宇宙海賊キャプテン・ハーロック

第2部 アマランス…流転の王女 4

4. 逃亡者たち

 艦橋に戻ったアマランスは、スクリーンを見上げつつ考え込んだ。
《どうする…?》
基本的な問題点は、さっきと変わっていない。アルカディア号は最終的な点検と燃料積み込み段階に入っており、時間的には間に合うはずだ。ただ数日前にあれだけ派手にやっておいて、また大規模な戦闘という事態になればいささかこの船の乗組員も嫌がるだろう。加えて連絡が全く取れないというのも痛い。
「発火信号でも出してみるか、アマランス」
ハーロックが言った。
「いいんですか、ここが基地だとばれたら大変ですよ」
「なに、発火信号出したくらいで海賊島の規模がばれることはないさ」
実際前に来たマゾーンのせいで、ここの中が空洞というのはラフレシアも知っているだろう。要は詳しい内部構造さえ漏れなければいいのである。
「では、よろしくお願いします」
かと言って自分が勝手に行動して、数日前のような事態にすることは出来ない。アマランスはため息をつきつつ、ハーロックに任せた。
 アマランスの名前で簡単な信号を出した数分後、応答がある。
「こちらアスター。アマランス殿下とお見受けいたしました。お久しぶりでございます」
「アスター?」
名前を知った途端、マゾーンの王女の顔に懐かしさが浮かんだ。と、非常時用の音声だけの通信が入る。
「その節は…申し訳ございませんでした。我らが気づいておれば、対処のしようがあったものを、気づきもせず…。長い間の放浪で、ご苦労なさったことでしょうな」
「過ぎたことだ、気にするな。元気で何よりだった」
この付近、二日酔いの少女の言うこととは思えない。確かに彼女はマゾーンという種の正統な王位継承者なのだと、思わざるを得なかった。
「それで、ヒドランゲア殿は?」
「別行動だ。連絡は取っているが、どこにいるかまでは見当がつかぬ」
通信が一旦途切れる。向こうは驚いているらしい。
「それより、そちらの艦隊の様子はどうだ? 他の乗員はどれくらいだ?」
「一艦百名ほどです。みな殿下とのご再会を楽しみにいたしております。ただ…」
「追跡艦隊が迫っているのだろう?」
アマランスが言う。小声で頷いたアスターは続けて
「艦隊指揮官はフィメール。第二近衛艦隊を率いている模様です」
「そうか…。となると…」
数秒考え、彼女はこう言った。
「取りあえずこの空域に来てくれ。今からこちらで相談するから」

 幾つかある近衛艦隊のうち第一は親衛隊格で、常にガミラス号周辺にいる。第二が攻撃用機動艦隊としては最強だとアマランスは説明した。
「で、今のアスターとかいう奴は何者だ」
「マゾーンの前科学技術庁長官にして宇宙科学の権威──とでも言いますか。王女時代の私に会うことの出来た数少ない人間の一人です。侵略に反対してラフレシアに左遷されたと聞きましたが、影での影響力はあったようですね。──で、どうしますか」
「お前自身はどうしたいんだ」
ハーロックは問い返した。戸惑って返事をしない相手に
「これは、基本的にお前の問題だ。俺たちがどうこう言える立場じゃない。まず助けるか助けないか、お前自身で決めろ」
「ですが、助けるとなれば必然的にこの船を出さざるを得なくなります。敵は実質的にラフレシア麾下の最強艦隊、まず無傷ではすみますまい。かなりの確率で誰か死人が出るでしょうし、海賊島自体が巻き添えとなる可能性もあります」
「それでもいい。俺はお前の決断に従う」
アマランスは信じられないと言った表情で、相手の顔を見ていた。その瞳を見据えて
「いいか、これはお前の問題だ。お前が命がけで自分の下にやって来た者たちをどう扱うか、それに俺たちが口を挟むことは出来ない。お前が俺たちに及ぶ影響を気にする必要はない。それによって決断が歪められるとしたら尚更だ。お前が正しいと思ったとおりに動けばいい。俺たちはそれを助けるだけだ」
「──ハーロック……」
彼女は言葉に詰まった。心の中の何かが、ゆっくりと静かに消えていく。やがて
「アスターたちを助けます。ひょっとしたら死ぬかも知れないけれど、彼らを見捨てることは出来ませんから」
それでいい、とばかりにハーロックは頷いた。
「よし、総員戦闘準備に入れ!!」
「はいっ!」
驚いたことに背後から乗組員たちの声がして、艦橋に駆け込んできた。

