宇宙海賊キャプテン・ハーロック

第2部 アマランス…流転の王女 7

7. 先制

 その頃、アマランスはアスターに対面していた。数日の命と言われた割に、持ち直してきているのか比較的調子がいいようだ。
「アスター、何か用か?」
「ガミラス号に突入する時には、くれぐれもご注意なさって下さい。あの船は、貴方が乗っていた頃のガミラス号ではございません。艦隊戦よりも突入してからラフレシア様に辿り着くまでが大変でしょう」
「だろうな。──まあ私は冠があるから大丈夫だろうが」
「いいえ、そうでもございません。特に装甲の薄い下部の階には、その階全体を爆破する装置があります。中部から上部にかけては全方向に発射可能な砲門が備え付けられておりますので、恐らく侵入は下部からになるでしょう。ご注意なさって下さい」
「そうか。──それにしても、本来の衝撃砲があれほどまで凄まじいとはな」
数時間前に見た光景は、アマランスの脳裏に焼き付いている。
「試演習の時はまだ未完成でした。完成させた直後にダークイーンが倒れ、衝撃砲は存在理由を失ったのです。それで改良の方は止めましたが、装備の方はどうしようもなく」
「プログラムで攻撃力を下げざるを得なかったと。──苦労をかけたな」
彼女はそう言った。アスターは微笑して応じる。
「──殿下、この戦いが済んだらいかがなさるおつもりですか」
いきなり話題を変えられ、アマランスは少々詰まった。相手は続けて
「戦いの後は好きなようにさせて貰う、と殿下は仰いました。それ自体に異議はございませんが、基本的にはハーロックと約束した通りになさるのでしょう?」
「──ああ、そのつもりだが」
アマランスは応じる。私は約束を違えたりはしないと。
「では、未開の星を探して移住するおつもりですね」
頷いた彼女に、アスターは傍の机においてあった一枚の記憶装置を渡す。
「これは、マゾーンの居住に適し、なおかつ文明もさほど発達していない惑星を集めたデータ集です。移住の際の参考に、お渡しいたしておきます」
「そうか、すまんな。世話をかける」
「いえいえ、この程度は臣下として当然のことです。──会議の方は、どうなっているでしょうね。上手く行っていればいいですが…」
「ヒドランゲアとハーロックか」
呟くように言った後、ため息が漏れる。不仲が原因で作戦行動に支障を来すほどバカな二人ではないが、アマランスとしては顔を合わせるたびに喧嘩されると神経的に参るのだ。
「殿下は、ハーロックのことをいかがお考えですか」
またアスターは唐突に話題を変える。アマランスは少し考え、ゆっくりと答えた。
「──尊敬できる男だと思う。誇り高く、信義に厚く、思いやりもある。──実を言うと、あの男が私をこうまで気にかけてくれるとは思わなかった」
人質のつもりで、それ相応の待遇しか受けられないことを覚悟の上で、彼女はアルカディア号に乗ったのだ。それが今では、完全になじんでしまった。主君を無法者に取られたことに憤慨しているヒドランゲアの心理も分かるが、王になる前にハーロックたちと会っていて良かったと、彼女は皮肉ではなく思っている。
「多分、上手く行ってもラフレシアとの決戦後には別れることになるだろうが」
アマランスは、軽く息をついて言った。
「ヒドランゲア辺りが聞いたら怒るだろうが、本当はもう少し長い間共に旅をしていたい。まだあの男から学ばねばならぬ事がありそうな気がする」
「──そうですか」
アスターは何かを悟ったような表情で頷いた。
「ハーロックくらいの戦場経験を積んでいれば、私もジタバタせずに済むのだが」
それを知ってか知らずか、アマランスは呟くようにそう言った。

