宇宙海賊キャプテン・ハーロック

第2部 アマランス…流転の王女 8

8. 激闘

 自分が治めるべき存在と、アマランスは戦っていた。自爆プログラムを使おうと思えばいくらでも使う機会はあったはずなのに、彼女はそうしなかった。
「──あれは本来、マゾーンの軍人が正統な王に対して反乱を起こしたとき、その反乱を鎮圧するためのものだ。しかも自爆プログラムは、マゾーン艦艇のプログラムを特殊な方法で自動的に改編して作られるから、例えばメタノイドの艦艇には無効だ」
アマランスが艦橋に戻ってくる間に、ヒドランゲアは説明した。二十世紀末から二十一世紀初頭の常識で言うなら、あるソフトを標的にして作られたコンピューターウイルスは、それ以外のソフトでは作動しないようなものである。
「更に言うと、自爆プログラムで破壊できる艦艇は最大で二万隻。だからクーデターの時は、どの船を爆破すべきかも分からずに使えなかったんだ。何しろマゾーン艦隊の総数はその十倍以上にもなるから、使っても敵に当たらねば意味がない」
確かにそうだろうが、とハーロックは思った。そういう技術的な問題より前に、アマランスにそれを使う気がなかったのではなかろうか。文字通り最後の手段として、取っておくつもりで。何しろ惑星チグリスで、ラフレシア相手にも使わなかった彼女である。
「──甘い、と言いたげだな」
相手の表情の変化を見て取った、ヒドランゲアが言った。
「だが、いかに賢明な君主とは言え、王は決して超越者ではない。反乱に至るような過ちを犯す可能性さえ、ないとは言えない。そうした時に一方的に反乱を鎮圧する能力や権限を与えれば、王は限りなく暴君になりうる。後、二万隻というのはプログラム変更で直接破壊できる数であって、その余波で破壊される艦艇は含んでいない。従って、無関係の者を巻き込む可能性が多分にある」
だから、道義的には本当に王の生命が危機に晒されたときや、反乱者が己の欲望でことを起こしたとき以外、これは使ってはいけないことになっている。実際余波で破壊できる艦隊と言っても一万隻を超えることはないから、例えば全艦隊の半分以上が反乱に参加していれば、王が独力でこれを鎮圧することは不可能である。
「マゾーン王とは、随分不自由なものだな。まあラフレシアは関係ないが」
或いは、とハーロックは思う。ラフレシアは恐らくマゾーン史上初めて、そうした諸々の科学的制約もしくは能力から、自由になり得た王ではないだろうかと。だが科学からの解放も、本人にはもちろん周囲にも幸福をもたらすものではなかったらしい。
「いや、そうでもないさ。アマランス殿下が受けたもの、持っているものをラフレシアは持っていない。そういう面での制約は、どのみち一生ついて回る」
持っているものに関する制約は、そのものの使い方に関する制約に過ぎない。最初から持っていないのに比べれば、差は歴然としている。ヒドランゲアは更に言った。
「結局、マゾーン王は、生まれる前から科学者どもの手の内にある。科学者どもに管理された範囲でしか権力を行使できないんだ。だが、それから離れたとて結果があれではな」
ラフレシアが全面的に間違っているわけではない。だが結果として、彼女は自分の手足となってきた者たちを次々と失ってしまった。そして今や、彼女自身が生命の危機に立たされていると言っていい状況にまで、追いつめられてしまったのだ。
「──とにかく、そう言う話は後だ」
アマランスが戻ってきたのを横目で確認して、ハーロックは言った。
「まずは、これからどうするかだ。このまま直進して敵の右翼側面に突入するか、シビュラたちと再合流するか。それとも…」
「突入した場合、当たるのはベラの部隊か。我々がやるのが筋ではあるな」
ヒドランゲアの言葉を、ハーロックは聞きとがめた。
「クーデターの時、中心になって活躍したのがベラだ。実働は部下に任せて、本人はラフレシアの傍にいたらしいが」
復讐戦、ということだ。アマランスの声がした。
「ベラ艦隊の装備は分かるか、ヒドランゲア」
「巡洋艦級以上が中心と、やや強力ではありますが、全速前進すれば艦隊再編の完了前に攻撃を仕掛けられます。突入する価値はあるかと」
「分かった。──ハーロック、突入しても──」
「こっちは大丈夫やで。この船はお姫様が心配するほどヤワじゃおまへん」
副長のヤッタランが言った。ハーロックは軽く笑って
「だそうだ。エメラルダス、お前の船は?」
「もちろん。今まで戦った中には、これどころじゃない奴らもいたわ」
「分かりました。──目標、ベラ艦隊!!! 全艦進撃せよ!」
アルカディア号、パンゲア号、クイーン・エメラルダス号は、再び全速前進を始めた。

