3. 告白と「小さな事件」
帰還したアマランスは、小型艇にヒドランゲアからの通信が入っていると聞いて礼を言うのもそこそこにそちらに向かった。受信暗号を入力した途端、怒鳴り声が響く。
「いい加減にしなさい!!!」
いきなりの怒声に、彼女は声もない。普通ならイヤホンをはめて聞くところだが、それどころではなかった。
「ご自身の使命をお忘れですか!!? 裏切り者のラフレシアの乗艦に単身乗り込むなど、無謀にも程があります!!! いいですか、あなたはマゾーンが滅びようとも生きていなければならない存在なのです。それを忘れて…!」
「そう騒ぐな、ヒドランゲア。アマランスは俺たちの身代わりになりに行ったんだ。自分が言い出したことの責任を取ろうとして」
ハーロックが割って入った。どうやら聞こえていたらしい。
「貴様らごときの身代わりなど、アマランス様がなさるべきではない。責任を取る? どうせ貴様らが押しつけた責任だろうが。アマランス様を信用せず、マゾーン本隊の戦闘機が襲来したときに騙されたとでも思ったんだろう。だからアマランス様は潔白の証明のためにラフレシアの所にいらしたんだ。ご自身が殺されるのを承知の上で」
「──だとしたら、随分見下げられた話だな」
アマランスの沈黙から、ハーロックは充分に察していた。内に怒りを秘め、言葉を継ぐ。
「仮にも一度仲間として迎え入れた者を証拠もなしに疑うほど、俺たちは腐った神経はしてない。それに、アマランスが本当にそう思って行動したなら、それは彼女自身が俺たちを信用してないだけであって、俺たちを非難する筋合いはない」
アマランスは口を出すことが出来なかった。実際、彼女は惑星チグリスでの事件の時、自分が疑われていると考えていた。自分が信用されるほどのことをやったとは思えず、そんな者を助けに来るとも思えない。だから死を覚悟したのだ。
「ともかく、事の始末はこっちでつける。いいな」
ハーロックはそう言って、問答無用で回線を中断した。そしてアマランスに向き直り
「さて、行くぞ。訊きたいことがある」
彼女は、無言で従った。
「アマランス、そろそろ本当のことを話してもいいんじゃないか?」
艦橋で、ハーロックは問いかけた。アマランスは返事をしない。
「地球で見つけたマゾーンの記憶装置には、『大地に時間がない』とあったし、お前はラフレシアを裏切り者と呼んでいる。一体どういう事だ?」
「──」
黙っている彼女に、ミーメがこういった。
「真実を話しても、あなたを追い出すような真似はしないわ。どうしてもというなら強制もしない。けど、迷ってるんなら話した方がいい」
「……分かりました」
アマランスはため息混じりに言った。
「ラフレシアが今になって地球を狙う理由と、私が彼女を裏切り者呼ばわりした理由。お話しします、全てを」
「ラフレシアは、先王キャクタスの妹。娘の私にとっては、叔母に当たります。マゾーンの王位も他の多くの生命体同様に直系相続ですから、本来女王になれるはずがないんです」
メタノイドによってマゾーン本星は滅亡したが、それは闇の浸食によって起きたものだったので、キャクタスの指示でかなりのマゾーンが闇を逃れて生き延びることが出来た。当時はまだメタノイドが活発に活動しており、下手に動くとダークイーンによって本当に滅ぼされかねなかったのでマゾーンは辺境を流離いつつ彼らの滅亡を待っていた。その間に、キャクタスは死んでしまう。
「当時、私は地球人の年齢で言えば十二歳前後でした。そんな私に絶滅の危機にある種の王としての強力な指導力など期待出来ないと思った一部のマゾーンが、ラフレシアと組んでクーデターを起こし、私を追放してしまった。──もっとも、ラフレシアには殺したと報告したようですが。ヒドランゲアは、そんな私に付き従ってきた者の一人です」
アマランスは淡々と、まるで他人事のように喋っている。
