第一章 不手際
ドルウィン帝国の首都・惑星ノヴゴロド、内務省内の一室。ポリュドフ星系政府の補助金の過剰受給を巡る問題で、現地から新たな報告が上がってきていた。
「半額返還?」
現地の役人が上げてきたという報告書の概略を伝えた局長級の官僚に、内務大臣のエファルスクが問い返す。官僚のほうは頷いて
「はい。ペルミの住民たちがそう伝えてきているのです」
「半額の根拠は?」
「一応、民法上の時効切れの分は残してほしいと言ってきておりますが、内訳を精査すると海賊退治のための費用がかなり含まれているようでして。我が軍が宇宙海賊を退治できれば、返還額の上積みも見込めるでしょう」
「──なるほど。であれば話は早い」
エファルスクは無表情にそう言ったが、内心では不愉快だった。
彼にとって問題は、宇宙海賊を倒すのがドルウィン軍の担当ということだった。他の報告を聞くに、内務省の艦艇では無理そうだし、宙域警備隊でも荷が重いのは確かなのだが、本来なら数年前に退治しておくべき相手だ。今更軍が倒すといっても、信用ならないのはどうしようもない。
とは言え、宇宙海賊に関する報告を上げなかったのは辞めさせられた前の知事も同じである。加えて補助金問題全体の経緯を考えれば、ここ三代の知事の方が罪が重いとさえ言えた。各星系の知事の人事は内務省の管轄であり、軍部にここを突かれると弱い。
その付近を全部ひっくるめて、私情は無用、全ての情報を出すようにと財務大臣のロガンスキーに言われている。ペルミの住民たちの提案も、会議に出すべき事案として用意しておくことになった。
まずはポリュドフ星系にいる宇宙海賊を現地部隊で討伐し、その結果をもってペルミの住民たちと交渉する。そして補助金やそれが原資になっている資産の、全額に近い返還を実現させる。どうしても拒否すれば武力をもって鎮圧することも辞さないが、先方から半額返還を提案してきた点を考慮し、しばらくは交渉で解決を図る。
取りあえず、皇帝に上げる前の会議ではそう定まった。当面、交渉と海賊退治を優先させ、中央からの軍は出さないことになったのだ。
「宇宙海賊討伐の方は、既に現地で作戦立案中と伺っています。海賊どもには根拠地がないので捕捉に多少時間がかかるそうですが、二十日前後には決着をつけられるだろうとのこと。──ルーディン閣下、間違いありませんね?」
ロガンスキーが、手元の電子ペーパーを見ながら確認する。ドルウィン帝国軍の参謀総長たるルーディンは
「ポリュドフ星系の宇宙海賊討伐の件については、十八日に部隊が軍用コロニーを出立する予定だそうだ。予定通りなら、二十日には決着がついているだろう」
「承知しました。では、ペルミの住民たちの提案に関してはそれ以降に再検討するということで、エファルスク閣下もご了承ください」
「仕方ないな。了解した」
エファルスクはため息混じりに了解した。ところで、とルーディンが切り出す。
「チェルカルの方の件だが、いつ出征できるのかとメルトニーが聞いてきている」
カルベキス星系・惑星チェルカルに派遣する十数万の軍は、命令があればいつでも出征できる状態だ。本来、二月には出征できたはずのところ、一月末に惑星ペルミで事件が発生し、兵力配分の見極めなどで遅れていた。
「そちらはもう、軍の判断で出征して構わないと存じます。本日の決定を元に考えますと、ペルミに大規模な部隊を派遣するにしても交渉決裂後の四月以降──恐らく五月になるでしょうし、それまでに新兵の訓練は終わっていると前に軍務大臣が仰せでしたから。最終的には陛下のご裁可をいただくことになりますが」
「──本当に、出征していいのか?」
「はい。ペルミの件が、懸念したほど大事にならないと思われますから」
ロガンスキーの言葉に、ルーディンは
「では、本日早速指示を出す。数日中にチェルカルに向けて十二万人を派遣するぞ」
「それで構いません。ただし、ポリュドフ星系の宇宙海賊の件もお忘れなく」
念を押す。ルーディンは肩の荷が下りたかのような表情で頷いた。
それから数日後の三月十六日、ドルウィン帝国では、チェルカル遠征軍の出陣式が、イリメニ星系・惑星ノヴゴロドの宮殿内で皇帝パーヴェル臨席のもと行われた。
