宇宙海賊キャプテン・ハーロック

第2部 アマランス…流転の王女 6

6. 前哨戦

 「さて、シェルピスをどう倒すかだが」
宇宙に出たばかりのアルカディア号の艦橋で、ハーロックとアマランスは話し合っていた。他のマゾーン艦も全て宇宙に出ており、シビュラの指揮下で統一した行動が取れるよう再編中だ。
「コンピュータが言うには、エンジン部が弱点らしい。そこを攻める」
「そうですね。しかし艦隊としての行動は…」
「アルカディア号を囮にして、シビュラたちが敵艦隊の仰角方面にいるようにする。攻撃の主体はあくまでも改造されたマゾーン艦隊だ」
アマランスは大丈夫なのかという表情をした。アルカディア号の戦闘能力は充分承知しているが、相手は五百もの大艦隊である。
「お前が無茶しなければ大丈夫だ。大事なのは緒戦でこっちの攻撃力を出来るだけ高く評価させ、ラフレシアを早い段階で戦場の最前線に出させることだ。ラフレシアが出たら直接乗り込んで決着をつける」
「もしそうなったら、私も行きます」
アマランスはそう応じた。ラフレシアとの決闘は目の前の男がやることになるかも知れないが、少なくともそれを見届ける義務が自分にはある。
「分かった。お前も来い」
ハーロックもそれは分かっている。応諾して、細部の詰めに入った。

 「アマランス殿下、出撃準備整いました!」
シビュラの乗るラビテ号から通信が入る。艦隊編成の都合上、名目的にアマランスがアルカディア号やパンゲア号も含めた全体の指揮を取ることになっていた。
「そうか。では手筈通り行動せよ。──全艦隊、出撃せよ!」
「アルカディア号、発進!!」
アマランスの声の語尾に、ハーロックの声が重なった。

 予定通り、艦隊の方は離れていく。小惑星帯に紛れる作戦だ。
「あと二時間で、敵艦隊と本艦が射程距離に入ります」
「で、最終的な敵艦隊の数は?」
ハーロックが問う。有紀が答えて言うには
「こちらに向かっているのは約五百ですけど、それ以外に別の指揮官による艦隊が動いているようです。スクリーンに投影すると……」
赤い光がアルカディア号で、緑がシビュラ率いる味方のマゾーン艦隊。青がパンゲア号で、黄色が敵艦隊と識別されている。緑が小惑星帯の下部に固まり、その外側の宇宙で赤が点滅しながら進んでいく。進行方向には無数の黄色の光があり、こちらに接近してきていた。青は同じ星系の反対側から近づいてくるのだが、あと五時間ほどかかる模様でどうやら開戦には間に合いそうにない。その更に外、画面の隅に見える程度だが急速に近づいてくる黄色の光があった。進行方向には青がある。
「パンゲア号を襲撃予定のマゾーン艦隊の数は?」
「約六十隻ほど…。あと、ステルス性の強いのが一隻、別方向からパンゲア号の方へと向かっています。例の未確認の船だと思われますが…」
「──当てにしない方が良さそうだな。まあいい、こっちはこっちで倒すさ」
と、ハーロックは言った。比較的平然としている彼の横で、アマランスは不安と緊張の入り混じった顔をしている。それを見て
「アマランス、放浪中に戦った経験は?」
「海賊に襲われたり、現地の紛争に巻き込まれたりで小規模戦闘の経験はあります。ただ、こういう大規模な艦隊戦の経験は…」
「分かった。始まる前に、一つだけ言っておく」
そう言って、目の前の少女の瞳を見つめる。
「あれだけの数の艦隊だ。いくら改造なり修理なりをしたからと言って、こちらも無傷では済むまい。誰かが死んでもいちいち慌てたり、当初の作戦を変更したりするな。その程度の度胸もなしに、ラフレシアに勝てると思うな」
「──分かってます。心配しないで下さい」
アマランスは応じた。フィメールの死とアスターの宇宙病の関係で、彼女が精神的に不安定なのを気にかけているのだろう。
「大丈夫ですよ、覚悟は出来てますから」
取りあえずいつもの表情に戻したアマランスを、ミーメが物言いたげに見やっていた。