 「多分、次に私が殿下とお会いできるのはどんなに上手く行っても決戦後でしょう。──どうやらアルカディア号に残留なさることで決着がついたようですが…」
別れ際のアスターの言葉に、アマランスは表情を変えた。
「エメラルダスとか言う女性が、殿下に何かあれば私の命を奪って構わないと申し出て、それでヒドランゲアも納得したそうです」
「──それで済むような問題ではないだろう。よく納得したな」
彼女はやや不愉快だった。総司令官がどこにいるかという問題は、交換条件で済むような話ではないはずだ。アスターが苦笑する。
「殿下がガミラス号に御自ら乗り込むと、ハーロックに仰ったのでしょう。そのためにはどの船が最も適しているかという問題から始まったのですよ。アルカディア号なら元来が海賊船ですから、パンゲア号よりは設備・経験ともにありますし」
「確かにそうは言ったが…。パンゲア号とてそういう事は何度かあったぞ」
「要は、安全性の問題ですよ。皆、殿下のご安全を第一に考えているのです。殿下に万一のことがあってはならないと」
アマランスは複雑な表情でアスターを見やった。その瞳を見据えて
「いいですか。殿下は何があろうと最後まで生き延びなければなりません。そうでなければハーロックの尽力もフィメールの死も、全てが無駄になってしまいます。くれぐれも、早まったことをなさいませぬよう」
彼女は頷いたが、口に出しては何も言わなかった。

 アルカディア号に戻ってきたアマランスを迎えたのは、マゾーンの特殊部隊だった。百名ほどが滑走路の傍で並んでいる。
「──何なんですか、これは」
いきなり最敬礼をされ、驚いた表情でハーロックに訊く。
「お前がガミラス号に乗り込むときの護衛部隊だ。確かにアルカディア号の乗組員だけで乗り込んでもラフレシアに辿り着けるか分からんからな、認めた」
なるほど、と頷く。そこで思い出したのか、顔色を改めて
「そう言えば、エメラルダスさんは?」
「艦橋にいる。それで、お前の居場所だが…」
「アスターから聞きました」
短く応じた。ハーロックは一瞬軽く驚いたようだが、何も言わずに頷く。
「色々彼女にご迷惑かけます。それで…」
「こっちの都合でやったことだ、気にするな」
ハーロックはそう応じ、背を向けた。アマランスはその後を追う。

 エメラルダスと改めて会い、取りあえずの挨拶を交わす。その後切り出そうとしたアマランスを、エメラルダスは押さえた。
「気にしなくていいのよ。向こうが貴方のことを心配するのは当然だし、私は貴方のことが好きだから」
アマランスは、自分のことを好きと言われたことに少々驚いていた。自分は確かに王女として尽くされるに足る人物であろうとはしてきたが、個人的な好意を寄せられるような人物である必要はなかったし、そうなろうとも思わなかった。エメラルダスのような人物に好意を持たれること自体は、いいことに違いないのだが。
「それに、久しぶりにハーロックやミーメとゆっくり話も出来たし。こっちの事情でやったことなんだから、貴方が必要以上に気にすることはないのよ」
「──はい」
アマランスは、取りあえず頷いた。

