらの攻撃力を知らぬ。そして同様に、そちらはガミラス号の防御力を知らぬ。──この船の防御システムを打ち破り、見事私のところにたどり着けるか、とくと見せてもらおうではないか。アマランスにハーロック」

 衝撃砲が、敵艦にまさに襲いかかろうとする寸前だった。
   バリバリバリッ!!!
 見えない壁に跳ね返され、凄まじい音と共にそれが四散して消えてしまったのである。

 アマランスはしばらくの間、呆然としていた。
「──何です、あれは」
「バリアよ。恐らくガミラス号全体を覆っているはず」
エメラルダスが、さすがに落ち着いた声音で応じる。
「そう簡単には、中に入らせてくれないらしいな」
呟くように言った声が、弾んでいる。振り返るとハーロックは笑っていた。
「防御レベルを上げろ。敵の射程距離内に入るぞ」
「──大丈夫ですか?」
相手の余裕ありげな表情に内心舌を巻きながら、アマランスは訊いた。
「ちょっと試してみたいことがある」
とだけ応じて、後は具体的な指示に入る。間もなくアルカディア号が動き始めた。

 「──女王! アルカディア号がこの船の射程距離内に入りました!」
「ほう……。他の船は?」
「相変わらずの激戦で、接近には今少し時間がかかるでしょう。それで、いかがするかと艦長が──」
通例、艦隊旗艦には、全体の司令官とは別に艦長がいるものである。
「──何を考えているのか分からぬが、衝角でバリアを突き破れるはずもない。先ほどの返礼に見舞ってやれ」
「ははっ」

 「敵艦、発砲準備開始!」
有紀が、さすがにやや緊張して報告する。
「よし、こちらも攻撃準備に入れ」
ハーロックが事も無げに言った。相手が応答しないので笑って
「いいから任せろ。──台羽、敵の砲弾の予想軌跡を描いてみてくれ。ミーメはガミラス号のバリアがどこをどう覆っているか、描いてくれ。──アマランス」
「はい?」
振り返って見上げる。相手はニヤリと笑って
「俺の考えが分かるか?」
いきなり訊いてきた。戸惑いながら考え始める傍で、エメラルダスが言う。
「バリアで敵の攻撃を防げても、自分が攻撃するときにそれで妨害されては話にならない。そうならないためには──」
「──まさか!」
アマランスがはっとなった。
「そういうことよ。大抵のバリアはそれで打ち破れるわ」
「攻撃照準、仰角46度30分、零時方向!」
台羽とミーメが描いた図が、スクリーンで重なっている。それを見ながら、ハーロックは指示を出していた。
「主砲に回すエネルギーを限界まであげろ。敵と同時に発砲する」
「はい」
有紀が応じる。ほどなく各部署から報告が上がってきた。
「エネルギーリミット、30パーセント解除!」
「主エンジン回路、節減モードに入ります!」
「艦内居住区、同じく!」
そうした報告の中から、ガミラス号に関する報告も入ってくる。
「敵艦、間もなく発砲準備完了かと思われます!!」
「アルカディア号主砲、発射準備完了!!」
ハーロックとラフレシアは、次の瞬間、同時に同じ指示を出した。
「撃てっ!!!」


 更に次の瞬間、スクリーンにはとんでもない光景が映っていた。ガミラス号が十以上の砲門から発射した衝撃砲とアルカディア号のそれとが真っ向から衝突し、その空域では凄まじい量のエネルギーが充満し始めていたのである。
「──大丈夫ですか?」
「ガミラス号のは所詮、マゾーン衝撃砲の束だ。一本一本の破壊力は落ちるし、全体の勢いとバランスを維持するのが精一杯だろう。さすがにああいう手で来るとは予想外だったがな」
ハーロックが応じる間にも、アルカディア号が少しずつ敵を押し始めている。行きつ戻りつしながらも、次第に勝敗がはっきりとしてきた。そして次の瞬間、こちらの衝撃砲が一気にバリアのある空間を突破してガミラス号に襲いかかったのである。

 凄まじい爆発音が、ガミラス号の艦橋に轟いた。船体が激しく揺れ、ラフレシアも弾き飛ばされそうになったのを辛うじて部下が止める。
「おのれ…。そういう手で来るとは…」
立ち上がりつつ呟く間に、艦内各所から被害状況の報告が入る。
「Dブロック三階が消滅しました!!!」
「Dブロック四階、中央部大破のため通行不能!」
船は七層構造になっており、各層の間は極めて防御力の高い装甲板を重ねて作られている。従ってよほどのことがない限り、階を超えて被害が及ぶことはない。だからラフレシアは目を剥いた。被害は予想を遥かに超えている。
「Eブロック三階のうち、Dブロック側三分の二が消滅!!」
「Cブロック三階、同じく!!」
報告を受けて繰り返す側の声が、悲鳴に近いものを帯びている。
「下層部及び居住区との通信回路が、完全に切断されました! 連絡がとれません!!」
「──何だと!!?」
下層部には、白兵戦部隊がいるのである。ラフレシア以下、司令部の指揮なしで、彼らは戦うことになるのだった。