「でも、マゾーン王の指導力とそれを支える種々の能力は、経験や年齢で補えるものではないんです。遺伝子レベルで他の者と違いますから。王の生殖器官を手術で切り離し、冷凍保存してDNA解析で最も優れた精子と卵子一つずつを強制結合させ、そして次の王を生むのが本来のやり方です。ラフレシアはキャクタスの更に前の王が、自分の手で子供を育てたいと言ってそうした手順を経ずに産んだ子。マゾーン本来のやり方では、決して王位に就けるはずもないんです」
「優生思想の極みだな、それは。ある種を生き延びさせるには、王は完璧であった方が良いとは言え」
ハーロックは呟いた。代々の王に最高の知性と決断力を安定して持たせるには、出生時の遺伝子レベルで最高のものを与えるのが確実だ。後は育て方さえ間違わねば、優秀な王になる。この弱肉強食の宇宙では、そうしなければ生きていけない。
「そんな彼女が王位に就き、地球侵略を始めた。けれども地球のことをよく調べずに侵略を始めた結果、今までにあなた方だけのせいでかなりの数のマゾーンが死んでいます。おまけに他の植民地の土着人が反乱を起こす気配もあり、果たして地球侵略がうまく行くかどうか。もしうまく行かなければ、マゾーンは宇宙を半永久的に流離うことになります。そうなってから未開の惑星を開発しようとしても、余力は残っていないでしょうね」
アマランスは淡々と告げた。そうなれば恐らくマゾーンは統一された種としての行動を取らず、他の種に混じって細々と生活することになるだろう。
「もともとマゾーンには、そういう面があるんですが。地球人とは同じ有機生命体で植物と動物の違いしかありませんし、そのくせメタノイド並の寿命をも持っています。だから他の種と混じっても暮らせますし、実際あなた方もご存じの通り代々のマゾーン王は侵略の尖兵として土着人の中に同胞を紛れ込ませてきました。けど…」
ため息をもらし、彼女は続けた。
「それは、あくまでも普通の侵略でした。失敗しても、直接種の生存に関わることはなかった。けれどラフレシアの地球侵略は種の生存に関わります。余りにも危険すぎます。だから私は止めに入らざるを得なかったんです」
万一の時の手段を考えずに侵略に突っ走るラフレシアに、アマランスは危機感を募らせているのだ。この場合、地球侵略は手段であって目的ではない。
「──分かった。で、ヒドランゲアが言ってたことはなんだ」
「はあ?」
いきなり話が変わり、アマランスは問い返す。ハーロックは補足した。
「奴が言ってたお前の使命。マゾーンより重要なんだろう?」
一瞬、マゾーンの王女は沈黙した。やがて
「銀河の収縮を止め、時間を統一すること」
と、一息で言い切った。
「この銀河、宇宙は決して永遠に存在し続けるわけではありません。いつか終わります。ただ、これまでは拡張することこそあれ、収縮することはないと思われてきました。ですがこの数千年来、数多くの星が破壊されて星系間の重力が弱まった結果、銀河中心のブラックホールの重力が相対的に強くなり、星々が僅かずつですが中心に引き寄せられています。これ以上破壊しなければそれなりに接近した場所で安定することもあり得ますが、破壊を続ければいずれ銀河はブラックホールに吸い込まれてしまうんです」
「──」
ハーロックは黙った。他の乗組員達も、信じていいのかどうか迷っている様子である。
「信じられない話でしょうね。しかも信じさせればパニックは免れません。事実としては特に銀河中央付近、つまりブラックホール近辺の星系間距離の一光分ほどの接近が観測されています。本当なら拡張し続けるはずのものが収縮しているんです」
アマランスは息をついた。
「それを止めなければ、いずれ全ての生命体が滅亡します。のみならず、星の破壊によって重力体系に異常が生じた結果、それが時間をねじ曲げてもいます。それを定められた流れに戻すこと。時空の交わるべきところで交わり、交わるべきでないところでは決して交わらない。時間の秩序を取り戻さねばならないんです」
