シュベール年代記 4 混迷と平穏

   第一章 ヘルソン始末

 ドルウィン帝国の内務省の新型宇宙船「バトゥ三号」は、正体不明の宇宙海賊に前後を挟まれる形で曳航され、いずことも知れぬ宙域に向かっていた。
 バトゥ三号のコンピュータのセキュリティロックを解除させ、海賊船のマザーコンピュータの指令通りに航行させている。乗員の定員が五百人、犯罪者対策用の特殊設備もある大型船だが、ワープもほぼ問題なく出来ていたし、もちろん通常の船内生活にも全く支障はない。
 「惑星ヘルソンの領主である、メリトポリ公の長男ディミールの殺害に関与した」かどで、首都ノヴゴロドで裁判を受けるはずだった者たちにとっては、艦内の移動は自由だし、疑問はあるが当面の不満はない。乗組員たちも武装解除させられてはいるが、航行に必要な人員は各部署で働いていた。
 問題は、曳航する宇宙海賊の目的が、全く不明なことだった。通常なら身代金や海賊仲間の釈放など、何か具体的な要求があって、ドルウィン政府への通信があるはずだ。ところが今回は、さらわれてから五十時間以上経つのに、未だにそうした動きがない。
「何を考えているのか──」
 食事を終えて自室に戻る廊下で、ドルウィン軍の大佐であるケネスは首を傾げていた。向こうから歩いてくる、自分の連隊の参謀長・ギダンが目につき声をかけるも、相手は電子ペーパーで何かを読んでいて、自分に気づいている様子さえない。間近になっても敬礼しようとしないのでケネスが軽く咳をすると、慌てて敬礼してきた。
「何を読んでいる?」
「──いえ、他国の報道機関のニュースなどを」
 と言いつつ、ギダンは電子ペーパーを下ろして隠した。ケネスは少し興味をそそられ
「他国のニュース? 読めるのか?」
「海賊船のコンピュータ経由なら、かなり楽に読めます」
「──そうか。何の記事だ」
「カルベキス星系の反乱軍に関する記事です。詳しくは自室の端末で読まれた方がいいでしょう。ここで話すのは躊躇われます」
「分かった」
 ギダンはそのまま食堂に向かった。ケネスは自室に行くと端末を立ち上げ、設定をいじろうとして手を止める。──自分は参謀長ほど、この手の操作に詳しくない。
 結局、食事を終えたギダンが端末の設定をする傍で、彼の持っていた電子ペーパーを読んでいるケネスだった。

 電子ペーパーに書かれていることは、カルベキス星系、特に惑星チェルカルの現状報告だった。「悪徳」ムルスキー知事がコトゥフと名乗る者に殺害されたこと、その前後に駐留部隊の司令官エリネフが知事を放置して逃げ出したこと、チェルカル全体の制圧と自治政府の設立、現状がバティストという名前のライターによって記されている。
「──どうでしたか、連隊長」
 設定が終わったギダンが、ケネスに訊く。ペーパーに視線を落としたまま
「──辺境のことだから今まで余り興味もなかったが、こうなってみるともう少し調べておけばよかったな」
 ため息混じりに応じた。ギダンはあっさり
「ドルウィン軍の情報なら、後で見せます。それより、問題は今後です」
「今後?」
 目を瞬かせたケネスに、ギダンは
「そう。あの宇宙海賊は、我々をさらった目的を未だに明らかにしていません。それどころか、自分たちの正体すら未だに不明なままです。このままでは、我々がどんな目に遭うか分かったものではありません」
「──降伏を勧めたのは参謀長だろう」
「ええそうです。だからこそ、今後が気になるのです」
 きっぱり応じられ、ケネスは苦笑した。以前からそうだったが、この参謀長は率直すぎる。確かに責任感・能力とも申し分ないのだが──。
「降伏する前に訊かなかったのは、私の手落ちでした。ですから、連隊長も機会があったら海賊どもに訊いていただきたい。彼らの正体と、我々をどうする気だと」
「参謀長は訊いていないのか?」
「訊いています。ただあの連中、私の質問にはまともに答える気がないようで」
「──参謀長」
 ケネスは声を落とした。
「本当は、海賊どもの正体の見当くらいついてるだろう?」
 ギダンは沈黙した。それを見やってケネスは
「内務省の護衛船は、四隻とも新式だったそうだ。それを一隻で倒せるような海賊など、そう多くない」
 彼らは護衛船に乗っていないので、海賊船との実力差についてはっきりしたことは言えない。それに内務省の船で移動させられるのは、軍人の彼らにとって不愉快な部分もあり、それ見たことかという気分が少々あるのも事実だった。
「確かにあの海賊くらいのものでしょうが、海賊たちが自ら名乗っていない以上、この場で言ってしまっていいものかどうか。盗聴されている恐れもありますし」
 ギダンも小声で応じた。危険があるかも知れない。
「──訊いたとして、冥土のみやげに教えてやると言われたらどうする?」
「そこまで言われたら、謎のままで結構です。私が訊いたときは誤魔化される感じだったので、連隊長にも要請した次第ですから」
「──分かった」
 ケネスはそう言って受け入れた。実のところ、いずれ分かるだろうというレベルの話ではある。