 一方、ラフレシアはことの次第を信じられないという表情で聞いていた。
「とにかく、マルグレーテ艦隊が全滅したのは間違いございません。最後の通信によれば、組み込まれたコンピュータにウイルスが入り込んだとか」
「だが、仮に内部機能が全て停止したとしても……」
ローゼが首を傾げている。ラフレシアは我に返り、煮えたぎるような怒りを覚えていた。
 またしてもあの小娘の仕業だ。あの小娘の被っている冠、あれにプログラムが仕組まれているに違いない。──王となるべき者の、絶対的な支配権を担保する力として。
「小娘めが、また邪魔をしおって」
「裏切り者どもの艦隊に加えて、アルカディア号以下三隻がこちらへ直進しております。このまま行けばベラ艦隊と戦うことになります」
また告げられた報告に、ラフレシアは応じた。
「ベラに伝えよ。『他の二隻は捨て置いて、まずアルカディア号一隻を倒せ』と。アマランスを名乗る不遜の輩とハーロックさえ倒せば、他の艦はどうにでもなる」
「ははっ」

 「おい、アマランス」
「はい?」
ハーロックはスクリーンを見上げて言った。
「ベラ艦隊が円弧型に布陣している。どうやら包囲陣をひくつもりらしい」
「──そのようですが……。敵艦隊の艦艇の配置は?」
「両端は巡洋艦中心、中央は主に戦艦だ。両翼が前進しつつ円弧を形成している」
「密集陣にしますか?」
アルカディア号以下の三隻は、先の戦いの延長で互いに距離を置いている。密集陣形にして中央突破を図るのは、対包囲陣戦にはよくある戦い方だった。
「そうだな、その後一気にガミラス号に突入するもよし、だ」
「パンゲア号を呼び寄せて下さい」
エメラルダス号は既に接近してきているし、取りあえずこれでよし、と思ったアマランスだったが、間もなく追加指令を出すことになった。

 「ふむ、そう来たか。──両翼の分艦隊司令に、全速前進せよと伝えよ。敵の二隻がアルカディア号に合流する前に叩けと」
中央部の艦橋で、ベラが言った。こちらからすれば最も嫌な手だが、予測の範囲内である。
「さすがに女王が敵視するだけあって、やるではないか」
そう呟いた。ベラ自身、アマランスが本物だとは気づいていない。クーデターの時、自分はラフレシアの身辺警護で忙しく、殺害現場を見たわけではないのだが。部下は確かに死んだと報告したし、第一その部下自身がかなり前に死んだとあっては確認する術もない。王女時代の本人に会ったこともないので、風格その他で信じることもできないのだ。
「女王が、両端の分艦隊分の艦隊を回して下さるそうです。敵が単独で中央突破を図ろうとしたときには、これを使って阻止するようにと」
回すと言っても、包囲陣の後方にいる女王指揮下の艦隊の指揮権を、ベラに預けるだけの話である。これなら再編の手間も要らない。

 程なく両端の艦隊、あわせて二千隻が分離し始めた。面倒な事態になってきた、とはハーロックの呟きである。
「マゾーン巡洋艦級七百に戦艦三百なら、戦闘データからしてエメラルダス号単独でも倒せるけれど。問題は中央突破の方ね」
「完全に分離する前に、敵の背後に回り込めるか?」
「それは多分出来るわ。──問題は……」
視線を感じ、アマランスは即答した。
「ヒドランゲアは、このままこちらに接近させた方が良いでしょう。包囲陣の奥の艦隊が、ベラ艦隊の中央部に接近してきていますから」
「それともだ。いっそアルカディア号も手伝ってさっさと千隻を全滅させるか?」
ハーロックが提案する。三千五百対一では、中央突破をやるにしても戦力不足だった。まずは分艦隊を戦闘不能に追い込み、それからアルカディア号とパンゲア号でベラ艦隊中央に突入し、エメラルダス号は最後に側面から攻撃をしかける。これが最良の戦い方だった。
「そうですね、シビュラたちが半分以上を引きつけているようですし」
アマランスは同意した。シビュラ率いる艦隊も、マゾーン前衛と戦い始めたのだ。ヒドランゲアに作戦を指示し、彼女は小さく息をついた。