「それは……ダークイーンとの戦いで、決着がついたはずじゃないのか?」
ハーロックは訊ねた。ダークイーンが死に、時間は直線ではなく輪となったはずだ。
「ダークイーンがやったこと自体が、時空の歪みを作ってるんですよ。一星系を消滅させるような破壊活動を続けたとすれば、それだけで時空が歪みます。時間が輪となったのはいいんですが、輪そのものが非常に不安定になってしまい、本来接するはずのない時間が接してしまった。──金属製の輪と、紙の輪を考えてみて下さい」
金属製の輪なら、多少外部から圧力がかかったとしても曲がったり壊れたりしないが、紙の輪は一人の人間がちょっとひねっただけで破れるし、ある一点を重ねて二つの輪を作ろうと思えばできる。その場合、それぞれの輪は全く別のものになりうるのだ。
「今の時の輪は、ズタボロになってあちこちが別の部分で接している紙の輪です。これを金属製の…大抵のことがあっても別の部分で接することのない輪に戻さないと、いつ機械帝国やダークイーンが現世に蘇るか分かりません」
つまり、時空の歪みでそれらのあった時代と現代・未来が交わった場合、いつでもその時代に戻り得るというのである。それを避けるために時間の秩序を取り戻さねばならないのだ。
「本当はフォトンがやるべきでしょうが、彼女はダークイーンとの戦いで疲労し、本格的な秩序回復にはまだ臨めません。ですからその代わりを私にやるようにと」
「──なるほど…な…」
アマランスの存在の重みが、ハーロックにようやく分かった。侵攻してくるマゾーンが倒されても、地球や他の星に元から住むマゾーンは生き延びる。だが銀河がブラックホールに吸い込まれたり、時間が歪んでダークイーンが復活でもしようものなら、全有機生命体に生き残る術はない。それを防がねばならないのだ。
「結局、弱肉強食なんて言ってられる時代じゃないんですよ。そんなことを言っていたら銀河が、ひいては宇宙全体が滅亡してしまう。そうなったら種の生存なんて言ってられない。だからまずラフレシアを止めて、マゾーンによる星の破壊を止めなければならないんです」
「加えてマゾーンを未開惑星の開発に当たらせ、地球侵略を止めるか」
アマランスの計画の全貌が、ようやく見えてきた。ヒドランゲアとのすれ違いの原因、ハーロックたち自身に求めているもの。それらが全て分かったのだ。
「だが、一つ言わせて貰っていいか」
と、彼は口を開いた。アマランスが黙って促す。
「そういうことは、敢えて隠すまでのことじゃない。お前が話したくないと言うなら強制はせんが、隠すべきことと話しても良いこととの区別をつけ直せ。お前の情報でラフレシアに勝てるかどうかが決まるんだからな」
「──はい」
アマランスはそう言った。
「それに……敢えて言うなら、マゾーンの王女であることなどいざとなったら捨てる覚悟でいろ。こだわるのは分かるが」
ハーロックは、彼女とマゾーンの関係に自分と地球の関係を重ねて見ていた。
秘密を喋ったからと言って、性格が変わるわけではない。アマランスもその例に漏れず、その後も大人しかった。ただ、割り当てられた部屋に籠もることは格段に減った。かなりの割合で艦橋にいて、宇宙図を見つめている。
「いったん海賊島に戻ったがいいと思うぞ。装甲板の破損がひどい」
「ワイもそう思う。臨時で修理しとるけど、これからマゾーンの本隊に当たるんやったら本格的に修理しといたがええ。お姫様も海見たら喜ぶやろ」
魔地機関長に続き、ちょうどプラモを仕上げたヤッタランが言った。
「そうだな。そう長居をする必要はないと思うが…」
ハーロックは呟き、海賊島を呼び戻す指示を出した。
「海賊島って?」
指示を聞いたアマランスが、有紀を捕まえて訊ねる。
「アルカディア号の基地よ。つかず離れずついてくるの。修理用のドックもあるし、居住区も備わってる。海賊の楽園だわ」