 逃亡側も追跡側も、更に加速している。距離も段々詰まってきており、互いに射程距離内に入るのも時間の問題だ。一方アルカディア号も準備を進め、いつ出撃しても良い。
「で、どうする。いつ出撃するんだ?」
ハーロックは傍らのアマランスに尋ねた。
「準備完了次第、すぐにでも出撃した方が良いでしょう。逃亡側と追跡側が射程距離内に入る前に、予想戦闘空域にいた方が有利ですから」
「そうだな。行くぞ」
一息ついて、ハーロックは最後の指示を出す。
「総員、戦闘態勢に入れ! 出撃準備開始!」
「出力上昇、エンジン準備完了!」
「主砲エネルギー、装填完了!」
艦内から報告が入る。舵輪を握った。
「アルカディア号、発進!!!」
出力が急激に上がり、一瞬ふわっと浮くような感触を味わう。出入り口が開き、轟音を響かせながらアルカディア号は宇宙へと船出した。



 艦内各所から次々に報告が入り、それに応答していく。その中で音声通信が入った。
「アマランス殿下、我らは大丈夫です。御自らお出でにならずとも」
アスターの声だ。アマランスは応じて
「第二近衛艦隊は、現在のマゾーン機動艦隊中でも最強を誇る。おまけに数もそなた達より多い。加えて、そなた達の中には恐らく家族を捨ててこちらに参加した者もいるだろう。助けずに捨て置くことは出来ない」
「ですが、危険すぎます! もし御身に万一のことあらば…」
「大丈夫だ。そなたたちも聞いておろう、数日前この船がラフレシア率いる艦隊と戦ったことを。心配するならまず自分たちのことをだ」
そう言って、逆にアマランスは戦闘体勢を具体的に指示していく。
「数時間以内に、そなた達が互いに射程距離内に入るだろう空域に着く。敵が空域に入ったと同時にこちらは攻撃を仕掛けるから、その間に艦隊を再編せよ。もし敵が我々とそなた達に兵力を分けるようなことあらば、その時は我々もできるだけ早期に敵を撃滅してそなた達の応援に駆けつける。大丈夫だ、心配するな」
「──分かりました。そうまで仰せならば」
と、アスターは諦めたように言った。通信が切れた後、アマランスはハーロックの方を見て
「ちょっと言い過ぎましたか。本来貴方が決めることを」
「いや、いいさ。俺が考えてたのとそう変わらん」
それにあの場合、自分が言うよりアマランスが言った方がアスターも従うだろう。そう思って彼はあっさり許した。
「で、敵の方だが」
「第二艦隊指揮官のフィメールは、確かトカーガ星の滅亡に関与しています。その時別の艦隊を率いていたので、その功績で正式な指揮官になれたという説もありますが。他のマゾーン艦隊指揮官同様、有能な提督です」
「ラフレシアとの関係はどうだ?」
アマランスの返答には、淀みがない。
「別に特に仲がいいと言うほどでもないんですが、彼女もフィメールの有能さを買っているんでしょう。それなりに厚遇されてますよ」
「そうか、分かった」
ハーロックはそれだけで止めた。そしてアルカディア号の指揮に戻る。

