シュベール年代記 1 皇女姉妹、誘拐さる

   序文

 西暦二五〇一年、最初の太陽系外への移民が出発した。後にこの年は宇宙暦元年と呼ばれ、数百年後には宇宙暦何年という呼び方が一般化することになる。
 そして、時代はそれから五百年以上後、宇宙暦八三一年──。

   序章

 ある宇宙船の艦橋で、二十歳過ぎの女が黄褐色の髪を振り乱しながら大声で怒鳴りつけていた。
「大体、何であんたなんかがついて来ないといけないのよ!」
「お…お言葉ですがローザ様、これは陛下のご命令でして」
 傍にいた、いかにも世話役といった感じの初老の男が、おろおろしながら止めに入る。青い瞳をしたローザが怒鳴りつけていた相手は、十代半ばの少女だった。
「いい? 今回の旅の主役はあくまで私なんだからね。あんたが私を差し置いて目立ったりしたら、タダじゃおかないから!」
「──分かりました、お姉様」
 微笑して応じた少女は、どうやら妹らしい。こちらは栗色の髪だが、瞳の色は姉と同じく青。いずれも美人だが、雰囲気は姉の方が活動的なのに対し、妹は大人しげと余り似ていない。また姉がワインレッドのロングドレスを着て大人の体をしているのに対し、妹の方はクリーム色のツーピースで、全体的にほっそりとしている。
 妹の応答で取りあえず気分が収まったのか、ローザは少し歩いて艦橋の中央に立った。そしてスクリーンに投影される宇宙を見やりながら
「大体、お父様もお父様よ。私はまだ二十二歳なのに、もう婚約者を探せだなんて。いくら私がシュベール帝国の皇太子だからって、早すぎるわ」
 そうも不満を漏らしていた。さっきからの彼女の様子に、初老の男は何も言えずに困った顔をしている。と、そこに
「侍従のアメリー・ロックですが、テレジア様はいらっしゃいますでしょうか?」
 声が聞こえたと同時に、彼らの背後の扉が開いた。現れたのは三十代半ばほどの、しっかりした雰囲気の女である。三人を見て
「テレジア様、そろそろお勉強の時間でございます」
 十代の少女に近づき、声をかける。呼ばれた側は素直に応じた。
「分かったわ。じゃあお姉様、また後で」
 テレジアはアメリーについて艦橋を出た。カツカツという足音が聞こえる。
 艦橋の床は硬質で、磨き上げられている。普段は前方の宇宙を映しているメインスクリーン以外に、左右にサブスクリーンを二つずつ備え、その下の方で航海に関する数値をこの場に五人いる乗組員に示していた。更に、右隅の方には『主砲調整』と書かれた一角もある。実は一世代前の宇宙戦艦を、内装を変えた上で使っていた。
 ここは、シュベール帝国の皇室専用の宇宙船・クラウディア号。前後に三隻ずつの護衛艦隊を従え、第一皇女ローザの婚約者探し──有り体に言えば見合いのために、隣国のドルウィン帝国に向かっているのだった。

 『私も、行きたくてついて来たわけじゃないんだけど』
 テレジアは廊下を歩きながらそう思い、息をついた。学年が切り替わる際の長期休暇を利用して、ローザの見合いの付き添いで来ているのだが、彼女自身は宮殿にいた方が楽しい。友達と遊べるし、色々疲れる思いをせずに済むからだ。
 とは言え彼女は、今まで一度も首都の惑星ラミディアから外に出たことがなかった。将来的に女帝の妹として各地を訪問して回る身としては、早めに旅に慣れておいた方がいいとの理由で、今回の旅行になったのだ。だが、それにしても普通は国内の他の星を最初に旅行するものだが││。
「ローザ様との間で、何かおありでしたか?」
 テレジアの表情が明るくないのを察してか、アメリーが訊いてくる。
「何でもないわ。アメリーは心配しないで」
 少女はそれだけ応じた。ローザには、あの程度はいつものことだ。いちいち気にしてはいられなかった。