 「──?」
アルカディア号の進路変更は、すぐにベラに伝わった。
「──まあいい。パンゲア号もろとも宇宙の塵と化すだけだ」
シェルピスの時はシビュラ艦隊が主力だったし、マルグレーテの時はアマランスを名乗る輩のウイルス攻撃が、全滅の直接の原因である。アルカディア号とパンゲア号の二隻ごとき、どうにでもなるとベラは見ていた。
「それに、愚かにもエメラルダス号は一隻で千隻を相手にしようとしている。どんな策があるのか知らぬが、勝てるはずがない」
エメラルダス号は放っておいて、まずは二隻を包囲殲滅するつもりだった。ラフレシアから預けられた艦隊がまだ到着してもいないのに、ベラは手元にある自分の艦隊の千五百隻をパンゲア号とアルカディア号に接近させた。分艦隊とで挟撃する計画だ。

 「──やれやれ、敵もご苦労なことだ」
もう十分ほどで、相互に射程距離に入るだろう。ベラ艦隊の移動で、ハーロックたちはまた作戦の変更を余儀なくされた。作戦変更と言っても、彼らの場合はアルカディア号の艦橋で決まった作戦をパンゲア号に伝えるだけなのだが。
「──もし、エメラルダスさんさえ良ければ、ですが」
スクリーンを見ていたアマランスが、躊躇いがちに切り出した。
「分艦隊の中央を突破して、シビュラたちと合流したいのね」
当の本人に先を言われ、恐縮して頭を下げる。エメラルダスは微笑して
「いいのよ。私があなたの立場だったら、同じことを言ってたわ」
ほっとして一息つき、説明を始める。
「ベラは元来、特殊部隊の指揮官です。だから臨機応変の柔軟性はあるんですが、今回のように数千隻を指揮する戦いだとその柔軟性があだになってます。見て貰えば分かりますが、ただでさえ艦隊再編の最中に出撃してきた上に、相次ぐ作戦変更の結果として艦隊移動が混乱し、配置にややずれが生じています。それでも普通に迎撃する分にはさほど問題ないですが、我々が中央突破に成功して分艦隊の反対側に抜けられれば、その後の衝突や再編に伴う混乱でかなりの時間が稼げます。その間に合流し、一気に敵艦隊中枢、つまりガミラス号に突入する。これが最良の策──と思いますが」
問題は、こちらに残すことになるクイーン・エメラルダス号だ。下手をすれば合計五千隻ほどを相手に一隻で戦うことになりかねない。撃沈される可能性は多分にあった。
「その付近は船自身が上手くやるだろうから、心配しなくていいわ」
エメラルダスは笑って言った。自分が生まれる前から、この世に存在していたような船だ。
 両エメラルダスの関係は、船そのものへの信頼という意味ではアルカディア号とハーロックの関係より深いかも知れない(アルカディア号の場合、船に乗りうつったトチローへの信頼という意味も含むので)。とにかくこうして、エメラルダスは作戦を了承した。

 アルカディア号とパンゲア号が分艦隊に接触し、発砲した。ここまでは予定通りであり、追いつめたと思ったベラは直率している艦隊の更なる加速を命じた。が、間もなく攻撃箇所の集中を目の当たりにして息を飲む。これでは挟撃どころではない。
「直進しつつ発砲せよ!!! 主砲斉射三連!!」
ハーロックの指示が、アルカディア号の艦橋に響き渡った。既に敵左翼の三分の一程度まで侵入している。パンゲア号も斜め上から俯角方面に攻撃し、かなりの艦艇を破壊していた。音のない爆発がスクリーンのあちこちに見える。
「敵艦発砲! 右舷後方に衝突の恐れあり!!」
「損傷の可能性は?」
「ほぼゼロ…。ただし振動はします」
有紀とハーロックが会話している。アマランスはスクリーンを見上げながら、少々暇を持て余していた。アルカディア号に関してはハーロックが全面的に指揮権を握っており、彼女が口を挟む余地は全くない。やや遅れて戦い始めたクイーン・エメラルダス号にしても同様で、唯一干渉できるパンゲア号は、呼び出せばヒドランゲアとハーロックがまた喧嘩するのが目に見えていて口を挟む気にならず、結果として彼女は暇だった。
「そう言えば、ミーメさんは?」
「特殊部隊の長と、話をしているようで」
ふと思い出して訊いてみたところ、台羽からそう答えが返ってきた。
「妙に気が合う、というか共感できるところもあるようだよ」