 「敵が別れたか。アスター艦隊に三分の二、こちらに三分の一…」
「この船の戦闘能力は、この前の戦闘で分かっているはずです。それでこれだけしか回してこないと言うことは…」
こちらはアスター艦隊を倒すまでの時間稼ぎのつもりか、それともこれで完全に倒せるだけの自信があるのか。
「いずれにしても、まずこの三分の一を倒すぞ」
ハーロックの言葉に、アマランスは頷いた。
「総員、臨戦態勢に入れ!!! 敵は5万宇宙キロ、プレアデス方面からだ! 注意しろ!!」
指示が入る。この速度ならあと数時間で主砲の射程距離に入り、戦闘が始まるだろう。アスターたちを助けに行くという最終目標がある以上、ここでの戦いは時間との勝負だ。
「艦数は同等だから、多少は大丈夫だろうけど…」
アマランスは呟いた。先日戦ったあれは、もしかすると近衛艦隊でさえなかったのだろうか。時間稼ぎの捨て駒というつもりでなければ、普通に考えるとこの数の艦隊では力量不足だ。もしこれだけの数でアルカディア号を倒すつもりなら、第二近衛艦隊の戦闘能力は先日の艦隊を遙かに凌いでいることになる。
《しかしいくら分艦隊規模とは言え、あれはラフレシアの護衛艦隊。第一ではないにせよ、近衛艦隊がいないことはまずないはず。となるとやはり時間稼ぎ…》
「おい、アマランス。こちらに向かった奴らが速度を下げてきた。このままだとアスターたちの方が先に戦闘を始めかねんから、こっちから接近して戦うぞ」
 思案に耽っていた彼女を、ハーロックは現実に引き戻した。スクリーンを見ると、二つの艦隊の速度に若干の差がある。
「時間稼ぎにしては、露骨すぎませんかね」
「お前もそう思うか。俺もそれは気がかりだが…」
罠の可能性もある。もしくはラフレシアが艦隊を増派したので、それを待っているか。
「とは言えこいつらを倒さんと始まらん。行くぞ」
 この際、アスターたちを救援するのが先だ。罠は破ればいいし、艦隊を増派しても叩きつぶすだけだとこの時ハーロックは考えていた。

 敵は半月の陣形を取っている。中央にやや大きい艦があり、それが分艦隊旗艦と言ったところだろう。弓形の場所に攻撃力のある艦が並んでおり、弦のところが手薄だ。
「このままだと弓形の箇所と衝突しますが、回り込みますか? それとも…」
「いや、底から叩く。射程距離に入ったらすぐ攻撃だ」
底から叩くという言葉の意味がアマランスには理解できず、目を瞬かせた。
「見てれば分かる。──俯角15度、分艦隊旗艦方向に全速前進!」
見る間にアルカディア号が角度を変えていく。スクリーンに投影された予想進路を見て、彼女ははっとなった。敵艦隊正面から見て下方にアルカディア号が入り、下から上へと攻撃する形になっている。
「宇宙空間に上下はない。おまけにヘビーメルダーで奴らのこの方向への攻撃力は分かってるからな。後はコンピュータに基本的には任せておくさ。──そう言えば、ヤッタランは?」
「ワイは今、忙しいんや」
自分の部屋でプラモを作っている時のお決まりの声である。マゾーンから見れば信じられない人種だが、部品集めのためにジョジベルの船を解体したりと意外なところで役に立っているのかも知れない。大体この船、無人でも動くのだ。
「敵艦隊、更に減速!」
報告が入る。ハーロックはアスターたちの情勢へ目をやった。
「少し派手に頼むぞ。時間がなくなりつつある」
誰にともなく言う。傍で聞いていたアマランスは、不安げな表情で胸を押さえた。アスターたちは二時間以内に双方が射程距離に入るだろう。こちらの予定戦場からアスターたちの予定戦場まで全速でも一時間かかるので、間に合うかどうか。
「大丈夫よ、アマランスさん」
ミーメがポンと肩を叩く。
「数日前はあなたに影響がないように力を押さえていたから苦戦したけど、今日は全力で闘える。アルカディア号の本当の実力を、あなたは知らない」
あれで力を押さえていた? 言われた側は目を丸くした。
「心配しないで。アスターさんとは必ず再会できるわ」
アマランスは頷いた。そしてメインスクリーンへ目を戻す。敵がこの船の射程距離に入るまで、あと一時間半だった。