 シュベール帝国の首都・惑星ラミディア。
 皇帝アーウィンの入院しているクルード病院に見舞いに行っている皇后エレノアから、宮殿の方に知らせがあった。
「陛下の回復はとても順調で、検査の結果、来年の一月か二月には宮殿にお帰りになることが出来るそうです。テレジア様、よろしゅうございました」
「本当? 数日前にそういう話は聞いていたけれど、お医者様のご許可が出たのね。よかったわ」
 テレジアは素直に喜んだ。そしてふと思い出し
「お姉様たちには知らせてある?」
「はい。ローザ殿下付きのデボラさんがお伝えしていると存じます」
「そう。今日はちょっとお祝いになるわね」
「そうですね。それはそうと、例の件ですが」
 侍従のアメリーの言葉に、テレジアは真面目な顔になった。

 ここしばらく、アーウィンの入院中の経過を見守っていたシュベール宮廷では、彼の順調な回復ぶりを見てテレジアに一人暮らしをさせる案が再び浮上していた。
 シュベールには、高齢になって公務を引退した皇族がひっそりと暮らす、離宮とも言えない規模の館が幾つもある。現在は使っていないものもあり、その中でスターフィ大学に近い所に、テレジアを住まわせるという案だった。
「大学から半径二キロ以内なら、時間によっては護衛車もなしで済ませられるそうです。寮と違って門限もございませんし、良い案かと存じます」
 アメリーが、候補になっている幾つかの館の写真と図面を示しながら言う。いずれも一般人からすれば豪邸だが、第二皇女が住むならむしろ小さい。
「まさか本当に一人で暮らすの? 掃除や洗濯は?」
「宮殿から何人かついて参りますので、ご心配なく。警備の者もおりますし」
「そう。──少し検討してみる」
 テレジアは、写真を見ながら応じた。現状では決まった時刻に帰らねばならず、大学で出会った友人たちとも遊びにくい。入学してから数ヶ月が経ち、いささか不自由を感じ始めたところだった。

 帰ってきたエレノアの話では、宮殿の改築工事が済んだ後、アーウィンは帰ってくる。ただし二日に一度、半日ほど通院することが条件だ。
 よって通常通りの公務は無理で、第一皇女のローザは引き続き摂政でいることになる。来年中に宮廷大臣に移行出来れば理想的、とのことだった。
「そうなると、その間ローザはシュベールに留まることになりますね」
「そうなります。アクトゥール殿下には申し訳ないのですが、ドルウィンで何かあったときは──」
「ご心配なく、それは覚悟の上です。しかし陛下のお治りが早いようで、本当に良かった」
 夕食中、エレノアとアクトゥールの会話である。ローザがそこで
「改築の案は、既に幾つかありましたね」
「ええ。どれがいいか担当者に早急に詰めてもらって、その上で発注することになるでしょう。今年中に工事を始められればいいのですが」
 エレノアが応じる。彼らが暮らす宮殿の中心部にある設備は古く、改めて発注することになったのだ。
「工事期間は半月から一ヶ月くらいでしたね。──私たちは部屋が離れているので宮殿にいますが、その間はうるさいでしょう。どうするつもりですか?」
「どこか離宮に移動しようかと思っています。テレジアは──どうします?」
 エレノアに聞かれ、それまで黙っていたテレジアは
「大学があるので、出来れば余り遠くには──」
 とだけ、比較的小声で応じる。
「そうですね。ニュー・シティ地区かその周辺で、いい場所にしばらく移りましょう」
 という結論になり、具体的な場所選びはこれからになった。

 ドルウィン政府は、まだカルベキス星系の反乱とベーオウルフ海賊団の関係を公表はしていない。軍のごく一部の秘密事項から、政府全体で主立った者が共有する情報になったという程度で、今の段階ではシュベールのマスコミも知らないだろう。
 惑星ヘルソンの事件の容疑者を中心とした四百人が、何者かにさらわれたという情報も、シュベール側はさほど重視してはいないようだ。第一報から数日が経ち、こちらもベーオウルフ海賊団絡みかも知れないとの話が、アクトゥールにも届き始めていた。
 ともあれ、いずれ漏れる可能性は高い。その時のことを考えると、今のうちに少なくともローザには教えた方がいいかとも思うが、正体不明の宇宙海賊がドルウィン軍の輸送船を襲ったという情報を聞いただけで倒れた、皇帝アーウィンの病状を考えると、しばらくは教えない方がいいような気もする。
 アクトゥールはジャクレンから電子ペーパーを受け取ると、ソファに座って読みながらため息を漏らした。宮殿の自分たちの区画に帰った後、ローザは着替え中だ。
「お疲れのようですが、何かございましたか?」 ジャクレンが訊いてきたので、アクトゥールは軽く頭を振った。
「いや……。敢えて言うなら例の件だ」
「──それはもう、こちらにいらっしゃる限り、心配しても仕方のないことでございましょう」
「そうではなくて、ローザにいつまでも秘密にしておいていいものかどうかだ」
 ジャクレンは応答出来なかった。高度に政治的な判断を要するため、自分が助言すること自体憚られたのだ。だが、アクトゥールが黙っているので
「一度、陛下にご相談なさってはいかがでしょう。例の件は、もうその程度にはなっていると存じますが」
「──そうだな」
 応じはしたが、国元でのことを思い出してか余り乗り気ではなさそうだった。

 

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