と、スクリーンに海賊島が投影された。見た感じ、ちょっと変わった形をした小惑星だ。
「あの…この中に…?」
「そうよ。今まで気づいた生命体はいないわ。ラフレシアもまだ気づいてないの」
説明している間に、ゆっくりと入り口が開いた。中はなるほど、立派な基地だ。
「修理は機関長たちに任せて、入ったら少し遊びましょう。ね?」
遊ぶと言われてもと思いつつ、アマランスは頷いた。
「海……」
有紀やミーメに連れていかれ、アマランスは海を見た。触ってみて冷たいので、尚更驚く。
「前に来たマゾーン兵は、この海を見て泣いてたらしいわ」
と、有紀が言う。アマランスはしばらく手で波の感触を確かめたあと、
「でしょうね。マゾーン本星は、海のきれいな星でしたから」
そう応じた口調には、確かに郷愁の響きがあった。
「少し…一人にさせて下さい」
か細い声で続ける。有紀とミーメは、そっとその場を離れた。
「──昔の地球も、海のきれいな星だったのね」
アマランスは、波打ち際にしゃがんで呟いた。引いた線が波にさらわれる。
「今の地球を侵略しても、その海はマゾーン本星の海にはなり得ない。血で赤く染まることはあっても、碧く澄むことはない。マゾーン自身が、そうなるように仕向けてきたのだから。宇宙は、それほど甘くない…」
彼女は、今までの放浪を思った。前の文明を滅ぼした侵略者が、必ずしもその星を支配しているわけではない。無理な惑星開発を行った結果星そのものが砂漠化して無人の荒野になったり、侵略者間の戦争に負けてその星を追い出されたり、その星の原住民には無害な微生物が侵略者にとって有害で、その微生物のために侵略者側が全滅したりと、一筋縄ではいかない事例を数多く見てきている。
「地球は、今まで他の侵略者に狙われてきた。そしてこれからも、気候条件が大きく変化しない限り狙われ続ける。地球人を滅ぼしたにしても傷を負ったマゾーンが、他の侵略者たちとの度重なる戦争全てに勝利できるとはとても思えない。そして、一回負ければ滅亡か奴隷化か。力によって築いたものは、それ以上の力で崩壊する」
恐らく、ラフレシアの認識はその点で甘いのだ。まして遺伝子選別による王の育成がなされなくなった今、将来のマゾーン王は限りなく愚鈍化しうる。アマランスの認識では、王の愚鈍化こそ種の滅亡に直結するのだ。
「ラフレシアは、侵略後のことを何も考えてない。そんな彼女に、マゾーンを任せるわけには行かないのよ」
「アマランス」
呼ぶ声にびくっとして、振り返る。ハーロックだった。
「たまには遊ばないと、かえってダメになるぞ。考え込むのも程々にな」
「おーい、お姫様。一杯やらんか」
そこにドクターゼロの声が重なる。彼女は艦の中年以上の乗組員にはお姫様と呼ばれていた。多分に王女という身分に憧れを抱いているらしい。
「食べるのは駄目でも、飲むのはいいじゃろ。ミーメも一緒に飲もう」
「あ、はい。行きます。──じゃあ」
軽く一礼して、彼女は波打ち際を離れた。
行ったとき、ドクターゼロは既に軽く酔っていた。
「お姫様は、お酒飲んだことがあるのかな」
「いえ、ないです。大体まだ地球上で言うと子供ですから」
その傍でいつの間にやら来たミーメが、アマランスの分までお酒をついでいる。
「子供のうちから、少しくらい飲めるようにしてた方がいいわよ。酔いつぶれたら面倒見てあげるから、はいこれ」
立派なコップ酒だ。実のところ、マゾーンの体質ではアルコールがどの程度入るのか全く不明で、それを理由に断ろうとしたら
「地球の首相秘書もマゾーンだったけど、彼女が下戸っていう話は聞かなかったわ。それに彼女はものも食べてたし、大丈夫よ」
「まあ取りあえず飲んでみて、それから考えよう。いざとなったら儂がいる」
それですむ問題じゃないんだけどと思いつつ、アマランスは試しに一口飲んでみた。次の瞬間、喉がかーっと熱くなる。
「な、何ですか、このお酒って。喉が急に…」