 

 「女王、例の地球人どもの船が逃亡者どもを助けに出ました」
「そうか。ハーロックもご苦労なことだな、恐らくアマランスに要求されたのだろう」
ガミラス号で、ラフレシアはそう応じた。実のところ、叔母と姪の関係でありながらこの二人は数えるほどしか面識がない。
 アマランスは生まれつきマゾーン本星の宮殿、滅んでからはこのガミラス号の奥でほとんど誰とも会うことなく育ってきた。よほど重要な儀式でもなければ公の場に姿を見せることもなく、部屋の場所さえ公式には不明。それに対しラフレシアはガミラス号に部屋を与えられてはいたものの普段の航海は別の船で行い、アマランスが追放された後初めてこの船に住むことになったのだ。従って、彼女は自分の姪がどんな性格かも全く知らないと言っていい。
「フィメールに伝えよ。逃亡者どもを撃滅させた後、速やかに全力をもって地球人どもの討伐に当たれ、と」

 あと数秒で敵が射程距離に入る。どうやらこちらが先に戦闘を始めることになりそうだ。
「主砲、発射準備完了!」
「敵艦隊が本艦の射程に入るまで、あと五秒!」
緊張した声で報告が入ってくる。アマランスの傍にミーメがいた。
「四、三、二、一…」
「主砲斉射三連!! 攻撃型駆逐艦を狙い撃て!」
ハーロックの号令に従い、アルカディア号の主砲が火を噴いた。
 敵も応戦してくるが、船の構造上この方向には砲撃を一点に集中させることが出来ない。単発での砲撃ではアルカディア号を傷つけることも出来ず、逆にこちらの攻撃で一撃の下に葬り去る。音のない花火を見ているような気分になった。
《──マゾーン艦隊って、こんなに弱かったっけ》
余りにもあっけない。確か私が追放される直前に、アスターが衝撃砲の試演習をやるまでになっていたはずだが…。
「ラフレシアの地球侵略に衝撃砲が使用されるのを恐れて、アスターさんが技術提供を拒否したんでしょうね。だから左遷された」
と、ミーメが呟いた。アマランスは驚いて彼女を見やる。
「アマランス、ミーメは人の心が読めるんだ。驚くような事じゃない」
ハーロックの言葉に、マゾーンの王女は複雑な表情をしてスクリーンに目を戻す。
 外では砲撃戦が続いていた。アルカディア号がやや進路を変え、仰角に進み出す。接近しながら立て続けに砲撃を浴びせ、一撃ごとに一隻を消し去った。更にその余波で周囲の船が爆発し、数隻が炎上していくのだ。これほど一方的な戦闘も珍しい。
《──てことは、マゾーンは衝撃砲をまだ手にしていないのか…》
アマランスは内心思った。衝撃砲を持っているか否かでは、攻撃力に格段の差が出る。パンゲア号はアスターの作った試作版を独自に改良した衝撃砲を持っているが、ラフレシアが本当に衝撃砲を持っていないとすると状況は劇的に変化する。勝算も出てくるのだ。
「おい、アマランス。敵が退却…というかもう一方に合流するぞ。どうする」
「こちらも合流しましょう。敵が衝撃砲を持っていないと判明した以上、この船の攻撃力でアスターたちを助けられます」
頷いたハーロックは、すぐにその指示を出した。