 「妙ですね、シェルピス閣下」
と、副官のヘストが言った。シェルピス、ヘスト以下の兵士は共にジョジベル同様顔をマスクで覆い、口しか見えない。
「フィメール閣下を殺害したシビュラの艦隊が、どこにも見当たりません」
「ふむ…確かにな。修理せねばならぬ艦が少なからずあったにせよ、全く見当たらぬというのは不審だ。小惑星帯に潜んでおるにしては、あの地球人どもの船が離れすぎているし…」
このメソポタミア星系の惑星チグリスは、第七まである惑星のうち第二惑星に当たる。小惑星帯は第三と第四の惑星の間にあり、アルカディア号は第五惑星の軌道上にいた。艦隊がいるのはほぼ第七惑星の軌道上だ。
「まあ良かろう。アマランス殿下を名乗る不逞の輩は、あの地球人どもと共にいる。一隻しかおらぬのならこちらにとっても好都合、宇宙の塵と化させてくれる」
そう言って、シェルピスは舌なめずりをするような表情で笑った。

 「敵艦隊が本艦の射程距離に入るまで、あと一分!」
有紀が、さすがに緊張した面もちで報告する。
「アマランス、開戦指令はお前が出せ」
いきなりハーロックが、傍らのマゾーンの王女に言った。
「いいんですか?」
「お前が総司令官だろう。シビュラやアスターやヒドランゲアにも指令するんだ」
「分かりました」
そういうことなら否やはない。有紀の報告を聞きつつ、アマランスは手を握りしめた。
「射程距離、入りました!」
「攻撃開始!」
彼女の声と共に、アルカディア号の主砲が火を噴いた。
 第一撃で先頭の五隻ほどをまとめて消し飛ばすと、アルカディア号は素早く後退を始めた。敵の先頭は駆逐艦だけに射程距離は短く、アルカディア号が射程距離ぎりぎりで攻撃すれば反撃はほぼ不可能だ。シェルピスも奇妙に思ったのか、減速させる。
「女王からのお話では、あの地球人どもは逃げるような男ではないということだったが…」
「我らの数の多さに驚いたのやもしれません。何にしてもあの主砲はかなり強力です。我らも先頭に強力な艦を置くべきかと存じます」
参謀がそう発言する。ふむ、とシェルピスが頷いたところに
「地球人どもの船が、引き返してきます!!」
報告が入り、何だとと目を剥く。そこに更に
「敵艦発砲! 第十五艦隊・第一分艦隊旗艦消滅!」
「おのれ、小賢しい真似を!!!」
シェルピスは怒号した。と、敵はまた後退を始める。
「なるほど、敵は己の艦の射程距離が長いのを利用して我らの力を少しずつ削り取る作戦のようですな。ならば敵が後退したら我らも減速し、引き返してくると同時に加速して一気に我らの射程距離内にまで接近しましょう」
先ほどの参謀がそう言った。シェルピスはニヤリと笑って同意し、減速を指示した。

 「敵艦隊、減速!」
「敵もさすがだな。一回の戦闘でこちらの作戦を見抜いたか」
ハーロックは不敵な笑みを刻んで言った。優れた敵と戦うのは、個人的には気分がいい。
「よし、主砲の出力を上げろ。ここから吹き飛ばしてやる」
言った後、チラリとアマランスを見やった。何も言わずにスクリーンを見上げている。
 出力を上げれば、射程距離も伸びる。もともと物理学的な抵抗のない宇宙空間には射程距離などないに等しいのだが、この空域のように前の戦闘が行われてからそう時間のない頃だと、宇宙船が爆発した時に出た気体や細かい粒子があちこちに漂い、全く無抵抗という事もなくなる。更に余りにも距離があると、砲撃が到達する前に敵艦が逃げることもある。それらを換算して、擬似的に射程距離を弾き出すのだ。
「出力六割! 発射準備完了!」
「撃てっ!!」
ハーロックの命令で、主砲が斉射される。程なくスクリーン上の一点で、爆発光が見えた。
 「何だと!? あんな遠方から!!?」
シェルピスはまたしても目を剥いた。こちらの射程距離の一・五倍はある遠方からの砲撃が、実際に最前線の艦を何隻も消し飛ばし、爆発させているのだ。
「おのれ、図に乗りおって…!」
歯ぎしりのような音が、シェルピスの口から聞こえる。程なく大声で
「全艦隊、全速前進!! あの地球人どもの船を、叩きつぶせ!!!」
机を叩きつけながら、そう命令した。