チェルカル遠征軍司令官としての指揮杖を、パーヴェルがメルトニーに直々に手渡す。皇帝の紋章を彫りこみ、見事な金の装飾が施された指揮杖は、ドルウィンが皇帝の支配する国であることをよく物語っていた。
メルトニーは、指揮杖を受取った後にそのまま宮殿を出て宇宙港に向かい、艦隊旗艦になる宇宙戦艦・ツェフリャクに乗って隣のラドガ星系・惑星ヴォルホフの宇宙艦隊基地へ行く。実は司令官が惑星ノヴゴロドの地表面を離れるまでが正式な出陣式で、皇帝や大臣・参謀総長たちは、司令官が宇宙港で軍用船に乗り込むのを、スクリーンで見守っていなければならないのだ。こういう慣習になったのは、司令官を拝命した軍人が実際には出陣せず、ノヴゴロドに残ってクーデターを起こすのを恐れたためとも言われるが、一般には遠方に向かう司令官へのはなむけと解釈されていた。
さて、チェルカル派遣軍のうち、主力となる陸戦部隊はおよそ十万で、百隻の軍用輸送船に分乗する。他に物資輸送用の宇宙船が十五隻、軍用医療船が二隻、メルトニーのいる宇宙戦艦ツェフリャクがあり、主な作戦に使うのは以上の艦船だ。更に多目的の工作用宇宙船も数隻同行するが、こちらは他のタイプに偽装している船もあり、正確な数はメルトニーとルーディンなど一部しか知らない。そして、それら全体に対して一個艦隊が護衛につき、ベーオウルフ海賊団が現れた場合の迎撃を担当する計画だった。
「今回の作戦中、例の宇宙海賊どもが現れる可能性は、正直言ってかなり高い。いつ現れても大丈夫なよう、備えておかねばなるまい」
惑星ヴォルホフから出立する前日の作戦会議で、最初にメルトニーはそう訓示した。
「そこで、我々はチェルカルに着き次第、可能な限り間を置かずに降陸作戦を始める。最初に兵士たちを下ろしてしまえば、海賊どももそう簡単に手出しは出来まい。後は地上戦になり、数に勝る我々の方が有利になる。──そうするためには、作戦を短期間で済ませる必要があるのじゃがな」
長期戦に持ち込まれると、物資が兵士たちに届かずに不利になる恐れがある。追加の物資を届けに来る軍用輸送船も、宇宙海賊には狙い目のはずだった。
「そんな次第じゃから、通常の作戦以上に緒戦が重要になる。協力を頼むぞ」
「はいっ」
幕僚たちは敬礼し、作戦細部の確認に入っていった。
ノヴゴロドを出てから三日後の十九日、メルトニーは二百数十隻にのぼる軍の宇宙船団と、総勢十二万以上の大軍を率いて、惑星チェルカルへ出立した。
その頃、ポリュドフ星系でも軍用コロニーから二十隻の艦艇が出立していた。言うまでもなく「ノーン海賊団」と呼ばれる宇宙海賊を倒すためで、十隻ずつ分かれて敵の海賊船を探し、見つかり次第戦闘に突入する。場合によっては皆殺しでも構わないという作戦で、要するに宇宙海賊を全滅させるためなら手段は問わない。
海賊たちは小惑星帯に潜んでいる可能性が高いとの情報だったので、二十隻はまず第五惑星と第六惑星の間にあるその宙域に向かった。着いた後で十隻ずつ左右に分かれ、それぞれ海賊船を探しながら進んでいく。一周三十AU(一AUは約一億五千万キロメートル)余りの帯状の宙域なので、数日もあれば探索は終わるはずだった。
そして、探索を始めて二日目の十九日、海賊船と思しき不審な宇宙船が四隻、小惑星帯から恒星方面に出てきたのである。
「とうとう出てきたか。全速力で追跡開始だ」
惑星ペルミから最短距離で小惑星帯に到着した後、右回りで進んでいた艦隊は半AU先の不審船を見つけ、指揮官・キゼルが追跡を命じた。こうした場合、距離が近い方が主に担当することになっていたので、部下たちも即座に了解して後を追い始める。
相手も無応答のまま、追跡から逃れるように進む。少しして、不審船の航跡予測の結果が出た。それを艦橋のメインスクリーンに表示して
「不審船はどうやら、惑星ペルミの方に向かっているようです!」
「そうか。よし、軍用コロニーに連絡して場合によっては迎撃するよう要請しろ。我々の方はこのまま追跡を続け、射程距離に入り次第発砲する!」
「了解!」
