シュベール年代記 2 ローザの結婚

   第一章 帰国後の皇女姉妹

 シュベール帝国の首都・惑星ラミディアに帰ってきた、第一皇女のローザと第二皇女のテレジアは、無事の帰還を喜ぶ国民の歓迎を受けた。二人の容体やエンペラー・アーウィン号での日程は些細なことまで連日マスコミに報道され、帰ってきた翌日に開かれた、宮殿での記者会見はかなりの高視聴率だった。
 それらが一段落すると、戦闘による被害の大きさや、勝敗を決めたベーオウルフ海賊団の本拠地自爆攻撃、青白レーザーやブルーレーザーなど、正規軍でも実装されていない強力な武器を彼らが使用していたこと、はたまた皇女姉妹救出後の追撃は必要だったのかなど、様々なことがシュベール国内をにぎわせた。
 だが、マスコミに全く報道されなかったことがある。
 テレジアがシュベール軍に話した、ベーオウルフ海賊団の実情だ。

 ある日の夕方。宮殿の廊下を、三十代後半の軍服を着た男が歩いている。ややカールした薄い褐色の髪とエメラルドグリーンの瞳、柔和な顔立ちに似合わない軍大将の階級章。シュベール軍参謀総長のクリランドだ。
「テレジア殿下は、もう学校からお帰りでしょうか」
 ある一角で立ち止まり、事務官にそう訊く。相手は頷いて念のために電話で確認し、名刺大のカードを彼に渡すと奥に通した。
 クリランドが角を曲がって一分ほど歩くと、三十代半ばの女の侍従が立っていた。黒っぽい髪は短く、スーツを着てしっかりした雰囲気の彼女は、クラウディア号に乗っていたテレジア付きのアメリーだ。
 海賊の根拠地でほぼ健康だった彼女は、発見されて間もなく揚陸艦に行き、あの爆発を逃れたのだ。実のところ、ローザ付きのシャルルや護衛艦隊司令官だったベルカンヌなども含め、人質たちのほとんどは爆発の時点では揚陸艦に入っていた。爆発の余波でみな負傷はしたが、多くの者はもう完治している。
「殿下はいずこに?」
「いつもの部屋です。ご案内します」
 アメリーに連れられ、更に歩いて向かったのは植物園の近くの一室だった。歩いている途中から外は緑の色が濃くなり、花も見える。
「こちらです」
 アメリーがある扉の前で立ち止まり、クリランドに譲る。軽くノックして
「参謀総長クリランド、入ります」
「はい、どうぞ」
 少女の声が聞こえたので、一礼して中に入る。栗色の髪と青い目に似合う空色のワンピースを着たテレジアの姿を認め、敬礼を施した。立ち上がった彼女の体は、相変わらずほっそりしている。
 中は六角形のガラス張りの部屋で、完全に緑に覆われ、遠くに宮殿の建物が見える。テレジア曰く、この部屋が一番ベーオウルフ海賊団の根拠地の雰囲気に近いらしい。細かいところも思い出すには似た雰囲気の部屋がいいということで、ここで話を聞くことになっていた。
 部屋には監視カメラもあるが、無音映像が撮れるだけだ。宮殿側のクリランド個人への監視と軍の機密保持、双方の必要性からこうしている。
「たびたび申し訳ございません、テレジア殿下」
 クリランドはまず、目の前の少女に謝罪した。実のところ、こうして話すのは帰ってきてからでも五回目になる。帰国中は毎日聞き取り調査をしていたのだから、そろそろ嫌がられても仕方のない頃だった。
「構いませんよ、クリランド総長。──どうぞお座り下さい」
 自分も座りながら、テレジアはそう応じた。彼女はこの相手を割と気に入っている。物分かりと頭の回転が早く、追及というより控えめな聞き役に徹しているし、物腰が柔らかいからだ。
 促されて彼女と向かい合うソファに腰を下ろした彼は、挨拶を済ませて用件に入った。
「それで、本日の用件でございますが、テレジア殿下が惑星スルティアにいらした件、確認が取れました。ホテル・ヘルメス、宇宙港、デパートなどで殿下のお姿を拝見した者がおりましたので。ただその──」
 クリランドが詰まったので、テレジアは目を瞬かせた。
「何か?」
「殿下が、ホテルの外でお一人で行動なさっていた、しかもシュベール領事館の近くにある居酒屋にいらして、追ってきた連中に連れ戻されたという話がございまして。しかるにその連中、どうもベーオウルフ海賊団のアヴァロン号の一味のようなのですが」
 実はその日のことについて、彼女はデパートに買い物に行ったとだけしか教えていなかった。明らかに怪しい店に連れ込まれ、しかも脱走自体に失敗したのだから言わない方がいい。そういう思いで黙っていたのだが、どこで情報が手に入るか分かったものではない。
「──それが何かと関係あるのですか?」
 少女の声が険しさを帯びるのを、敏感に感じ取ったクリランドは
「あ、いえ、別に殿下を非難するつもりは、全く、少しも、髪一本ほどもございません。ただ、ベーオウルフ海賊団が殿下をどうやって見つけたのかについて、ご自身なら何かご存知でないかと存じまして」
「──その前に、事件全体について誤解を解いておきたいのですが、構いませんか?」
 テレジアはそう訊いた。クリランドは頷いて
「その方が宜しければ、そうなさって下さい。私も急いではおりませんので」
 そこで彼女は、一部始終を説明した。相手は手元の電子ペーパーで確認しながら、余り口を挟まずに聞いている。
 デパートで一人になったので逃げ出し、シュベール領事館の近くまで行ったまでは良かった。道を尋ねた相手のせいで居酒屋に行く羽目になり、そこでベーオウルフ海賊団の一味と再会したのだとテレジアは語った後で
「連れ戻される車で、海賊たちが話しているのを聞いた限りでは、私の体に何かセンサーをつけていたそうです。体というか服に」
「センサーですか。何につけていたか、心当たりはございませんか?」
「さあ──」
 テレジアは首を傾げた。つけようと思えば、何にでもつけられたはずだ。センサー自体は爪の先ほどの大きさだと、ニュースで見たことがある。
「では、何かその前に、彼らにプレゼントされたり、借りたりした物はございませんか?」
「──そう言えば、前日に真珠のネックレスをもらいました。エンペラー・アーウィン号での検査では、問題ないと言われたのですけど」
 内心、彼女は思い出していた。初日にホテルの玄関で捕まった後、ティメルとマティアスが「逃げるの前提で考えた方がいい」などと話していたことを。
 その様子から何かを察したのか、クリランドがこう言った。
「こう申し上げては何ですが、船での検査は余り精密ではございません。もし宜しければ、一度それをお貸しいただきたいのですが」
「では、後ほどそうさせます」
 テレジアは頷いた。クリランドは礼を述べる。
「ご協力に感謝いたします。不愉快な思いをなさったかも知れませんが、敵を倒すには、まず敵を知らねばなりませんので。──もしそのネックレスがセンサーなら、そちらの方面でも海賊どもは優れた技術力を持っていることになりますから」
「いいえ、気にしなくて構いません。──それで、他には?」
「今日のところはこれだけですが……。──殿下を居酒屋に連れ込んで無理矢理契約させようとした輩、如何いたしましょうか。何らかの処罰をするよう、アセニア共和国政府に要請することも出来ますが」
 少女は一瞬きょとんとし、目を瞬かせた。そんなことは、全く想定していなかった。
「そこまでしなくていいです。ただ、彼らにもニュース程度は見ていて欲しかったです」
「──承知しました」
 クリランドは苦笑混じりの笑みを浮かべ、そう応じた。──もし彼らがテレジアの顔を事前に知っていれば、あんなところには連れ込まなかったに違いないのだ。そして夕焼けの色に染まってきた外に、ちらっと目をやると
「では、私はこの辺で失礼いたします。ご協力に感謝申し上げます」
「え、もうですか? あと少し、ゆっくりしていらしたら?」
「いえ、これから仕事が残っておりますので。──では、また何かありましたら」
 彼はそう言って敬礼し、部屋を出た。