 その頃、ガミラス号の会議室では作戦会議が開かれていた。かなり長い間続いているのだが、結論が出ないのだ。原因はただ一つ、シェルピス率いる五百隻もの大艦隊をほとんど一瞬のうちに撃滅した逃亡艦隊の、強化の秘密がはっきりしないことである。
「相手は僅か八十隻。アルカディア号とパンゲア号、更にもう一隻の…エメラルダス号なる船にそれぞれどの程度必要かは問題だが、数で押しつぶせぬとは思えぬ」
「しかし、そうなれば先頭の駆逐艦級は全滅を免れ得ますまい。それを見た味方の中に、不穏な動きがないとは言えませぬ。──いくらアスターが逃亡側にいたとは言え、何故ああまで急激な攻撃力の上昇が起きたのかを探らねばなりませぬ」
いつもそこで議論が止まる。アスターの跡を継いだメタサイドさえ、ことの原因はさっぱり分からない。たった数日では強化するにしても限界がある。どうやらハードウェアの問題ではないらしいが、制御プログラムのどこをどういじったのかもよく分からない。
「かと言ってこのままいつまでも会議を続けていては上層部に何かあったかと疑われ、新たな騒ぎの種にもなりかねぬ。通信兵はシェルピス艦隊の異変に気づいておろうしな」
「──女王。本当に御自ら最前線にいらっしゃるおつもりですか」
と、ローゼは訊いた。女王ラフレシアの副官といった立場の男である。
「ああ。これで出ねば、あのアマランスを名乗る不逞の輩に臆病者呼ばわりされよう。出ると言っておきながら出なかったと。そうでなくともこれは事実上、地球侵略のための決戦になる。その場に私がおらねば、兵士たちの士気に関わる」
そう言って、ラフレシアは居並ぶ提督たちを見回した。
「先頭艦隊は五千隻。司令官はマルグレーテ! これは八十隻の艦隊を押さえる分だ。パンゲア号、アルカディア号、エメラルダス号にはそれぞれ五百隻。それぞれベラ、ジョオン、ヴィラーンが当たれ。私はジョオン艦隊中にいることにする」
この発言に、ベラは反対した。クーデターの指揮をした者である。
「女王、それは余りにも危険すぎます! 確かにジョオンは第一近衛艦隊の司令官ですが、たかが五百隻では万が一のことが起きかねません。せめて千、いいえ千五百隻は必要でしょう。アルカディア号の戦闘能力さえ未知数なのですから!!」
当のジョオンは黙っている。この沈着ぶりが女王ラフレシアの親衛艦隊司令官という地位を与えているのだ。代々軍人の家柄であるという面で、ヒドランゲアと差はない。
「──あの不逞の輩は、恐らくアルカディア号にいる。アルカディア号の戦闘力は確かに凄まじいが、たかが偽者を倒すために千隻以上もの艦隊を投入したとあっては後世に汚名を残すことになろう。それは出来ぬ」
無論、アマランスが本物であることはラフレシアには分かっている。実は彼女は、自分の姪である正統な王位継承者に愚弄されたくないだけなのだ。
 自分にはどうしても届かない、手に入らないものをアマランスは持っている。王としての威厳、風格。どれほど教養や洗練された身のこなしを身につけようと、彼女には自分が絶対に届かない何か、生まれつきのものがある。自分よりアマランスの方が本当は王位に相応しいのではないか──。ラフレシアの心のどこかに、そう考える部分がある。
 勿論、意識としては自分しかマゾーンの女王たりうる者はいないと信じている。だがそれが無意識のうちにぐらつき始め、それに対する反発がアマランスによる自分への非難を聞きたくないという思いとして現れているのだ。
「──では、八百隻ほどでは出来ませんか?」
ローゼが発言した。差し出がましいとは存じますが、と前置きして
「女王のお気持ちはよく分かりますが、ベラ閣下のおっしゃることももっともです。八百ほどなら女王の護衛分に増やした程度ですし、後世の非難も少ないのではないでしょうか」
「私としても、女王がそうして下されば己の敵に集中できて助かりますが」
と、マルグレーテが続けて言った。マゾーン随一の合理主義者である。
「先方も覚悟はしているはずです。であれば余計な遠慮は無用、全力で敵を全滅させるのみと存じますが。後世の歴史など、勝てばいくらでも書き換えが効きます」
「分かっている。だが……」
「──女王。我らはアスターなどとは違います。ご信頼下さい」
ジョオンがそう、呟くように言った。ラフレシアはその瞳を見つめ、軽く息をつく。
「そうだな、裏切り者は去ったはずだ」
頷いて、指示を出し始める。

