第一章 遭遇
ティメルたちを乗せたアヴァロン号は、シュベール帝国の首都・惑星ラミディアに向けて、プルセード星系内を通常航行していた。その船の中にいるバティストに、ドルウィン帝国のカルベキス星系・惑星チェルカルにいるミケリオンから連絡が入った。異空間通信を使っているが、音声のみの電話だ。
「作戦はどうなった? 成功したか?」
「取りあえず、第二段階まで成功した。ヨシュアも無事だ」
告げた後、ミケリオンはしばらく沈黙した。長いので不審に感じたバティストに
「少し聞いてもらいたいものがある。今からそちらに送るから、ダウンロードして聞いた後、率直な意見が欲しい」
「分かった。送ってくれ」
そのデータに問題があるのだろうと見当をつけ、バティストは了承した。
異空間通信、しかも送受信の場所がバレないように特殊な技術を使うので、転送には時間がかかる。約一時間後、ダウンロードを終えて音声ファイルを聞き始めたバティストは絶句した。一人は誰かよく分からないが、もう一方は紛れもなくカルベキス星系の知事・ムルスキーの声だからだ。
『コトゥフ、参上しました』
『遅かったな。どこに行っていた?』
『仕事の打ち合わせに参っておりました』
数秒、沈黙が流れた。ため息と共に、ムルスキーの声が聞こえる。
『まあいい。──コトゥフ曹長、私は逃げるぞ』
『どうぞご自由に、と言いたいところですが』
『な、何をする!』
ムルスキーの声色が、明らかに変わった。何かが起きたな、と思いつつ聞いていると、コトゥフと思しき男の声で
『あなたがいれば、色々な意味で作戦の邪魔になる。さっさとやめていればいいのに、地位や利権や金に執着するからこういうことになるのです。──お覚悟を』
次の瞬間、レーザー銃の発砲音と思しきものが聞こえた。それを境にムルスキーの声は聞こえなくなり、コトゥフと思しき声も、呟くような低い声が聞こえるばかり。程なく歩行音が数秒聞こえたかと思うと、扉が開いて閉じるような音が聞こえ、後は無音状態に戻った。
バティストは、しばらく考え込んでしまった。
恐らくムルスキーは、コトゥフ曹長という男に殺されたのだろう。逃げるというムルスキーの言葉や、このデータを所有しているのがミケリオンたちという状況から判断して、捕らえられるのを恐れて逃亡しようとし、殺された可能性が高い。だが、問題はコトゥフの意図だった。独断専行か、上層部の命令があってのことか。
「ミケル、聞いたぞ」
バティストはミケリオンを呼び出した。相手は単刀直入に
「どう思う?」
「その前に確認だ。──確かまだ、チェルカルでのお前たちの動きは、他の星では一切報道されていないんだったな?」
「ああ。宇宙港の閉鎖も事故のせいとされているらしい」
「それはこっちで確認した」
ミケリオンたちは反乱を起こしているものの、まだ惑星チェルカル全体を勢力下に収めたわけではない。そのためドルウィン帝国政府としては、彼らの支配下にいない住民から情報が漏れるのを恐れて、厳重な情報統制を敷き、その中には移動禁止も含まれていた。
だが、宇宙港を閉鎖すれば他の星の者が疑いを持つ。まして今のドルウィンは皇太子のアクトゥールと、シュベール帝国第一皇女のローザの結婚で、国外のマスコミが特に多い時期だ。彼らに漏れたくないため、事故ということにしたのだろう──と、バティストは見当をつけていた。チェルカルにいる相手に、更に問う。
「政府はこの事件、どこまで知ってる?」
「さあな。いずれにしても、コトゥフは今、この星にはいない」
バティストは驚いて、若干詰問するような調子になった。
「そっちにはいない? どういうことだ?」
「駐留部隊司令官のエリネフと共に、惑星チェルカル周辺の軍事衛星にいるらしい。ムルスキーに対する作戦終了後、次の攻略目標になるはずだった軍の総司令部に偵察を出したが、既にもぬけの殻だった」
「──ふん、そうか」
バティストは納得がいったようだった。そして、低い声で
「となると問題は、エリネフだな」
「お前もそう思うか」
「ああ。コトゥフは誰かの命令を受けてムルスキーを殺した。ほぼ間違いない」
二人の間で、数秒ほど沈黙が流れた。息をついた後、ミケリオンが口を開いて
「もし、政府が万一、俺たちをムルスキー知事の殺害犯だと主張するようなことがあったら、これを流してくれ。論より証拠だ」
「分かった」
バティストは同意し、互いの無事を祈って通信を切った。
大学通学への訓練もかねた工場見学から帰宅後、シュベール帝国第二皇女のテレジアは母親の皇后エレノアと共に、宮殿を出て皇帝アーウィンの入院したクル-ド大学病院に向かっていた。
今回のアーウィンのように急に倒れた場合、初期段階では家族の出来ることは限られている。そのため、エレノアは治療を医師に一任して、初期処置の済んだ夕方過ぎに娘を連れて行くことにした。政府にも第一報が入っているはずだが、マスコミにはまだ公表されていない。