 ミーメと特殊部隊の隊長は、アルカディア号の底の方にいた。既に臨戦態勢なのだ。
「ところで、ジョジベルさんは元気にしていた?」
「ジョジベル──。ああ、突撃偵察隊の指揮官の一人か」
相手は数秒ほど記憶を探っていたが、思い出したらしい。
「戦死したとも処刑されたとも聞いていないな。配属がかなり違うからはっきりしたことは言えないが、多分無事だろう──。この戦いで死んでいなければ」
ラフレシアはやはり、ジョジベルを処刑しなかった。ハーロックの言った通りだ。
「もともとはどこの配属なの、ジョジベルさんは?」
「偵察隊は、全てラフレシア様の直属だ。突撃偵察隊は強行偵察の中でも最も危険な活動を受け持つから、特に優秀な人材が集まっている。その指揮官なら、間違いなく有能だ」
「──ジョジベルさんに、実際に会ったことはないのね」
ミーメが訊いた。相手は応じて
「ああ。少なくとも記憶にないし、第一マスクを被っているのが普通だから顔など覚えようがない。特殊部隊用の研修所で、顔を合わせたことはあるだろうが」
特殊部隊の隊長は、名前をルピナスと言った。第二近衛艦隊の強襲陸戦部隊の出身だが、率いている中には科学技術庁の特殊工作隊出身の者もいる。
「──しかし、アマランス殿下がまさか生きておいでとはな。この目で見ても信じられん」
ルピナスは天井を見上げて言った。艦橋は上の方にある。
「生きていると分かれば、誰もラフレシア様には従わなかっただろうな」
先王キャクタスのおかげで、大部分のマゾーンは命を救われたのだ。恩義を返す意味でも、自然とアマランス側につくことになっただろう。裏を返せば、だから実行者は「殺した」という虚偽の報告をしなければならなかったのである。
「今も、この船にいるアマランス殿下は偽者となっている。恐らくラフレシア様は、ご自分が生きている間中殿下をそう扱い続けるだろう」
「でしょうね。そうしなければ、自分が王である理由を失ってしまう」
諸々の状況から考えて、アマランスがキャクタスの後継者であるのは疑いようがない。ラフレシアは所詮簒奪者であり、アマランスの死によって初めて正当化されうる立場にいた。数こそ少ないが、彼らの方が正統なのである。
「マゾーンは、意外と正統性にこだわるのね」
ミーメは言った。彼女にしてみれば、宇宙各地で『弱肉強食・勝てば官軍』式の実力主義が行われているのが意識としてあったのだ。
「正統性にこだわる者が実力を持って王位に就いたとき、初めてマゾーン内の争いが終わったんだ。だからその実力を永遠に保持できるように、色々なシステムがある」
ルピナスは応じた。ミーメが何か言おうとした時、アルカディア号が揺れる。