 「──大丈夫ですか、ハーロック」
と、反転しての全速前進を指示した相手にアマランスが訊いた。苦笑して応じる。
「お前は二言目にはそれだな。心配するな、さっき撃ったとき計算済みだ」
そうですか、と短く応じて彼女は再びスクリーンを見上げた。そろそろ第五惑星の周回軌道に戻る頃だ。敵との距離が少しずつ短くなってきているが、確かにぎりぎりで敵艦隊の中央部がシビュラ艦隊の射程距離に入るまでに追いつかれることはなさそうだ。そこに
「パンゲア号がマゾーン別動艦隊と交戦開始! ステルス船、別動艦隊及びパンゲア号との射程距離まであと二時間!」
「そのステルス船、大まかな船影だけでもわからんか?」
ハーロックは報告した有紀に訊いた。
「さあ…一応投影はしてみますが、周囲の輪郭がぼやけてしまうと思いますよ」
この時代、ステルス装甲は主に『敵に具体的な装備を悟られない』ために使われていた。輪郭がぼやけるということは、それだけ重厚なステルス装甲をしているということだ。
「これです。──大昔の飛行船のような形の船ですね」
周囲の輪郭がぼやけ、色も出ないので具体的な装備は分からない。それでも上が横に長い楕円形で、下に小さい何かがついているという構造は千年以上前の飛行船に似ていた。
「──この距離で二時間と言うことは、かなり高速な船…。アルカディア号やパンゲア号と同程度の…。しかも明らかにマゾーンではない…」
アマランスが呟いた。彼女の知る限り、マゾーンにあの型の船はない。
「マゾーンに滅ぼされたか、植民地になったかの星の住民の船か…? それにしても…」
長い放浪の間にも見たことがない。珍しい型の船であることは間違いなかった。
「後でヒドランゲアに訊けば分かる。それよりマゾーン艦隊だ」
ハーロックの一言で我に返ったアマランスは、すぐに表情を戻した。シェルピス率いる艦隊との距離が徐々に詰まってきている。
「このペースの詰まり方なら大丈夫だろう。あと一時間、リラックスしてていいぞ」
「──はあ」
仮にも戦闘中なんですけど、と思いつつアマランスは応じた。その場を動かずにスクリーンを見上げる彼女に対し、言った本人は舵の後ろにある椅子に腰を下ろして、さっき見せた不敵な笑みを浮かべている。
「おい、アマランス。総司令官なんだから、もう少し堂々と構えてろ」
「──すみません」
さっきから何度も大丈夫かと訊いたので、気分を害したかと思ったのだ。相手は苦笑して
「別に謝るような事じゃない。ただ、その心配性はやめて前にマゾーンの前で演説した時の調子でいろ。あれくらいで丁度いい」
特に、これから本格的に決戦に入るという時にはなとハーロックは付け加え、目を閉じた。そこに音もなくお盆を持ったミーメが現れる。
「水でも飲む? アマランスさん」
「──はい」
と言ってコップを取ると、隣から軽いアルコールの匂いがした。思わず顔をしかめると
「ミーメはね、アルコールを主食にする星の住民なの。気にしないで」
自分も水を取りに来た有紀が言った。今度は軽く驚いた表情をする。どれだけ飲んでも数時間後には平気な顔、というのはそういう理由からか。
「コップ一杯程度なら、軽いおやつよ。貴方みたいにはならないから」
アマランスは黙ってコップに口を付けた。そして動かないハーロックを見やる。