「お酒ってそんなものよ。飲み慣れたらそれが快感になるわ」
「へえ……」
どうも一生慣れそうにない気がする。取りあえず体質的に毒ということはなさそうだけどとアマランスは思いつつ、どこで取ってきたのかそこにある魚の刺身を食べ始めた。
「マゾーンは、食事はどの程度大丈夫なのかね」
と、ドクターゼロは訊ねた。答えて言うには
「基本的には水さえあれば生きていけます。食べることは、専ら土着人に混じって自分の正体を隠すためにする程度ですね。でも、水と光合成では補給できないものを取るためにたまに食べることは普通のマゾーンもやりますよ」
言いつつ、刺身を平気で食べる。
「マゾーンは、かなりの栄養素を長期間体の中に蓄えておけますから。一度ちゃんと食べれば地球の二十日は水だけで持ちます」
「アマランスさん、飲まないの?」
自分のコップを空けたミーメが訊いた。
「あ、はあ。どうも慣れなくて」
「慣れるまで飲まないと。体質的には大丈夫みたいだし」
そう言うと、ミーメは一升瓶の残りを全部ラッパ飲みした。
「まだあるから、安心して飲みなさい。お姫様も」
目を丸くしているアマランスに、ドクターゼロは言った。取りあえず二口目を口に含む。
《口の中ではいいんだけどなあ》
飲むとき喉が熱くなるのがどうも、と彼女は思っていた。
「大丈夫ですか、そっちは」
アマランスは宴会途中を抜けだし、工場に入って訊いた。アルカディア号の修理中だ。
「心配せんでもええ。遊んでるうちに直るわ」
「そうそう。有紀君たちと遊んでおいで」
ヤッタランと魔地が応じる。アマランスはほっとした表情で
「よかった。あんなことやった後だから、時間がかかるかと思って」
「この船は、そんなにヤワじゃあらへん。あれくらいの危険には何度も遭遇しとる」
ヤッタランが言った。その傍では機械が装甲板を張っている。
「そやから心配はご無用。これからのことでも考えとき」
そう言われてふと思い出したのは、さっきから姿の見えないハーロックのことだ。
「そう言えば、ハーロックは?」
「何かコンピューターと話しとる。船の中で」
「コンピューターと?」
アマランスは首を傾げた。この船の戦闘能力は乗る前に調査済みだが、その他の内部構造については不明なところが多い。特にコンピューターのことについては全く不明だ。
「熱くなるから、外に出てたほうがいいぞ」
魔地が言い、アマランスは工場の外に出た。
外では台羽と有紀が遊んでいる。ミーメは一升瓶を二本も空にして横になり、ドクターゼロも顔を赤くして鼻歌を歌っていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ミーメのことなら心配いらんよ。いつも数時間後にはケロッとしとる」
倒れているのかと思って心配げなアマランスに、ドクターゼロは笑って応じた。
「お姫様、そこのまだ半分中身が残ってる酒瓶、処分してくれんか。一気飲みでもして」
「でも私、まだ子供ですよ」
慌てて断ろうとする彼女に、重ねて
「キャプテンは子供の頃から酒飲んでたらしいから、気にするこたあない。倒れたら儂が面倒見てやるから」
「はあ……」
その状態で面倒見ると言われても、と内心思ったが、まあいいやと思いなおして酒瓶の口を唇に当てる。この付近、やや酔いが回っていたのかも知れない。
「それ一気、一気、一気」
ドクターゼロのかけ声に乗ってミーメ並みのラッパ飲み──と行きたかったが、間もなく喉が熱くなり更には頭が痛くなってきた。どうにも耐えられなくなり瓶を離すと、身体が瓶の重みにふらついて座り込む。頭を回そうとしたらその重みに耐えかねて身体が倒れ込んだ。
騒ぎ出す声さえ、ほとんど聞こえていない……。
「──で、あいつがぶっ倒れたと」
「すまん。面目ない」
ドクターゼロが、この人物にしては珍しく本気でしょんぼりしている。事情を聞いたハーロックは苦笑して