 マゾーン分艦隊の半ばまで侵入したアルカディア号は、更に攻撃を激化させていた。敵が戦艦級なので砲撃も激しくならざるを得ない。
「左舷前方より発砲! 第一装甲板損傷の恐れあり!!」
「第二主砲、左舷前方の敵艦隊を吹き飛ばせ! 第一主砲はそのまま右舷前方及び正面への砲撃を続けろ!! 艦底砲は待機!」
有紀の報告に、ハーロックの鋭い指示が飛ぶ。何しろ後方以外は周囲全て敵なので、細かい角度は気にする必要がない。と、ミーメが姿を見せた。
「船が揺れてるけど、大丈夫?」
「ああ、せいぜいついてもかすり傷だ」
ハーロックが応じる。そこにやや強い揺れが襲った。
「さすがに戦艦級相手ともなると、砲撃を食らったときに揺れるな」
どこか楽しげな彼に対し、アマランスは不安そうである。微笑してミーメは近づき
「ルピナスさんと話をしたわ。今でもあなたが生きてるのが信じられないそうよ」
「そんなことを言ってましたか。まあ無理もないでしょうね」
クーデターから脱出した直後の数週間は、自分でも生きているのが信じられなかったほどだ。冠を着けている限り殺されることはないと分かっていても、実際に眼前で護衛の者たちが次々に死んでいくのを見ると、奇跡的に生き残ったのだと思えてくる。ヒドランゲアが事前に感づいて、科学技術庁の新型船第一号であるパンゲア号を借りていたから良かったものの、下手をすれば逃亡する艦もろとも撃沈される恐れさえあったのだ。
「マゾーン型衝撃砲の搭載艦第一号。言うなれば試作艦だったようです。もともと正式な登録はしてなかったようなんですが、航海中のトラブルで廃棄、となっているはずです」
「じゃあ、ヒドランゲアさんも死んだと……」
「死亡もしくは行方不明。私と同じでしょうね」
ベラの配下は、アマランスを殺したという虚構をどこまでも押し通した。そのためにパンゲア号もヒドランゲアも書面上は消されたのだ。恐らく彼女がこうして現れるとは予測していなかったか、予測していてもそれは自分の死後だと考えていたかのどちらかだろう。
「ラフレシアがベラを処刑するかと思ったんですが、秘密を独占する方を選んだようです。──私が生きていると知られることが、そんなに恐ろしいんでしょうね」
理由もなしにベラを処刑すれば、マゾーンが更に動揺する。かと言って理由を公表すればラフレシアが王である必要はない。アスターがコンピュータを駆使して個人的に知り得た情報だけで第二近衛艦隊が敵の手に渡ったのだから、公になればどれほど裏切り者が出るか想像もつかないのだろう。心を失い、上位者に従うだけの存在になったマゾーンは、それでもより正統な(つまり更に上位の)上位者に従うことを選ぶだろうから。
「恐らく、私を殺せば全てが片づくと考えているはずです。けど、その前にラフレシア自身が自分の部下を信じられなくなっているでしょう。それをどうにかしなければ、待つのは恐怖政治しかありませ──うわっ!」
いきなり、艦橋が強く揺れた。倒れこそしなかったが、話している余裕もなくす。
「何事ですか、今のは」
「後方から敵の砲撃が直撃した。第一装甲板を貫通したらしい」
「アルカディア号への影響は?」
「軽いはずだ。せいぜい通常の通信回路が一部不通になる程度だろう。エンジン部は無傷」
今の今までラフレシアについてミーメと喋っていたのだ。アマランスの切り換えの速さに、エメラルダスは驚いていた。
「もうすぐ反対側に抜ける。シビュラと連絡してくれ」
「あ、はい」
すぐにラビテ号と通信する。その横でアルカディア号が発砲し、立ち塞がっていた最後のマゾーン艦を吹き飛ばした。そのまま全速で直進し、分艦隊を突破する。

 「シビュラ、そちらはどうだ」
アマランスはそう訊いた。
「駆逐艦級は、どうにか突破できそうです。ただ、こちらの艦艇も無傷というわけには行かず、数隻が傷つきました。戦闘不能に追い込まれた艦も一隻あります」
「──そうか。それで、我々はこれからアルカディア号とパンゲア号でヴィラーン艦隊を突破する。ジョオン艦隊からラフレシア親率艦隊へ突入し、ガミラス号へ侵入を果たす」
「こちらとしては異存ありませんが、それではクイーン・エメラルダス号が」
シビュラがそう言ったのは、ヒドランゲアと違ってハーロックやその仲間に対し、特別な感情を持たないためだろう。アマランスがどこにいようと、彼にはさほど問題ではないのだ。
「エメラルダスの承諾は得ている。それで、お前たちは駆逐艦級を突破した後、ヴィラーン艦隊の中央部から右翼を攻撃するように。こちらは左翼からジョオン艦隊に突入する」
「分かりました。では出来るだけ派手に攻勢に出て、敵を引きつけておきます」
シビュラはそう応じた。通信が切れた後すぐに、スクリーン上で分かるほど攻撃が激しくなっている。クイーン・エメラルダス号も、反対側の分艦隊を抜けて回り込む最中のようだ。
「ヴィラーン艦隊左翼へ直進!」
ハーロックが指示して、アルカディア号は動き出した。