 移動時間を使って、アマランスはマゾーン艦隊の装備について説明した。本当は開発済みの衝撃砲があり、開発者の筆頭にアスターがいること。ところが彼がラフレシアに衝撃砲の技術提供を拒否したらしいため、マゾーン艦隊の実装には使われていないこと。
「ただ、幾つか妙な点がありましてね」
と、アマランスが続けて言った。
「開発は勿論、普通なら一人では出来ません。要するに共同開発者がいるはずで、彼らに知識を提供してもらえばアスターがいなくとも衝撃砲の実装は出来たはずなのに、なぜ今までやっていないのか。更に言うと、にも関わらずなぜあの船の外観上の設計は衝撃砲実装後のものなのか。恐らく内部の配線なども衝撃砲実装後のものになっているはずです…。ご存じのように、衝撃砲は攻撃力が絶大な代わりに発射時に内部に与える影響も大きく、それに耐久するために建造時にかなりの労力を必要とします。衝撃砲を実装していないならそんな労力は必要ないはずなのに、何故そんなことを…」
「いずれにしても、アスターに再会すれば分かることだ」
ハーロックは応じた。そして
「それはそうと、向こうが戦闘を始めたぞ」
彼女はスクリーンに視線を戻した。数秒後
「この船から戦闘時に通信できますか」
「まあ、アスターとなら過去ログがあるから出来るだろう」
一瞬後、アマランスは艦橋出口へと歩き出した。
「小型艇からアスターの船と通信します」
とだけ言い残して。アドレスさえ分かれば、いかなる状態でも通信できる。

 「私だ、アマランスだ。アスターはいるか」
小型艇で対話する。転映されてアスターが出てきた。若い頃の美女(美男子?)ぶりを忍ばせる顔立ちだが、地球で言うと四十代の半ばほどの年代に見える。
「おお、殿下。何か御用でも?」
「後一時間でこの船はそちらに着く。それまでの辛抱だ」
「それだけのために、わざわざご通信を?」
相手は驚いていた。アマランスは続けて
「ああ。必ず助けに行くから、待っていろ」
と言った。擬似音声で激しい戦闘の音が聞こえる。アスターは頷いたが、何か言いたいことがあるような素振りだった。だがそんな時間はないと判断したのか、挨拶して通信を切る。
 格納庫の窓から、ようやく遠方での戦いによる光が見えるようになった。さっき見たスクリーンから推測するに、左がアスターで右が追跡艦隊らしい。激しい戦闘らしく、爆発光や砲撃の応酬が続いている。
「アスターは科学者、フィメールは軍人…。急がなければ…」
戦い方を知らない者と知っている者、当然差が出る。アスターが衝撃砲について隠している事があるのは確実であり、それを聞き出さねばラフレシアとの戦いもおぼつかない。今の通信で敢えてそのことを口に出さなかったのは、フィメール側に盗聴されるのを恐れたからだ。
「おい、アマランス。聞こえるか」
外を見ていると、小型艇にハーロックからの通信が入った。
「どうも雲行きがあやしくなってきた。戻れ」
嫌な予感が強く胸を占めるとともに、彼女は格納庫を出た。

 再び艦橋に戻ったアマランスに、ハーロックはスクリーンを見据えたまま説明する。
「アスターのいる艦隊旗艦周辺だけに集中砲火している。アスター側も必死で応戦してはいるが、不利だな」
「──あと何分で着きますか」
フィメールの意図は読めている。アスターさえいなければ逃亡者など烏合の衆なのだ。
「30分で着く。ただ敵もアルカディア号が着く前に決着をつけたいだろうしな」
アスターに勝っても、この激戦ではフィメールたち自身も無傷では済まない。そこにアルカディア号が襲えば、第二近衛艦隊もまた宇宙の藻屑と消えるのだ。
 サブスクリーンに映る映像では、激しい戦闘がまだ続いている。次から次へと砲火が宙を走り、相手に衝突して或いは跳ね返され、また或いは貫通する。貫通したうちの半分はその箇所を爆発・炎上させ、残る半分は艦そのものを破壊した。フィメール側の艦隊が横に広がり、敵を押し包むように移動する。
《どうする…? 間に合わないかも知れない…》
この船が全速力で進んでいるのは間違いないし、さっき戦った艦隊よりこちらの方が遙かに戦場に近いのは事実だ。だが、艦隊の半分が助かったとしてもアスターに衝撃砲について情報を聞き出せるかどうかは別だ。彼女としては今のマゾーンの武力がどの程度のものなのか、知らねばならないのに。
 と、フィメール側の艦隊が何度目かの集中砲火をアスター側に仕掛けた。旗艦周辺の艦隊が吹き飛び、中の数本が旗艦にまで達する。一本が旗艦を貫通した、その時。
 次の攻撃をしかけるはずのフィメール側の全ての艦が、ぴたっと戦闘を止めてしまった。そればかりかやがて旗艦が降伏信号を出し始める。
「──どういうことだ…?」
「さあ……」
ハーロックの声に、ミーメが応じる。アマランスは余りの急展開に声もない。だが程なく
「アマランス殿下、大至急こちらへお越しを! アスター閣下が重傷を負われました!」
非常時用の通信が艦橋に響き、マゾーンの王女は我に返った。一瞬後
「とにかくこのまま、現場へ急行して下さい。推測していても話になりません」
彼女の声にハーロックが指示を出す前に、アルカディア号が再び加速し始めた。続けて
「小型艇でアスターの乗艦に乗り付けます。誰か同行したい人はいますか」
「俺とミーメと…」
ハーロックが言いつつ艦橋を見回した。
「僕も行きます。マゾーンの前科学技術庁長官には会いたいですし」
台羽が言った。頷いてアマランスの方を向き
「三人でいいだろう。残りは警戒だけしておいてくれ」
彼女は頷き、艦橋を出た。