「まあ幸い、命に別状はなかったわけだし、次から気をつければいいさ。飲ませるのも程々に頼むぞ」
「そうする」
それだけ言って、アマランスの側に行く。
「おーい、お姫様。大丈夫かい?」
「あ、センキのおじさん…」
彼女が目を覚ました。それは確かだが、センキとは何かさっぱり分からない。
「そのセンキってのは…?」
「お菓子ですよ。ちょうどおじさんの顔みたいな形した。地球で言うならせんべいとクッキーの間くらいの感じかな。美味しいんですよ、すごく」
要するにお菓子の顔、と言われたわけだ。複雑な心境になるゼロの顔を見て、アマランスはいきなり笑い出した。
「キャハハハ。怒ってます? 怒ってます?」
この付近になって、ようやく相手が酔っぱらっているのだと彼にも分かった。いつもの真面目すぎる印象からは、余りにも遠い。
「こら、アマランス。今日はもう寝ろ」
ハーロックが後ろから、笑いながら言う。
「はーい」
彼女はにっこり笑って応じ、毛布を被った。
考えてみれば、アマランスは自分でも言っているようにまだ子供だ。その子供が一つの種の将来を巡って戦い、銀河の運命を任せられているのだからはっきり言ってどこかで無理をしているのは間違いない。酒をがぶ飲みして理性が崩壊したことで、本来の子供としての部分が姿を見せたのだろうとハーロックは考えていた。
「儂がお菓子の顔…」
一方、傷ついたのはドクターゼロだ。かつてトカーガのゾルに化け物扱いされたことがあるが、今回の「センキのおじさん」はそれ以上のショックだったと見えて落ち込んでいる。
「いいじゃないですか、ドクターゼロ」
と、ミーメは言った。しきり直しとばかりに酒を持っている。
「多分言った方は次の時は忘れてますよ。気にしないで下さい」
「うん…。そりゃあまあ多分、そうだろうがなあ…」
見境なく酔っぱらった挙げ句の台詞だとは、ドクターゼロも充分分かっている。それも酔っぱらった原因は自分にあるのだ。
「あんたらしくもないわい。飲もう飲もう」
と、ヤッタランも加勢する。
「あんた、仕事は」
「魔地がやってくれるっちゅうから、任せてこっち来た」
実は単にじゃんけんに勝って押しつけただけなのだが、そう説明する。
「まあ酒の席のことや。気にせんどきましょ」
そう言って、ヤッタランはミーメと飲み始めた。アマランスには居住区で有紀と食事係のおばさんがつき、台羽はヤッタラン代わりの手伝いに魔地に狩り出されてしまっている。ハーロックは一時中断していたアルカディア号との会話に戻った。程なくゼロも飲み会の輪に入る。
「ふむ…。やはりお前もそう来ると思うか…。アマランスがどう出るかだな…」
中枢コンピューターと話し合っているハーロックは、さっきまでと違って真剣である。
「──分かってる、あいつを誤解させるような真似はしない。あんな事態はこりごりだ」
そう言ってそこを出ようとした途端、通信が入る。
「ハーロックか、アマランス様は?」
ヒドランゲアの声だ。調子が普通ではない。
「寝ているが……。何か用でもあるのか」
まさか酒をがぶ飲みして酔いつぶれたなど、言える話ではなかった。
「実はマゾーンの一部が、艦隊を脱出してそちらに向かいつつある。順調にいけば36時間後にそちらの空域に来るだろう。アマランス様に連絡を頼む」
ハーロックは眉を上げて通信相手を見た。そして
「分かった。起きたらそちらに連絡させる」
向こうとしては当然それを望んでいるだろうと思ったが、意外な返事がかえってきた。
「いや、その必要はない。それよりあらゆる事態を想定して準備に入れ」
よくない予感がするのか、ヒドランゲアはそう言って通信を切った。
アマランスはそれから約十時間後に目覚めた。二日酔いで頭が痛い。
「そうか…。海辺でお酒を飲んで…」
座り込んだ後の記憶がない。どうやら誰かに連れてきて貰ったらしいが…。
「目が覚めた?」
有紀が訊ねた。ゆっくりとそちらを見て頷く。
「はい…。でも頭がぼーっとしてて痛いです」