テレジアは、車の中でずっと不安そうな顔で祈っていた。エレノアが
「宮殿を出たときまでに何も知らせがなかったから、多分大丈夫ですよ、テレジア」
あれから数時間が経っている。アーウィンが危篤状態なら、もっと前に連絡があるはずだ。多分初期の処置は上手くいったのだろう。
とは言え、具体的な状況は分からない。クルード大学病院に着き、二人は目立たないように裏口から中に入ると、婦長と思しき看護婦の案内で集中治療室前に来た。
中では、アーウィンが酸素マスクをつけた状態で横になっていた。テレジアとエレノアが思わず窓まで駆け寄り、娘の方が手を振るも、目を閉じたまま全く反応がない。
そんな中、看護婦だけが中に入り、アーウィンの傍にいた医師を連れて二人の前に現れた。医師はエレノアに向き直ると
「ご安心下さい。皇帝陛下のお命に別状はございません」
最初にそう告げ、テレジアをも安堵させた。ほっと息をついた親子のうち、医師はあくまでエレノアを見て
「詳しいお話は、別室でいたします。──テレジア殿下は如何なさいますか?」
医療の詳しい話をテレジアに聞かせるかどうか、医師も迷っているようだった。そこでエレノアが
「テレジアは外で待っていなさい。後で私が説明しますから」
「はい、母上」
頷いて、少女はその場に残った。
それから一時間後、病院と首相官邸、宮殿などを繋いでテレビ会議が開かれた。
まずクルード大学病院の院長から、アーウィンの病状に関する説明がある。更に担当医師による補足説明があり、その中でアーウィンは中程度の脳卒中だと説明された。意識が回復しても体の一部に障害は残るが、時間をかけて治療とリハビリに専念すれば、身体機能に関してはかなり回復は可能だと。
「ただ、その間は摂政を置いていただくことになるでしょうから、政府の方で早急に必要な措置を取っていただきたいと存じます」
首相のトム・クレアが頷いて、更に訊いた。
「その期間ですが、いつまででしょうか?」
「少なくとも、今年いっぱいはかかるでしょう。来年のことは、十二月になってからでなければ何とも言えません」
「分かりました。そうなると、当面は皇后陛下に臨時摂政になっていただくとして、三ヶ月以内にローザ殿下にお戻りいただかねばなりますまい。──エレノア陛下、宜しゅうございますか?」
正式な摂政には、二十二歳以上で最も皇位継承順位が高い者がなる。ただし、摂政となるはずの者が不在の際などには、三ヶ月以内であれば臨時摂政を置くことが出来、こちらには皇后やそれに準じる者などもなることが出来た。今回、エレノアがなるのは、この臨時摂政だ。
「はい。急なことですので慣れないこともあるでしょうが、お引き受けいたします。ただ、可能であれば──」
画面は別だが医師たちの傍で、首相の要請に応じた後、彼女は言葉を継いだ。
「私はしばらく、こちらで陛下の看病をいたしたく存じます」
残りの者たちは驚いて沈黙し、程なく宮殿側から反対の声が上がった。
「お言葉ですが、御公務のこともございますので、出来ますれば、皇后陛下は宮殿にお戻りになっていただきたいのですが」
「署名などは病室でも出来ますし、私が宮殿でしなければならないことがあれば、陛下の病室から出向きます。フレデリック様などにも分担をお願いして、ローザ様がお帰りになり次第引き継いでいただくのが一番でしょう。テレジアはまだ、公務の出来る年齢ではありませんので」
シュベールの皇族は、二十二歳までは基本的に公務の対象外だ。視察や芸術鑑賞などは出来るが、学習の一環という位置づけである。ただし、摂政と違って法律で決まっているわけではなく、慣習としてそうなっているに過ぎない。
「ですが陛下、宮殿を余り長い間お空けになるのは──」
「明日にもテレジアを帰らせます。まだ公務は出来ませんが、留守を守るくらいは出来るでしょうから。大学のこともありますし。──侍従たちにはご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
エレノアの言葉に、宮殿側は明らかに困惑していた。そこに
「この数日は、皇帝陛下は絶対安静です。その間、万一何かあった場合に備え、外向きの御公務は他の皇族方にお任せになるのも一案かと存じます」
担当医がそう発言し、他の皆は画面越しに互いの顔を見ながら黙っていた。数秒後、首相のクレアが
「そうなると当然、日程変更もあるから、早めに公表した方がいいでしょうな」
「我々も明日、皇帝陛下のご病気について記者会見を開く予定でしたから、皇族方のご予定変更はその時にでも──」
「明日? 今日ですよ今日。公表するなら一刻でも早い方がいい」
宮殿側ののんびりした様子にクレアは思わず反発し、次の瞬間はっとなって
「皇后陛下、今からすぐに公表しても宜しゅうございますか」
エレノアが承諾したので、クレアはすぐに手配した。