 

 「アスター、大丈夫か?」
アマランスは戦艦に到着してすぐ、案内された部屋に入った。
「おお、アマランス殿下…こんな所に足を運んでいただいて…」
そこは集中治療室らしく、ハーロックたちは出入り口の特殊消毒エリアに留まっている。動物生命体と植物生命体とでは、害となる細菌が違うので消毒の中身も違う。
「いい。気にするな。それよりラフレシアを裏切ってまで、よく私に…」
アスターの身体に血はないが、傷口が真っ黒に焦げている。範囲も広く、全身を液体に浸して首だけ出していた。
「ラフレシア様は…マゾーンの全能性を過信しておられます。マゾーンの全能性は、いわば全科目が八割の成績であるようなもの…。確かに優秀ですが、完璧ではありません。ですから、あの地球人たちに苦戦なさったりするのです」
彼の目は、遅れて入ってきたハーロックたちを友人として見ていた。
「ああ、ハーロック殿。ご父君の代から話は伺っております」
「殿は結構。呼び捨てでいい」
海賊に殿はないだろう、というのがハーロックの本音だった。
「いえいえ。ワルハラやダークイーンでさえまだ開発していなかった衝撃砲を……」
「あれは父の親友のドクター大山と、その息子で俺の親友であるトチローが開発・改良したんだ。俺じゃない」
アスターは微笑して頷いた。衝撃砲、と聞いてはっとなったのがアマランスだ。
「そう言えばアスター、マゾーンの衝撃砲はどうした?」
「どうした…とは?」
問い返され、彼女はやや苛立った口調で
「私が追放される前に試演習したやつだ。その後どうなった」
「ちゃんと装備されております、設備そのものは」
そう言って、前科学技術長官はやや声を落とした。
「衝撃砲そのものは、現科学技術長官メタサイドがラフレシア様の命により装備させました。その証拠に、船形は殿下に以前お見せしたとおりのものになっているでしょう」
「だが、同じ衝撃砲でも余りにも攻撃力が違いすぎるのではないか?」
アマランスの言葉に微笑して
「プログラム…ですよ。ソフトウェア的な」
聞いた側は、目を瞬かせた。