数分中に通信を送り、彼らは追跡を続ける。ところが宙域警備隊が手こずったというだけあって不審船の速度は意外と速く、なかなか射程距離に入らない。一時間余り経って、キゼルは苛立ち始めた。薄い茶褐色の髪をかき上げて命じる。
「停船命令を出せ! 応じなければ威嚇射撃だ!」
ところが、不審船は停戦命令を無視して逃亡を続ける。キゼルはついに威嚇射撃を指示した。
威嚇といっても、実戦で使うホワイトレーザー砲である。当たっても構わないが多分当たらないだろうし、砲撃の間隔もかなり空けているから威嚇という類の射撃だった。全速力で追跡しながらの砲撃なので、相手も必死になって逃げている。
更に約一時間後、四隻の不審船に、速度のばらつきが出てきた。固まりだったのが縦に伸び、互いの距離が次第に離れていく。先頭の船は他の三隻を庇う様子もないが、一隻はさほど遅れずに着いて行っている。
だが残る二隻は、それぞれバラバラと言っていいほど離れていた。最後尾の一隻はあと数十分ほどで射程距離に入るほどの速度に落ち、もう一隻も数時間中には射程距離に入るだろう。指揮官は確実を優先させ、そのまま追跡を続けさせた。
「不審船のうち一隻が、射程距離に入りました! 船型、スクリーンに投影します!」
オペレータがそう言い、撮ったばかりの船の画像をスクリーンに映し出す。宙域警備隊から提供されたノーン海賊団の船の画像と照合した。
「海賊団の船の中の一隻と、99%以上の確率で一致しました!」
ある程度近くないと正確な船型は分からないので、確認画像は射程距離に入ってから撮影することが多い。照合結果に、キゼルは満足そうに細い顎を撫でて頷き
「よし。ならば先頭の三隻で主砲斉射だ! ユジノ十号と十一号の二隻に、主砲発射準備の指示を!」
「はい」
オペレータが二隻に向けて指示を出す。程なく準備完了との返答が入り
「目標、不審船三号! 主砲斉射三連!!」
一斉に発射されたレーザー砲が、不審船を跡形もなく破壊した。
だが、一隻を破壊している間に残る三隻との距離は逆に開いていた。特に先頭の二隻とはかなり距離が開き、軍用コロニーからの迎撃の方が早いかも知れないという距離にすらなっていたのだ。取りあえず遅れている不審船二号の追跡を指示したものの、航路が先頭の二隻とずれ出したこともあり、コロニーに迎撃準備を重ねて要請した。
そして数時間後、追跡側の艦艇は不審船二号の捕捉と破壊に成功した。二号は途中から航路を変え、第五惑星に不時着するような方向に進んでおり、先頭の二隻と明らかに違う航路になっていた。キゼルは今後の追跡に影響が出ると判断して、確認画像は射程距離に入る一分前に撮影。実際に入ると同時に発砲、破壊したのだ。
この時点でキゼルはいったん休息に入り、代理の参謀長・ピニュックが指揮を執る。参謀長といってもコロニーでは平参謀で、作戦で序列をつける必要性から参謀長を名乗っているに過ぎない。とは言え作戦が失敗すれば今までの失態と合わせて左遷になる可能性は高く、全速力での追跡を続けるよう指示した。
だが、不審船一号や四号との距離が少しずつしか縮まらない。コロニーからも艦艇が出てくればいいがと思いつつ、ピニュックが対策を考えていると
「不審船がまた、若干方角を変えました! 惑星ペルミを挟んで、軍用コロニーの予測位置とは反対側に向かっています!!」
「奴らめ、本気で惑星ペルミに降りて逃げ切る気か?」
「分かりません──。あ、軍用コロニーからメールが入りました!」
オペレーターの言葉に対し、即座に表示するよう指示する。程なくスクリーンの一部に、コロニー指揮官名義でのメールが表示された。
「『海賊船二隻が接近してきたので、こちらから艦隊を出す。そちらのこれ以上の追跡は無用。分かれて行動しているもう一方の艦隊と共に、速やかな撤収を望む』──。仕方ない、そうするか」
自分たちはコロニーの艦隊が迎撃するのに間に合いそうにないし、打ち合わせなしでの合同作戦は混乱を招く恐れもある。こう書いてきたからには失敗時の責任はコロニーの艦隊が取るだろうし、撤収した方がいいと思われた。
そこまで考えたピニュックは、まずは艦隊の戦闘態勢を解除させることにした。