 辺りが暗くなり、街灯に明かりがついた頃、クリランドは軍務大臣ダルスクの執務室を訪ねていた。座るように言われたのを忙しいからと辞退した彼に、五十代後半で退役間近の大臣は
「どんなご様子だ、妹殿下は」
「さすがに居酒屋に入った経緯に関しては二言三言ありましたが、それ以外に関しては今までと同じように、私の質問に答えていらっしゃいました」
「そうか」
 ダルスクは応じた。そして軽く息をつきながら
「それにしても、ローザ殿下とテレジア殿下、知れば知るほどひどい待遇の差だな」
「ええ──。彼らの意図については、閣下は如何お考えで?」
「──さあな。ただ、テレジア殿下ご自身が何か聞いておいでかも知れんとは思う。まだその辺のお話はなさらないのかね?」
 クリランドは頭を振った。
「残念ながら、今回も」
 ダルスクはまた、軽く息をついた。
「まだ信頼されていないのだろうな。引き続き折を見て、殿下とお話し申し上げてくれ」
「は+い。ですが、このまま私がテレジア殿下と接触し続けると、色々と誤解されることになりませんか」
「なに、そっちは大丈夫だろう」
 ダルスクは苦笑混じりに応じ、約一秒後にやや声を潜めて
「カルナック家のことがあるから、皇族方とは広く付き合った方がいい。特に君は、まだ先があるのだから」
「承知しました。ところでテレジア殿下が示唆されたという、ゲルハルト・エルーダなる人物のことですが──」
 大臣は、今度はため息をつきながら応じた。
「一月前から進展なしだ。先方を余り追及するわけにもいかんし、仕方なかろう」
「──そうですね」
 クリランドは言った。そして他の打ち合わせも済ませ、敬礼すると帰って行く。
 シュベール・ドルウィン連合軍の前にベーオウルフ海賊団と戦った、傭兵企業のインドラ社。あの企業を動かしたのはカルナック家である可能性がかなり高いと、シュベール軍部は見ていた。インドラ社は軍の下請けのようなこともこなすので、表立っての非難はしにくいが、正規軍の系統外でああも大規模な戦闘をやられると、その資金源も含めて警戒せざるを得ない。カルナック家はローザの母である先の皇后の実家だから、警戒自体に限度があるのは事実だが──。
 どうするかと、参謀本部に戻る途中の車の中でクリランドは考えていた。

 

紹介ページに戻る
3.のサンプルへ

通販方法紹介へ