 「ラフレシア様は、マゾーンの衝撃砲の試演習をご覧になっていません。ですから以前の砲より攻撃力が上がりさえすれば、衝撃砲の実力を発揮できずとも誤魔化せます。よって操縦プログラムに意図的にバグを仕掛けて、最大でも実力の三割しか出せないように仕向けました。本当はデスシャドウ号程度の攻撃力はあるんですが」
「何故、そのようなことをしてまで…」
「ラフレシア様には、ヴォータンやプロメシューム、ダークイーンのようになっていただきたくありませんでしたから…。いくら完璧や全能、永遠不滅を主張しても滅ぶときは滅びます。そして滅びの時は一族道連れ、でなければメーテルやワルキューレのように血を分けた親子が殺し合う…。弱肉強食をもって弱い者を滅ぼせば、いつか自分より強い者が現れた時同じ理由で滅ぼされます。マゾーンを、そうさせるわけには行きません」
声がやや張りをなくしている。気にしたアマランスは
「きついのか? 取りあえず聞きたいことは聞いたから休め」
「いえ、大丈夫です。それより…」
そう言って、周囲の者に目配せして持ってこさせた物は小さな記憶装置だった。以前ハーロックたちが見た、トカーガのゾルのコスモグラフより更に小型である。
「これが、そのバグの修復プログラムです。これさえあれば、本来の威力の衝撃砲が使えるようになります。防御システムも衝撃砲対応になります。ラフレシア様の大艦隊相手とて、これを操る艦が一個艦隊分もあれば互角以上の戦いが挑めるでしょう。──本当は、いつかマゾーンがまた未知なる強敵に襲われた時のためのものだったのですが」
同胞を撃つために使うことになるとは、とやり切れない表情をするアスターに、アマランスは言ってやった。
「心配するな。ラフレシアを倒してからは、衝撃砲は対侵略者用にしか使わぬ」
「そうしていただけると本望です」
微笑はしたが、さっきと比べても生気がない。やはり重傷なのだ、と思って彼女は話を打ち切ろうとした。その時
「アスター閣下、降伏した第二近衛艦隊のシビュラ殿が参りました」
「そうか。別室で待たせておいてくれ」
指示を出す。更に彼が動こうと思ったとき
「動かずともよい、私が会う。ここでじっとしてろ」
と、アマランスが言った。入ってきて間もない出入り口に戻りつつ
「どうせシビュラには遅かれ早かれ会うことになる。今会った方が早い」
「ミーメ、アマランスについててくれ。俺と台羽は少し残る」
ハーロックが言い、ミーメは出入り口から外へ出た。

 「──何か俺たちに言いたいことがあるのか?」
二人の足音が聞こえなくなった後、ハーロックはそう切り出した。
「別に、大したことではありません。ただ、いささかアマランス殿下に謝っておかねばならないことがありまして」
「クーデターのことか?」
その問いに、アスターは首を横に振った。逆に
「──アマランス殿下の日常、何かおかしいと気づいたことはありませんか?」
と問い返す。ハーロックも台羽も、特に思い当たることはない。
「そうですか。それならそれでいいのですが」
アスターはほっとした様子で応じた。
「実は、アマランス殿下は親子の情さえほとんど知らぬままお育ちになっています。キャクタス陛下はもちろん殿下のことを大切に思っておいででしたが、実際に会われることは年に一度か二度。それ以外の時はアンドロイドが食事を与え、部屋に置かれたおもちゃで一人で遊んでいるという子供時代でした。加えてクーデターで裏切られ、お心に傷が残ってはいないかと気がかりでしたが…。良かった、放浪中とは言え感情を取り戻されて」
言われてみれば、アマランスは滅多に感情を表に出すことはない。出会った当初パンゲア号で自分とヒドランゲアが喧嘩しかけた際、彼女が怒鳴りつけたことはあったが、その時のヒドランゲア以下の表情は明らかに驚愕だった。とは言えハーロックの見るところそう極端に感情を喪失したというふうでもなかったが。
「あと、今回の件です。結果としてアマランス殿下を騙すことになってしまいましたが…」
「騙す? どういう意味だ?」
聞きとがめたハーロックに、アスターは説明を始めた。