 一方、ヒドランゲアは激戦を展開していた。六十隻もの艦隊を相手にするとあっては、さしものパンゲア号も無傷では済まない。
「左舷第一装甲板、損傷! エネルギー配線の一部に影響が出ます!」
「主砲発射準備完了!」
「鎌わん、撃てっ!!!」
ヒドランゲアの号令で、パンゲア号の主砲が火を噴いた。衝撃砲の直撃で先頭の駆逐艦級はあっけなく消し飛び、奥の巡洋艦級にまで到達して爆発させる。更に衝撃砲の余波は周囲の艦も爆発・大破させ、軽く十隻は戦闘不能に追い込むのだ。
「よし、全速前進して中央突破だ!!」
地球人の人質になった主君を取り戻すため、意地にかけてもこの程度の艦隊は全滅させねばならない。ヒドランゲアはそう指示した。
 「敵艦接近! 主砲を斉射しながら進んできます!」
「戦艦ミゾーリ、撃沈されました!」
「持ちこたえろ! あと数時間でもう数十隻の援軍が来る!!」
一方、劣勢に立たされたマゾーン艦隊の司令官がそう言った。嘘ではない。三十隻ほどの艦隊が、こちらに来て挟み撃ちをすることになっている。
「あ、あの…。閣下…。何やら正体不明の船から、通信が…」
と、そこに。スクリーンに強制的に投影された画像がある。
「な、何だこの傷持ちの女は!?」
「私はエメラルダス。マゾーン艦隊司令官、貴方の待っている艦隊は私が全滅させました」
「何だと!?」
司令官は驚愕の口調でそう言った。エメラルダスと名乗ったその女は、右目の下から左頬にかけて一直線に傷跡がある。額には髑髏をかたどった髪飾り。
「額のその印は…。そうか、貴様も例の地球人どもの一味か!!」
明らかに、敵意を帯びた表情になる。エメラルダスは
「一味ではない。友人だ。──それに、私がこの空域に来ようとしたのを、航路が交わるわけでもないのにあの艦隊は妨害した。だから倒したまでのこと」
「いずれにしても同じことだ。裏切り者を倒したら貴様も必ず倒す!」
エメラルダスは視線をチラリと他に向けた。が、すぐに戻し
「倒せたら、の話だが」
そして通信は、またしても一方的に切れた。うぬぬ、と歯ぎしりをするマゾーン司令官に、部下の悲鳴が届いた。
「敵艦主砲、本艦に急速接近中!!!」
「なにいっ!!?」
スクリーンが白い光で覆われ、それが実際に熱を伴うまで一瞬しかかからなかった。
 「さて、愚か者は放っておいて、ハーロックたちに再会だ」
クイーン・エメラルダス号の艦橋で、スクリーンを見ながら船の主人であるエメラルダスは呟いた。そこに通信が入る。
「あの船の主人からか。会ってみよう」

 アマランスがヒドランゲアから通信を受けたのは、時間的に言えばパンゲア号によるマゾーン艦隊の撃滅から数分後である。マゾーン艦隊を撃滅したとの報告後、
「あと、何やらハーロックの友人と名乗るエメラルダスとか言う女が、自分の船でそちらに向かいました。ハーロックに事情を確認したが宜しいかと存じます」
「エメラルダス?」
ハーロックの表情が、明らかに変わっている。初めの驚愕から、次第に苦笑じみた表情へ。そこに台羽が、妙な顔で紙を持ってきた。
「コンピューターから通信が入ってますよ。『イヤア、スマンスマン。チョット驚カセテヤロウト思ッタモノデナ。エメラルダスガ予想外ニ短気ダッタンダ』って」
こう謝罪されてしまっては、ハーロックとしても怒るに怒れない。
「お知り合いですか」
アマランスの声は、質問というより確認である。相手は苦笑したまま頷いた。ミーメが
「ハーロックの親友の、恋人だった女性よ。──クイーン・エメラルダス号っていう船、名前くらいは聞いたことあるでしょう」
アマランスは一瞬記憶を辿り、頷いた。
「──ええ、名前だけは。この船に匹敵する能力を持った船として」
「それが、彼女の船なのよ。女海賊エメラルダス──」
聞いた側は、一瞬目を丸くした。宇宙を駆ける最強の、二つの船。それぞれ名前は聞いていたが、そういう関係にあるとは知らなかった。ハーロックにそっと視線を向けると
「まあいい。取りあえずこれでステルス船も正常に映るだろう」
スクリーンには、新たに紫の光が点滅していた。そこに新たに通信が入る。
「あのステルス船からの通信です。受信しますか?」
「ああ。頼む」
エメラルダスなら話は早い。ハーロックは頷いた。