   第一章 襲撃

 旅が始まって、もう一週間以上になる。そろそろシュベールの領域を抜け、ドルウィンの領域に入る頃だ。クラウディア号は宇宙航海条約の規定に従い、国境宙域を通常航行していた。国境宙域とは、所属国が異なる二つの星系の中間にある国境線から、双方に五AU(一AUは約一億五千万キロメートル)ずつで構成される空間のことだ。
 普通、この時代の宇宙船は、一回のワープで五十光年程度は通過でき、一日に四回繰り返すことで二百光年は移動できる。だが各国が宇宙船の出入りを管理するため、条約でそのように定められていた。
「ドルウィンに入っても、五日だっけ? 旅を続けないといけないのは」
「さようでございます、ローザ様」
 クラウディア号の艦橋では、先ほどの初老の男が恭しく一礼していた。彼の名前はシャルル・サンセール。体つきは中肉中背で、やや気が弱そうだが真面目そうでもある。顔は年齢相応にしわがあるほか、白髪が多く混じった焦茶色の髪に、眼鏡の奥は濃紺の瞳だった。
「順調に行った場合でも、時間にして百三十数時間後です」
 シャルルは続いてそう言った。頷いたローザは、歩いていって艦橋の端にある窓から宇宙を見ながら
「あーあ。もうしばらく遊んでいたかったわ」
 彼女はつい先日、大学を卒業したばかりである。これからは国内を時折慰問したり、大きなイベントに出て挨拶したり、三日に一度くらいの割合で宮殿近くの研究所に勤務したりの日々が数年は続くと思っていたのだ。
「それが何よ、いきなり結婚しろだなんて。いくら事前に会うからって、政略結婚なんて千五百年前の王朝時代でもあるまいし」
 彼らの祖先が地球という惑星にいた頃、そういう時代があったのはローザも歴史として承知している。ただ、今の時代にははっきり言ってそぐわない。第一、彼女とテレジアの父親の皇帝は二回結婚したが、いずれもシュベール国民との恋愛結婚だったのだ。
「仕方ありますまい。陛下はもう六十過ぎ、決して若くはございません。孫の顔を見たいとお思いになるのは当然でしょう」
「それでも、二十五になるまでは遊べると思ってたのに」
 ローザがため息をついた時、不意に非常用のサイレンが鳴り始めた。そして
「緊急事態発生! 緊急事態発生!」
 それに重なって機械の声が入ると共に、艦橋に赤い光が点滅する。
「な、何事!!?」
 彼女は不安な声を上げつつ、周囲と天井を見回す。その後シャルルのいる中央付近に駆け戻った。その間にもサイレンの音量が上がり、途切れた瞬間
「武装宇宙船が接近している。繰り返す、武装宇宙船が接近している!」
 機械音声が告げる言葉に、艦橋の者は皆息を飲んだ。ドルウィンの船なら事前に連絡があるはずで、いきなり接近してくることはまずない。
「申し上げます。未登録と思しき宇宙船が、五隻接近しております!!」
 この時代、宇宙にはシュベールとドルウィン以外にも複数の国があるが、登録された宇宙船の船舶番号だけは共通のものを使用しており、未登録はそれだけで違法だった。更に今ここにいきなり現れたということは、宇宙航海条約にも違反している。
 シャルルは状況を悟って呆然としていたが、不意にはっとなった。急いでポケットから携帯型テレビ電話を取り出し、アメリーを呼ぶ。
「アメリー、いるか!」
「はい。テレジア様もいらっしゃいます」
「そうか。とにかくテレジア殿下を、一刻も早くこちらに!」
「はいっ!」
 画面越しに指示して電話を切る。その隣では、クラウディア号の艦長代理・兼・護衛艦隊指揮官のベルカンヌ准将が指示を出していた。
「まずは第一級の警戒をしつつ、右十五度に全速前進するように各艦で自動運航の設定を行え!!」
「了解!!」
 赤い点で表示された武装宇宙船の一団は、左前方から現れた。攻撃されたら撃ち返すが、まだ今は逃げるべき距離だ。一呼吸おいて、彼は更に
「設定が済んだら、戦闘員は所定の位置につけ! あとシュベール政府とドルウィン政府に、このことを至急連絡せよ!!」
「はい!」
 程なく、各艦から配置が完了したとの報告が入る。その間にテレジアも、アメリーと共に艦橋に戻ってきた。不安そうな顔をしている。
「お姉様、この船は今、どんな状況なのですか?」
「准将!」
 妹の問いを半ば無視して、ローザはベルカンヌに声をかけた。
「単刀直入に訊きます。あの船の正体は、一体何だと思っていますか?」
 ローザも女にしては背の高い方だが、ベルカンヌは更に頭一つ分高い。見上げるようにして問う皇女に、彼は答えるべきか迷ってシャルルの方を見た。頷いたので
「宇宙海賊の一団であることは、ほぼ確実と存じます。ただ、どの海賊団かは││」
「敵船団、急速に接近してきております!!」
 悲鳴に近い声が上がって、ベルカンヌをさえぎる。そのままスクリーンを数秒見ていた彼は、赤い点が異様な速度でこちらに接近してきているのを確認した。
「この速度──。バカな、まさか!」
 普通の宇宙海賊なら、乗艦は軍から横流しされた旧型艦やその模造艦を使うため、正規の軍艦とほぼ同等の速度を出すことすらまずない。ところが今回の海賊は、シュベール軍の最新鋭艦を若干上回るほどの速度が出ているのだ。
 彼には思い当たる海賊団があった。この十年ほど、相手を問わずに地球人類の進出した限りの宇宙で暴れ回り、厳重に警護された軍需物資すら奪い去る海賊団がいるのだ。もし彼らだとしたら、手持ちで対応できるかどうか。
「異空間通信で、救援要請を出せ! シュベール、ドルウィン、どこでもいい。とにかく一刻も早く来てくれるように言え!! ベーオウルフ海賊団が現れたと!!!」
「何ですって!!?」
 傍で聞いていたローザとテレジアが、異口同音に声を出した。

 

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