「無理もないわ。アルコール初体験であれだけ飲んでるんだもの」
有紀は笑っている。食事係のおばさんが続けて
「あのやぶ医者、子供が酒飲んじゃいけないってのは常識中の常識だろうに。──ごめんね、お姫様。迷惑かけて」
「いえいえ、いいですよ。飲んじゃった私も悪いですし」
慌てて頭を下げる。おばさんは目を細めて
「いい子だねえ、お姫様は。どこかの中年連中に爪の垢煎じて飲ませたいくらいだよ」
「そうそう、キャプテンがヒドランゲアから通信があったって言ってたわよ」
アマランスの表情ががらりと変わる。二日酔いが吹き飛んだような勢いで
「何ですって!? 何で起こしてくれなかったんです!!?」
と詰問した。有紀が応じる。
「倒れた直後だったのよ。出す方が危険だわ」
「それでも! 何で自然に目覚めるまで放っといたんですか!?」
「下手に起こせばかえって危険よ。あなたは私たちとは肉体構造が違うから、薬を使うわけにも行かないしね」
そう言われてはアマランスも引き下がるしかない。息をついて
「──それで、通信の中身は?」
「何でも、本隊を脱出したマゾーンの一部が、こちらに向かってるらしいわ」
「な…!?」
訊いた側は目を丸くし、何も言わずに物凄い勢いでその部屋を出た。
「話は聞きました。ハーロック、彼らは今どこに?」
ほぼ修理の終わったアルカディア号の艦橋に入るなり、アマランスは訊いた。その表情には子供の面影も故郷を思う気持ちも全くない。
「あと50宇宙キロでここに来る。時間にして約25時間だ」
「それで、その艦隊の規模は? あとラフレシアの追跡艦隊の有無」
「逃げてくる艦隊は50隻ほど。追跡艦隊は75隻。ただ距離がまだあるから、ここに来るまでは大丈夫だろう」
矢継ぎ早の質問にも、答えは淀みない。
「それで、ヒドランゲアは何と?」
「あらゆる事態を想定して準備に入れと。お前の再連絡は必要ないとも言ってた」
マゾーンの王女は考え込んだ。数隻ならともかく、数の多さからして恐らく二、三日前のラフレシア乗艦前で自分が振った演説の結果の逃亡だろう。しかし五十隻もの艦艇をよく逃亡者たちが入手できたものだ。それほどこの数日のマゾーンは混乱しているのか、それとも?
《もしラフレシアが逃亡者と見せかけて部隊を派遣してきたとしたら、追跡艦隊と合わせて125隻。とてもこの船では勝てない。第一…》
彼らの目標が自分である以上、どのみち少なくとも追跡艦隊とは戦わねばならない。その時、やっと先の戦いでの傷が修理されたばかりのこの船を戦場に投入できるか? もし逃亡者たちが私に拝謁を求めてきた場合、その場所はどうするか? ひょっとしたら逃亡者たちは私に自分たちの船での指揮を求めてくるかも知れない。ハーロックがそれを認めるか?
「逃亡者たちと、連絡を取れますか?」
「コンピュータシステムは無傷だから、大丈夫だろう。お前の小型艇を端末にな」
何にしても、逃亡者たちの情報が欲しい。小型艇から船のコンピュータシステムを通じて通信すべく、アマランスは艦橋を出た。
「こちら、マゾーンの正統なる王位継承者アマランス。そちらの艦隊の責任者を出せ」
小型艇とは言え、マゾーン王位継承者の乗る船には受信先のアドレスを自動解読するシステムがある。それを使えばいかなる未知の船とも交信が可能だ。
「──ふむ、追跡艦隊からの通信妨害が強いのか。ならば……」
と、二、三カ所スイッチを軽く動かす。
「こちらアマランス。誰でもいいから応答せよ」
備え付けのスピーカーはガーガー言うが、通信妨害がよほど強いらしく返答がない。
「おい、アマランス。どうもそれどころじゃなくなってきたぞ」
そこにハーロックの声が、通信を中断させる形で入った。
「逃げる側も追う側も、移動速度が上がってる。この速度だとあと十五時間以内でこの空域に到達する。通常の通信は無理だろう」
「何ですって…!? 」
声に、にわかに危機感が籠もった。