 アルカディア号を取り逃がしたベラは、ラフレシアに叱責されていた。
「何をしている! アルカディア号を取り逃がしおって!!」
「申し訳ございません! ただ今、反転して追撃すべく、艦隊を再編しておりますので、もうしばらくのご辛抱を! ヴィラーン艦隊と今度こそ挟み撃ちに致しますので!!!」
「挟撃する前に突破されたらどうするのだ!! とにかく急げ!!!」
跪くベラを見て、今回は見逃すと言って通信を切ってからラフレシアは息をついた。
 元はと言えば、ベラの部下がアマランスを殺していなかったのが原因である。暗殺の報告は現場指揮官から直接聞いたので、その時の嘘を見抜けなかったことについてはベラ一人の責任にも出来ないが、彼女の胸に不信感が生まれていたのは事実だった。特に、誰にも告げていないアマランスの正体を、ベラが何らかの手段で知ったとして、自分による処刑を恐れたベラが敵側に寝返るようなことは十分あり得る。今回の失策は、その疑念を深めていた。
「ベラに限って、とは思うが……」
呟く傍から、裏切り者たちがヴィラーン艦隊に猛攻を開始したとの報告が入る。突破された空域周辺の駆逐艦も使って包囲するよう指示し、一方でジョオン艦隊にヴィラーン艦隊左翼の支援を命じておいて、彼女は玉座に腰を下ろした。

 ハーロックたちとしては、最終防衛線を構成している艦隊は、シビュラたちと共同で突破するつもりだった。兵士たちのラフレシアに対する忠誠はこの艦隊が最も高いはずであり、更に装備も全マゾーン艦隊中最高だろう。いくらこちらが単独の戦闘能力が高くても、たった二隻ではガミラス号に突入できるか不安だった。シビュラたちと合同で攻め入る、という作戦の根幹が変更を余儀なくされている。
 敵が、シビュラたちを包囲し始めたのだ。破壊されずに残った駆逐艦が後方に回り込み、退路を断ちつつある。加えて敵の最終防衛線が上がってきており、しかもアルカディア号とパンゲア号の進路上に集結していた。
「アマランス、覚悟はした方がいい」
ハーロックが笑いを消して言う。言われた側は頷いた。
「ええ、分かっています。パンゲア号もシビュラたちも、無事で済む保証はない、と」
もともと、覚悟はしていたのだ。ハーロックが改めて言ったのは、いざ何かあった時に取り乱さないでくれとの意味である。

 ヴィラーンには、ジョオンに対するライバル意識がある。更に言うと、自分を信用していないラフレシアに不満もある。確かにベラは作戦には失敗したが、被った被害は数百隻と、さほどでもないのだ。艦隊再編を待って、挟撃すれば済む話である。
「一千隻を固まらせる。ジョオンには後方から支援するように伝えよ」
当面、ベラ艦隊の再編完了まで敵の二隻を突破させないことが重要である。ヴィラーンはそう指示した。間もなくジョオンから通信が入る。
「どういうつもりだ、後方からの支援でいいとは」
「不逞の輩は私とベラで処理する。本格的な援助は無用だ」
一触即発の一歩手前、といった風な緊張をはらんだ会話が展開されていた。ジョオンが更に厳しい口調で問う。
「女王の御意志に逆らうのか?」
「ご命令は、支援せよとのみ。いついかなる支援を受けるかは、こちらが決める」
「ベラを当てにするのは止めた方がいい。残る一隻に粉砕されるのがオチだ」
ジョオンの警告に、ヴィラーンは鼻で笑って応じた。
「いくら戦闘能力が高いか知れぬが、たかが一隻で五千隻ものマゾーン艦隊が粉砕できるはずがない。さしものジョオンも怖じ気づいたか」
「──好きにしろ。ただ、あのクイーン・エメラルダス号やら言う船なら、五千隻は無理でも艦隊旗艦とその周囲の数十隻なら消滅できるだろうな」
最後に警告を発し、ジョオンは通信を切った。