 「やけに遅いな。前の戦闘からもう四十八時間以上は経ってるぞ」
「会議が長引いているんでしょうね。向こうも必死でしょうから」
一方、アマランスたちはアルカディア号の艦橋で話し合っていた。
「いっそのこと、こちらから攻め込む手もなくはないが。迎撃だけだと面白くない」
本来海賊のハーロックには、やはり受け身の姿勢は気性に合わないらしい。
「攻め込むと言っても、ガミラス号が余りにも奥にいるままでは作戦が狂うだけです。せめて正確なラフレシアの居場所がつかめない事には」
「クイーン・エメラルダス号で、強行偵察でもかけてみる?」
慎重なアマランスに、エメラルダスが言った。自らの命を担保にすると言った以上、アマランスの傍にいるのは彼女の権利でもあり義務でもある。
「目標は通常の偵察と敵の攪乱。もし敵の準備状況が良くなければ、駆逐艦の数十隻くらいは破壊しておく。少しでも減らしておいた方がいいわ」
「万一、敵と正面から交戦することになった場合はどうします?」
アマランスは訊いた。味方の艦隊をどの程度まで動かせばいいのかの問題もある。
「不利なら戻らせるし、数時間保たせられるようならそのまま戦わせて、こちらの艦隊も合わせて急行。そこが戦場になるわ」
「──なるほど……」
ラフレシアの性格からして、敵の動きを待つ受け身の作戦を取るとは思いづらい。攻撃してこないのはまだ準備が整っていないせいだろうし、だとすれば強行偵察をかけて敵を攪乱させる意味はある。アマランスは数秒考えた。
「分かりました、偵察の方はよろしくお願いします。くれぐれも深入りは避けて下さい」
偵察、としか彼女は言わなかった。ガミラス号はまだ、前線には出てきていない。そんな状況で強行偵察をしてズルズルと戦争に発展させるわけにはいかないのだ。
「分かったわ」
エメラルダスが応じるのと同時に、彼女の船は動き出した。

 もっとも、偵察などせずともセンサーで大まかな敵の所在地は分かる。それによると、マゾーンの大艦隊はメソポタミア星系から二十光年離れたところにいるらしい。
「どうです、マゾーン艦隊の様子は?」
「まだ静かよ。再編を始めている気配もなさそうだし」
会議がまだ続いているらしい。もう少し接近してデータを集めてみると言うエメラルダスに、アマランスはくれぐれも敵に見つからないようにと念を押した。
「ここ全体で数万隻はいるわ。しかも傍受した通信から行くと、かなり後方にここと同等以上の規模の艦隊が控えているとか。先頭の駆逐艦だけで数千隻はいるでしょうね」
スクリーンを見上げながらエメラルダスが説明する。アマランスの質問に対する解答は、彼女を経由してクイーン・エメラルダス号が与えるのだ。アマランスは少し考えた。
 確かに、マゾーン本星の暗黒爆発を逃れた者だけで十億人は下らない。そのかなりの部分が健在だとすれば、必然的にそれ相応の艦隊が必要になるわけだ。
「先制攻撃を仕掛けるなら今すぐ。そうでなければラフレシアが出てくるのを待つ」
「──ガミラス号は、そこにいますか?」
アマランスは訊いた。数万隻の艦隊を相手にするのなら、先制・奇襲攻撃をかけて敵に動揺を与え、かつ最初の段階でまとまった数を倒しておくのが有利だろう。だがそれは、攻撃対象になっている艦隊にラフレシアがいた上での話である。
「──それらしい、全艦隊中最大規模の艦がいるわ」
「そうですか……。分かりました」
答えた後、数秒考える。そして
「ヒドランゲアとシビュラを呼び出して下さい。彼らの同意を得ます」
敵が作戦会議を終えるのを、待っている必要はないのである。