 「どうしてここに?」
「トカーガ星の滅亡を聞いたわ。あの勇敢な住民のいた星が、なぜ跡形もなく消え去ってしまったのか。それを調べていたら、マゾーンに突き当たってね」
軽く挨拶した後、早速話し合いに入る。エメラルダスはここに来た事情を説明した。
「仇討ちというわけでもないが、彼らの手口が気に入らない。トカーガ人を病に冒し、弱体化したところを襲って自らの手を汚さずに植民地化した手口」
謀略によって騙したなら、騙される方も悪いとして許容できよう。だがトカーガ人に対してマゾーンがやったのはほとんどテロだ。卑怯な行為を許せないエメラルダスは、トカーガ人の無念を晴らすためにマゾーンと戦う意志を固めたのだという。
「そのマゾーンが地球にも来ている。マゾーン本星がダークイーンによって滅ぼされ、女王ラフレシアによる侵略の対象になっている」
「いずれにしても、倒さねばならない敵のようね」
凄絶な笑みとは、この時のエメラルダスの笑みのことを指すのだろう。とにかくそう言って笑うと、ふとアマランスに視線を向ける。
「貴方が、ヒドランゲアの言っていた──」
「アマランスです。お噂は伺っています」
堂々と名乗り、軽く一礼してのけた。エメラルダスは微笑して
「今聞いたような事情で、私も参戦するわ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
意外な話しぶりに、アマランスは型通りの応答しか出来ない。女海賊エメラルダスとはもっと冷たい女性で、笑顔もほとんど見せない魔女のように言われてきたのだ。別に怖くはなかったが、違う意味で衝撃である。
 あと数人の知り合いに声をかけ、エメラルダスは通信を切った。
「エメラルダスが来るのが四時間後か。シェルピス艦隊との戦闘の最終段階に、間に合うかどうかだな。こちらはこちらでやるさ」
もともとエメラルダス抜きで立てた作戦である。最終段階で予備兵力的に参加して貰うか、とハーロックは呟いた。
 そうこうしている間に、アルカディア号は小惑星帯の真下を通過している。シェルピス率いる艦隊も第四惑星の軌道内に入った。もうすぐだ。
「シビュラ艦隊の射程距離に敵艦隊が侵入するまで、あと三十分!」
有紀が報告する。アマランスの顔が、緊張の度合いを僅かに強めた。ハーロックはスクリーンを見つめて、腕を組んだまま呟く。
「まだ第二波が来る様子はないな」
実を言うと、ハーロックやアマランスが最も恐れていたのは敵の波状攻撃である。数において圧倒的に勝るラフレシアが、間断なく旗下の艦隊を投入してじりじりとこちらの数を減らしていく。この戦術を採られては、いかに個々の戦闘能力が高くても勝ち目がないのだ。
「第二波以降は波状攻撃もあり得るかもしれませんが、取りあえずシェルピス艦隊に限っては大丈夫なようですね」
「どうやらそうらしいな」
パンゲア号襲撃用も含めれば、全部で約六百隻もの艦艇を投入しているのだ。常識的に言えば圧勝できる数である。おまけに主たる艦隊の司令官はシェルピスだ。
「猛将は、攻め手には強いが守り手には弱い。最初にこっちから攻め込んでやるさ」
平然たるハーロックの表情を、アマランスは羨望のまなざしで見やっていた。

 「女王! パンゲア号を襲った艦隊が全滅しました!!」
「何だと!?」
ラフレシアは、驚きを隠しきれなかった。地球人どもの乗るアルカディア号ならともかく、同じマゾーンの科学技術で作ってあるはずのパンゲア号に負けたのだ。
「或いは、放浪中に新しい技術でも組み込んだのでしょうか?」
「いや、大規模な改造の形跡はない。現にこちらの攻撃で被害を被ってもいる」
ある程度改良はしているようだが、とラフレシアは玉に映るパンゲア号を見ていた。となると、なぜ攻撃力にこうも差が出るのか? その理由があるはずだった。
「──……」
ラフレシアが自分の記憶をいくら探ってみても、答えはない。無理もなかった。衝撃砲の試演習は、情報さえラフレシアには流れてこなかったのだから。