 そのクイーン・エメラルダス号は、ラフレシアが回した援軍の更に後方に回り込んでいた。高速で移動しつつ発砲し、数十隻を瞬く間に撃沈する。背後からの急襲に敵艦隊が混乱したところで、旗艦級の巨大な船に狙いを定めて斜め後方から肉迫した。当然その前に立ち塞がる艦艇は、跡形もなく消し飛んでいる。
「い、い、い、いつの間に!?」
援軍艦隊の司令官は、状況の理解できぬまま顔を引きつらせた。
「敵艦発砲!!! 右舷後方を直撃します!!!」
オペレーターの声も、悲鳴に近い。着弾した瞬間、激しい揺れと共に司令官が艦橋の床に投げ出される。スクリーンがひび割れて映らず、天井の電灯が消えた中を、脱出を要求する赤いランプだけが点滅していた。
「な、何事だ!?」
「第二波、本艦中央部を直撃!!!!」
状況を把握する前に、悲鳴そのものの声が聞こえる。次の瞬間には、下からの爆発で艦橋は木っ端みじんに吹き飛んでいた。
 指揮系統の混乱した艦隊など、何隻いようがクイーン・エメラルダス号の敵ではない。後は援軍艦隊を反対側に抜けてベラ艦隊に再突入し、叩きのめすだけだ。

 「エメラルダス号が、スクアッシュ艦隊に突入しております!!」
ラフレシアが少し目を離した隙に、マゾーン艦隊左翼は粉砕されつつあった。
「スクアッシュ閣下と、連絡が取れなくなりました!!! 各艦がバラバラに退避しようとして、互いに衝突しております!!!」
「ええい、動くなと命ぜよ! ベラは何をしておる!!」
そこに、ジョオンから報告があった。ヴィラーンが自分との協調行動を拒否している。
「何だと!? 私の命令が聞けぬと言うのか!!」
予想以上の激昂ぶりに、報告したジョオンの方が面食らう。
「正確には、後方からの支援でいいと言っているだけです。ベラが艦隊再編を終えるまで待っているつもりでしょう」
「ええい、どっちにしても同じことだ!! 第一、ベラに回したスクアッシュ艦隊は既に崩壊しておるではないか!! もはやベラは当てに出来ぬ!!!」
この言葉に、むしろジョオンが動揺した。今までのラフレシアなら、決してそんなことは言わなかった。これほどの激戦そのものが初めてなので動揺しているのかも知れないが、とにかくいつもの女王ラフレシアではない。
「ヴィラーンに指示せよ! ジョオンと共同で、アルカディア号を消し飛ばせと!!」
すぐに通信する。だがこの一連のやり取りは、パンゲア号に傍受されていた。

 「ラフレシアと司令官たちとの間で、何やら相互不信がある模様です」
急にパンゲア号から通信が入ったので何事かと思っていると、ヒドランゲアの報告である。
「特にヴィラーンが、ラフレシアの指示に従っておらぬそうで。ジョオンに対するライバル意識でしょう、艦隊配置から推測するに」
「なるほど。──で、どうしろと?」
「今一度、この場にいる全マゾーンに、殿下がマゾーンの正統な王位継承者、アマランス・ウルク・ヴェル=マゾーンご本人であることを示していただきたいのです。今がその、最良にして最後の機会かと存じます」
 「!!!!」
アマランスは、咄嗟に応答することが出来なかった。
 ヒドランゲアの意図は分かっている。ラフレシアと部下の間で相互不信が起きている今、アマランスが自分の正体を明らかにすれば絶対にこちらに着く者が出てくる。一人出れば雪崩式に波及することも考えられ、そうなれば敵は戦うどころではなくなるだろう。内部崩壊を待っているだけでいいのだ。ただ、それをすることで起きる数万隻単位の同胞間の殺し合いは、恐らく醜いものとなるに違いなかった。
「──やって見ろ、アマランス」
傍で、ハーロックが言った。驚いた顔でそちらを見る。
「醜い同胞の殺し合いを演じるか、それともよりましな方法で対処するか。問われるのは向こう側であってお前じゃない。お前が、責任を感じる必要はない」
「あなたが、自分の同胞を一人でも多く救いたいなら、この機会に賭けるべきよ。ラフレシアによる支配を、一刻も早く終わらせたいなら」
エメラルダスが続けて言う。何かと重ねているようにも思える声で。
「──分かりました」
アマランスは頷き、小型艇のところに行った。