 クイーン・エメラルダス号を偵察に出した結果を簡単に説明し、まだ敵の準備が整っていないうちにこちらから攻撃をかけることにしたいと提案する。
「確かに、数万隻もの艦隊を相手にするのなら先制攻撃の方が有利ですが。本当にガミラス号がそこにいるのですか?」
「それは私も確認したが、とにかく全艦隊中最大規模の船がいることは間違いない。その船がガミラス号かどうかは輪郭がぼやけていてつかめないそうだ」
シビュラの質問にアマランスが答える。
「数万隻の艦隊がいるとは言っても、その全てが最前線に出てくるとは限りますまい」
ヒドランゲアが言った。手元の資料を見て
「さっき入手した情報の限りでは、出撃する艦隊はせいぜい一万とのこと。確かに先制攻撃をかけた方がいいには違いありませんが、今すぐ攻め込んで数万隻を相手にする必要もございますまい。それにまだ、ラフレシアは艦隊の再編に入ってもおらぬそうです。再編中に出撃艦隊数について見当がつきましょうから、それを調査した上で出撃する艦隊のみを攻撃なさった方がよろしいでしょう」
それに対して、ハーロックが反論する。
「だが、攻撃するとなればいずれにしても全艦隊を相手にする可能性がある。待つことで相手に猶予を与え、それが敵の強化に繋がっては本末転倒だ」
「──貴様はマゾーンを敵としてしか見なしていないから、そんなことが言えるんだ。アマランス殿下にとって、ラフレシア配下とは言えマゾーンはご自分の民。出来るだけ生かしておきたいとお思いになるのは当然だ」
この台詞に、ハーロックははっとなった。確かにアマランスにとって、今は敵対関係にあるとは言えマゾーンは本来自分が治めるべき存在である。それを通常の敵と同様に殺してしまうことは、理性的にはどうあれ感情的に躊躇われるだろう。
 当の本人は、無表情に沈黙している。考えこんでいる風にも見えた。
「──アマランス、お前自身はどうなんだ」
彼はそう訊いた。自分にもヒドランゲアにも、最終的な決定権はないのだ。
「もう少し、詳しい情報が欲しいです。ラフレシアの親率する数万隻の艦隊の近く、四十八時間以内に辿り着ける距離の範囲内に別の艦隊がいないかどうか。もしいなければ再編が半分終わった時点で先制攻撃をかけますし、いれば出撃を待ちます」
彼女は応じた。半分終わった時点、つまりパンゲア号が出撃する艦隊内の定位置に就いた時点で攻撃をかけることで敵の位置を特定でき、数万隻の艦隊中の一部分にこちらの兵力を集中できる。そうすることで味方の負担を減らし、早期決戦を目指すつもりなのだ。
「──差し当たって、十二時間以内の範囲ではいないそうよ。それ以上については一時間以内に答えを出すと言ってるわ」
エメラルダスが言った。アマランスは質問する。
「艦隊の正確な数は分かりますか?」
「約四万隻。仮に一万隻が出撃するとしたら、そこにいる四分の一になるわ。常識的に考えれば、出撃しない艦隊でも臨戦態勢は取っていて、命令があり次第援軍として戦場に来ると見るべき。同じ四万隻を相手にするなら、準備が整っていないうちに叩くべきよ」
アマランスにも、それは分かっている。ただ敵の艦数は四万隻を遙かに上回り、その大部分はどこにいるか不明なのだ。裏切りを恐れて、後方に置いているのか?

 やがて、クイーン・エメラルダス号から詳しい報告が届く。
「四十八時間で到達可能な距離範囲以内には、艦隊は見当たらないそうよ。ただ、六十時間以内だと、いる可能性が高いわ」
「──で、その艦隊の規模は?」
「宇宙嵐に紛れて不明だけど、いるとしても二万隻。大型艦は少ないそうよ」
「分かりました。──ヒドランゲアとシビュラを」
短い問答の後、アマランスはそう言った。呼び出された二人に
「これからラフレシアに先制攻撃をかける。狙いはガミラス号ただ一隻、他の艦艇についてはガミラス号攻略に邪魔な分だけを叩く。一点集中攻撃だ」
「分かりました」
二人は異口同音に言った。一度決まれば、不満は一切口にしない。
 ある程度の指示を出して通信を切ったその後、アマランスはハーロックに向き直った。
「多分これで決着がつくでしょう、どちらが勝っても負けても」
「ああ。文字通り最後の決戦だ」
それから数分後、アルカディア号、パンゲア号、そしてシビュラ麾下の八十隻の艦隊は動き出した。目指すはガミラス号ただ一隻だ。
 途中で、クイーン・エメラルダス号から情報がほぼ十分おきに入る。内心マゾーン本隊にばれはしまいかと冷や冷やしていたアマランスだったが、結局合流するまで何もなかった。ほっとしてヒドランゲアとシビュラを呼ぶ。
「これから最終攻撃だ。確認しておくがシビュラが第一波の攻撃を仕掛け、開いた穴から錐をもみこむように我々三隻が突入する。第二波以降は援護砲撃に徹すること」
「了解しました。御武運を」
シビュラはそう応じた。ヒドランゲアは主君の隣にいるエメラルダスに目を向け
「さっきの約束、忘れてはいないだろうな」
「そんな疑いをかけられるとは、私も低く見られたものだわ」
彼女は苦笑して応じた。この付近のあしらい方は、ハーロックよりも上手である。
「殿下も、決してご無理をなさいませんように」
と最後に言って、ヒドランゲアは通信を切った。アマランスは苦笑せざるを得ない。どうやら惑星チグリスでの事件以来、彼女は味方から妙な疑いをかけられているようだった。
「アルカディア号、総員臨戦態勢に入れ!!」
「クイーン・エメラルダス号、全出力開放!!」
隣で指示を出す二人を、アマランスは無表情に戻って見やっていた。