 アマランスはスクリーンを見つめていた。ハーロックが立ち上がり、舵を握る。あと数分でシビュラの率いる艦隊は敵艦隊を射程距離内に収めるのだ。
「あと二分で、敵艦隊が射程距離内に入ります!!」
「クイーン・エメラルダス号到着まで、あと四時間!」
「本艦、二十パーセント減速! 再反転の準備に入れ!!!」
報告と指示が飛び交う。ヤッタランもいつの間にか艦橋に来ていた。
「アマランスさん、覚悟はいい?」
ミーメが傍にやってきて訊いた。アマランスは視線だけそちらに向けて
「ええ。何が起きても大丈夫です」
顔も比較的落ち着いている。ミーメはそのままその場に立っていた。そこにあと一分という報告が入り、再びアマランスを見る。拳をやや握っていたが、顔に格段の変化はない。
 何か気にかかる、とミーメは思っていた。この少女は、何か自分たちに隠し事をしているのではないか。敵味方の誰にも告げずに、一人でとんでもない決意を固めているのではないか。中身によっては止めねばならないが、ミーメの読心術をもってしても今の彼女の心の奥底は読めない。この戦いが終わった後、アマランスはどうするつもりなのか。
 そう思ってミーメがアマランスを見ている間にも、刻一刻と事態は進行している。ついにシェルピス艦隊の先頭部が、シビュラ艦隊の射程距離内に入った。
「シビュラ艦隊から、エネルギー反応! シェルピス艦隊先頭部の中央を直撃します!!」
「アルカディア号、再反転して全速前進!! シビュラ艦隊の集中砲火を逃れた敵艦艇を狙い撃て!!! 一機も撃ち漏らすな!!!」
言いつつ、ハーロックは舵を切った。船が大きく旋回し、戦場へと直進する。

 「な、何だあれは!?」
スクリーンに映る前方の光景に、シェルピスは思わず立ち上がった。
 一度に百近くもの雷が、一点に向けて一直線に降り立ったような光景である。と思うと次の瞬間、凄まじい爆発が襲った。前方にいるオペレーターたちが悲鳴を上げる。
「第十五・十四艦隊旗艦と、連絡が取れません!」
「旗下の分艦隊旗艦とも、連絡が取れません!! 辛うじて個々の艦艇の長から連絡が…」
「第十三艦隊第二分艦隊、旗艦が大破した模様! 前方の艦隊はほぼ全滅、第十三艦隊そのものも過半数が消滅したと言っています!!!」
「被害の報告は後だ! 攻撃源を特定し、大至急報告せよ!!」
恐慌に陥りそうな気配を察し、ヘストがそう指示した。シェルピスは呆然としている。一瞬で全体の三分の一強もの艦艇が消滅したのだ。ただの一撃で。
 「──あれが、衝撃砲か…?」
一方、同じ光景を見たハーロックたちも呆然としていた。衝撃砲の一点への集中砲火が、まさかこうまで恐ろしい効果を生むとは。中枢大コンピュータでさえ、この結果は予想外だったらしく沈黙している。結果としてアルカディア号の射程距離内の敵は、ほぼ消滅もしくは戦闘不能に陥っていた。
「ご覧になりましたか、殿下?」
と、そこにアスターの声がした。弱っているがはっきりした声で
「あれが、衝撃砲の普及を私が拒んだ理由です。単独でも攻撃力は凄まじいですが、集中砲火となると相乗効果を生み、ああいう事態になってしまうのです」
「──分かった。約束は必ず守り通す」
答える声が乾いている。言った後、思わず唾を飲み込んだ。
「それを聞いて、安堵いたしました」
ふわっと笑ったように感じたが、アスターからの通信はそれで切れた。
 「──アマランス。お前も聞いてなかったらしいな」
と、直後にハーロックは彼女を見やって言った。一応の平衡は取り戻したようだ。
「ええ。それ以前に、あんなことを実際に出来るはずもないですし」
やれば絶対にラフレシアが感づいたはずだ。
「となると、アスターだけか。知っていたのは」
もし彼にその気があれば、早い時期にラフレシアをガミラス号ごと消し去ることも可能だったわけだ。だが彼はそれをせず、アマランスが現れるまでひたすら待っていた。現れなければ自分の死と共にこの技術をも葬るつもりだったに違いない。
「ラフレシアを倒しても、こんな強力な兵器があると知れば次の支配者が本気で戦争を始めるでしょう。アスターはそれも分かっていたから…」
スクリーンに映る残骸を見やって、アマランスはため息をついた。そこにシビュラからの通信が入る。スクリーンの一部に投影された。
「アマランス殿下、これからいかが致しましょうか」
予想外の戦果に、彼自身も驚いているらしい。問われた側は一息ついて
「──どうするもこうするもない。幸い敵も放心状態にあるようだ。今のうちに叩いて全滅させるしかなかろう」
分かりましたと応じて、シビュラは通信を切った。ハーロックが続けて言う。
「アルカディア号、引き続き全速前進! 艦隊後方に回り込み、退路を断て!!!」
下手に戦場に行くと、集中砲火の余波を食らいかねない。ハーロックはそう指示した。既にシビュラ率いる艦隊は動き始めている。