 「マゾーン全艦隊に告ぐ。私は、アマランス・ウルク・ヴェル=マゾーン。先王キャクタスの死後、クーデターによってラフレシアに簒奪された、マゾーンの正統な王位継承者だ。地球人によって幾人もの同胞を殺されたラフレシアの不正をただし、マゾーンを再び繁栄させるべく、今帰った。しからば……」
「ええい、偽者めが! 何をたわけたことを言うか!!」
ラフレシアが言った。声が明らかに焦っている。
「ではラフレシアに問うが、なぜお前はアルカディア号にのみ攻撃を集中させているのだ。確かにハーロックの危険性もあろうが、より大きな原因は私がアルカディア号にいること、即ちマゾーンの真の王位継承者たるアマランス本人が、アルカディア号にいることを知っているからではないのか? そしてその私のために、マゾーンの前科学技術庁長官のアスター、更には第二近衛艦隊が自分を裏切ったことを知っているからではないのか? それ故、まずは私を消さねばならぬと考えたのではないのか?」
応答はなかった。アマランスは、凄絶な笑みを浮かべて言葉を継ぐ。
「さよう、ラフレシアは惑星チグリスでのアルカディア号との戦いの時、既に私が本物のアマランスであることを知っていた。しかるにそれ以後、お前たちマゾーン兵は私について何と言われてきた? 偽者と言われ、真実を知らされずに戦わせられてきたのではなかったか?」
「地球人と組んだ者を、本物の王位継承者などと呼べはせぬ!」
そこでラフレシアが、やっと声を出した。アマランスは平然と応じて
「そう、確かに私は地球人と手を組んだ。しかしそれとて、私が王位を奪われ、試作艦一隻で銀河を彷徨うことがなければせずに済んだことだ。その根本的原因を作り出したラフレシアに私を非難する資格はない。仮に組んだことそのものについて非難するつもりなら、私は惑星チグリスで投げかけたことを繰り返すだろう。即ち、種の保存のためには、地球人と戦って同胞を幾人も殺すことと、文明の発達していない惑星に移住して開発のために汗を流すことと、どちらを選ぶかと。私は後者を選んだ。そして前者を選んだラフレシアを倒すために、地球人と手を結んだのだ。種の保存を賭けた生存手段に、侵略は余りにも危険すぎるからだ」
アマランスは、そこで息をついた。そして続ける。
「だからシェルピスやマルグレーテ、ベラなどの立ち塞がる者とは戦ってきた。だが、そのことでラフレシアと連合艦隊級艦隊司令官の間で、今まさに不信が生じつつあるという。このままでは粛正される者も出てこよう。それを防ぎ、合わせて戦いの被害を最小に食い止めるためには、道をあけてガミラス号まで我々を通し、能うことならラフレシアと私の決闘でことを決めるが最良と思うが、如何?」
「──……」
その場に沈黙が流れた。シビュラ率いる艦隊も、クイーン・エメラルダス号でさえ全く動かない。ラフレシアも、一言も言わなかった。

 「───」
と、敵のマゾーン艦隊がゆっくりと割れていく。静かに、シビュラ艦隊やエメラルダス号、そしてアルカディア号とパンゲア号が、ガミラス号まで無傷で進めるように、道を作って。
「──我々は、どちらかを選ぶことは出来ません。アマランス殿下とラフレシア様、どちらが王であるべきなのかも分かりません」
と、ジョオンは言った。更に続けて
「ですから、無責任ではありますがお二人に直接戦っていただき、お二人の間で決着をつけていただきたいと思います。我々は、それが終わるまで見守っております」
「──ありがとう──」
アマランスは万感の思いを込めて、そう呟くように言った。アルカディア号が動き出す。
 と、そこにラフレシアから通信が入った。
「まずは、そちらの艦隊対こちらの親衛艦隊で決着をつけたい。勿論ガミラス号も出る」
「分かった。決闘はガミラス号突入後だな」
「突入できれば、の話だが」
ハーロックとの間で、そう会話を交わす。両側にずらりと並ぶマゾーン艦隊の林の中を、アルカディア号は悠然と進んでいった。

 

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