 「女王!!! 裏切り者どもの艦隊が、こちらへ接近しつつあります!!」
その声が悲鳴の色彩を帯びて響いたのは、作戦会議を終えて司令官たちがそれぞれの艦隊へ戻ろうとしている時だった。予想外の事態である。
「パンゲア号、アルカディア号、クイーン・エメラルダス号も、後方2宇宙キロの空域でついて来ております!! 間違いなくアマランス殿下を名乗る不届き者がいると思われます!!!」
「そうか。勝てるかどうかも分からぬのに、ご苦労なことを。で、我々との距離は?」
驚愕する司令官たちに比べ、ラフレシアは落ち着いていた。だが次の報告に目を剥く。
「敵艦隊先頭から本艦隊まで、約五十宇宙キロ!!! あと一時間もかからないうちに、相互に射程距離に入ります!!!」
宇宙空間では、殆ど目と鼻の距離である。そしてこのままでは、こちらが殆ど戦闘準備をせずにアマランスやハーロックと戦うことになる。いかに兵力差で圧倒的な優位にあるとは言え、平然としていられるはずもない。
「──女王、如何致しましょうか?」
ローゼが言った。一瞬呆然としていたラフレシアが正気に返る。
「敵艦が射程距離に入り次第、迎撃せよ!! その間にマルグレーテが所定の艦隊を指揮して後方に迂回し、例の三隻を撃滅させよ!!! 見事ドクロの破片を持ち帰って参れ!!!」
「ははっ!」
マルグレーテは一礼し、すぐに会議室を出た。ラフレシアは続けて
「ベラ、ヴィラーンは即刻艦隊を再編し、防衛艦隊の中枢に布陣せよ!! 駆逐艦級が全滅した場合、二人で協調して戦線を持ちこたえるのだ。そしてジョオンは最終防衛線の構築に当たれ!!! 何をぐずぐずしている、急げ!!!」
完全に普段に戻って指示を出す。司令官たちは、弾かれたように動き出した。
「一秒でも遅れれば、それが命取りになる。我がマゾーンの命運がかかっているのだ!!!!」
アマランスがこちらの出撃を待っているだろうなどと、無意識のうちにも考えていた自分が愚かしい。確かにあの小娘は、地球侵略における血の犠牲の多さを非難はした。だがそれと自分が戦闘に赴く際に血の犠牲を厭うこととは何の関係もない。むしろ最大四万隻分の犠牲で数十万隻分のマゾーンが自分の支配下に入るのなら、そちらを選ぶ方が当然だ。
 ラフレシアは、手元の球体に映るアルカディア号を見つめていた。