 「──な…。そうならそうと、何故もう少し前に言わぬ!?」
アマランスは怒りの表情で詰問した。シビュラが応じて言うには
「全ては殿下のため。無事に第二近衛艦隊の中枢部を引き渡すためです」
「そのような余計な世話は無用だ。そもそも第二近衛艦隊と言えばラフレシア麾下の攻撃艦隊中最強を誇る、ラフレシアの代理のような艦隊のはず。そんな艦隊が裏切って自分の側についたとて、スパイが紛れ込んでいるやも知れぬではないか」
「その更に前には、殿下の艦隊でございました」
その言葉に驚いたのは、むしろミーメだった。
「アマランスさん、そうならそうと…」
言われた側は平然と彼女を一瞥して
「昔の話です。今は完全に敵味方、違うか?」
「ですから、我々は本来の主人である殿下の下へ帰ろうと思ったのです。あなたは今でも、マゾーンの公式記録では死んだことになっています。ですから我々も、ラフレシアにやむを得ず仕えました。生きていると判明した今、彼女に敢えて仕える必要はないんです」
説明の筋は通っている。アスターの計画でラフレシアを裏切り、第二近衛艦隊の主力をアマランスに引き渡すためにこの芝居を打ったというのだ。
「──フィメールを殺してまで、か」
「提督閣下は承知の上でした。我々が疑われることなくマゾーンの本艦隊から離脱するには、艦隊の一部を逃亡させてそれを追う形を取るしかないと」
アマランスは目を丸くし、次いで胸を押さえた。
「──自分の家族が殺される目にあってまで、か」
苦しげに呟く。恐らく今頃はアスターや逃亡した兵士の家族は皆殺し、事が発覚すれば目の前にいるシビュラや生き残った第二近衛艦隊の兵士はもちろん、フィメールの家族とて無事では済まない。そうまでして彼らは自分を追ってきたのだ。
「どうか我々の罪をお許し下さい。我らは、殿下のために命を懸けるつもりでございます」
複雑な思いを押し隠して、マゾーンの王女は毅然と
「許すも許さぬも、お前たちに罪はない。罪は…ラフレシアにある」
《私にも、だな》
アマランスは内心、そう呟いた。

 部屋を出た途端、アマランスは壁に倒れ込むように寄りかかった。
「──ミーメさん…」
彼女は黙っている。構わずに続けて
「この戦争は…最後に何が残るんでしょうかね」
自分を慕う者があれだけいた、それ自体は多分喜ぶべき事だろう。だが彼らは自分の家族を捨ててまでこちらに来た。
 心は、本来そう強くない。まして家族が殺されると思われれば、躊躇う者がいるのが普通だ。なのに一個艦隊丸ごと以上の数のマゾーンが、この計画に家族の死を覚悟で関係した。或いはそもそも、彼女の方が身分的に上だからと言う理由で彼らはこちらについたのかも知れず、単純に喜べる事態ではない。
 彼らは家族を思う心さえ、失ってしまったのだろうか? それともフィメールがこの計画を教えずに戦わせたのだろうか? 反対する者はいなかったのか?
「仕方がない事よ、アマランスさん」
と、ミーメは口を開いた。相手の言いたいことは推測がついている。
「誰もあなたを責められない。あなたはただ、自分の正しさを語っただけ。誰にも強制はしてないわ。その後は彼らが自分の責任でやったこと」
「分かってます、それは。ただ…マゾーンはもう、手遅れかも知れない…」
心を失い、上司に従うだけのマゾーンに、未来はない。仮に自分がラフレシアに勝ったとしても、残るのは心を失った機械のような同族だ。そして失われた心は、多分二度と戻らない。放浪中に、そうなってしまった種族を彼女は見て知っている。
「地球人のように退廃してしまった方が、今のマゾーンより遙かにましです。このままマゾーンが進めば、いずれ自らを…」
息をついた。理想のためとは言え、同族と殺し合いをする辛さは誰にも分かるまい。それも本来、自分が王として治めるべき者とだ。
 普通なら、追ってきたシビュラや自らの命を犠牲にしたフィメール、計画を立てたアスターなどは忠臣として評価するだろう。だがアマランスはそうは思えなかった。その深層にあるものが見えていたから。
「いずれにせよ、ラフレシアは倒します。マゾーンの…失われた心のためにも」
呟いて、アマランスは再び立ち上がった。

 

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