 「さて、これで突入のための穴はあいたな」
その頃、アルカディア号の艦橋では、ハーロックがそう呟いていた。アマランスは、スクリーンに映る余りの凄まじい光景に声も出ない。
 衝撃砲が着弾したとたん、その付近が一度に大爆発した。その瞬間は余りの眩しさに目を塞がざるを得なかったほどである。爆発が済んだ後に恐る恐る見てみると、まるで隕石でも衝突したかのように衝撃砲が襲った箇所だけ抉り取られたような穴が開いていた。
「バリアが復旧しはじめています!」
その報告に、アマランスは我に帰った。改めてスクリーンを見ると、先の攻撃で大きく穴の開いたバリアが再びくっつき始めている様子が特殊映像で見て取れる。
「エネルギー節減モードを解除しろ!! 全速前進でバリア復旧前に突入する!!!」
エメラルダス号が、背後に接近してきている。そのまま直進して、復旧する一歩前に二隻はバリアの内側の空域に突入を果たした。

 「おのれ…。ここまで来ようとは…」
ラフレシアはそう呟いた。地球人とあの小娘が、まさかここまでやるとは。
「敵艦、急速にこちらに接近してきます!!」
「迎撃せよ! これ以上近付けるな!」
ガミラス号の艦長が指示を出し、次の瞬間には凄まじい砲撃戦が展開される。穴の開いたDブロック周辺から艦内に侵入してくることは予測できたので、それを防ぐためにガミラス号を回転させて無傷なほうを敵に向け、そこから発砲する。もちろん穴の箇所を追いながら、アルカディア号、エメラルダス号も応戦した。
 「さすがに速いな、敵の動きも」
砲撃戦をしながらの追跡なので、敵の回転になかなか追いつけない。アマランスが提案した。
「いっそのこと、あの穴は諦めて、他の適当なところから侵入しますか?」
「アマランス。お前が自分の部下のことを忘れてどうするんだ」
苦笑混じりにハーロックはたしなめた。一瞬おいてスクリーンを見やり、応じる。
「──ラフレシアが、二度も同じ失敗をするとは思えませんが」
「あのバリアの仕組みは、お前のほど難しくない。単なる見えない壁のようなものだ。如何に硬かろうと、それを上回る力がかかれば必ず破れる」
アルカディア号には無理だったがな、とハーロックは呟くように付け加えた。
 スクリーン上では、マゾーン親衛艦隊を全滅させたパンゲア号とラビテ号以下の艦隊が、こちらに急速に接近してきていた。アマランスは
「分かりました。このまましていて下さい」

 「ウォール式バリア、ですか」
パンゲア号の艦橋で、ヒドランゲアはそう言った。スクリーンの先で説明しているのはアスターだ。薬を飲んで延命しているらしい。
「殿下のとは違って、バリアの強さは一定している。だからそれより強い力がかかれば、間違いなく一時的にせよ破れるはずだ」
「では、我々がバリアの中に突入するのは──」
「不可能、だろうな。艦隊全部は」
アスターは言い切った。ガミラス号の防御システム自体が破損しない限り、バリアだけをいくら破壊してもいずれ復旧する。だから当面我々に出来るのは、バリアを破壊することで生じる穴を使ってガミラス号の砲口を破壊し尽くし、アマランスとハーロックが中に入るのを手助けすることだけだと。
「地球人どもに、任せてしまうのですか」
「──やむを得まい。それに、今の殿下にはハーロックが必要だ」
「────」
「不満そうだな、ヒドランゲア」
スクリーンの向こうで、相手の表情が微妙に動いた。
「ご無事でありさえすれば、殿下は必ずそちらに帰っていらっしゃる。ただ、今の殿下は精神的に非常に不安定な状態にある。戦い慣れた者の助けが必要だ」
「──分かりました」
ヒドランゲアは頷いた。そしてスクリーンが消える。