 一方、アマランスは傍で続けられる様々な報告を聞きながら瞑目していた。
 さすがにこの至近距離では、ラフレシアも気づいただろう。メソポタミア星系の隣にあるこのウル星系は、中央の恒星から十五光分の距離まで惑星が全くなく、それ以後の惑星も他の星系で言うなら衛星や小惑星程度の小さなものだ。それらが今度はほぼ五光秒の間隔でびっしりと続いている、極端な密集と空白の星系である。
 ラフレシアは空白域に艦隊を集結させている。それに対し、こちらの艦隊は当然ながら密集域を通って進んだ。その間惑星に紛れ込むようにしていたので、現在のマゾーンのセンサーでは密集域を抜けるまで気づかれることはない。
「敵艦隊の後方で、大幅な再編をしている模様だが。どうする?」
ハーロックは訊いた。アマランスは薄く目を開き
「──具体的には、どの付近で?」
「ガミラス号の周辺だそうだ」
ラフレシアの意図ははっきりと読めた。口を開こうとした瞬間
「敵艦隊の一部が分離して、こちらに向かいつつあるそうよ」
エメラルダスが、落ち着いた口調で言った。アマランスが次の瞬間に決断する。
「アルカディア号とクイーン・エメラルダス号、そしてパンゲア号でそれを撃滅した後、ラフレシアを直接攻撃します。シビュラとヒドランゲアに通達を」
「分かった。シビュラは直進でいいな」
頷いた。間もなく三隻は分離し、別動艦隊を倒すために移動し始める。
 「恐らく、あれほどの艦隊を指揮しうるのはマルグレーテ程度でしょう。マゾーンでも一、二を争う合理主義者にして、大軍指揮の名人です」
「となると、あらゆる手を打ってくる可能性があるということか」
「ええ。シビュラ艦隊の家族を人質に取り、降伏を迫る程度は当然するでしょうね」
アマランスは応じて、やや顔を曇らせた。
「実際に処刑される光景を見せつけられれば、いくら覚悟の上とは言え下級兵士には動揺が走るでしょう。──むしろ走るのが当然ではあるんですが……」
口ごもり、頭を振る。一息ついて続けた。
「とにかく、その映像がシビュラ艦隊に届けば士気が低下します。幸い敵は迂回しているようですし、こちらも遠回りしてシビュラたちとは離れたところで戦った方が良いです」
同意して指示を出したハーロックは、横目でそっとアマランスの顔を見やった。

 約二十分後。アルカディア号以下三隻は敵艦隊とあと一分もしないうちに戦闘に入る空域まで来ていた。五千隻もの艦隊を相手にする割に、平然としている。
 実を言うとアマランスは内心不安なのだが、ハーロックもエメラルダスも文字通りの泰然自若ぶりなので、総司令官である彼女としては言葉をかけづらいのだ。ミーメや有紀、台羽などはそれなりに緊張している様子ではあるが、不安は一切口にしていない。
「あと十秒で、敵艦隊が射程距離に入ります!」
「発砲準備!! エネルギー百パーセント装填!!!」
船員の報告に、ハーロックは指示を出した。クイーン・エメラルダス号が離れていくので持ち主の顔を見やったが、特に変化は見られない。作戦の一部らしい。
「四…三…二…一… 入りました!」
「発砲せよ!!!」
アマランスの声と共に、アルカディア号の主砲が砲撃を開始した。クイーン・エメラルダス号、パンゲア号もそれぞれ敵艦隊に向けて発砲する。
「主砲斉射三連!! それから開いた穴に突入し、他の二隻と協調しつつ各砲で敵艦を各個撃破せよ!!! 深入りはするな!!」
主砲が火を噴き、敵艦の十隻ほどを一度に消し飛ばす。周囲の艦もほぼ同数が爆発し、飛び散る残骸や破片が更に周囲の艦に衝突して、ある艦は大破しある艦は装甲板に損傷を負う。エメラルダス号も船体の横から一列に砲口を覗かせ、続けざまに発砲した。パンゲア号も攻撃を加え、虚空に無数の花火が散っているような光景が映っている。
「アマランス、ちょっと揺れるかも知れんが覚悟しておけ」
中央部にまともに突入しながら、ハーロックはそう言った。言う間にも敵の砲撃が装甲板に当たって、艦橋が軽く揺れている。
「揺れるのは大丈夫ですけど、船そのものの方はどうなんですか」
ここで傷つけば、後のガミラス号との戦いに影響が出る。アマランスの心配は当然だったが、訊かれた側は相変わらず平然と応じる。
「なに、概ね揺れるだけだろう。決定的な影響が出るほどの被害は負うまい」
すでに少々、敵艦隊中に入り込んでいる。数百隻は破壊したはずで、他にも戦闘不能に追い込んだ船が百隻以上に上った。まだ数分でこれだけの戦果である。
「マゾーン艦は高速移動のために、エンジン部の装甲を薄くしてるからな。そこを狙えば比較的楽に倒せる」
以前台羽が『アルカディア号の主砲が追いつかなくなるかも知れない』と危惧したほどの高速移動が出来るマゾーン艦だったが、それを達成するために高温のエンジン部には冷却装置を取り付けねばならなくなり、結果として装甲が薄くなってしまったのだ。防ぐかかわすかという設計思想の問題でもあり一概に非難は出来ないが、アスター以下の乗ってきたマゾーン艦艇の修理中にそうした弱点をつかんだこちらとしては、利用するのは当然だ。
 アルカディア号と平行移動しているクイーン・エメラルダス号が、敵艦隊の外側から発砲する。途切れることなく砲撃が続き、命中した船は大破するか撃沈されるかだ。更に斜め上にはパンゲア号がいて、艦隊旗艦と思われる戦艦をことごとく破壊していた。指揮系統さえ破壊すれば、マゾーンの戦力はがた落ちする。
「第一装甲板、破損! 艦内の通信回路の一部に不都合が出ます!!」
「少しはやるらしいな。お返しに前方へ主砲斉射してやれ」
破損と聞いて顔色を曇らせるアマランスとは対照的に、ハーロックはどこか楽しげである。指示通りにエネルギーがたまると
「撃てッ!!!」
前方の艦隊十数隻が、一瞬で吹き飛んだ。勿論その周囲の艦艇も、爆発や大破で戦える状況にはない。その中をアルカディア号は悠然と進んでいった。
「のんびり構えてろ。焦るのはガミラス号の前だけでいい」
「はあ。この分なら良さそうですね」
問題は、このままでは勝てないと踏んだマルグレーテがどうするかだ。