 「攻撃源、判明しました! 小惑星帯に隠れていた裏切り者の艦隊です!!!」
「すでにその艦隊は移動を始め、こちらに接近しつつあります!」
シェルピスの方では、ようやく報告が入っていた。やっと正気を取り戻した彼は、怒りに震えて迎撃を指示する。
「迎撃させつつ敵艦の背後に回り込め! 全速前進!!」
だが既にその時、シビュラ側は次の目標に照準を合わせていた。
 「目標、敵の艦隊総旗艦! 撃て!!!」
ラビテ号の艦橋で、シビュラが指令する。第一撃で余りにも多くの艦艇がやられたせいか、敵はせいぜい一隻ごとの攻撃しか出来ないのだ。シビュラ自身正気になるまで少々時間が必要なほど衝撃だったのだが、アスターの助言でアマランスの指示を仰ぎ、それに従って行動することになった。彼女がシェルピス艦隊を全滅させるつもりなら、躊躇う理由はない。
 全艦隊中最も巨大な船に向けて、シビュラ艦隊が集中砲火する。命中した途端、凄まじい爆発が再び発生した。艦橋のシェルピスたちは、何が起きたのかさえ理解出来ずに宇宙の藻屑となった。

 「女王! シェルピス閣下との連絡が、取れなくなりました!」
またしてもの報告に、ラフレシアは目を剥いた。いくら逃げたマゾーン艦隊が加わったとは言え、六倍もの兵力差を逆転して勝利するなど常識的に不可能だ。
「連絡が取れるうちに送られて参りました映像が…これです」
仰角方面から、稲妻の束とも見える光の束が艦隊の前方に降り注いだ。次の瞬間、降り注いだ一点から凄まじい爆発光が生じ、一帯を覆う。光が消えたときには前方の艦隊もかなりの数が消えていた。そして攻撃のあった方を見ると、つい最近敵に加わったばかりのマゾーン艦隊がある。認識する間もなく画面全体が急速に白い光に覆われ、映像が途切れる。
「うぬぬ…! おのれ、裏切り者めが!!」
ラフレシアは怒り狂った表情で言った。そこに
「裏切りによって滅ぼした者は、裏切りによって滅ぼされる。それだけのこと」
いきなり聞き覚えのある声が入った。裏切りの張本人であり自分の姪である者が、さっきまでシェルピス艦隊からの映像を映していた画面に映っている。
「事が漏れたらどうなるか、分かっているはず。これ以上自分の敵を増やしたくなければ、お前自身が戦場に出てきて我々と戦うことだ」
「貴様に言われずとも、分かっている。こうなったからには全力を尽くして戦い、堂々と決着をつけようぞ」
「いい覚悟だ。忘れるな」
会話はそれだけだった。ラフレシアは旗下の全艦隊に自ら最前線で戦う旨を告げる。