 「アスターたちのものと見られる艦隊が、急速に接近してきております!」
ガミラス号の艦橋で、その声が響き渡った。
「捨てておけ。それよりアルカディア号だ」
さっきのようにこちらから迂闊な攻撃を仕掛けなければ、バリアが破れることはない。せいぜい苦しんでもらい、アルカディア号が宇宙のチリとなりアマランスが死んだ後で改めて他の艦隊に攻撃を命じればいいのだ。
「女王。メタサイド閣下からの通信が」
「メタサイドが? 何だ」
アスターの跡を継いで科学技術庁長官になったメタサイドは、戦闘時に通信を寄越すことは滅多にない。あるとすれば敵に関する技術的な分析を報告する時だけだ。
「単刀直入に申し上げます。ガミラス号のバリアは、彼らの集中砲火を食らえば破れる可能性があります」
「──何だと!?」
目をむいたラフレシアに、メタサイドは言った。
「我々が防御対策として想定したエネルギー量より、彼らの衝撃砲による集中砲火のエネルギー量の方が大きいのです。従って──」
「敵艦隊、発砲!」
オペレーターの声が響き渡る中、敵の砲撃は確かに一点に集中していた。光が一点に集中して注がれ、バリアが激しく振動する。そして光は、その見えないバリアを突き破ってガミラス号に襲いかかった。

 それは、ラフレシアがかつて経験したことのないほど凄まじい攻撃だった。
 ガミラス号の艦橋が激しく揺れ、立っていた彼女は一瞬宙に浮いたかと思えば床に叩きつけられる。辛うじて顔面衝突、脳震盪の事態は避けたが、数秒は自分で起きあがることも出来ないほどだった。玉座が横に倒れている。
「女王!」
「大…丈夫だ。それより被害状況は?」
「全砲口の、三分の一がやられました!」
それが第一報だった。息をのんだラフレシアの傍で、次々と報告が入る。
「F-2ブロックの各砲塔、応答がありません!」
「F-3ブロック、同じく!」
「G-1ブロック、同じく!!」
報告の声が、悲鳴に近づきつつある。そこにまさしく悲鳴が上がった。
「敵艦隊、発砲!!!」
「撃ち返せ! これ以上裏切り者どもを近づけるな!」
三分の一が破損したとは言え、まだ砲口の三分の二は残っている。ガミラス号の上方の空間では、凄まじい砲撃戦が展開されていた。

 「──単なる陽動以上だな、あれは」
破損したガミラス号を見て、ハーロックが呟くように言った。そしてすぐに
「これより、ガミラス号に乗りつける。強襲・接舷体勢に入れ!」
スクリーンで砲撃戦の様子を見ながら続ける。アマランスは自分の手を握りしめていた。
「行くぞ、アマランス。覚悟はいいな」
「──ええ」
「アマランスさん、武器は?」
「武器?」
エメラルダスの言葉に、アマランスはきょとんとした。
「まさか丸腰で、敵の旗艦に乗り込む気?」
「──そのことなら大丈夫です。敵の攻撃は跳ね返せますから」
「そういう問題じゃないだろう、アマランス」
降りてきたハーロックが、横から言った。
「今まではバリアで事足りたかも知れんが…。ガミラス号では、敵が仕掛けてくる前にこっちから倒していくことになる。武器の一つや二つは持っておくべきだろう」
「──分かりました」
「と言うわけで、これを使え」
いきなり渡されたのは、サーベル風の何かだった。
「これは……?」
「改良版の重力サーベルだ。銃よりこっちの方がお前には向いてる」
武器を使い慣れていなくても、これを振り回して敵を叩き伏せる程度は出来るだろう。
「それに、いざとなれば戦士の銃程度の遠距離攻撃力はある」
なるほど、サーベルの先端が銃口で、柄付近に発射装置らしいものがある。持ってみると意外と軽く、アマランスにも何とか使いこなせそうな雰囲気である。
「使わせて──もらいます」
「ああ」
ハーロックは、そう短く応じた。そして続けて
「移乗白兵戦用意!」
と言って、自らは艦橋を出た。

 もはや、バリアが自動修復するまで待っている余裕はない。上方の空間に広がった『裏切り者ども』の艦隊と激烈な撃ち合いを演じているガミラス号で、ラフレシアは戦況を見つめていた。そこに報告が入る。
「女王、アルカディア号が──!」
スクリーンの下方で、アルカディア号が急速にこの船に接近しつつある。
「しまっ──」
   ゴーン…!

 「気圧調整装置、作動開始!」
接舷したのは、さっきアルカディア号が破壊した一帯のうち、ヒドランゲアたちが破壊した部分の砲口の射程距離内にある一点だった。
「さて、行くぞ」
「──嬉しそうですね」
これから敵の本陣に乗り込む割に、ハーロックもエメラルダスも緊張感のかけらもない。
「白兵戦は海賊の伝統だからな。いちいち緊張してたらやってられんさ」
アマランスは、応じかけた言葉を飲み込んだ。二人のように泰然自若は無理としても、こういう時に司令官が不安めいたものを口にするべきではない。
「気圧調整、完了!」
「よし。──アマランス」
一つ頷いてみせる。その意味に気づいた彼女は
「これより、作戦は最終段階に入る。──ガミラス号に、突入する!!!」
その言葉に続いて、五十人ほどがガミラス号に踏み込んでいった。

 

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