 マルグレーテとて、無策ではない。集中砲火を浴びせてあの三隻に傷を負わせるべく、艦隊の再編に着手してはいた。だが敵の攻撃はそれより早く進んでいて間に合わないのだ。指示を出す間にも、十隻単位の艦隊が破壊されている。
「こうなったら、最後の手段だ」
短く呟くと、マルグレーテは全艦隊に恐ろしい指示を出した。
「全艦隊、それぞれ最も近い距離にいる敵艦に体当たりせよ!!!」

 それを傍受したアマランスは、一瞬きょとんとした。マルグレーテの指示が、頭の中を素通りしていったのだ。彼女の思考回路には存在しない戦術を、敵は使おうとしている。一瞬後、アルカディア号がうなり始めた。
「敵ガ、トンデモナイコトヲ命令シヤガッタ。残リノ艦隊全部使ッテ、体当タリダ」
「何だと!?」
そこにヒドランゲアから通信が入る。すでに突っ込み始めた船もあるのだ。
「殿下、こうなったらあれを使うしかございません!!!」
「ヒドランゲア、あれと言われても俺たちには分からん」
いきなり決断を求める相手に、ハーロックはそう言った。アマランスの顔が見たこともないほど重く沈んでいる。
「マゾーン艦の自爆プログラムだ!! このままではいずれやられる!!!」
スクリーンには、突っ込んでくるマゾーンの艦艇とそれを打ち落とすアルカディア号との、凄まじい砲撃戦がなまなましく映っている。確かにこのままでは勝ったにしてもこの船自体が重傷を負い、ガミラス号どころではなくなるだろう。
「お気持ちはお察しいたします。ですが、まずは殿下が生き延びてマゾーンの女王となることです。でなければ、また同じことを繰り返すでしょう。ラフレシアはそういう者です」
「──分かった。ちょっと小型艇に行きます」
言ったアマランスの声が、まるで死ぬ直前のように弱々しかった。

 数分後、マゾーン艦隊が急に動きを止めた。そして次の瞬間、四千隻足らずに減っていたそれらが、一斉に爆発して宇宙の藻屑と消えた。

 

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