 「どうにか挑発に乗ってくれました。次でラフレシアは出てきます」
「上々だな、アマランス。これで短期決戦に持ち込める」
艦橋に戻ったアマランスが、ハーロックに報告した。そこにエメラルダス、シビュラ、ヒドランゲアがやって来る。事実上の作戦会議だが、アマランスはアスターが急用があると言って呼び出したのでシビュラと入れ替わって外に出ることになった。
《──あの四人、大丈夫だろうか》
小型艇に乗りながら、彼女は考えていた。
 ハーロックとエメラルダスの関係は、無論特に問題ない。問題はマゾーン人と地球人、中でも自分の身柄保護を巡って対立するヒドランゲアとハーロックだった。
 アマランス自身としては、この際自分がどこにいようとどうでもいいのだ。ハーロックは戦いが終わればパンゲア号に帰すと約束したし、あの男は少なくとも約束を破るような男ではないだろう。総司令官が戦闘中にどこにいるかの問題は、軍事的には最も安全な場所はどこかという問題でもある。実際にはこれに政治的な要素が絡むのだが、彼女としては政治論は抜きにして欲しかった。ラフレシアを倒すにはどうすればいいか、だけを考えた布陣でなければならないのだ。そうでなければ勝利はおぼつかない。
「せめて、作戦を決めてからにして欲しい」
初っぱなからもめる事態だけは、何としても避けたい。ラフレシアはいつこちらに着くか、分からないのだから。
 ──問題は、彼らがそれを実行に移すかどうかである。

 ところが、実際問題として見た場合にはアマランスの所在地は作戦の一部なのである。そのため細部に入った途端に揉めだした。
「アマランス殿下がガミラス号に御自ら乗り込む!?」
「ああ。本人はそのつもりで、こっちも基本的に了解している」
ヒドランゲアは信じられないといった表情である。いくら冠による防護膜で銃などによる攻撃を跳ね返せるとしても、外部の砲撃に巻き込まれる可能性もある。危険すぎるのだ。
「──ラフレシアと直接決着をおつけになりたいという気持ちは、分からぬでもないが…。護衛を最低十人、いや二十人はつけたい」
シビュラが言った。ハーロックは頷いて
「そうだな。俺自身も行くつもりだが、護衛はそちらで選んでつけてくれ」
「──アマランス殿下がいらっしゃる以上、貴様も行くのは当然としてだ。まさかこの船から出撃するつもりか?」
ヒドランゲアの台詞に、あっさりと応じる。
「ああ、もちろんだ」

 「貴様は、いつまでアマランス殿下を人質扱いするつもりだ!?」
「人質扱いとは人聞きの悪い。確かにあいつと出会った当初はそのつもりもあったが、今はそんなつもりはない。どう考えてもパンゲア号よりアルカディア号の方が他の艦に乗り込むのには向いている、それだけの理由だ」
激昂しかけたヒドランゲアに、ハーロックは冷静に説明した。確かに海賊船として設計されたアルカディア号は他の艦船に乗り移るための設備や装置がそろい、経験も豊富なため多少の困難があってもガミラス号に乗り込むことが出来るだろう。ハーロックがいてこそ使いこなせる設備もあるだろうし、それと悟ってさしものヒドランゲアも反論が出来なくなった。
「──しかし、いずれにしてもガミラス号に乗り移った後は…」
女王の近衛隊が待ち構えているはずだ。恐らくガミラス号の乗務員のほぼ全てが何らかの直接的闘争術を身につけているだろうし、広い艦内の一室に閉じこめられて自爆でもやられては護衛も防護膜も役に立たない。
「そんなに心配なら、私も同行しましょうか」
エメラルダスが唐突にそう発言した。どうもハーロックは過去にヒドランゲアと喧嘩したらしく、両者の不信感は抜き差しならぬものがあるようだ。
「クイーン・エメラルダス号は、私がいなくても私の心のままに動く船。船の操縦面での心配はいりません。もし私がついていてアマランスさんの身に何かあれば、遠慮なく私の命を奪ってもらって構いません」
「──つまり、交換条件というわけか」
ヒドランゲアは応じた。数秒考え込み、頷く。
「分かった。その言葉、必ず守ってもらうぞ」
 会議終了後、艦橋に残ったエメラルダスにハーロックが声をかける。
「エメラルダス──」
「アマランスさんが気に入ったのよ。それだけ」
微笑して言い、再びスクリーンに視線を向ける。ハーロックも舵に戻った。

 

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